学位論文要旨



No 217501
著者(漢字) 越崎,健司
著者(英字)
著者(カナ) エッサキ,ケンジ
標題(和) CO2分離用多孔質Li4SiO4吸収材に関する研究
標題(洋) Study of Porous Li4SiO4 Absorbents for CO2 Separation
報告番号 217501
報告番号 乙17501
学位授与日 2011.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17501号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堤,敦司
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 鹿園,直毅
 東京大学 准教授 白樫,了
 東京大学 教授 迫田,章義
内容要旨 要旨を表示する

第1章 緒論

排ガスからのCO2回収・貯留(CO2 Capture and Storage、CCS)におけるCO2分離において、消費エネルギー及びコストの削減を図り、燃料の改質あるいはガス化により生成したCO2を燃焼前に分離する燃焼前回収が検討されている。この場合アミン吸収液に代わる高温用の固体吸収材が有効だと考えられる。また、高温用吸収材は反応と同時に副生成物のCO2を分離し非平衡状態で反応を促進させる非平衡改質・ガス化でも必要となる。高温用CO2吸収材としては酸化カルシウム(CaO)がよく知られるが、CaOによるCO2吸収・放出の平衡温度(100vol% CO2中の放出で最低限必要な温度)は1170 Kと高く、さらに吸収・放出サイクルにより反応性が低下することが知られる。ナトリウムジルコネート(Na2ZrO3)やバリウムチタネート(Ba2TiO4)等も研究されているが、いずれもCO2放出に1170 Kを超える温度が必要である。それに対し、リチウムシリケート(Li4SiO4)は773 Kのような高温でCO2を吸収することが知られ、かつCO2吸収・放出の平衡温度がCaOより200 Kほど低い。さらにCO2吸収の完了による体積増加が40%であり、118%増加するCaOより小さい。そのためLi4SiO4の粉末では、CO2吸収・放出を5回繰返しても吸収性能を維持できることが報告された(Kato, M. and K. Nakagawa, J. Ceram. Soc. Jpn., 109, 911- 914 (2001))。一方、それらの検討は粉末を用いたものがほとんどであり、Li4SiO4とCO2の反応が確認されたにすぎない。そこで本研究では、多孔質なLi4SiO4吸収材を作製し、CO2吸収・放出における反応特性、および吸収・放出サイクルにおける反応性変化を把握する。さらにその微細構造を調べ、反応機構を解明する。また、充填層反応器におけるCO2吸収特性も把握する。

第2章 室温におけるLi4SiO4のCO2吸収特性

Li4SiO4の幅広いCO2吸収可能温度に着目し、室温における空気からのCO2吸収特性を調べ、多孔質Li4SiO4吸収材(0.2-0.5 mm)を充填した反応器がCO2をほぼ100%吸収する高い性能を示し、従来材(ソーダ石灰)より高い反応率まで反応が進むことを見出した(図1)。吸収材はLi4SiO4粉末を造粒して作製しており、Li4SiO4粉末の粒度分布(図2)と吸収材の細孔径分布(図3)を調べた。その結果、吸収材はLi4SiO4一次粒子の凝集体(平均2.98 μm)が集合した構造であり、凝集体間のマクロ孔と凝集体内の10 nm程度の気孔を有すると考えられた。吸収材表面のガス境膜内CO2拡散、凝集体間のマクロ孔内CO2拡散、生成物層内の細孔内CO2拡散およびイオン(Li+、O2-)拡散の各拡散抵抗を比較した結果、生成物層内の細孔内CO2拡散が律速であることが示唆された。また、吸収材の気孔率は19.7%であった。したがって反応完了に相当するLi4SiO4の体積膨張は不可能であり、生成物層内の細孔の閉塞により反応が途中で停止すると考えられる。さらに、吸収材の初期含水量の減少がCO2吸収を低下させることを見出し、酸・塩基反応と関連付けた。

第3章 高温におけるLi4SiO4吸収材のCO2吸収・放出特性

Li4SiO4の多孔質ペレット(5 mm、図4)を作製し、単一ペレットの吸収・放出特性(20vol% CO2、873 Kで吸収、1073 Kで放出)を調べた。その結果、1 hで72%の反応率を示す高いCO2吸収速度を有するとともに、CO2放出が完了し初期と同様の状態に戻ることを把握した。また、吸収材を構成するLi4SiO4凝集体(約5 μm)の表面の観察により、ナノサイズの一次粒子の存在を見出した(図5)。吸収材の作製法は第2章と異なり、Li4SiO4の原料粉末を造粒した後に熱処理合成したが、凝集体間のマクロ孔と凝集体内のナノサイズ孔の2元的な細孔構造を同様に有することが明らかになった。高温のCO2吸収では、固体生成物Li2CO3(融点:1003 K)による反応阻害を低減するため、K2CO3を添加しLi2CO3-K2CO3の共融混合物(融点:763 K)を形成させている。CO2吸収後の吸収材の微細構造観察により、共融混合物と考えられる物質の生成を確認した。

第4章 高温におけるLi4SiO4吸収材充填層のCO2吸収特性

Li4SiO4ペレット充填層のCO2吸収特性に関し、773 Kで流通ガス(20vol% CO2)からCO2がほぼ除去される高い吸収性能を有することを把握した。また、CO2吸収(発熱反応)に伴い最大130 Kの温度上昇が生じ、高温部が充填層前部から後部に移動することを見出した(図7)。連続槽型反応器を仮定し、単一ペレットの吸収特性を用いて物質収支および熱収支に基づくに基づくシミュレーションを行った結果、反応領域の移動が生じたことが示唆された。さらに、873 Kに温度を上げて反応を行なうと温度上昇幅が縮小することを把握した(図8)。CO2放出の温度域に近づき、吸収が抑制されたと考えられる。

第5章 低濃度CO2雰囲気におけるLi4SiO4吸収材の吸収・放出サイクル

20vol% CO2中でLi4SiO4ペレットの吸収・放出サイクル(873 Kで吸収、1073 Kで放出)を行った結果、50サイクルで吸収速度が初期の70%に低下した。材料分析により、放出の未完了やLi2CO3の揮発ではなく、Li4SiO4凝集体の焼結(図9左)に見られる構造変化が主要因であることを解明した。Li2ZrO3粒子を添加し凝集体間に残存させる構造が焼結を抑制することを見出し(図9右)、50サイクル後でも吸収速度が初期の90%以上で維持されることを確認した。

第6章 温度とCO2濃度がCO2吸収速度に与える影響

高温でのCO2分離装置の設計に役立てるため、温度673-973 K、CO2濃度5-15vol%の範囲でLi4SiO4ペレットのCO2吸収速度を調べた。温度は吸収速度に大きな影響を与え、温度上昇とともに吸収速度が増大した後、急激に低下することを見出した。

第7章 高濃度CO2雰囲気での放出によるLi4SiO4吸収材の吸収・放出サイクル

CCSへの応用を想定し、100vol%CO2中の放出(1123 K)で吸収・放出サイクルを行ない、Li4SiO4ペレットの反応性の変化を調べた結果、20vol%CO2中の放出(1073 K)でのサイクルより反応性低下が速いことを見出した。平衡をずらすために放出温度を上げたことが一次粒子の焼結を促進したと考え、再配列・粒成長を防ぎ、焼結を抑制することを目的とし、Li2ZrO3粒子に替えてTiO2繊維を添加した結果、20サイクル後でも吸収速度が初期の80%以上で維持され、吸収・放出サイクルにおける反応性が高い構造であることを確認した。

第8章 N2中での放出によるLi4SiO4吸収材の吸収・放出サイクル

非平衡改質・ガス化を想定し、N2中でのCO2放出(973 K)によりLi4SiO4ペレットの吸収・放出サイクルにおける反応性を調べた結果、5サイクルで反応性が低下しないことがわかった。

第9章 Li4SiO4吸収材を用いたメタンの水蒸気改質における非平衡改質効果

CO2が副生成物であるメタン水蒸気改質において、改質触媒とLi4SiO4ペレットを混合し、生成したCO2を反応場で吸収することによる非平衡効果を検討した。温度がメタン転化率への非平衡効果に大きな影響を与えることが見出された。CO2吸収によりシフト反応が非平衡状態で促進され、CO濃度が低下したことがメタンと水蒸気の反応を促進させたことを明らかにした。

第10章 Li4SiO4吸収材を用いたエタノールの水蒸気改質における非平衡改質効果

原料にエタノールを用い、第9章同様にLi4SiO4吸収材による非平衡効果を調べた。850 Kで水素生成量が1.5倍に増加する大きな非平衡効果が得られ、水素濃度は99vol%を超え、一酸化炭素濃度は0.12vol%未満となることを確認した。

第11章 結論

総じて、本研究では従来粉末がCO2と反応することが確認されていたCO2吸収材Li4SiO4に関し、多孔質体の反応特性と微細構造を明らかにし、拡散抵抗を比較し反応モデルを提案した。高温(773-973 K)での吸収では、5 mm程度のサイズの多孔質ペレットでも吸収・放出サイクルの反応性が高い構造を形成できることを確認した。また、充填層反応器を用い、CO2吸収性能の高さとともに、反応場でのCO2吸収により大きな非平衡効果が得られることも見出した。本研究で得られた知見により、多孔質体という実用的な形態のLi4SiO4における反応の進み方が明確になった。

図1 CO2捕集性能の比較(充填層:径10 mm、長さ70 mm、ガス供給量1000 cm3 min-1、CO2: 300 ppm、H2O: 6300 ppm)

図2 Li4SiO4粉末の粒度分布

図3 Li4SiO4吸収材の細孔径分布

図4 Li4SiO4吸収材の微細構造

図5 Li4SiO4凝集体表面の構造

図6 CO2吸収による温度上昇の推移(773 K)

図7 CO2吸収による温度上昇の推移(873 K)

図8 吸収・放出サイクル50回後の吸収材微細構造にLi2ZrO3粒子添加が与える効果(左:添加なし、右:添加あり)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Study of Porous Li4SiO4 Absorbents for CO2 Separation (CO2分離用多孔質Li4SiO4吸収材に関する研究)」と題し、CO2回収・貯留における高効率CO2分離プロセスの開発を目的として、高温用CO2固体吸収材として多孔質リチウムシリケート(Li4SiO4)ペレットを作製し、CO2吸収・放出における反応特性および吸収材の微細構造の変化を調べ、反応機構について検討したものである。本論文の構成は11章から成っている。

第1章は序論であり、CO2分離のための新規高温用CO2吸収材であるLi4SiO4に関する既往の研究がまとめられている。Li4SiO4はCO2吸収・放出サイクル特性に優れているが、既往の研究は粉末を用いたものがほとんどであり、多孔質化したペレットの反応特性は不明な点が多いことが述べられている。

第2章では、Li4SiO4粉末を造粒して作製した多孔質Li4SiO4吸収材を充填した充填層反応器で、室温におけるCO2吸収特性について調べた結果、CO2をほぼ100%吸収し、従来材より高い反応率まで反応が進むことを見出している。多孔質吸収材はLi4SiO4の凝集体が集合した構造であり、各拡散抵抗を比較した結果、生成物層内の細孔内CO2拡散が律速であることを明らかにしている。また、生成物層内の細孔の閉塞によって反応が途中で停止すること、および吸収材の初期含水量の減少がCO2吸収を低下させることを見出し、酸・塩基反応と関連付けている。

第3章では、原料粉末を造粒した後に熱処理合成により高温用Li4SiO4多孔質ペレットを作製し、単一ペレットの高温におけるCO2吸収・放出特性を調べ、高いCO2吸収速度と、優れたサイクル特性を有することを確認している。また、ナノサイズの一次粒子の凝集体が存在し、その凝集体間のマクロ孔と凝集体内のナノサイズのミクロ孔の二元的な細孔構造を同様に有することを明らかにしている。また、生成物Li2CO3が溶融塩を生成し、これにより細孔閉塞が生じ吸収速度が低下することを明らかにしている。

第4章では、Li4SiO4ペレット充填層により高温でのCO2吸収特性実験を行い、流通ガス(20vol% CO2)からCO2がほぼ除去される高い吸収性能を有することを示している。また、発熱反応であるCO2吸収に伴い温度上昇が生じ、高温部が充填層入口から出口に移動することを見出した。連続槽型反応器を仮定し、単一ペレットの吸収特性を用いて物質収支および熱収支に基づくシミュレーションを行った結果、反応領域が存在し、これが充填層内の入口から出口に向けて移動していくことが示され、充填層内の温度分布の時間変化を説明できることが述べられている。

第5章では、充填層反応器を用いてLi4SiO4ペレットの低濃度CO2吸収・放出サイクル特性を調べ、サイクルにおける構造変化により吸収速度が低下することを明らかにした。また、Li2ZrO3粒子を添加することによって焼結を抑制することを見出している。

第6章では、充填層反応器を用いてLi4SiO4ペレットのCO2吸収速度の温度およびCO2濃度の影響を調べ、温度上昇とともにCO2吸収速度が増大した後、急激に低下することを見出している。

第7章では、CCSへの応用を想定し、100vol%CO2ガス中でCO2放出を行う場合の吸収・放出のサイクル特性を調べ、20vol%CO2ガスの場合より速く反応性が低下することを明らかにしている。そこでLi2ZrO3粒子に替えてTiO2繊維を添加した結果、吸収速度がかなり維持されることを見出している。

第8章では、非平衡改質およびガス化への応用を想定し、N2雰囲気でのCO2放出によるLi4SiO4ペレットのCO2吸収・放出サイクルにおける反応性を調べ、反応性が低下しないことを確認している。

第9章では、Li4SiO4ペレットを改質触媒と混合したメタン水蒸気改質充填層反応器において、非平衡効果について検討している。生成したCO2が吸収されることにより平衡がシフトし反応が促進されることを明らかにしている。

第10章では、エタノール水蒸気改質における非平衡効果について調べられ、水素収率が増加する大きな非平衡効果が得られることを確認している。

第11章は、総括の章であり、CO2分離のための多孔質Li4SiO4吸収材に関し、反応特性と微細構造を明らかにし、反応構造モデルを提案した。高温での多孔質ペレットによるCO2吸収・放出サイクルで高い反応性をもつ構造を形成できることを確認した。また、充填層反応器を用い、CO2吸収性能の高さとともに、反応場でのCO2吸収により大きな非平衡効果が得られることも見出した。

以上に示すように、本論文は、CO2分離用多孔質Li4SiO4吸収材に関する基礎的研究を行い、多孔質Li4SiO4吸収材を用いたCO2分離プロセスの特性とその課題を明らかにしたものである。ここで得られた知見は、CO2回収・貯留における高効率CO2分離プロセスの開発に資するものであり、機械工学およびエネルギー工学に大きな貢献をするものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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