学位論文要旨



No 217518
著者(漢字) 松本,直也
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ナオヤ
標題(和) 我が国における設計施工一括発注方式の導入効果の評価手法 : 国土交通省直轄工事の事例分析を通して
標題(洋)
報告番号 217518
報告番号 乙17518
学位授与日 2011.05.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17518号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 堀田,昌英
内容要旨 要旨を表示する

公共土木工事の発注は、設計施工分離が原則とされているが、近年、民間企業の優れた技術を活用し、設計・施工の品質確保、合理的な設計、効率性を目指す方式として設計施工一括発注方式(DB方式)の試行導入が図られている。しかし、国土交通省直轄工事におけるDB方式の実施件数は必ずしも増加していない状況にあり、同方式についてPDCAサイクルを構築することがその普及に有効であると考え、「DB方式の導入効果とその課題に関する評価手法を確立すること」を本研究の目的とした。

まず、我が国におけるDB方式の導入経緯及び関連する入札契約制度について整理するとともに、これまでのDB方式に関する国内外の研究をレビューした。海外においては同方式による多くの実績をもとに統計的手法を用いた研究が行われているが、DB方式の実施件数が少ない我が国においては統計的手法を用いた評価が困難であり、少ない実施数でも評価が可能な新たな方法を開発する必要性が認められた。また、既往研究等からDB方式の長所、短所、これまでに指摘されている制度構築の課題及び現行制度における課題への対応状況を整理した。

評価手法を提案する前提として、DB方式に関して構築しようとするPDCAサイクルにおける評価の位置づけとして、(1) 個々のDB工事の評価結果を情報共有することにより類似工事における同方式の適用の判断に資すること、(2) 評価結果を集約し評価事例を総合的に分析することによりDB方式の制度や運用方法の改善を図ることとし、評価の全体像を明確化した。次に、公共調達制度の評価の観点及び評価に一般的に求められる要件を考慮し、DB方式の評価方法の開発方針として、「評価情報の活用を考慮した評価内容」、「評価者」、「評価における恣意性の排除」、「評価手法とその精度」、「合理的かつ透明性のある評価の実施」、「公共調達の視点からの評価項目の選定及び評価データの分析・考察」について考え方を示すとともに、評価方法の体系を示した。具体的な評価方法としては、DB方式で実施した工事(評価対象工事)と、同じ条件において設計施工分離発注方式で発注した場合を想定したもの(比較対象工事)を比較する事例分析による手法とし、数値化できる評価項目についてはその差(定量評価)、数値化が困難な評価項目についてはその違い(定性評価)をそれぞれDB方式の適用結果として評価することとした。定量評価における評価項目としては、「事業期間」、「設計・工事の費用」、「発注者側の人件費等の費用」、「技術提案を求めた項目」、及び「事業効果の早期発現」とし、それぞれの具体的な評価方法を提案するとともに、評価精度に関する課題をとりまとめた。定性評価については、受発注者の意見を自由記述を基本とするアンケート等により求める方法とした。

提案した評価手法の適用性を検証するとともにDB方式の導入効果や課題を明らかにする目的で、国土交通省直轄工事で近年DB方式により実施された6工事を事例として同方式の評価を試みた。評価対象工事ごとに定量評価を行うとともに評価手法の適用性と課題を考察した。さらに、評価対象の6工事全体に対する評価を行った。事例数は限られているが6工事の評価から判明した効果と課題に関して公共調達制度の視点から評価結果をとりまとめた。

「適用目的の達成状況」としては、(1) 各工事の適用目的とその効果をとりまとめた結果、効果が顕著であった2つの交差点立体化工事には共通の特殊事情があり、DB方式の効果が期待できる類型の一つが示された。(2) 設計の適用時期は概ね妥当としたが、4工事において工事の一時中止、工期の延長があり、DB方式の適用におけるリスクの事前対応の重要性が示唆された。

「調達目標」については、(1) DB方式により事業期間は概ね短縮されている。特に大幅な短縮が認められた事例の要因は施工者の提案技術・提案工法による効果であった。(2) 設計・工事費の縮減は、事業期間の短縮ほど顕著ではない。(3) 発注者の人件費等の負担は増加しているが、金額的には設計・工事費に比べればわずかであり、発注手続きの段階では増加するが、工事段階では減少する傾向が認められた。(4) 技術提案による効果及び事業効果の早期発現に関しては、事例によっては大きな差が見られた。

「調達プロセス」については、次の効果や課題が認められた。(1) 発注者アンケートにおいて職員の負担が大きいことが示されるとともに発注者支援業務により軽減が図られている。(2) 応札者の負担が大きい。(3) 技術提案に関しては施工者の技術導入が図られたと概ね好評価が示されたが、提案に必要な期間が与えられなかったとの意見もある。(4) 技術対話の有効性が確認された。(5) 受注者アンケートから、発注者の条件明示が不十分、過度にリスクを負わされている等リスク分担や契約変更に対する不満が示された。(6) 設計・施工のフィードバックが円滑に行われている。

「建設産業への影響」としては、DB方式の導入による建設産業への影響として、技術競争の促進と建設産業の技術力向上、建設生産システムの変化の可能性が示唆された。

評価結果を踏まえDB方式の制度の改善方向として次の5項目を提案した。(1) 費用対効果の観点でDB方式の導入効果が特に顕著であった工事は、同方式に期待する発注者の意図が明確なものであった。DB方式の適用を判断する基準等において、同方式の適用目的を明確化することが重要であることを明記する。(2) 発注者の負担増については、事業プロセストータルで判断するとともに、発注者支援業務の活用を図る。(3) 入札参加者の負担については、現在検討されている二段階選抜方式や技術提案に要する費用の一部を発注者が支払う方法などの対応が必要である。(4) リスク分担の基本的考え方を現場の発注者に浸透させる必要があるとともに、契約変更に関しては、契約図書における規定の明確化ともに、紛争処理の仕組みや受発注者の二者構造の見直し等抜本的な改善方策の検討も必要である。(5) 技術提案に必要な時間を確保できるように手続き期間等を改善する。

事例分析によって提案の評価手法の有効性を示すことができた。(1) 評価の精度は用いる資料の精度に依存するものの既存資料の利用を基本とする提案手法で同一の評価項目に対して定量評価が可能である。(2) 民間企業の技術活用に関して技術提案や事業の早期完成による便益を定量評価し顕著な効果が認められた工事が明確化できた。(3) 発注者人件費の定量評価により負担の程度や調達プロセスの段階で傾向が異なるなどの知見が得られた。(4) 評価結果に基づきDB制度の改善方向を示すことができた。

一方、事例分析を通じて評価手法についての課題が判明した。(1) 比較対象工事の設定において精度の高い設計情報が得られない場合の対応。(2) 顕在化したリスクの評価における取扱い。(3) 設計・工事費における落札率の考慮。(4) 制度導入の初期段階における「不慣れ」によるバイアス。(5) 定性評価における多段階評価の導入。(6) 現時点では定量評価が困難とした変更金額の評価、(7) 事業の中間段階での評価の導入。

評価結果を活用しDB方式に関するPDCAサイクルを構築するための方策について、建設事業に関する評価の先進事例であるJICAの技術協力プロジェクトの評価、英国の建設企業及び建設事業プロジェクトの評価(KPIs)を参考に提案を行った。(1) DB方式も含め発注行政全般について継続的に評価、情報発信する組織体制の在り方についてDB方式に関わりのある組織を評価し、国の研究機関が最も適しているとした。(2) DB方式の評価を統一的に行うため、評価ガイドライン(案)を提案した。(3) 評価結果を関係者間で情報共有するため、当面の現実的な方法としては評価者である発注機関による公表、将来的にはDB方式も含め公共調達に関する制度を継続的に評価分析する機関による一元的情報提供を提案した。(4) 国土交通省直轄事務所における事業執行の課題を分析し、DB方式を組み込んだプロジェクトマネジメントの必要性を指摘するとともに、事例研究も踏まえ、プロジェクトマネジメントにおいて特にDB方式の適用を組み込んだ場合に考慮すべき事項として「DB方式を適用する工事の判断」、「DB方式の発注準備」、「プロジェクトの進行管理と中間段階の評価」を整理した。

最後に、DB方式の普及に向けた課題について考察した。(1) DB方式適用の判断のための事前評価と判断基準の作成、(2) 発注者による評価の実施と評価体制の整備、(3) 建設産業への影響の可能性とその評価手法の確立、(4) 建設プロジェクトに関する共通的な評価指標による評価情報データベースの構築。

審査要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、我が国の公共土木工事における設計施工一括発注方式(DB方式)の導入効果とその課題に関する評価手法を開発し、これを国土交通省直轄工事における事例に適用し、その評価手法の確立を目指したものである。

第1章および第2章においては、本研究の背景となる我が国におけるDB方式の導入経緯及び関連する入札契約制度について整理するとともに、これまでのDB方式に関する国内外の研究をレビューし、本研究の目的を示している。DB方式の実施件数が少ない我が国においては統計的手法を用いた評価が困難であり、少ない実施件数でも評価が可能な新たな方法を開発する必要性を指摘している。

第3章においては、事例分析に基づくDB方式の導入効果の評価手法を提案している。評価手法を提案する目的として、(1) 個々のDB工事の評価結果を情報共有することにより類似工事における同方式の適用の判断に資すること、(2) 評価結果を集約し評価事例を総合的に分析することによりDB方式の制度や運用方法の改善を図ることとし、評価の全体像を明確化している。評価方法として、DB方式で実施した評価対象工事と同じ条件において設計施工分離発注方式で発注した場合を想定した比較対象工事を比較分析する手法を採用し、数値化できる定量評価項目と数値化が困難な定性評価項目を提案している。定量評価項目としては、「事業期間」、「設計・工事の費用」、「発注者側の人件費等の費用」、「技術提案を求めた項目」、及び「事業効果の早期発現」とし、それぞれの具体的な評価手法を提案するとともに、定性評価については、受発注者の意見を自由記述を基本とするアンケート等により求める方法としている。

第4章においては、提案した評価手法の適用性を検証するとともにDB方式の導入効果や課題を明らかにする目的で、国土交通省直轄工事でDB方式により実施された6工事を事例として同方式による評価を試みている。各事例においてDB方式の適用目的とその効果をとりまとめた結果、効果が顕著であった2つの交差点立体化工事には共通の背景があり、DB方式の効果が期待できる類型の一つとなり得ることが示されている。また、DB方式の適用時期は概ね妥当であったが、4工事において工事の一時中止、工期の延長があり、DB方式適用におけるリスクの事前対応の重要性が示唆されている。

「調達目標」である事業期間や費用等における効果の分析の結果、事業期間は概ね短縮されていること、特に大幅な短縮が認められた事例の要因は施工者の提案技術・提案工法による効果であったこと、設計・工事費の縮減は、事業期間の短縮ほど顕著ではないこと、発注者の人件費等の負担は増加しているが、金額的には設計・工事費に比べればわずかであり、発注手続きの段階では増加するが、工事段階では減少する傾向が認められること、技術提案による効果及び事業効果の早期発現に関しては、事例によっては大きくなることが明らかとなっている。また、「調達プロセス」における受発注者の意識について評価した結果、受発注者双方の負担が大きいこと、技術提案に関しては施工者の技術導入が図られたと概ね好評価であることが明らかとなっている一方で、提案に必要な期間が与えられなかったとの意見もあること、受注者からの発注者の条件明示が不十分で、リスク分担や契約変更に対する不満が示されたこと等が明らかとなっている。

さらに、これらの事例分析に基づくDB方式の評価結果を踏まえ、制度改善のための5つの提案を行っている。第一は、DB方式の適用を判断する基準等において、同方式の適用目的を明確化することが重要であることを明記すること、第二は、発注者の負担増については、事業プロセストータルで判断するとともに、発注者支援業務の活用を図ること、第三は、入札参加者の負担軽減のために、二段階選抜方式や技術提案に要する費用の一部を発注者が支払う方法などの対応が必要であること、第四は、リスク分担の基本的考え方を現場の発注者に浸透させる必要があるとともに、契約変更に関しては、契約図書における規定の明確化ともに、紛争処理の仕組み等抜本的な改善方策の検討も必要であること、第五は、技術提案に必要な時間を確保できるように手続き期間等を改善することである。

第5章においては、評価結果を活用しDB方式に関するPDCAサイクルを構築するための方策について提案を行っている。DB方式の評価を統一的に行うための評価ガイドライン(案)とともに、評価結果を関係者間で情報共有するため、DB方式も含め公共調達に関する制度を継続的に評価分析する機関による一元的情報提供を提案している。

第6章は結論であり、本研究の成果と課題を取り纏めている。事例分析に基づき提案した評価手法の有効性が示されたもののいくつかの課題が判明している。比較対象工事の設定において精度の高い設計情報が得られない場合の対応や顕在化したリスクの評価における取扱い、設計・工事費における落札率や変更金額の評価方法等であり、最後に、DB方式の普及に向けた課題について考察している。

本研究は、我が国ではこれまでほとんど実施されてこなかった新しい公共調達制度の評価を体系的に実施するための手法を提案し、設計施工一括発注方式の導入効果を実事例を用いて定量的に評価する試みを初めて実施したものである。同方式の今後の発展と制度の改善を図るためのPDCAサイクルを構築する方法を示したことによる社会的意義は大きいと認められる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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