学位論文要旨



No 217503
著者(漢字) 西脇,由弘
著者(英字)
著者(カナ) ニシワキ,ヨシヒロ
標題(和) 原子力発電施設の法規制における法目的を達成する機能要求に関する研究
標題(洋)
報告番号 217503
報告番号 乙17503
学位授与日 2011.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17503号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 教授 交告,尚史
 東京大学 准教授 木村,浩
 近畿大学 教授 杉浦,紳之
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

本研究は、原子炉等規制法の「法目的」を達成するための「機能要求」について、歴史的経緯、法の持つべき構造などの解明を行った上で、政省令に機能要求を組込んだ原子炉等規制法の改正案を具体的に示し、更に機能要求を法定化した場合の効果について考察する。

2.原子炉等規制法等の制定当時の議論

2.1 原子力基本法制定当時の議論

同年10月19日に開催された第四回の原子力合同委員会において、経済企画庁から、放射線障害の防止に関する項目は含まれていない原子力基本法案要綱第一次(案)が示されたが、審議の結果、放射線障害の防止も同法案要綱に含ませることとなった。

昭和30年11月30日から衆議院法制局を含め上記要綱(案)を法文化する作業に入り、同年12月2日の第十七回原子力合同委員会に提出された原子力基本法案(第一次案)において、原子炉の管理の各条に「別に法律で定めるところにより」が挿入された。

2.2 放射線障害防止法制定当時の議論

昭和30年11月9日、科学技術行政協議会に、エックス線やレントゲン装置、原子炉も包摂した一般法として、放射性物質等取締法案要綱案が提出された。

昭和31年12月28日の第55回原子力委員会定例会において、厚生省等関係省庁の所管問題を背景とした意見に基づき、主務大臣を科学技術庁長官とし、エックス線等に対する取締りは除外するとの方針が決定された。

翌昭和32年2月22日の第十二回原子力委員会に、この除外を明確にするため名称が変更された「放射性同位元素等の放射線による障害の防止に関する法律案要綱」が提出された。

2.3 原子炉等規制法制定までの議論

昭和31年2月2日に、原子力合同委員会事務局が策定した核原料物質および核燃料物質管理法案要綱においては、同法案要綱の法目的は放射線「障害の防止」であり、放射線障害防止法を準用し遵守を義務付けるという放射線障害防止法を同法案の上位法とする法体系が予定され、また、許可基準は総理府令で定めることが予定されていた。

昭和31年12月28日の放射線障害防止法を一般法としないという決定を受けて、昭和32年4月11日の第14回原子力委員会定例会で、初めて、放射線障害防止法を上位法とはせず、また、「災害の防止」を許認可基準とする原子炉等規制法案の概要が示された。この概要の前文には、放射線障害と、原子炉等の暴走、爆発等を防止するために規制を行う旨が示され、「災害の防止」を許可基準とすることがうたわれた。

また、「災害の防止」を具体化した総理府令は定められず、「災害の防止」に関する技術基準については、技術が進歩していることから、政令で定めるのは現実的ではないとされた。

3.法律の構造と基準の階層化

3.1 法律が持つ構造

規制法における許可は、当該申請が「許可の要素」を充足している場合に行われる。

許可を得た者がその一部を変更しようとする場合、その行為が「許可の要素」に抵触すれば変更の許可が必要となる。

3.2基準の性能規定化

2002年、原子力安全・保安院は、「原子力発電施設の技術基準の性能規定化と民間規格の活用に向けて」を公表し、技術基準の性能規定化を行うこととした。この報告書により、国が定める技術基準は性能を中心とした規定(性能規定)とし、性能規定化された技術基準の水準を充足する具体的仕様規格として、民間規格をエンドースすることとした。

3.3法律と基準の階層構造との関係

行政庁は、許可の申請が「許可の要素」を充足していると判断した場合に許可を行い、許可に当たって審査基準を定め、その審査基準にしたがって許可するか否かを判断する。

すなわち、許認可における「許可の要素」の充足性の判断は、審査基準に合致しているかどうかによることとなる。したがって、「許可の要素」は、審査基準と整合するものとなっており、更には、「許可の要素」と審査基準を一致させれば、両者の関係が複雑にならず、法の解釈や運用も明瞭・容易になる。

4.原子炉等規制法の構造

4.1原子炉等規制法の設置許可における「機能要求」の不存在

原子炉等規制法第二十四条第一項第四号において、原子炉の災害の防止が許可基準となっているが、この防止すべき災害が如何なるものであるかは、それを具体化した政省令が法に定められていないことから明確ではない。また、原子力安全委員会がダブルチェックを行う際の判断基準の内規である各種指針類も、如何なる安全確保体系を持っているのかという体系化はなされていない。

4.2原子炉等規制法の機能要求の必要事項

実用発電用原子炉に対する設置許可の取消訴訟における、被告国の安全審査の内容に関する主張は下記の項目となっている。

第一は、原子炉施設の平常運転時における被ばく低減に係る安全確保対策であり、

第二は、原子炉施設を取り巻く自然的立地条件に対し配慮をした上、多重防護の考え方に基づき、異常状態の発生防止、異常状態の拡大防止し、、放射性物質の環境への異常放出の防止という事故防止対策を講じることであり、

第三は、原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策である。

4.3放射線障害防止に係る問題点

原子炉等規制法の設置許可において、周辺公衆の被ばくを一定限度以下に抑えているかを審査する具体的な基準はない。周辺監視区域外の線量限度については、原子炉等規制法第二十四条第一項第四号の「災害の防止」から直裁に規制されているのではなく、同法第三十五条と第三十七条に基づいて、運転管理段階での放射性物質の放出の管理によって担保される法構造となっている。放射線業務従事者についても、同じ規制構造をとっている。

5.性能規定化に伴う問題点等と解決策

5.1現行規制の問題点

安全文化や品質保証が保安規定に盛り込まれるなど、規制範囲が拡大している。

設置許可については、性能が申請書本文に記載されていない、基本設計と詳細設計の区分が明確ではないという問題がある。加えて、変更許可は、安全側の変更には要しないという運用を行なっているため、当初申請される状態の安全レベルが低くなるという傾向を生む可能性がある。

性能規定化の導入により、民間規格を規制基準として使用することとしため、必要最低限の性能水準要求よりも高いレベルで規制される可能性がある。また、民間規格が規制規準となることから、制定・改正される民間規格の安全水準が低下し、規格の対象範囲が狭ばまり、作成に消極的になる、という負の循環・連鎖を生んでいる可能性がある。

5.2包括的安全解析書の導入

設置許可申請書に、建設・運転管理などの後段規制の方針を記載し、届出や補完によりアズビルトを行い、規制の総体をあらわす図書とし、これを包括的安全解析書とする。

包括的安全解析書は、申請者が守ると規制側に約束した事項でもあり、民間規格を用いるなどにより、必要最低限の規制基準を上回るものとなっている。

包括的安全解析書の変更を要する場合は、性能要求水準に対し有意な安全水準の低下をもたらす場合とする。事業者は、高い安全を持った申請を行なえば、より自由度が確保できることから、この変更要件は、申請の安全レベルを高める効果を持つ。

5.3監視型規制の導入

包括的安全解析書の遵守状況を監視する検査を導入する。この検査は、事業者の安全レベルの低下の度合いに応じて、検査範囲やその量を増加させるインセンティブ規制とする。

6.原子炉等規制法の改正案の検討

下記の事項を盛込んだ原子炉等規制法改正案を提示する。

・法第一条の目的に、IAEAや諸外国の原子炉規制の法目的との整合などの観点から、「原子炉の災害の防止」とあわせ「放射線の障害の防止」を改正案の法目的に直際に盛込む。

・法第二条に、「周辺監視区域」の定義を追加し、法第三十八条に、環境放射線モニタリングを法定化し、都道府県の法定受託事務とする。

・法第二十三条の設置許可申請書本文事項の「原子炉及びその付属施設の位置、構造及び設備」に、「並びにその性能」を追加する。

・法第二十四条の許可の基準に、第五号を新設し、原子炉による災害と併せ、放射線による障害の防止を定め、政省令への委任を明記する。

・法第二十六条の変更の許可に、政省令への変更要件の委任の条文を新設する。

原子炉等規制法の改正に伴い、下記の事項について、施行令を改正する。

・令第二条に枝番を新設し、放射線業務従事者の定義を行なう。

・令第十一条に枝番を新設し、多重防護、公衆との離隔及び放射線の障害防止の基準を定め、技術上の基準等の省令への委任を明記する。

原子炉等規制法と施行令の改正に伴い、下記の事項について、実用炉規則を改正する。

・実用炉規則第一条に、単一故障、運転時の異常な過渡変化、及び事故の定義を追加する。

・第二条の設置許可申請書の本文記載事項に、「性能」を追加する。

・第二条に枝番を新設し、自然的立地条件、多重防護及び公衆との離隔について、設置許可の技術上の基準を定める。

・第三条に枝番を新設し、原子炉の設置に係る変更の届出の要件を定める。

線量限度告示について、法の改正に伴い、下記事項の改正を行なう。

・第三条に定める周辺監視区域外の線量当量限度が、法第二十四条第一項第五項を受けた施行令第十一条の二第三項の線量限度であることを明記する。

・第六条に定める放射線業務従事者の線量限度が、法第二十四条第一項第五項を受けた施行令第十一条の二第三項の線量限度であることを明記する。

7.結論

7.1本研究の実現がもたらす派生的な効果

原子炉等規制法の法目的として、放射線障害の防止を法文上明らかにすることによって、法が住民を原子力利用に伴う危険から保護していることを明確にすることができる。

本論文で提案している機能要求は、多重防護の物理的イメージを保持していることから、原子炉安全の直感的な把握が可能である。

また、事業者の行なう施設の改造等が、包括的安全解析書の変更に該当するか否かの検討をサイトで判断することによって、原子炉の設計や安全に対する意識が高まる。規制側も、変更要件に該当した行為が行われているか監視型検査を行なうことによって、原子炉安全に着目した検査が実施可能となる。

7.2本研究の意義と結論

本研究においては、多重防護を含む法の機能要求を盛込み、現行原子炉等規制法の持つ弱点を補う改正案を、その政省令まで含めて具体的に提示し、更にシビアアクシデントや安全目標にも対応が可能な改正案となっている。本研究は、原子炉等規制法第条の改正のみならず、安全規制制度や体制の議論に大きく寄与する研究である。

7.3原子炉等規制法改正に向けて

原子炉等規制法の全面改正を行う場合に、本論文に示した改正案が実現されることを望む。

審査要旨 要旨を表示する

核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(原子炉等規制法)は、その制定以来50年以上も経過しており、制定当時の議論は現在では明瞭でなくなったものが多い。他方で原子力技術は大きく成長、成熟していった。その間、国際原子力機関(IAEA)や諸外国の原子力法制の整備は進んでいったが、我が国の原子力法制は、技術進歩、国際標準から見れば大きく乖離したままの状態である。

本論文では、原子力発電施設に対して適用される法律の規制の成立過程を歴史的に俯瞰し、現状での課題を分析し、法の持つべき目的の明確化とそれに対応した機能要求の形をとった法構成の提言がまとめられた。

本論文は、下記の8章により構成されている。

第1章は序論で、研究の背景、目的、方法、既往研究との関係を論じている。

第2章では、原子力基本法、放射線障害防止法、及び原子炉等規制法の制定当時の経緯を探索し、その相互関係を分析した。ここで論ずる、原子炉等規制法の法目的であり、許可基準である「災害の防止」が如何なる概念とされていたかを分析している。

第3章では、許可と、許可の要素の変更に該当する変更許可との関係について法の一般論を展開し、原子力において導入された性能規定化の階層構造の基準と許可の要素の関係について詳述している。

第4章では、原子炉等規制法においては、法や政省令にはその機能要求は存在せず、実質的許可基準とされている各種指針類においても、機能要求という体系は存在しないことを示した。このため、主として設置許可取消訴訟における被告である国が、設置許可において審査したと主張する審査事項を基に、法の機能要求を推認した。また、原子炉等規制法は段階規制構造をとるので、周辺監視区域外や放射線業務従事者の線量限度は、炉規法の設置許可から直裁に規制されず、同法に基づき、運転管理段階での放射性物質の放出管理により担保される法構造となっていることを示した。

第5章では、まず安全文化や品質保証の保安規定への盛り込み等の規制範囲の拡大を説明した。また、基本設計と詳細設計の区分の不明確さ、性能規定化の導入による過度の規制の可能性、また、民間規格の導入作成に消極的になるなどの負の循環・連鎖を生む可能性等の、現行の原子炉等規制法の問題点を指摘した。その解決策として、規制の総体を表す包括的安全解析書の導入及び、その遵守状況の検査である事業者監視検査制度の導入により、これら問題点が解決できることを示している。

第6章では、原子炉等規制法の必要とする機能要求の検討をし、これを3つにまとめた。第一は、原子炉施設の平常運転時における被ばく低減に係る安全確保対策、第二は、原子炉施設を取り巻く自然的立地条件に配慮、多重防護の考え方に基づき原子炉の運転の際の異常状態の発生防止、異常状態の発生時でもその拡大防止、さらに放射性物質の環境への異常放出防止による事故防止対策、第三は、原子炉施設と公衆の離隔による安全確保対策である。これらの事項を機能要求とする政省令案を示し、機能要求(許可の要素)に抵触しない場合は届出でよいとしてその政省令案も具体的に考察、提示している。

さらに、原子炉等規制法全体の構造につき、法目的を「放射線の障害の防止」とすること、放射線業務従事者や周辺監視区域外の被ばく線量を設置許可の審査事項とすること、環境放射線モニタリングを法に組込むことなどを盛込み、全構造としての炉規法や政省令につきその改正案を考察、提示している。

第7章では、本論文をまとめ、その意義及び効果を述べている。法目的に放射線障害防止を盛込むことにより、法が住民を原子力利用に伴う危険から直裁に保護していることが明確に出来ること、法の機能要求が国民との有力なコミニュケーションツールとして使用できることなどを示している。

本論文は、原子力発電施設に対して適用される原子炉等規制法の制定時からの歴史的経緯、議論を俯瞰し、現状での法の課題を抽出、分析し、法目的、機能要求を組み込んだ法構成、多重防護、放射線障害防止等を組み込んだ法構成による原子炉等規制法の改正案の提案を具体的に提示している。これは今後の関連法令を含めた議論、さらに国の安全規制制度、体制の議論に大きく寄与するものと考えられる。

以上のように、本論文は原子力の法規制の議論、具体的な検討、原子力法工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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