学位論文要旨



No 217515
著者(漢字) 岩田,光貴
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,ミツタカ
標題(和) チオアミドの触媒的不斉ダイレクトアルドール反応の開発
標題(洋)
報告番号 217515
報告番号 乙17515
学位授与日 2011.05.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17515号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 准教授 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

私は、『カルボン酸誘導体と等酸化状態にあるチオアミドを求核剤とした触媒的不斉ダイレクトアルドール反応の開発』に関する研究をおこなった。従来、本反応の触媒条件下でプロトン移動のみによるダイレクト型反応の報告例は無く、困難な反応だと考えられていた。そこで私は、チオアミドのソフトルイス塩基性に着目し、ソフトルイス酸/ハードBronsted塩基複合触媒系を用いて、アルデヒド存在下でもα位水素の酸性度がより低いチオアミドのみを官能基選択的に活性化および脱プロトン化する戦略を基盤に、本反応の開発に着手した。

1-1.触媒的不斉ダイレクトアルドール反応の開発1),2)

当研究室より報告したチオアミドの触媒的不斉ダイレクトマンニッヒ型反応を参考に、[Cu(MeCN)4]PF6/(R,R)-Ph-BPE/Li(OC6H4-o-OMe)触媒系を用いて検討を開始した。その結果、目的とするアルドール体3aaが79%eeで得られたが、触媒回転が起こらず5%と低収率にとどまった(Table1,entry1)。詳細なTLC・NMR・MS解析により、Cu-BPE錯体とアルドール体の強固な錯体形成が確認され、生成物阻害により触媒回転していないことが分かった。そこで、この錯体形成の阻害および乖離の促進を目的として、ルイス塩基であるピリジンを添加した結果、触媒回転が見られ収率の改善が確認された(Table1,entry2)。本結果を参考に、反応溶媒をルイス塩基性を有するDMFに変更したところ、収率およびエナンチオ選択性の改善が見られたが、新たな問題として脱水体4aaが副生した(Table1,entry3)e次に、4aaの副生を抑制するために反応温度を-20℃から-60℃に低下させたところ、脱水体の副生は抑制できたが、アルドール体3aaの収率も大幅に低下した。そこで、収率の改善を目指し塩基の検討をおこなった結果、より強力なBronsted塩基性を有する5を用いることで、3mol%の低触媒量条件下でも収率およびエナンチオ選択性ともに良好な反応条件を見出した(Tablel,entry4)。

本最適化条件を基に、脂肪族アルデヒドに対する基質一般性を検討した(10examples,up to98% yield,up to92%ee)。その結果の一部をTable2に示す。まず、or位に置換基を有するアルデヒドを用いた場合、良好な収率およびエナンチオ選択性でアルドール体が得られた(Table2,entries1)-3))。続いて、塩基性条件下で自己縮合を起こしやすいα無置換アルデヒドを用いたところ、アルデヒド同士の自己縮合体は得られず、目的とするアルドール体のみを与え、本触媒系の官能基選択的活性化及び脱プロトン化が確認された(Table2,entries4)-6))。また、本反応はエステル、エーテル、シリル保護基を有するアルデヒドを用いても良好な結果を与え、官能基許容性が高いことが示された(Table2,entries3),6),Scheme1)。

芳香族アルデヒドとの反応においては、脱水体4abの副生およびレトロアルドール反応が顕著であった(Table1,entry5)。そこで、反応温度、溶媒、触媒量などを詳細に検討した結果、収率およびエナンチオ選択性の改善が見られた(Table1,entry6)。本最適化条件を基に、芳香族アルデヒドに対する基質一般性を検討した(8examples,up to 96% yield,up to 91%ee)。

1-2.1,3-ジオールの立体選択的合成法の開発1)

アルドール体6の水酸基をTBS保護した後に、Schwartz試薬にてアルデヒド7へと変換した。続く2回目の触媒的不斉ダイレクトアルドール反応は触媒制御の立体選択性にて進行し、(R)、(S)の両触媒を使い分けることでsyn-,anti-1,3-ジオール8,9を高立体選択的に与えた(Scheme1)。

1-3.医薬品合成への展開:(R)-fluoxetine・HCIの合成2)

アルドール体10のチオアミド部位をMeIによる活性化、NaBH4還元により脱硫した後に、水酸基部位に4-トリフルオロメチルフェニル基を導入することで化合物11を得た。続いて、触媒量のPd(PPh3)4を用いたN,N-ジアリル基の脱保護とカルバメート化により化合物12へと変換した。最後に、LAH還元と塩酸処理により、(R)-fluoxetine・HCIの合成を達成した(Scheme2)。

2-1.触媒的ジアステレオ選択的不斉ダイレクトアルドール反応の開発3)

続いて、α位に置換基を有するチオアミドを求核剤としたジアステレオ・エナンチオ選択的反応への展開をおこなった。本反応により得られる生成物は、天然物や医薬品合成において重要な中間体となるプロピオネートタイプのβ-ヒドロキシカルボニル化合物である。

先に述べたα無置換チオアミドを求核剤としたアセテートタイプのアルドール反応を参考に検討を開始した(Table3)。その結果、DMF溶媒中で反応は良好な収率にて進行したが、ジアステレオおよびエナンチオ選択性ともに低い結果となった(entry1)。次に、本反応をTHF溶媒中でおこなったところ、円滑な触媒回転は見られず18%。と低収率ではあるが、synlanti=>20/1(SYJI:97%ee)と非常に高い立体選択性を示した(entry2)。これら結果より、以下のことが考えられた。(1)本反応は本質的には高い立体選択性で進行している(2)DMF溶媒中ではレトロアルドール反応が顕著に起こっており、長時間の反応後では立体選択性の大幅な低下が見られる(3)円滑な触媒回転のためには、生成物阻害を抑制するDMFの様なルイス塩基を添加する必要がある。

そこで、THF/DMFの溶媒比率と反応温度の詳細な検討をおこなったところ、THF/DMF(9/1)の溶媒中一70℃条件で反応させることにより、84%収率、synlanti=>20/1(syn:97%ee)と良好な結果を与えた(entry3)。しかしながら.触媒量を3mol%まで減らした場合、大幅な収率の低下が見られ、本触媒系では触媒量の低減は困難であると予想された(entry4)。

次に、より効果的な触媒系の構築を目指し、ルイス塩基性を有する添加剤の検討をおこなった。その結果、1,6-[bis(diphenylphosphino)]hexane dioxide 14を用いることで良好な結果を与えた(entry5)。また、本触媒系では触媒量を3mol%まで減じても、79%収率、synlanti=>20/1(syn:95%ee)と良好な結果が確認された(entry6)。更なる収率の向上およびレトロアルドール反応の抑制を目的として、プロトン源として2,2,5,7,8-pentamethylchromanol 15を添加したところ、94%収率、synlanti=>20/1(syn:95%ee)と高い収率、立体選択性にて反応は進行した(entry7)。

この最適化条件を基に、基質一般性の検討をおこなった(11examples,up to 96%yield,up to synlanti=>20/1,up to 97%ee)。その結果の一部をTable4に示す。α位に置換基を有するアルデヒドを用いた場合、高い収率、立体選択性で反応は進行した(entriesl),2))。また、α位にエチル基を有するチオアミドを用いても、若干の収率の低下が見られたが良好な立体選択性でアルドール体を与えた(entry2))。次に、塩基性条件下で自己縮合を起こしやすいα無置換アルデヒドとの反応を試したところ、アルデヒドの自己縮合は見られず、良好な結果を与えた(entries4)-6))。更に、本触媒系の官能基許容性は高く、エステル、エーテル、シリル保護基を有するアルデヒドを用いても、問題なく反応は進行した(entries5)-7))。また、銅触媒への競合的配位が考えられるピリジンを有するアルデヒドを用いた場合でも、9mol%の触媒量にて良好な結果が得られた(entry8))。

2-2.アルドール体の変換反応3)

本反応の合成的有用性を示すために、アルドール体3caの変換反応をおこなった。Red-Alで還元することにより、アミノアルコール体16を与えた。また、アルドール体の水酸基部位をTBS保護した後に、TFAAを用いてアミド体18へと変換した、続いて、TBS保護体17のチオアミド部位をMeOTfにてS-メチル化した後に、種々の求核剤と反応させることにより、アルデヒド19・ケトン20・ケトエステル21へと変換可能であった。

【総括】今回私は、ソフトルイス酸/ハードBronsted塩基複合触媒系を用いたチオアミドの官能基選択的活性化を利用することにより、これまでに報告例の無かったチオアミドの触媒的不斉ダイレクトアルドール反応の開発に成功した、また、得られたアルドール体のチオアミド部位は容易に、アルデヒド・アミド・アミン・ケトン・ケトエステルへと変換可能であり、本反応の合成的有用性も高いと考えられる。更に、本反応を利用した1,3-ジオールの立体選択的合成法の開発および医薬品フルオキセチンの合成へと展開をおこなった。

1) Iwata, M.; Yazaki, R.; Suzuki, Y.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 18244.; 2) Iwata, M.; Yazaki, R.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. Tetrahedron: Asymmetry 2010, 21, 1688.; 3) Iwata, M.; Yazaki, R.; Chen, I-H.; Sureshkumar, D.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, in press.

Table1: Direct Catalytlc Asymmetric Aldel Reaction

a Debermined by 1H NMR analysis.b1.5 equiv thioamide(1a)vvus used.

Table2: Selected Results

(3 mol% catatyst & base were used)

a9 mol% catalyst & base were used.

b5 mol% eatalyst & base were used.

Soheme1: Catalyst-Centralled Dlrect Catalytic Asymmetrlc Aldol Reaction for the

Synthesls of 1,3-Diels

Conditions:(a) TBSQTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, rt,(b) Cp2Zr(H)Cl, toluene, rt;(c)1b, [Cu(MeCN)4]PF6/(R.R)・Ph-BPE/5(10 mol%), DMF,-60℃, 40h;(d)1b,[Cu(MeCN)4]PF6/(S,S)-Ph-BPE/5(10 mol%), DMF, 60℃, 40h.

Scheme2: Asymmetric Synthesis of (R)-Fluexetine-HCl

Condltlons:(a)(10)Mel, Itl(11)NaBH4, MeOH, 0℃ to rt;(b)4-chlorebenzotrifluoride, NaH, DMA, 95℃;(c) Pd(PPh3)46mol%, N,N-dimethylbarbituric acid, CH2Cl2, rt,(d)methyl chlereformate, K2CO3, CH2Cl2/H20, rt,(e)LAH, THF, reflux:(f)HCl/MeOH.

Table3: syn-Selective Direct Catalytlc A5ymmetrlc Aldol Reactlon

(2a:R1=i-Pr,1c:R2=Me)

eDetermined by 1HNMR analysis.

Teble4:Selectad Results

(3mol% catalyst & base were used)

a6mol% catalyst & base were used.

b9mel% cetalyst & base were used.

Scheme 4: Transformation of Aldol Products

Conditions: (a) TBSOTf (1.5 eq), 2,6-lutidine (2eq), CH2Cl2, rt, 98%; (b) (i)MeOTf (2eq), Et2O, rt, (ii) LiAIH(Ot-Bu)3 (2eq), 0℃-rt, Et2O, rt, 89%; (c) (i)MeOTf (2eq), Et2O, rt, Meti (3eq), -78℃, Et2O, 84%; (d) (i)MeOTf (2eq), Et2O, rt, (i) C112=C(OLi)OEt (3eq), -78℃, Et2O, 84%; (e) TFAA (Seq), CH2Cl2, then NaHCO3aq; (f) Red-Al (3eq), Et2O, rt, 89%

審査要旨 要旨を表示する

岩田光貴は、「チオアミドの触媒的不斉ダイレクトアルドール反応の開発」というタイトルで、以下の述べる博士研究を行った。

1.触媒的不斉ダイレクトアルドール反応の開発

当研究室で触媒的不斉Mannich型反応に適用された[Cu(MeCN)4]PF6/(R,R)-Ph-BPE/LiOAr触媒系を用いて、反応溶媒としてルイス塩基性を有するDMFを用い、反応温度を-60℃まで低下させたところ、チオアミドを用いたアルデヒドに対する直接的触媒的アルドール反応が進行することを見出した。基質一般性としては、芳香族アルデヒドとともに、α無置換アルデヒド等の自己縮合が起こりやすい脂肪族アルデヒドを用いても、良好な収率およびエナンチオ選択性でアルドール体が得られた。また、エステル、エーテル、シリル保護基を有するアルデヒドを用いても良好な結果を与え、官能基許容性が高いことが示された。

本反応を用いて、1,3-ジオールの立体選択的合成法の開発を行った。すなわち、アルドール体の水酸基をTBS保護した後に、Sehwartz試薬にてアルデヒドへと変換した。このアルデヒドに対して続く2回目の触媒的不斉ダイレクトアルドール反応を行ったところ、触媒制御の立体選択性にて進行し、(R)、(S)の両触媒を使い分ける事でsyn-,anti-1,3-ジオールを高立体選択的に与えることを見出した。

さらに本反応を鍵工程として、(R)-fluoxetine・HClの不斉合成を行った。ベンザルデヒド由来のアルドール体のチオアミド部位をMelによる活性化、NaBH4還元により脱硫した後に芳香族求核置換反応により水酸基部位に4-トリフルオロメチルフェニル基を導入、続いて、触媒量のPd(PPh3)4を用いたN,N-ジアリル基の除去とカルバメート化、LAH還元、塩酸処理により、(R)-fluoxetine・HClの合成を達成した。

2.触媒的ジアステレオ選択的不斉ダイレクトアルドール反応の開発

続いて、α位に置換基を有するチオアミドを求核剤としたジアステレオ・エナンチオ選択的反応への展開をおこなった。上記の反応開発を基に、溶媒としてTHF/DMF(9/1)の混合溶媒を用いて、1,6-[bis(diphenylphosphino)]hexane dioxideと2,2,5,7,8-pentametylchromanolを触媒量の添加剤とし-70℃条件で反応させることにより、良好な結果を得ることに成功した。チオアミド部は、様々な合成的に有用な変換が可能であった。

以上のように、岩田の業績は医薬品等の頻繁に見られるキラルビルディングブロックの触媒的不斉合成に有意に貢献するものであり、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

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