学位論文要旨



No 217498
著者(漢字) 後藤,祐輔
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ユウスケ
標題(和) IKKシグナルの活性化メカニズム解明と創薬への応用研究
標題(洋)
報告番号 217498
報告番号 乙17498
学位授与日 2011.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17498号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 特任教授 磯貝,隆夫
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

現在国内において、関節リウマチに悩む患者は70-100万人と言われており、今後高齢化社会が進むにつれてその数はさらに増加すると考えられている。関節リウマチに対しては、これまで根治療法はみつかっておらず、関節リウマチの治療で重要なのは、関節の破壊を食い止めることである。

その治療の標的として、炎症性サイトカインにより活性化されるIKK/NF-κBシグナルが注目されている。私は、リン酸化酵素PKN1による同シグナルの活性調節機構の解明と、IKKβとNEMOの結合阻害を標的とした新規創薬システムの構築という2つのアプローチにより、関節リウマチ等の炎症性疾患の治療に貢献することを目指し、本研究を行った。

1.PKNIのTRAF/IKK/NF-κBシグナルへの関与

【目的】

PKN1はC末端側にPKCファミリーと相同性の高い触媒領域を有するセリン/スレオニンキナーゼである。生体内でPKN1は多くの組織で発現が認められるが、特に胸腺・脾臓といった免疫系組織に発現が多い。近年我々はPKN1の新規結合因子としてTRAF2を同定したが、両者の結合の生理的意義は不明である。TRAF2はTNF受容体ファミリーの下流でIKK/NF-κB活性化を仲介する鍵分子である。またIKK/NF-κB活性化は炎症反応を惹起することから、炎症性疾患の創薬における重要な標的である。従って、TRAF/IKK/NF-κBの活性化機構を明らかにすることは、炎症性疾患治療薬の開発において重要な知見となる。そこで私は、PKN1によるTRAF/IKK/NF-KBシグナルの活性調節機構を明らかにすることを目指した。

【方法・結果】

(1)PKN1とTRAF2の結合

HEK293T細胞内でのPKN1とTRAF2の結合を観察した結果、両者の結合が認められた。またin vitroでPKN1はTRAF2のC末側と直接結合することが分かった。さらに、PKN1はアミノ酸番号580-584にTRAF2の結合因子がもつ共通アミノ酸配列を有しており、PKN1はこの領域を介してTRAF2と結合することが分かった。

(2)PKN1のノックダウンによるIKK/NF-κBの基礎活性亢進

HeLa細胞において、PKN1のノックダウンによりIKK/NF-κBの基礎活性の亢進が認められたことから、PKN1はIKK及びNF-κBの活性を制御する機能を持つ可能性が示唆された。

(3)PKN1によるTRAF1のリン酸化

これまでにPKN1はTRAF2以外にTRAF1、3、5、6と結合することが分かっている。そこでTRAF蛋白がPKN1によりリン酸化されるかどうかを検討した結果、PKN1はTRAFIの139番目のセリンをリン酸化することがわかった。またHeLa細胞内でTRAF1が恒常的にリン酸化されていること、PKN1のノックダウンによりTRAF1のリン酸化が抑制されることが分かった。

(4)TRAF1のIKK活性抑制作用とPKNIによるリン酸化

TRAF1のノックアウトマウスの解析から、TRAF1のノックアウトによりIKK基礎活性が亢進し、TRAF1はTNFα刺激によるIKK/NF-κB活性を抑制することが知られている。この作用におけるPKN1によるTRAF1のリン酸化の関与を検討した結果、TRAF1によるIKK活性抑制作用には139番目のセリンのリン酸化が必須であることが分かった。つまり、TRAF1はPKNIにリン酸化されることで、IKK活性を抑制していると推測される。

(5)PKN1によるTRAF1/TRAF2とTNFR2の結合調節

これまでにTNFα刺激によるIKK/NF-κBの活性化において、TRAF1は負の因子、TRAF2は正の因子として機能することが分かっている。そこでPKN1によるTRAF1とTNFR2の結合への影響を観察した結果、TRAF1とTNFR2の結合はPKN1によるTRAF1のリン酸化に依存することが分かった。さらに、TRAF2との関連を検討した結果、PKN1によるTRAF1のリン酸化が起こらない場合、TRAF1とTNFR2の結合は減弱し、TRAF2とTNFR2の結合が増強することがわかった。

【小括】

本研究で私は、PKN1はTRAF1をリン酸化し、TNFR2との結合を促進することで、TNFR2下流のIKK/NF-κKBの活性化を抑制すること、PKN1によるTRAF1のリン酸化が起こらない場合、TRAF1とTNFR2の結合は減弱し、TRAF2とTNFR2の結合が増強することで、IKK/NF-κBの活性化が起こることを明らかとした。つまりPKN1はTRAF1をリン酸化しIKK/NF-κBの恒常的活性化を抑制することで、過剰な炎症反応を抑制していると考えられる。以上、本研究から得られた知見はリウマチ等の慢性的な炎症疾患の病態理解において重要な知見であると言える。

II.IKKβ-NEMOの結合阻害を指標とした新規IKK阻害薬のスクリーニングシステムの開発

【目的】

サイトカインにより活性化されるIKK/NF-κBは、リウマチ病態の炎症反応で中核的な役割を担っている。特にIKKβは抗リウマチ薬の開発において重要な標的分子であるが、IKKβのキナーゼ活性阻害薬として臨床試験入りしている化合物は少ない。一方、IKKβが機能を発揮するにはNEMOとの結合が必須であり、両者の結合を阻害するNBD peptideが種々刺激によるIKKβ/NF-κBの活性化を抑制することが報告されている。そこで私は、両者の結合を阻害する低分子化合物を探索するために、ハイスループットスクリーニング(HTS)に適した新規スクリーニングシステムの開発を目指した。

【方法・結果】

(1)HTRF法を応用したIKKβ-NEMO結合測定法

私はIKKβとNEMOの結合を阻害する化合物を高速かつ高効率で探索するために、HTSに適したHTRF法を応用した新規スクリーニング方法を開発した。本方法ではIKKβ-FLAGの濃度依存的にシグナルは増加し高いS/B比が得られ、NBD peptideは濃度依存的な阻害作用を示した。従って本方法はS/B比が高い点、低容量かっ高密度プレートが使用可能、洗浄操作が不要な点、NBD peptideの阻害作用が観察される点から、HTSに適した方法である。

(2)ELISA法を応用したIKKβ-NEMO結合測定法

HTRF法を用いてHTSを実施した場合、自家蛍光を持つ化合物等が偽陽性化合物となる可能性がある。それらを除くため、洗浄操作を含むELISA法を応用した結合測定系を開発した。本方法では、固層化したIKKβ-FLAGに種々濃度のHis-NEMo(1-265)を添加すると、濃度依存的にシグナルは増加し高いS/B比が得られ、NBD peptideは濃度依存的な阻害作用を示した。従って本方法はS/B比が非常に高く、NBD peptideの阻害作用が観察され、化合物自身の影響を受けない方法であることから、HTRF法で得られた陽性化合物から偽陽性化合物を除くことが可能なアッセイ系である。

(3)IKK complexを用いたキナーゼ活性測定法

両者の結合を阻害する化合物が、酵素活性を阻害するかを検討するために、精製IKK complexを用いたキナーゼ活性測定系を構築した。本方法では時間依存的に反応が進行し、高いS/B比が得られ、NBD peptideは濃度依存的な阻害作用を示した。このことはNBD peptideがすでに結合している両者を解離することで酵素活性を阻害することを示している。従って、本方法により、結合阻害作用のある陽性化合物のIKK complexに対する酵素阻害作用を評価できることが示された。

(4)IKKβ-NEMOの結合阻害を指標としたHTS

約15000検体の化合物を対象としてHTRF法を用いたHTSを実施し、11種の陽性化合物を得た。次に11化合物についてELISA法を実施した結果8化合物が陽性となった。陰性となった3化合物はHTRF法における何らかの偽陽性化合物であったと推測される。陽性8化合物についてIKK complexの酵素活性に対する阻害作用を評価したところ、7化合物が陽性となった。これら7化合物はIKK complexとして結合している両者を解離することで酵素活性を阻害する化合物であり、強力なIKK阻害葉になると期待される。一方、陰性となった1化合物は、両者の結合を阻害する作用はあるが、すでに結合している両者を解離できないと考えられる。

【小括】

本研究において私は、HTRF法に着目し、高速かっ高感度なIKKβ-NEMO結合阻害化合物探索を実現し、ELISA法を応用した結合測定法やIKKcomp]exを用いたキナーゼ活性測定法を組み合わせることで、効率的なスクリーニングシステムを構築した。今後、陽性であった7化合物の更なる解析を通して、新規IKK阻害薬の開発を推進したい。

【総括】

以上の研究により私は、PKN1によるIKK/NF-KB活性の新規調節機構の一端を明らかとし、PKNIがリウマチ等の炎症性疾患の病態におけるIKK異常活性化に関与する可能性を示した。また創薬の観点から、IKKβ-NEMOの結合阻害を指標とした新規スクリーニングシステムを構築した。IKKは炎症性疾患や癌疾患の標的分子として重要であり、本研究より得られた知見及び創薬方法は、今後これらの疾患理解や治療において重要な報告となると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

現在国内において、関節リウマチに悩む患者は70―loO万人と言われており、今後高齢化社会が進むにつれてその数はさらに増加すると考えられている。関節リウマチに対しては、これまで根治療法はみっかっておちず、関節リウマチの治療で重要なのは、関節の破壊を食い止めることである。

その治療の標的として、炎症性サイトカインにより活性化されるIKK/NF-κBシグナルが注目されている。後藤は、リン酸化酵素PKNIによる同シグナルの活性調節機構の解明と、IKKβとNEMOの結合阻害を標的とした新規創薬システムの構築という2っのアプローチにより、関節リウマチ等の炎症性疾患の治療に貢献することを目指し、本研究を行った。

I.PKN1のTRAF/IKK/NF-κBシグナルへの関与

PKN1はC末端側にPKCファミリーと相同性の高い触媒領域を有するセリン/スレオニンキナーゼである。生体内でPKN1は多くの組織で発現が認められるが、特に胸腺・脾臓といった免疫系組織に発現が多い。近年後藤らはPKN1の新規結合因子としてTRAF2を同定したが、両者の結合の生理的意義は不明であった。TRAF2はTNF受容体ファミリーの下流でIKK/NF-κB活性化を仲介する鍵分子である。またIKK/NF-κB活性化は炎症反応を惹起することから、炎症性疾患の創薬における重要な標的である。従って、TRAF/IKK/NF-κBの活性化機構を明らかにすることは、炎症性疾患治療薬の開発において重要な知見とな。そこで後藤ばPKN1によるTRAF/IKK/NF-KBシグナルの活性調節機構を明らかにすることを目指した。

本研究で後藤は、PKN1はTRAF1をリン酸化し、TNF2との結合を促進することで、TNFR2下流のIKK/NF-KBの活性化を抑制すること、PKN1によるTAFIのリン酸化が起こらない場合、TRAF1とTNFR2の結合は減弱し、TRAF2とTNFR2の結合が強することで、IKK/NF-KBの活性化が起こることを明らかとした。つまりPKN1はTRAF1をリン酸化しIKK/NF-κBの恒常的活性化を抑制することで、過剰な炎症反応を抑制していると考えられる。本研究から得られた知見はリウマチ等の慢性的な炎症疾患の病態理解において重要な知見であると言える。

ll,IKKβ-NEMOの結合阻害を指標とした新規IKK阻害薬のスクリーニングシステムの開発

サイトカインにより活性化されるIKK/NF-κBは、リウマチ病態の炎症反応で中核的な役割を担っている。特にIKKβは抗リウマチ薬の開発において重要な標的分子であるが、IKKβのキナーゼ活性阻害薬として臨床試験入りしている化合物は少ない。一方、IKKβが機能を発揮するにはNEMOとの結合が必須であり、両者の結合を阻害するNBDpeptideが種々刺激によるIK邸/NF一κBの活性化を抑制することが報告されている。そこで後藤は、両者の結合を阻害する低分子化合物を探索するために、ハイスループットスクリーニング(HTS)に適した新規スクリーニングシステムの開発を目指した。

本研究において後藤は、HTRF法に着目し、高速かっ高感度なIKKβ―NEMO結合阻害化合物探索を実現し、ELISA法を応用した結合測定法やIKK complexを用いたキナーゼ活性測定法を組み合わせることで、効率的なスクリーニングシステムを構築した。陽性であった7化合物の更なる解析を通して、新規IKK阻害薬開発の道を切り開いた。

以上の研究により、後藤は、PKN1によるIKK/NF-KB活性の新規調節機構の一端を明らかとし、PKN1がリウマチ等の炎症性疾患の病態におけるIKK異常活性化に関与する可能性を示した。また創薬の観点から、IKKβ-NEMOの結合阻害を指標とした新規スクリーニングシステムを構築した。IKKは炎症性疾患や癌疾患の標的分子として重要であり、本研究より得られた知見及び創薬方法は、今後これらの疾患理解や治療において重要な知見である。これらの成果は博士(薬学)にふさわしい成果と審査委員会で評価された。

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