学位論文要旨



No 217507
著者(漢字) 香取,竜生
著者(英字)
著者(カナ) カトリ,タツオ
標題(和) 圧―容量モデルを用いたカルシトニン遺伝子関連ペプチドおよびペルオキシニトリトの心血管系への影響の検討
標題(洋) Cardiovascular Effects of Calcitonin Gene-Related Peptide and Peroxynitrite assessed by Pressure-Volume Analysis
報告番号 217507
報告番号 乙17507
学位授与日 2011.04.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17507号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩中,督
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 准教授 村上,新
 東京大学 准教授 北中,幸子
 東京大学 講師 飯島,勝矢
内容要旨 要旨を表示する

一酸化窒素(NO)は様々な生体活性を示すが、その心血管系への影響、特に心筋への作用については相反する報告がなされている。NOはニトロキシルアニオン(HNO/NO-)やペルオキシニトリト(ONOO-)といった活性窒素種(RNS)を産生することにより間接的に血圧、神経伝達など様々な生体反応に関与するとされているが、各々のRNSがin vivoにおいてどのように産生、分布し、どのような作用を持つのかについては未だ十分には解明されていない。さまざまなRNSがどのような機構で心血管系にどのような作用を及ぼすかを検討することは、NOとRNSの複雑な化学相互作用と生体内での役割を解明するために不可欠である。

In vivoにおける循環器系への影響を調べるために、覚醒下の犬を用いた心圧-容量曲線の解析を行った。外科的に犬の心臓に左室圧モニター、左心室壁間距離計測用の超音波センサー、下行大静脈のまわりに前負荷変更のためのドーナツ状のマノメーター、冠動脈血流計測用の超音波プローブ、薬剤投与用の心房内・血管内カテーテル、ペースメーカーを埋め込み、回復後、ハンモックを用い起立した状態の覚醒した犬に薬剤を投与し、データを収集した。正常心での実験ののちペースメーカーを用い高心拍を維持することにより心不全状態とし同様の実験を行った。心パラメーターとして一回心拍出量(Stroke dimension(SD):拡張末期左室壁間距離(EDD) -収縮末期左室壁間距離(ESD))、短縮率(Fraction shortening(FS):SD/EDD)、最高圧上昇速度(dp/dt max)、収縮末期圧-距離関係(Ees)、dP/dtmax-EDD関係(DEDD)、前負荷動員一回仕事量(prerecruitable stroke work(PRSW):stroke work-EDD関係)、動脈エラスタンス(収縮末期圧/SD)、体血管抵抗(total resistance(RT):SD x 心拍/平均大動脈圧)を求めた。Ees、DEDD、PRWSを指標とすることにより、前負荷・後負荷に左右されない心収縮能・拡張能を測定することが出来るとされている。

さらにIn vitroでの研究として、成犬の心筋細胞を単離し、さまざまな条件下のサルコメア短縮率およびカルシウム濃度の測定を行った。さらに体血管の反応を調べるため摘出した犬の大腿動脈の張力変化を測定した。

RNSの一つであるHNO/NO-は心臓の収縮能・拡張能を増強するが、心不全下においてもその効果が持続する点で、一酸化窒素と異なっており、臨床応用が期待されている。HNO/NO-の投与により血中のカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)の濃度が上がることや、CGRPレセプターの拮抗物質によりHNO/NO-の作用が減弱するなど、HNO/NO-の作用機序にはCGRPが関与しているとの報告がありことより、CGRPの正確な作用とその機序の解明を目指した。

CGRPの投与により、正常心では心臓の収縮力が増加し、末梢の血管抵抗は低下したが、心不全状態では血管拡張のみが見られた。さらに神経節をブロックした状態でも同様の収縮力の増加が見られたが、βブロッカーの影響下では増加は見られなかった。またCGRPの投与により心筋間質内のカテコラミン濃度が上昇したが、全身の血中濃度に変化は見られなかった。[125I]CGRPを用いたオートラジオグラフィーを犬の組織に行ったところ、心筋には結合が見られなかったが、冠動脈、大動脈および星状神経節の周囲には豊富なCGRPレセプターが存在することが判った。単離した心室筋細胞はCGRPに反応しなかったが、摘出された大腿動脈はCGRPにより弛緩することが判った。

本論文のSection oneで、犬においては、CGRPは心臓の収縮力を、局所の神経からのβ刺激物質の分泌を促進することにより間接的に増加させることを示した。一方血管に対しては、β刺激とは関係なく弛緩作用を示すと考えられた。人間の心臓におけるCGRPレセプターの分布は犬のそれに近いとされており、また心筋梗塞後やうっ血性心不全状態では、患者の星状神経節のCGRPレセプターが増加し、CGRPの血中濃度も上昇するとされており、同様の機序が人間にも当てはまる可能性があると考えられる。

Section twoにおいては、やはりRNSの一種であるONOO-の心筋収縮に対する効果を検討した。ONOO-は、虚血再還流障害、敗血症、うっ血性心不全などの面で関心を集めているが、その作用機序は確立されていない。ONOO-は血管内でも心筋細胞でも産生されるが、産生される部位と心筋への作用の関連は不明である。in vitroにおいては、単離心筋細胞の収縮について、抑制・増強両方の報告があり、細胞内のCa2+濃度についても同様である。さらは、in vitroにおいてはβ刺激による心収縮力増強に拮抗するとされるが、in vivoでの作用は不明である。

ONOO-の投与により正常心では心収縮力の若干の低下が見られ、心不全心では変化が見られなかった。末梢血管抵抗は両者において低下した。分解したONOO-を投与したところ末梢血管抵抗は低下し、心拍出量はわずかに上昇したが、心収縮力に変化は見られなかった。ONOO-の分解産物と考えられるNO2-を投与したところ、ほぼ同様の作用が見られた。

ONOO-は血中で速やかにNO2-とNO3-に分解すると考えられているため、ONOO-投与中のNO2-とNO3-の測定を行った。正常例では静脈中で上昇したのみであったが、心不全例では動脈・静脈ともに明らかな上昇が見られた。

ONOO-とドブタミンによるβ刺激の関係を調べるため、両者を同時投与してみた。正常例ではドブタミンは心収縮・心拍出量をともに増加し、拡張能を改善したが、ONOO-は両作用を消滅させた。心不全例でも同じく作用を消滅させたが、末梢血管をより強く拡張させることが判った。分解したONOO-は同時投与による影響を示さなかった。

In vitroにてONOO-とドブタミンを混合したところ、酸化産物と思われるアミノクロムが検出された。分解したONOO-、NO2-、NO3-はドブタミンを酸化することはなかった。

さらに直接作用をしらべるため、マウスの単離心室筋細胞による実験を行った。ONOO-は濃度に比例して、サルコメア短縮率を下げ、カルシウムの最大濃度を低下させ、拡張期の濃度を上昇させた。分解したONOO-やNO2-は明らかな作用を示さなかった。

全身投与されたONOO-は末梢動脈の拡張作用をしめす一方、心収縮能には大きな作用を示さなかった。血管拡張作用はONOO-自身およびその分解産物のよるものであると考えられた。また全身投与されたONOO-はおそらくその酸化作用によりドブタミンの作用を減弱させるものと考えられた。一方、単離心室筋細胞による実験により、ONOO-は直接心筋細胞の収縮および拡張を抑制することが判った。

血中に投与されたONOO-は速やかに分解するとされ、心血管系に直接の影響を及ぼすことはないとされてきたが、全身投与によってもカテコラミンをはじめ、さまざまな信号物質を酸化することが知られており、敗血症や心不全下の血行動態に影響を及ぼすとも考えられている。さらに全身で産生されたONOO-はNO、NO2-、NO3-のドナーとなることが知られており、全身で生産される病的条件下において血管拡張作用を補助する機構として働いているとも考えられた。一方局所的に産生されたONOO-は心筋細胞に直接働き、心機能を低下させる作用を持つことが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は活性窒素種(RNS)の一種であるニトリキシルアニオン(HNO/NO-)の作用機序に関与しているとされるカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)、および虚血再還流障害、敗血症、うっ血性心不全などの面で関心を集めているペルオキシニトリト(ONOO-)の循環器系への影響の検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.覚醒下の犬へのCGRPの全身投与により、正常心では心臓の収縮力が増加し、末梢の血管抵抗は低下したが、心不全状態では血管拡張のみが見られた。神経節をブロックした状態でも同様の収縮力の増加が見られたが、βブロッカーの影響下では増加は見られなかった。

2.麻酔下の犬へのCGRPの全身投与により心筋間質内のカテコラミン濃度は上昇したが、全身の血中濃度に変化は見られなかった。[125I]CGRPを用いたオートラジオグラフィーを犬の組織に行ったところ、心筋には結合が見られなかったが、冠動脈、大動脈および星状神経節の周囲には豊富なCGRPレセプターが存在することが判った。単離した心室筋細胞はCGRPに反応しなかったが、摘出された大腿動脈はCGRPにより弛緩することが判った。

3.覚醒下の犬へのONOO-の投与により正常心では心収縮力の低下が見られたが、心不全心では変化が見られなかった。末梢血管抵抗は両者において低下した。分解したONOO-を投与したところ末梢血管抵抗は低下し、心拍出量はわずかに上昇したが、心収縮力に変化は見られなかった。ONOO-の分解産物と考えられるNO2-を投与したところ、ほぼ同様の作用が見られた。ONOO-の全身投与中のNO2-とNO3-の血中測定を行ったところ明らかな上昇が見られた。

4.ONOO-とドブタミンによるβ刺激の関係を調べるため、両者を同時投与してみた。正常例ではドブタミンは心収縮・心拍出量をともに増加し、拡張能を改善したが、ONOO-は両作用を消滅させた。心不全例でも同じく作用を消滅させたが、末梢血管をより強く拡張させることが判った。分解したONOO-は同時投与による影響を示さなかった。一方in vitroにてONOO-とドブタミンを混合したところ、酸化産物と思われるアミノクロムが検出された。分解したONOO-、NO2-、NO3-はドブタミンを酸化することはなかった。

5.直接作用をしらべるため、マウスの単離心室筋細胞による実験を行った。ONOO-は濃度に比例して、サルコメア短縮率を下げ、カルシウムの最大濃度を低下させ、拡張期の濃度を上昇させた。分解したONOO-やNO2-は明らかな作用を示さなかった。

以上、本論文は、CGRPは心臓の収縮力を局所の神経からのβ刺激物質の分泌を促進することにより間接的に増加させる一方、血管に対しては、β刺激とは関係なく弛緩作用を及ぼすことを示し、HNO/NO-の作用機序とは異なることを示した。また全身で産生されたONOO-は、カテコラミンの酸化およびNO、NO2-、NO3-のドナーとして心不全下において血管拡張作用を補助する機構として働いていると考えられ、一方局所的に産生されたONOO-は心筋細胞への直接作用により、心機能を低下させる作用を持つことが示唆された。いずれもRNSの循環器系への作用機序として新しい知見であり、一酸化窒素(NO)や活性窒素種(RNS)の複雑な化学相互作用や生体内での役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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