学位論文要旨



No 217509
著者(漢字) 髙井,敬介
著者(英字)
著者(カナ) タカイ,ケイスケ
標題(和) 脊髄動静脈奇形の血管解剖の解析および3次元コンピュータ画像の臨床応用
標題(洋)
報告番号 217509
報告番号 乙17509
学位授与日 2011.04.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17509号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 准教授 國松,聡
 東京大学 講師 竹下,克志
 東京大学 講師 清水,潤
内容要旨 要旨を表示する

序文

脊髄動静脈奇形とは、先天的・後天的要因で形成された、毛細血管を介さない動脈と静脈の直接短絡(動静脈シャント)により、脊髄の循環障害をきたす、稀な脊髄血管病変の一つである。古くは剖検症例が記載されていたが、1970年代に、選択的脊髄血管造影が導入され、疾患の形態と病態が明らかとなっていった。本疾患は、動静脈シャントの部位と形態により主に次の3型に分類される。それぞれ、臨床症状が異なり、治療方法が異なっている。動静脈シャントが、1.硬膜部分に存在する硬膜動静脈瘻、2.脊髄表面に存在する脊髄辺縁部動静脈瘻、3.脊髄内に存在する髄内動静脈奇形である。本疾患の治療のゴールは、動静脈シャントの遮断であり、特に1と2は、現時点では直達手術が第一選択である。血管内手術は直達手術と同等の成績を示すが現時点では再発が多い問題がある。

本疾患は、ゴールドスタンダードの血管造影により診断されているが、血管解剖(動静脈シャントの部位と関連血管)、周囲組織(骨、硬膜、脊髄)との関係が分かりにくい。理由は、脊髄血管構造が極めて小さく、形態が複雑で多様であるためである。さらに、血管造影には、病変の立体的情報や周囲構造の情報が限られている。このため、分かりにくい血管造影の解釈について、多くの文献では、イラストによる図解が用いられている。経験のある脳神経外科医でも、血管造影を元に、手術中に動静脈シャントを同定することは、必ずしも容易ではない。動静脈シャントの確実な同定のため、複数の椎弓・椎体切除による視認や、手術中の血管造影による確認などが行われるが、手術時間の延長、出血の増大、血管造影のリスクなど術中の侵襲を伴う。さらに、複数の椎弓切除は後弯変形のリスクも伴う。先行研究では、周囲神経組織との関係に基づいた、栄養動脈の鑑別診断、動静脈シャント部位、導出血管の鑑別診断について、十分な検討がなされていない。

本研究は、脊髄動静脈奇形の、複雑で多様な血管解剖(動静脈シャント部位、栄養血管、導出血管)を、血管造影と手術所見を元に明らかにし、術前および術中に動静脈シャント部位の特定が困難であった症例の頻度と特長を調べることを第一の目的とした。さらに、血管解剖と周囲構造との位置関係を一目瞭然にするために、複数の画像診断を融合した、新しい画像診断法(3次元コンピュータ画像)を臨床応用することを第二の目的とした。

方法

研究1. 血管解剖の解析

1984年4月から2010年12月までに、東京大学脳神経外科学教室で入院治療し、血管造影で確定診断した、脊髄動静脈奇形 連続45例を対象とした。内訳は、硬膜動静脈瘻31例・脊髄辺縁部動静脈瘻4例・髄内動静脈奇形10例である。分類ごとに、血管造影、手術記載、手術ビデオ、病理所見を用いて、血管構造(栄養動脈・動静脈シャント・導出静脈)の特長を調べた。このうち、硬膜動静脈瘻の直達手術26例の内17症例では、栄養血管と導出血管の一部を採取し、弾性線維染色(Elastica van Gieson染色)で血管壁の性状と血管径を調べた。さらに、手術治療を行った37例について、術前および術中に動静脈シャント部位の特定が困難であった症例の頻度と特長を調べた。

研究2. 3次元コンピュータ画像の臨床応用

2009年4月から2010年12月までに、東京大学脳神経外科学教室で入院治療し、血管造影で確定診断した、脊髄動静脈奇形 連続13例を対象とした。内訳は、硬膜動静脈瘻8例・脊髄辺縁部動静脈瘻3例、髄内動静脈奇形2例である。これらの13例について、患者の実データから、回転血管造影と脊髄造影CTを合成した3次元コンピュータ画像(3DCG)の作成を試みた。次に、作成した3DCGが実際の手術所見と一致するかどうかを検証した。まず、10例(11部位)の手術例において、術前に、血管造影検査を用いて、血管内治療専門医が動静脈シャントの位置を予測した。さらに、3DCGを用いて、筆頭研究者が動静脈シャントの位置を予測し、実際の手術所見と一致するかどうか調べ、Fisher統計検定で比較した。このうち、直達手術8症例では、栄養血管と導出血管の一部を採取し、弾性線維染色(Elastica van Gieson染色)で血管壁の性状と血管径を調べ、動脈と静脈の鑑別を行った。さらに、3DCGが手術に与える影響を検証した。1984年4月から2010年12月までに、東京大学脳神経外科学教室で治療した、硬膜動静脈瘻の直達手術26例中、頭蓋頚椎移行部症例2例を除く24例を対象とし、従来の血管造影を元に手術を行った19例と、3DCGを元に直達手術を行った5例(6部位)について、単一椎弓切除に影響を与えた因子についてFisher正確確率検定を行った。P 値<0.05を統計学有意とした。

結果

研究1

硬膜動静脈瘻31例において、大部分の症例で、中下位胸椎の肋間動脈や腰部の腰動脈から分岐する根動脈の硬膜枝を栄養動脈とし、神経根硬膜部分の動静脈シャントを経て、根髄静脈・脊髄静脈へと導出する構造をとっていた。動静脈シャントは、主に後根近くの硬膜内部分に存在した。手術で遮断すべき根髄静脈の硬膜貫通部については、12例(39%)において、術前、術中の特定が困難であった。内訳は、栄養動脈との脊髄レベルが一致しなかった症例8例、前根部分に存在した症例4例である。また、根髄静脈と脊髄静脈の構造が、頚部、中位胸椎部、下位胸椎部、腰椎部、仙椎部において著しく異なっていた。硬膜動静脈瘻の血管病理所見は、栄養血管は内径0.57±0.48mmで、壁の全周に筋層と弾性線維を認め動脈構造であった。導出血管は内径1.8±0.80mmで、壁の筋層は明らかでなく弾性線維が不連続で静脈の構造であった。導出血管は、著しい血管拡張、内膜肥厚や一部の内膜菲薄化などの、動脈血流入による、さまざまな修飾を受けていた。

脊髄辺縁部動静脈瘻4例においては、栄養動脈は1-2本で、頚椎部2例は前脊髄動脈、下位胸椎部2例は後脊髄動脈であった。頚部1例は根髄静脈へと、頚部1例は前脊髄静脈へと、下位胸椎部2例は後脊髄静脈へと直接シャントして導出していた。4例いずれも、栄養血管、導出血管と脊髄との位置関係が不明瞭であったため、動静脈シャント部位の特定が困難であった。

髄内動静脈奇形10例においては、栄養動脈は大部分の症例(9例 90%)で2-3本で、全例が前脊髄動脈、半数は後脊髄動脈も関与した。胸腰部の全例Adamkiewicz動脈が栄養していた。ナイダス(動静脈シャント)は頚部2例、上位胸椎部1例、下位胸椎部と円錐部7例であった。導出血管は、前脊髄静脈が主の症例が7例、後脊髄静脈が主の症例が3例であった。4例(40%)においては、一部の栄養血管のヘアピンループが明らかでなく脊髄との位置関係の特定が困難であった。

研究2

13例の全症例で、回転血管造影と脊髄造影CTを合成した3DCGを作成し得た。10例(11部位)の手術例において、術前に、動静脈シャントの位置を正確に予想し得たのは、従来の血管造影では、4部位(36%)で、3DCGでは9部位(91%)であった。このデータの差は統計的に有意であった(P=0.024, Fisher正確確率検定)。また、血管病理所見は、3DCGで予測した栄養血管は、壁の全周に筋層と弾性線維を認め動脈構造であり、導出血管は、壁の筋層は明らかでなく弾性線維が不連続で静脈の構造であり、いずれも硬膜動静脈瘻もしくは脊髄辺縁部動静脈瘻の所見に合致した。さらに、硬膜動静脈瘻の直達手術24例において、単一椎弓切除に影響を与えた因子は、3Dコンピュータ画像による診断であった(P=0.001, Fisher正確確率検定)。

考察

この研究で、われわれは次の2点を示した。

1点は、脊髄動静脈奇形の血管解剖を、周囲神経組織との関係を元に解析し、栄養動脈の鑑別診断、動静脈シャント部位、導出血管の鑑別診断を行い、動静脈シャント部位の特定が困難であった症例の頻度と特長を明らかにしたことである。先行研究と比較し、特に、硬膜動静脈瘻の硬膜貫通部(動静脈シャント)と周囲構造との関係の多様性を記述した点が、新しい点と考えられる。

2点は、患者の実データから脊髄動静脈奇形の3DCGを作成し得たこと、さらに、3DCGは、従来の血管造影検査よりも、動静脈シャントの位置を正しく予測し、直達手術症例の椎弓切除を減らすことができることを示したことである。われわれの知りうる限り、脊髄動静脈奇形の3DCGは先行研究が無く、本研究が初めての報告である。

本疾患の血管解剖の診断が難しい理由は、脊髄血管構造が極めて小さいことが挙げられる。さらに、正常な脊髄の血管解剖が部位により大きく異なっていることや、血管径が動静脈シャントの血流により修飾を受けることから、脊髄動静脈奇形の血管構造が、極めて多様で複雑であるためと考えられる。これらの症例は、栄養血管の脊椎レベルは分かるけれども、動静脈シャントや栄養血管と骨・脊髄・硬膜との詳細な関係が不明瞭であった。

3DCGが従来の検査よりも脊髄動静脈奇形の診断に優れていた理由は3つ挙げられる。第1に、回転血管造影と脊髄造影CTを融合することにより、脊髄の血管系と脊髄・硬膜・骨とを一度に描出できたことである。この結果、硬膜動静脈瘻の異常血管と硬膜との位置関係の特定、および、脊髄辺縁部動静脈瘻、髄内動静脈奇形の異常血管と脊髄との位置関係の特定に威力を発揮した。2つ目に、3次元化により異常血管と硬膜・脊髄の画像を、あらゆる方面から観察できるようになったことである。立体的な融合画像を、任意の方向に回転、拡大して観察できるため、血管解剖の解釈が容易で確実になった。3つ目に、硬膜・脊髄・骨のなどの任意の情報について、透明化や削除などの操作を行えることである。この結果、多様で複雑な本疾患の鑑別診断と、手術アプローチ、骨削除・硬膜切開の範囲の決定など、術前シミュレーションに有用であった。

3DCGの再現性については、ソフトウェア上で、回転血管造影と脊髄造影CTのボクセルデータのCT値を数値で調整可能であり、また、画像融合はボクセルデータの濃度分布を元に、正規化相互情報療法で融合しているため、トレーニングは必要なものの、3DCG作成者が異なっても同じ画像を再現可能と思われる。

一方で、この3DCGには、複数の椎体の融合の精度の問題や、従来の血管造影と比べて血流の動的情報がないなどの限界もある。それぞれ、脊椎の前後屈や回旋の動きを最小限にする工夫や、血流の情報解析、血管の病理学的検証などが必要と思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、稀な脊髄血管病変の一つである脊髄動静脈奇形において、診断困難な血管解剖の特徴を明らかにするため、血管造影所見の他、手術記載、手術ビデオ、血管病理所見などにより血管解剖の解析を行い、さらに、従来の画像診断法の弱点を補った、新しい画像診断法の臨床応用を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.血管解剖の解析

1984年4月から2010年12月までに、東京大学脳神経外科学教室で入院治療した、脊髄動静脈奇形 連続45例を対象とし、分類ごとに、血管造影所見の他、手術記載、手術ビデオ、血管病理所見などにより血管解剖の解析を行った。術前および術中に動静脈シャント部位の特定が困難であった症例の頻度と特長は次の通りであった。硬膜動静脈瘻31例中12例(39%)において、手術で遮断すべき根髄静脈の硬膜貫通部(動静脈シャント)術前、術中の特定が困難であった。内訳は、栄養動脈との脊髄レベルが一致しなかった症例8例、前根部分に存在した症例4例。硬膜動静脈瘻の血管病理所見は、栄養血管は内径0.57±0.48mmで、壁の全周に筋層と弾性線維を認め動脈構造であり、導出血管は内径1.8±0.80mmで、壁の筋層は明らかでなく弾性線維が不連続で静脈の構造であった。導出血管は、著しい血管拡張、内膜肥厚や一部の内膜菲薄化などの、動脈血流入による、さまざまな修飾を受けていた。脊髄辺縁部動静脈瘻4例においては、いずれも、栄養血管、導出血管と脊髄との位置関係が不明瞭であったため、動静脈シャント部位の特定が困難であった。髄内動静脈奇形10例中4例(40%)においては、一部の栄養血管のヘアピンループが明らかでなく脊髄との位置関係の特定が困難であった。

2. 3次元コンピュータ画像の臨床応用

2009年4月から2010年12月までに、東京大学脳神経外科学教室で入院治療した、脊髄動静脈奇形 連続13例を対象とし、回転血管造影と脊髄造影CTを合成した3次元コンピュータ画像(3DCG)の作成を試み、手術所見との一致と、手術治療に与える影響について検証した。13例の全症例で3DCGを作成し得た。10例(11部位)の手術例において、術前に、動静脈シャントの位置を正確に予想し得たのは、従来の血管造影では、4部位(36%)、3DCGでは9部位(91%)であり、3DCGは従来の血管造影検査よりも動静脈シャントの位置を正しく予測した(P=0.024, Fisher正確確率検定)。また、血管病理所見は、3DCGで予測した栄養血管は、壁の全周に筋層と弾性線維を認め動脈構造であり、導出血管は、壁の筋層は明らかでなく弾性線維が不連続で静脈の構造であり、いずれも硬膜動静脈瘻もしくは脊髄辺縁部動静脈瘻の所見に合致した。さらに、硬膜動静脈瘻の直達手術24例において、単一椎弓切除に影響を与えた因子は、3DCGによる診断であり、直達手術症例の椎弓切除を減らした(P=0.001, Fisher正確確率検定)。

以上、本論文は、脊髄動静脈奇形において、血管造影所見の他、手術記載、手術ビデオ、血管病理所見の解析から、血管解剖の特徴を明らかにした。先行研究と比較し、特に、硬膜動静脈瘻の硬膜貫通部(動静脈シャント)と周囲構造との関係の多様性を記述した点が、新しい点と考えられる。また、3次元コンピュータ画像という新しい画像診断を血管解剖の診断と手術シミュレーションに臨床応用した。脊髄動静脈奇形の3Dコンピュータ画像は先行研究が無く、本研究が初めての報告である。本研究の成果は、脊髄動静脈奇形の診断と手術治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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