No | 217508 | |
著者(漢字) | 鈴川,佳吾 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズカワ,ケイゴ | |
標題(和) | マウス嗅神経上皮の年齢変化に伴う細胞動態変化に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 217508 | |
報告番号 | 乙17508 | |
学位授与日 | 2011.04.27 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第17508号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 嗅覚は五感の一つで、ヒトにおいて嗅覚が障害されるといろいろなレベルでQOLに影響し、健康で文化的な生活を送ることが困難になる。嗅覚の末梢化学受容器である嗅神経上皮は鼻腔上方に存在し、嗅神経細胞・支持細胞・基底細胞より構成される。嗅神経上皮は中枢神経系の一部でありながら生後も再生を繰り返しその恒常性を保っている特異な性質を持っている。しかしその恒常性が生涯同じように保たれるわけではない。嗅覚に影響を与える因子の一つに年齢変化がある。臨床的に嗅覚障害は高齢者で増加し、自覚的な嗅覚障害のない人間の嗅覚閾値も高齢者で上昇することが知られている。また、動物実験においても、高齢マウスでは嗅上皮の脱落変性といった組織変化がみられる。さらに年齢変化は嗅神経上皮傷害に対する反応性や傷害後の再生能に影響を及ぼすことが知られている。臨床上、上気道感染後の嗅覚障害は中高年齢層に多く、また罹患後の回復は一般に高齢者ほど不良である。動物実験でも、嗅神経上皮傷害物質による傷害は高齢ほど顕著であることが示されている。加齢に伴う嗅覚障害に対する予防・治療戦略の構築のためには、嗅神経上皮の産生維持機構の詳細と年齢に伴う変化を明らかにすることが必要であるが、この領域は十分に研究がされておらず、不明な点が多く残されている。この点に鑑み、本研究ではマウスを用いて生理的状態における嗅神経上皮の細胞動態(研究(1))および嗅粘膜毒性物質である抗甲状腺薬メチマゾールによる嗅神経上皮傷害後に起こる再生過程での細胞動態の変化(研究(2))について年齢変化が及ぼす影響を系統的に解析し、マウスの発達から成熟後の加齢変化に至るまでの年齢変化に伴う嗅神経細胞動態の変化の全体像を把握することを目標とした。 研究(1)では生理的状態における細胞動態の変化に年齢変化が及ぼす影響を検討した。10日齢、1カ月齢、3カ月齢、16カ月齢の4群のメスICRマウスを用いBrdUの腹腔内投与による増殖基底細胞のラベルを行い、投与後2時間~3カ月の計9時点における標識細胞の細胞動態を経時的に解析した。さらにTUNEL法を用いた細胞死の変化も検討した。いずれの解析も抗OMP抗体による免疫染色を併用し、各標識細胞と細胞動態と成熟嗅神経細胞層との関係を検討した。いずれの年齢群においても基底細胞の増殖はBrdU投与3日後にかけて最大となりその後減少し、この経時的なパターンはほぼ同じであった。また、BrdUにラベルされた基底細胞が成熟嗅神経細胞になるまでの期間もいずれの年齢群でも最短7日でほぼ同じであった。しかし基底細胞の増殖の程度は年齢とともに減少し、この変化は発達期にて顕著であった。また細胞死の程度も年齢とともに減少し、さらに年齢とともに幼若な嗅神経細胞層における細胞死の割合が増加する傾向にあった。これらの結果から、新生嗅神経細胞の分化の調節は年齢の影響をうけず内因性に規定されたものと考えられ、その反面、基底細胞の増殖は年齢による影響を受け減少することが示唆された。単位上皮長あたりの成熟嗅神経細胞数は年齢による大きな変化が認められず、成熟嗅神経細胞の数の調節に鑑みた細胞増殖および細胞死の解析から、成熟嗅神経細胞の寿命は年齢とともに延長する可能性が示唆されたが、この点を明らかにさせるためには更なる研究が必要と考えられた。 研究(2)では嗅上皮傷害物質メチマゾールを用いた嗅神経上皮傷害後の再生過程に年齢変化が及ぼす影響を検討した。10日齢、3ヶ月齢、16ヶ月齢のメスICRマウス用い嗅上皮傷害物質メチマゾールの腹腔内投与を行い、投与後1日から3ヶ月までの計7時点で成熟嗅神経・幼若嗅神経細胞・増殖細胞の各細胞動態を年齢別に検討した。メチマゾール投与1日後にすべての群のマウスにおいて嗅上皮の変性・基底膜からの脱落が見られた。いずれの年齢においても細胞増殖は傷害後4-7日で最大になり、幼若嗅神経細胞は傷害後11-18日目に最大になり、成熟嗅神経細胞は傷害後7日より出現しその後増加し、この経時的な細胞動態のパターンはほぼ同じであった。BrdUによる標識を用いた解析では、いずれの年齢群においても標識細胞が成熟嗅神経細胞になるまでの期間は最短7日で、この結果は生理的状態における期間とほぼ同じであった。しかし、細胞増殖および幼若嗅神経細胞の単位上皮長あたりの数は年齢とともに減少した。また傷害時に誘導される細胞増殖の増加の程度につき年齢をマッチさせた非傷害マウスと比較したところ、傷害時、非傷害時ともに細胞増殖の絶対値は年齢とともに減少したが、非傷害時と比較した傷害時の細胞増殖の増加の程度は年齢に伴いむしろ増加傾向が認められた。一方成熟嗅神経細胞数で評価した最終的な組織回復について年齢をマッチさせた非傷害マウスと比較したところ、10日齢・3カ月齢マウスでは原状と同等な回復がみられたが、一方16カ月齢マウスでは有意に回復が不良であった。バニリンに対する忌避行動を用いた嗅覚行動実験による検討では、若年、高齢マウスとも傷害早期では嗅覚機能の低下が認められたが、傷害1ヶ月後の時点ではいずれの年齢群とも嗅覚機能の回復が示唆された。これらの結果から、傷害後に再生する嗅神経細胞の分化速度は生理的状態とほぼかわらないことが示された。また傷害後に嗅神経上皮を再生させる能力は16カ月齢でも認められるが、年齢とともに減少しており、最終的な組織回復は同年齢の非傷害マウスと比べ不完全であり、この不完全な組織回復は再生可能な基底細胞の数の減少に起因する可能性が示唆された。成熟後の加齢の段階における基底細胞増殖の減少は研究(1)での生理的状態での減少より顕著にみられ、高齢マウスにおける嗅神経上皮の変性・脱落は傷害後の再生不全が大きな原因である可能性が示唆された。傷害後の最終的な嗅覚機能の回復の程度は年齢による差が認められなかったが、単回の傷害においても組織回復が高齢動物で不完全であったことを考慮し、反復する嗅神経上皮傷害にて嗅神経上皮の面積が徐々に減少し最終的に嗅覚機能の低下をもたらす可能性を考察し、この点においては今後の研究課題と考えられた。 本研究を通じ、生理的状態における嗅神経上皮の細胞動態における年齢変化について初めて系統的に解析し、さらに傷害後の再生過程においては初めて高齢マウスを観察し、嗅神経上皮の回復に関わる年齢変化の影響について解析をすることができた。以上2つの研究の結果より、加齢性嗅覚障害に対する治療法を考える場合、嗅神経細胞の分化を促すよりもむしろ球状基底細胞の増殖を亢進する、もしくは増殖可能な基底細胞の年齢による減少を予防することが重要と思われた。 | |
審査要旨 | 本研究では嗅覚低下の原因と考えられている年齢変化が嗅神経上皮の恒常性維持過程に与える影響を明らかにするため、生理的状態マウスおよび嗅神経上皮傷害マウスモデルを用い、マウス嗅神経上皮の細胞動態の年齢に伴う変化について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.10日齢から16カ月齢までのマウスを用い、生理的状態におけるマウス嗅神経上皮の細胞動態を年齢別に検討した。BrdUによるパルスラベル法を用いた解析より、年齢変化に伴い嗅上皮基底細胞の増殖は減少することが示された。さらに嗅上皮上でのアポトーシスも年齢に伴い減少することが示された。これらの年齢に伴う減少の程度は低年齢ほど顕著で、発達・成熟の過程での変化が大きいことが示された。 2.一方、パルスラベル法に標識後初めて成熟した嗅神経細胞が出現する時期は各年齢とも同じラベル後7日であり、基底細胞の最終分裂から成熟嗅神経細胞への分化速度は年齢による影響を受けないことが示された。 3.嗅上皮傷害後の再生過程に年齢変化が及ぼす影響を検討するため、嗅上皮傷害物質メチマゾールを用いたマウス嗅神経上皮傷害モデルを作成し、傷害後の再生過程における嗅神経上皮の細胞動態を年齢別に検討した。基底細胞の増殖、幼若嗅神経細胞の数は年齢変化に伴い減少することが示された。成熟嗅神経細胞の数は若年齢群でほぼ回復前の状態を回復可能であったが、16カ月齢マウスでは回復が不完全であり、傷害後の再生過程に及ぼす年齢変化の影響は成熟後の加齢過程における変化が大きいことが示された。 4.基底細胞の増殖の絶対数は年齢によって低下するものの、同年齢の生理的状態のマウスの基底細胞の増殖と比較した際、基底細胞の増殖活性化の程度は年齢による減少を認めず、増殖可能な基底細胞の割合が年齢によって減少する可能性が示唆された。 5.基底細胞の最終分裂から成熟嗅神経細胞に分化するまでの時間をBrdUを用いたパルスラベル法で検討したところ年齢に関わらず最短7日で、生理的状態マウスにおける分化速度と同様であることが示された。 6.以上の結果より、ヒトにおける高齢者の嗅覚障害治療の治療・予防法の開発戦略として、基底細胞の分化促進より、主に傷害後の基底細胞の増殖を促す、または増殖可能な基底細胞の年齢に伴う減少を予防することが重要であると考えられた。 以上、本論文は現在まで断片的にしか検討されていなかったマウス嗅神経上皮の細胞動態に年齢変化が及ぼす影響を系統的に解析し、さらに今まで未知であった高齢マウスにおける傷害後の再生過程を解析し、主に基底細胞の増殖低下による傷害後の回復不全が高齢個体における嗅上皮の減少の原因であることを明らかにした。本研究は現在未開拓である高齢者における嗅覚障害の治療・予防法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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