学位論文要旨



No 217520
著者(漢字) 佐伯,智
著者(英字)
著者(カナ) サエキ,サトシ
標題(和) Namalwa細胞を用いたGPCRアッセイ系の構築と応用
標題(洋) Establishment and application of novel assay systems for G-protein-coupled receptors using Namalwa cells.
報告番号 217520
報告番号 乙17520
学位授与日 2011.05.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17520号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 准教授 真田,佳門
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 飯野,雄一
内容要旨 要旨を表示する

G蛋白質共役型受容体(GPCR)ファミリーは真核生物における多様な細胞間シグナル伝達の鍵となる遺伝子群である。その機能解明は、高等生物の複雑な生命現象ネットワークを理解する上で欠かせないばかりか、新たな医薬品創製のためにも重要である。本学位論文では、リバースケミカルジェネティクスアプローチを用いたGPCR研究の成果を報告する。

リバースケミカルジェネティクスアプローチにおいては、目的遺伝子に選択的に作用するツール化合物の取得と選択性の重要となるため、それに適した新たな宿主ベクター系を開発した。本系はNamalwa細胞を用いており、EBNA1-oriP系によって導入プラスミドがエピゾーマルに安定維持される。しかし、長期培養においてポリクローナル細胞集団中ではGPCR高発現クローンは比較的増殖が遅く、細胞集団のGPCR発現レベルが不安定になる。この課題は、ON-OFFが明確な誘導発現系を組み込むことによって解決した。そのため、ベクター導入から2週間で簡便に大量のポリクローナル発現細胞を取得でき、化合物の選択性評価のために多種のGPCRアッセイ系を並行して構築することが容易である。また本アッセイ細胞にはCREルシフェラーゼレポーターとキメラG蛋白質が組み込まれているため、同一のアッセイ手順でGs、Gq、GiのいずれのG蛋白質に共役する受容体のシグナルも検出できた。したがって、共役G蛋白質が不明なオーファンGPCRのリガンド探索に特に好適である。また、頑強性が高いことから化合物の大規模スクリーニングにも適している。

本宿主ベクター系の優位性を生かした研究の結果、以下の2つの成果があった。第一に、オーファンGPCRであるGPR97の生理リガンドが甲状腺ホルモンthyroxineである可能性を新たに見出した。Thyroxineが核内受容体TRを介さないnon-genomicな作用を持つことは既に知られていたが、その作用を介する受容体は未だ同定されておらず、GPR97はその初めての候補である。GPR97が高発現している好中球において、thyroxineがERKリン酸化レベルを低下させた。このことから、血中のthyroxineがGPR97を介して好中球の活性酸素産生を抑制的に制御している可能性が示唆された。第二に、霊長類の眼圧コントロールにおけるプロスタノイド受容体FPの機能を確認した。化合物ランダムスクリーニングの結果、初めて非プロスタノイド骨格の選択的FP作動薬compound Bを見出した。正常眼圧サルにおけるcompound Bの眼圧降下作用の強度が、FP作動活性を指標としたPK-PD解析からの推定と良く一致することから、霊長類の眼圧コントロールへFPが強く関わることが示唆された。またcompound Bは、虹彩沈着作用のような深刻な副作用のない緑内障治療薬のリード化合物となる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文の主要部分はIからIIIであり、以下の内容が記載されている。

Iは序論であり、前半においてはGPCR(G蛋白質共役型受容体)の多様性とそれらの生体における役割の重要性について述べている。ヒトゲノム上には嗅覚受容体を除き約360のGPCR存在する。この中で機能が分かっているものは約210に過ぎず、残りは機能やリガンドが不明であり(オーファンGPCRと呼ばれる)、その機能解明が重要課題である。後半では、生命現象の理解のための方法論が論じられている。すなわち、フォワードジェネティクスとリバースジェネティクスとに大別される遺伝学的手法および、化合物を用いたケミカルジェネティクスの長短について述べ、本研究においてケミカルジェネティクスの手法を効率的に活用してGPCRの機能解析を行う方法論の開発とGPCR機能解析を行ったことを述べている。

IIは材料と方法である。本研究において用いた多様な研究手法について過不足なく述べられている。

IIIは結果と考察であり、3章からなる。

第1章では、GPCRアッセイ用の宿主ベクター系の開発について述べている。ここで論文提出者は従来の宿主ベクター系の欠点を補うべく、主に以下の3点について開発を行った。

1)従来よく用いられてきた一過的発現系はアッセイ毎に遺伝子導入を行う手間が膨大であり再現性にも問題がある。一方安定的発現系は発現細胞の樹立までに長い時間を要する難点がある。これらを解決するためにNamalwa細胞とoriP複製起点を用いたエピゾーマル発現系を採用した。

2)GPCRを異所的に発現させるとしばしば細胞の増殖速度が低下し、安定な発現と細胞の維持が難しいため、エストロゲン受容体を利用した誘導発現系を構築した。

3)GPCRの活性を感度よく検出するためCRE-ルシフェラーゼレポーター系を導入し、Gsに加えGiとGqの各G蛋白質に共役するGPCRのいずれも同一の系でアッセイ可能とするために、キメラG蛋白質を組み込んだ宿主細胞を作製した。

次に開発した系の評価を行っている。その結果、開発した宿主ベクター系はベクター導入から2週間で簡便に大量のポリクローナル発現細胞を取得でき、ハイスループットスクリーニングにおいても十分な安定性を有することが確認された。

第2章では、開発した宿主ベクター系を用いて116種のオーファンGPCRのリガンドスクリーニングを行い、そのうちのひとつ、GPR97のリガンドとしてチロキシン(T4)を同定している。甲状腺ホルモンであるチロキシンの受容体としては核内受容体がよく知られているが、それ以外の受容体の存在が示唆されていたものの実体は不明であった。論文提出者の発見したGPR97が未知であった受容体に相当する可能性が高い。各種チロキシンの効果を調べたところ、T4>T3>rT3の順にリガンドとしての効果が強かった。これに加え、抗真菌剤isoconazoleもGPR97作動活性があることがみつかった。さらに、GPR97はヒト末梢血好中球に選択的に高発現しており、好中球様に分化誘導したHL-60細胞において、チロキシンが細胞内cAMPレベルを上昇させ、活性酸素産生レベルを低下させることが明らかとなった。このことから、血中のチロキシンがGPR97を介して好中球の活性酸素産生を抑制的に制御している可能性が示唆された。

第3章では生体ホルモンプロスタノイドの受容体のうちFP受容体の眼圧降下作用に注目し、FP受容体に作動する化学物質の検索を行っている。大規模ランダム化合物スクリーニングを実施した結果、複数のヒット化合物を取得し、さらに、誘導体展開を行うことにより、非プロスタノイド骨格を持ち活性の高いcompound Bの取得に成功した。正常眼圧サルを用いてcompound Bの作用を検討し、確かに眼圧降下作用が認められた。この効果を他のFP作動性化合物と房水中最大濃度を加味して定量的に比較した結果、薬効順位が合理的に説明できたことから、サルにおいてもFPシグナルが眼圧降下作用に主に寄与していることが示された。

以上、本論文は精緻な最適化を繰り返して新規な宿主ベクター系を開発し、それを適用して大規模なスクリーニングを繰り返し、その結果、チロキシンの細胞表面における受容体の同定と機能の推定に成功し、さらに眼圧降下作用のある新規骨格を持つ化合物の発見を行っており、科学的に新規性の高い研究であると認められる。

なお、本論文第III部第1章は西達也氏、國友博文氏、成田吉泰氏、佐々木克敏氏、三村英樹氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク