学位論文要旨



No 217504
著者(漢字) チャン,ノック トアン
著者(英字)
著者(カナ) チャン,ノック トアン
標題(和) ベトナムにおける放射線安全の質の確立のための熟達した線量学的アプローチに関する研究
標題(洋) Study on proficient dosimetric approach for establishment of radiation safety qualification in Vietnam.
報告番号 217504
報告番号 乙17504
学位授与日 2011.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17503号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 准教授 飯本,武志
 日本原子力研究開発機構 非常勤講師 笹本,宣雄
内容要旨 要旨を表示する

1.序

ベトナムでは平和利用の目的のため、また人々と環境の利益のために、原子力の開発を行ってきたが、同時に、法的規制による放射線の安全、リスク管理を、線量学を通じ定着していくことが重要である。本論文の目的はベトナムにおける放射線安全の質の向上を達成するための線量学的アプローチを明らかにすることである。本論文は8章からなりその構成を図1に示す。

第1章では論文構成と共に、本研究の背景と目的を示す。最近、ベトナムでは放射線とラジオアイソトープの利用が急激に増加しており、又、2020年までに動力炉の導入を計画している。従って、質の高い放射線防護の確立が喫緊の大きな課題である。

放射線安全管理の目標は、放射線作業者や公衆の放射線健康リスクを低く抑えることであり、この目標は次の3分野の活動を通して達成される。

自然及び人工起源の環境放射線の評価

質の高い環境モニタリング・警報システムの整備

放射線医療のための線量学および品質管理システムの整備

2.ベトナムの原子力利用、放射線安全の現状

2章ではベトナムの原子力利用の現状と将来計画を紹介する。放射線および放射性核種利用は、特に医療分野において大きく増加する傾向にある。さらに2020年までに動力炉が導入される。この様な状況の中、原子力安全体制のグレードアップが喫緊の課題である。

3章では自国の原子力の利用と呼応した将来の放射線安全の方向付けに必要な情報を提供するため、ベトナムにおける放射線防護についての諸活動について紹介する。

3.ベトナムにおける自然環境放射線の評価

4章で自然及び人工起源の環境放射からの人の被ばくをまとめる。自然放射線被ばくは主として2つの要素、つまり大気圏に入射してくる高エネルギー宇宙線と、環境の至る所に存在する地表面近くの土壌を起源とする放射性核種である。

初めに、ベトナムにおける宇宙線成分の解析を行った。地方自治体ごとの宇宙線線量が、大気中宇宙線スペクトル計算コードEXPACS(日本原子力研究開発機構)を用い評価、ベトナム全土の詳細な中性子成分を含む全宇宙線線量のマップを初めて作成した。本研究によれば、電離成分による周辺線量率は24.4 nSvh-1 から62.7 nSvh-1、中性子成分の線量率は6.4 nSvh-1 から 54.6 nSvh-1と評価された。

土壌中の自然放射性核種からの外部被ばく量評価には、(1)土中に含まれる核種の濃度の測定値から計算により外部γ線線量を求める方法と、(2)大気中の外部γ線線量率を直接測定しそこから宇宙線成分を差し引いて求める方法の2種類を適用した。全国から収集した464個 の土壌試料を測定した平均放射能強度は、238U が (43.6 ±19.0) Bqkg-1、232Thが (59.7 ± 19.8) Bqkg-1、40K が (403 ± 244) Bqkg-1 であった。ベトナムの人工加重吸収線量は(71.6 ± 30.3) nGyh-1であった。この値は世界の線量率の変動の範囲内 (32 - 93) nGyh-1におさまるが、世界の平均値の59 nGyh-1に比べると高めである。人工加重実効線量率は(50.2 ± 21.2) nSvh-1となった。宇宙線の影響を差引いた後のデータは土中の238U、 232Th、40Kの放射能濃度から計算した値とよく一致した。

ベトナム全土の正確な自然放射線線量分布を作成する為に以下のアプローチをとる必要がある。

過去の放射線バックグランドの測定や測定値の宇宙線寄与を補正するために用いたサーベイメータを校正すること。

地上での線量率の測定に、最新のソフトウェアを装備したNaI(Tl)サーベイメータを使用し、そこでの宇宙線線量率値を合算すること。

異常な大気線量率の発生時にはその場所での放射性核種の土中濃度を知る必要がある。

4.人工放射線環境と放射線安全のための線量評価

5章では放射線物質の環境への漏えいと人の諸々の活動に伴う公衆の被ばく量をまとめた。ベトナムにおける人工放射線による影響の予備評価も紹介する。全出力4GWの動力炉が2020年までにベトナムで運転を開始するため、公衆の放射線安全確保を計画的に考えていく必要があり、この問題については6章で議論する。

他方で、ますます増大するX線発生装置、放射線療法、核医療機器と共に原子力技術の利用や取扱い数も急激に増大している。医療分野における放射線線量評価と放射線安全については7章で扱う。

5.ベトナムの高品質な環境モニタリング・警報システムの整備

6章では定常時及び緊急時の環境放射線の放射線モニタリングシステムについて、又、環境用線量計の改良の研究について考察する。ベトナムにおける高品質の環境用モニタリング・警報システムについても提案する。

線量計システムを構成するサーベイメータを海上の木製ボートに持ち込み、宇宙線の応答を決定した。これらの検出器はベトナム原子力科学技術研究所(INST)において、種々の外部環境放射線成分に対する応答を決定するため、検出器と遮へい体を様々に配置して測定を行った。

これらの結果は、海上での測定結果との間で整合がとれていた。最新のソフトウェアを装備したNaI(Tl)サーベイメータは宇宙線に対してほとんど感度がなく、かつレスポンスの角度依存性が少ないことから地上γ線の測定には非常に有用である。

TLD-100とHarshaw4000読取り機で構成される熱蛍光線量計システムの研究を、国際標準書IEC-1066 「個人及び環境モニタリング用熱蛍光線量計」(国際電気工学委員会)に則って実施した。

外部環境γ線線量計の校正のプロトコルが、ベトナム国立線量計校正研究所(NDCL)で整備された。測定結果は空気カーマ率と比較され、その差が137Csで5%以下、60Coで5%程度、226Rnで2%から10%であると評価され、各線源の空気カーマの標準放射線場が5%以下の精度で確立された。NaI(Tl)スペクトロメータで低レベルの環境放射線線量率を連続的にモニタリングし、重要な核種同定を行う手法を開発した。

以上のスタディを踏まえ、ベトナムの総合放射線モニタリング・警報ネットワークを考案した。そのシステムは、ベトナム原子力研究所(VAEI)内に設置する中央モニタリング局、ハノイ、ダナン、ホーチミン、ニントゥアンの地方モニタリング局、地域境界での地方モニタリングポイントから構成される。モニタリング局には、モニタリングポストとステーションが配備される。首都ハノイとホーチミンには全土に責任を持つ緊急時対応チームが配置され、ベトナム国内で原子力事故が起こったときの対応に当たるシステムとした。

6.ベトナムの医療応用における線量計および品質管理システムの進展

7章では放射線医療機器の品質管理や患者の線量管理を通じたベトナムの放射線医療における線量計および品質管理システムの進展を議論する。

X線システムの品質管理試験では、X線管の印加電圧kV(その精度、再現性、一貫性)の検証が最も重要である。kVは像の画質と患者の被ばく線量の両方に影響を及ぼすため、kVpメータでチェックする必要がある。ここでは新しいPPVメータを含むすべての種類のkVpメータの校正法を開発、整備した。

ここでの成果に基づき、これまで定期的にベトナム全土を対象とした放射線治療施設の品質管理を実施してきた。その結果、このプログラムに参加している放射線治療施設間ではバラツキは5%以下に抑えられるまでになった。物理士、医師、技術者の放射線取扱いの知識と技能はこの外部検査プログラムを通して改善された。

診断用放射線医学による被ばくは人工放射線からの国民線量の大半を占める。これらの線量を管理する為、X線イメージング手法の設計と使用の最適化を図ることが必要である。ベトナム2次標準線量施設(SSDL)では診断医療のための新たな放射線の特性を表すRQR、 RQA 、RQTを確立することに成功した。これら一連のRQR、 RQA 、RQTは、IAEAコードの基準及びIEC標準61267と共に編集されている。これらの編集により医療用X線装置の特性決定や臨床用X線線量評価のためのSSDL - ベトナムの体制が整った。

ここでの校正のシステムは、ギリシャの2次標準線量施設を介して、ドイツ1次標準施設(PTB)とのトレーサビリティがとれており、その確認は相互比較により行われた。それによれば、ここでの結果は大変良好で、他のSSDLの値と2%以内の精度で一致していることを示している。

7.結論

8章では各章における成果をまとめている。主要なものは以下である。

(1) ベトナムにおける宇宙線線量の詳細な全体像の評価を行い、それらを初めて分布図として示した。

(2) ベトナムにおける環境放射線線量率を調べる実際的な方法を提示した。又、これまでに調べられた結果は宇宙線の寄与に対する補正をする必要がある。さらに、新たに最新のソフトウェアを装備したNaI(Tl)サーベイメータを用いて線量率の測定をすべきである。

(3) 外部環境γ線線量計の校正法のプロトコルはベトナムでは既に確立されていて、環境放射線のモニタリングに用いる測定器の評価は可能である。

(4) ここでの検討により、ベトナムの環境放射線モニタリング・警報システムを提案した。

(5) ベトナムSSDLにおいて、診断用放射線医学のための新たな概念であるRQR、 RQA、RQTの確立に成功した。

(6) X線を使った患者の検査の適正化のために、ハノイ病院でX線検査のための標準ESDを決定した。

(7) X線システムの品質管理に用いるkVpメータ(新型のPPVメータを含む)に対する校正法を確立した。

(8) ベトナム全土を対象に、定期的に放射線医療の品質管理および放射線医療装置の検査プログラムを実施した。

ここで示した、ベトナムにおける放射線安全の質的向上を確立するための線量学的アプローチに沿って、ベトナム全土に対し、自然及び人工の放射線源からの環境放射線評価を基礎とし、原子力発電所並びに放射線医療施設に関連する放射線安全の活動を拡大し続ける必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

ベトナムでは放射線利用の急増、原子力発電所計画もあり、質の高い放射線安全の確立が喫緊の課題である。放射線安全の目標は放射線作業者や公衆の放射線健康リスクを抑制することであるが、特に、公衆の安全は、自然・人工起源の環境放射線の評価、環境モニタリング・警報システムの整備、放射線医療の線量学的品質管理により達成される。本論文の目的はベトナムにおける放射線安全の質の向上を達成するための線量学的アプローチを達成することである。本論文は8章からなり以下にそれを示す。

第1章では、本研究の背景、目的、本論文の構成を示している。

第2章では、ベトナムの放射線、原子力利用の現状と将来計画を示す。放射線、放射性核種利用は、特に医療分野で大きく増加しており、2020年までの原子力発電所の導入もあり、放射線、原子力の安全管理体制、線量評価の高度化が喫緊の課題であるとしている。

第3章では、ベトナムの放射線安全の規制機構、職業被曝管理、医療被曝管理、公衆被曝管理、放射性廃棄物管理、緊急時体制、人材養成、原子力発電計画についての現状とその分析をまとめている。

第4章では、ベトナムでの自然起源の放射線源からの外部被曝評価(宇宙線と土壌中の放射性核種による被曝)を行っている。宇宙線線量の解析を、大気中宇宙線スペクトル計算コードEXPACSを用いて評価、全土の詳細な宇宙線線量マップを初めて作成した。電離成分は24.4-62.7 nSvh-1、中性子成分は6.4-54.6 nSvh-1の線量率と評価された。他方、土壌中の自然放射性核種からの外部被曝量評価には、全国464個の土壌試料を測定した。放射能強度は238Uが43.6 ± 19.0 Bqkg-1,232Th 59.7±19.8 Bqkg-1,40K 403±244 Bqkg-1で、人口荷重吸収線量は71.6 ±30.3 nGyh-1であった。これは世界平均の59 nGyh-1より高めである。

第5章では、ベトナムでの人工起源の放射線被曝量を評価した。線源は、医療分野、フォールアウト、放射線源などであり、各々についての検討をした。特に、診断用放射線医療による被曝は人工放射線源からの国民線量の大半を占める。

第6章では、環境モニタリング線量評価について検討した。環境放射線モニタリングシステムの検討を行い、環境放射線線量評価の質を保証するトレーサビリティを有する校正システムにつき述べた。線量計の校正法のプロトコルを述べ線量評価上の検討を加えている。標準線源法では、空気カーマ率との比で137Csと60Co線源で5%以下、226Rnで2-10%と評価、標準放射線場が約5%以下の精度で確立できた。又、線量計システムを構成するサーベイメータに対して、検出器と遮蔽体を様々に配置し種々の外部環境放射線成分に対する応答を決定した。熱蛍光線量計システムではIEC等の国際標準書に則って整備した。ソフトウェアを装備したNa(Tl)シンチレータは、宇宙線に低感度で、応答の角度依存性が少なく、低レベルの環境放射線線量率の連続的なモニタリング、主要な核種同定を行う手法として有効で、これを整備、実証した。ベトナム全土の総合環境放射線・緊急時モニタリングシステムの配置計画、ネットワークとデータ収集系についても検討した。ベトナム原子力研究所(VAEI)内の中央局、ハノイ、ホーチミン(この2者には原子力事故時の緊急時対応チームを配置)、他2つの地方局(計4局)、地域境界での地方モニタリングポイントから構成される。

第7章では、放射線医療分野の計測器の品質管理や、患者の線量管理を通じた線量評価システムの検討を行う。放射線診断は人工放射線の主要因であるが、その被曝はX線イメージング手法とその使用の最適化により抑制できる。患者の検査の適正化の為、ハノイ病院でのX線検査の標準プロトコルを決定した。さらにベトナム2次標準線量施設(SSDL)での線量管理確立の為、国際基準との整合をとり、医療用X線装置の特性決定や臨床X線線量評価のための標準体系を整え、校正システムのトレーサビリティを確立した。国際相互比較でも他国のSSDLの値と2%以内の精度で一致する良好な結果を得た。ハード面でも、画質と患者の被曝双方に影響するX線管の印加電圧制御をkVpメータの校正法の詳細な検討により改良、線量管理の品質を向上させた。この成果はベトナム全土の放射線治療施設の定期的な品質管理プログラムに適用、参加する全施設間のバラツキを5%以下にできた。

第8章は、本論文の結論で全体をまとめた。

以上のように、本論文は放射線・原子力利用の急伸するベトナムにおける放射線安全の質の向上のための熟達した線量学的アプローチを論じたもので、自然及び人工の放射線源の影響を評価し、環境モニタリングシステムの検討を加え、医療放射線の線量評価システムを考察した。これらはベトナムにおける放射線安全の高度化、進展に寄与するところが少なくない。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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