学位論文要旨



No 217522
著者(漢字) 園部,裕子
著者(英字)
著者(カナ) ソノベ,ユウコ
標題(和) アフリカ系女性移住者の「自立」と「連帯」 : フランス・パリ市ZUS地区における社会・文化的仲介と市民団体活動
標題(洋)
報告番号 217522
報告番号 乙17522
学位授与日 2011.05.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第17522号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 増田,一夫
 東京大学 教授 石井,洋二郎
 東京大学 准教授 森山,工
 一橋大学 教授 伊藤,るり
 茨城大学 准教授 稲葉,奈々子
内容要旨 要旨を表示する

本論は、社会的・経済的に排除されたパリ市内のZUS地区を舞台に、移住経験の長い移住者が他の移住者のために活動し、移民コミュニティと地域社会や自治体とのコミュニケーションを円滑にする「社会・文化的」仲介と、仲介者による市民団体活動について考察する。特に仲介者へのライフストーリー・インタビューと、活動のもっとも萌芽的な活動である〈集まり〉における参与観察から、西アフリカ出身女性移住者の自立と連帯を分析する。

ZUS地区とは、「大規模団地や劣悪な住宅があり、居住環境と雇用が著しく不均衡な」地区のことである。社会・文化的仲介は、移住経験の長い移住者が他の移民のために行うもので、移民コミュニティと地域社会や自治体とのコミュニケーションを円滑にする支援活動である。

本論の主要課題は、「連帯」の場としての〈集まり〉の意義、潜在能力と移民女性の「自立」の意味、エスニシティとジェンダーの交錯する対象としての女性移住者の日常世界とその課題、調査者の立場性である。本論では、フランス社会と移民というマクロな視点からみた社会集団の基盤にどのような社会関係があり、どのような紐帯が行為者を結びつけているのかに着目する。それにより行為者が日常生活圏で直面する問題群と彼らが展開する闘争を明らかにして、もっとも小さな集まりに立ち返る視点を強調する。

第二章では仲介者の語りを分析し、活動の資本が送出国での社会活動経験にあることを明らかにする。仲介者の地位の変遷からは、活動が1990年代以降、フランス政府の移民統合政策の主要なアクターと位置づけられてきたことが分かる。

第三章では、仲介が女性移住者の識字など自立に与える効果を検討する。送出国で支配階級にある仲介者らの知識は、農村部からの女性移民の社会編入を促進する。仲介には、これらの女性たちの識字能力を補う意義がある。移民女性の「自立」には、社会生活において一人で手続きを行えるかどうかが鍵となるが、その社会参画のためには、識字教室への参加が求められる。

仲介の意義には、文化的な折衝もある。アフリカ出身家族の生活においてもっとも際だった問題である、衣食住に対する偏見やふるまいへの誤解について、移民とフランス社会の双方に対して説明する。仲介者らが出身社会の規範に対して解釈を加え、フランス社会の規範を提示して客観化を促すこともある。

他方で、仲介者がフランス社会の規範を提示し客観化を促すこともある。だが仲介者も移住先での家族の生活の安定のため、母としての役割を担って活動し、出身社会の規範を共有して利用者の信頼を得ている。そのため、仲介が規範を根底から覆すことはない。

第四章では、仲介者の語りから分かる雇用形態の変遷と移民統合政策の関わりを検討する。仲介者の地位は普遍的な失業対策の一環とされる短期雇用契約で、長期的な生活の保障はない。移民の社会編入において女性移住者の担う役割を承認するよう、仲介者らは異議を唱えている。

第二部・第三部は、パリ北東部のZUS地区であるZ地区に焦点を絞り、女性移住者による市民団体アミチエの仲介者と女性たちによる〈集まり〉において行った、参与観察のデータを分析する。

第五章ではまず、Z地区の歴史を概観する。ここでは、多様な行為者による市民団体が場を共有して活動し、社会関係の再構築に貢献している。特に雇用創出を目的とする社会編入支援の市民団体カルチエと、アミチエの女性たちによる〈集まり〉の連携は、双方に利がある。移民女性はアミチエの〈集まり〉を通して地域に「居場所」をもち、受入社会の規範を学び、限定的だが経済的編入の機会も得ている。カルチエは、仲介者のネットワークを通じて移民住民に社会的・経済的編入を促すことができた。移民と地域が社会関係を築く新たな連帯としての〈集まり〉は、エスニシティによるネットワークを社会生活、行政、労働市場と結びつけ、地域の再活性化につながっている。

第六章では一夫多妻婚世帯に対する支援対策を扱う。一夫多妻婚はつねに女性による議論の的であり、種々の逸話や物語が語られる。出身社会では、子の数が家庭内と社会における女性の地位を確立する。家庭では若い共妻との地位争いもある。仲介者が地域の法律家による移民支援市民団体と連携して行う異議申し立ては、一夫多妻婚を禁止し女性の「自立」を促進するフランス法を根拠とする。だが事実上、婚姻形態を選ぶ権利はない女性らにとってそれは、権利の剥奪である。別居は共妻との関係や居住条件により選択され、フランスの規範に従うというよりは、この論理に対する抵抗と捉えられる。この統合の条件として婚姻形態、人格的、性的、経済的な「自立」を唱えるフランス側の論理と、当事者自身の認識のズレが、ここにある。

第七章では、女性たちの生活世界に着目し、滞在資格、家族統合、住宅申請、職探しなどの問題群を明らかにする。滞在資格と住宅は、一夫多妻婚と関係する。これらの問題群を根底で貫く課題は、地域社会への編入や人種差別への対応である。これらは、第一義的には彼女たちが移住者、外国籍であることに起因する。だがフランス国籍者の居住条件は向上するなど、属性は問題のすべてを説明しない。調査中、利用者の居住条件はほとんど改善されなかった。滞在資格と住宅環境の不安定性は関連するが、ホームレス女性には滞在資格保持者もいる。アフリカ系移民の居住条件は、他の移民集団と比しても悪い。HLMの割り当てで特に差別され、移住による家族関係と居住形態の変化も影響する。

地域や職場での差別も、帰属や資格のみが問題ではない。むしろ移民集団間の序列化でもっとも最下層に位置づけられる旧植民地、ブラック・アフリカ出身、「黒人」であること、職業階層上の地位、ZUSの位置づけ、性別という多重の序列化に因る。アンティル出身者らに対しても、外から付与される属性は「黒人」である。旧植民地出身の女性らが覆そうとする人種の序列化には中立的なアンティル人が、雇用先での対立においては「黒人」の側に立つ。肌の色による差別は、「文明化」の度合いを基準にする差別である。一夫多妻婚は、この階層化された地位の低さ、「文明化」の度合いを測る尺度の一つとして用いられる。

利用者らは西アフリカ系移民の多数を占めるソニンケ人で、出身社会では、女性の洋装や仕事など都市の生活様式が批判される。彼女たちも移住が長期化してなお、出身社会との社会関係を拠り所に規範を守り続ける。だが調査では、滞在の長期化にともなう規範の変化も認められた。特に雇用労働への従事は当初は批判されたが、1990年代後半からは、子育てと仕事が二者択一になるほど移住生活の規範は変容した。利用者は多数が就労経験もなく失業中だったが、妻や母としての役割を果たす必要がある上、夫の合意が不可欠であるなど、移民女性の労働市場への参入は容易ではない。清掃業でもフランス語能力が求められるようになり、法改正も相まって、フランス語は移民の統合の第一条件となった。だが定住者の識字教育の機会は少ないなど、政策転換とフランス語の位置づけの急速な変化が、女性の「自立」の前に立ちはだかる。

第八章では、アミチエの女性によるグループ結成に着目する。参加者らはコーラン勉強会、出身村の女性団体、親族関係など複数の集団に帰属していた。その上で敢えて居住地区に「グループ」を形成しようと呼びかけを繰り返す。その意図は、先行研究に反して、「アフリカ的」な「結束」や「連帯」の表出としては語られない。むしろ「アフリカ人」は猜疑心が強くてまとまらず、利己主義だという自覚に依る。「連帯」の必要性は、「結束」する「ヨーロッパ」やフランス社会との比較で語られる。

第九章では、〈集まり〉と仲介者の地位の転換を明らかにする。自発的で相互扶助的な〈集まり〉は、フランス社会ではインフォーマルに留まることはできず、活動の安定や場の確保のために市民団体として登録される。「成人仲介者」雇用契約を得るには、法制度の枠組みに従う必要もあり、活動は次第に「制度化」される。他方で参加者の就職、転居など編入も進み、〈集まり〉は活気を失っていく。

だが移民女性が受入社会における地位を認識し、限られた資本を活用して市民権を行使するには、同じ立場にある女性同士の〈集まり〉には大きな意義がある。仲介者は、受入社会の規範を他の女性に共有させ、上述のように地域の他の市民団体との連携により、移民女性の社会的・経済的な編入と市民権の拡充に貢献し、仲介者―参加者相互のエンパワーメントに寄与している。

以上のように本論は、女性移住者に「声」を与える自発的な「ローカル・コミュニティ」として、社会・文化的仲介と市民団体活動という連帯に着目した。女性移住者のアイデンティティや役割の多様性は、まだ広く認められているとはいえない。出身社会の規範においても、受入社会からも、また自らも「母」として役割を限定され(し)がちな第一世代の移民女性が市民権を行使するには、日常生活圏に根ざす連帯が欠かせない。

この連帯が手続きや文化的折衝に留まらず、「市民権闘争」の媒体となるには、共通の関心事や闘争の争点が必要になる。その意味で、一夫多妻婚世帯の滞在許可証、住宅申請は、西アフリカ出身女性の多くが直接的、間接的に共有する問題である。確かにそれは多くある問題群の一つに過ぎない。女性たちの紐帯は、居住地区、話す言語、出身村と民族的帰属、国籍など、民族、エスニシティや近代的な国民国家の枠組みによるアイデンティティまでが重層的に組み合わされ形成される。他方で、受入社会が一夫多妻婚の実践者に対して特別なまなざしを向け、統合においても夫からの「自立」という特別な条件を課すことが、女性たちを他の移民集団と差異化する。それに対抗する手段が「アフリカ系女性」としての自覚的なアイデンティティである。

調査者としての私の「立場性」は、調査が長期化するにつれ、「異質」なものではなくなり、存在そのものが社会の多様性(「ミクシテ」)を促進する結果も伴った。「成人仲介者」雇用契約の獲得を目指して、私はアミチエの役員を引き受けることになった。このようにして女性たちと〈集まり〉にとって私は、地区で取り結ばれる多くの小さな「つながり」の一つになった。また仲介者にとっては、フランスのアフリカ出身移民女性の生活を知る多くの支援者の一人になった。女性たちからは「全部書く」という課題が託された。

最後に移民研究における今後の課題を提示する。調査を行った2000年代初頭は、1980年代に始まる家族統合にともなう都市対策という、普遍主義に則ったフランス固有の「移民政策」から、ヨーロッパ統合の流れとともに数値化された労働力導入と共通移民政策への転換期となった。移民政策の象徴として現場を担った担当機関の整理縮小の進化が、女性移住者団体の活動にも大きな影響を与え、将来の展望もない手探りの時期であった。

従来の移民政策では、女性対象の措置は識字教育や仲介活動に集中し、職業訓練や雇用創出は十分でないなど、女性移住者の社会的・経済的編入は普遍主義による一定の制約を受けている。だが定住後に就労する女性の数は、フランスでも男性に匹敵するほどになり、行為者としての女性の実践を捉える事例研究の蓄積が急務である。移民女性の〈集まり〉と地域社会の連携を維持し、移民女性に固有の課題、すなわち識字教育から職業訓練、労働市場への道筋をより確固たる措置をとることが喫緊の課題である。本調査を元に、サービス労働における西アフリカ出身女性の職業がどう多様化し、女性たちが今後どう選択の可能性を拓くのか。また、労働市場に参画して社会的・経済的編入を確固たるものにしていくのかを明らかにすることが、今後の課題となる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、フランス・パリ市のZUS地区(都市政策強化地区)において、サハラ以南アフリカ出身の女性移住者たちが展開する、もしくは展開しようとする社会・文化的仲介と市民団体活動について考察した論文である。この論文では、仲介者に対するライフ・ストーリー・インタビューをおこない、また仲介活動の萌芽状態である〈集まり〉における参与観察をおこなって、アフリカ系女性移住者の「自立」と「連帯」の位相を分析している。

フランスの移民に関する研究はすでにわが国においても数多く存在する。フランスの移民は、2006年の統計によるならばマグレブ3国で150万人超いるのに対して西アフリカが30万人足らずということもあって、アフリカ系移民、さらにはアフリカ系女性移民に焦点をあてた研究はさほど多くない。フランス社会において移民および移民系の人々が置かれている状況については、2005年秋のいわゆる「郊外暴動」以降わが国でも知られ始めている。また、「暴動」直後に立ち上げられた「黒人市民団体代表委員会(CRAN)」による問題提起で、フランスにおける黒人問題にも新たな光が当てられつつある。しかしそのような流れのなかでも、サハラ以南出身のアフリ...カ系女性移民......という集団に焦点が当てられることはあまりないのである。しかしその集団は、かなりの部分が出身国の農村地帯から来ていること、少なからぬ人々のフランス語の用能力が不十分であること、そもそもそれ以前に識字率が低いこと、さらには少なからぬ女性が一夫多妻婚の「共妻」であることから、他の移民集団とは差異化され、当事者の意志や努力にもかかわらず、受入社会に「統合」されるのが最も困難な集団である点で注目に値する。いうならばサバルタンのサバルタンとも位置づけられるアフリカ系女性移住者の視点。それを内部から提示しようというのが、本論文のアンビションである。

本論文は、10の章から構成されている。それぞれ序論と結論と位置づけられる第1章と第10章を除くと、第2章から第4章までが第1部、第5章から第7章までが第2部、第8章と第9章が第3部と、3つの部分に大きく分かれている。

第1部では、社会・文化的仲介の歴史と現象の分析がおこなわれている。そもそも、文化的・社会・文化的仲介とは何か? 一口で言うならば、新たに受入国にやってきた人々が円滑に社会に統合されうるように「コミュニケーションの促進」を目的とする活動である。第2章では、出身国を同じくしながら「仲介者」に立つ女性たちとは誰なのかという問いを立て、彼女たちのライフ・ヒストリー・インタビューを通じてその問いへの解答を求めている。そこから浮かび上がるのは、移住歴が20年以上とフランスへの入国が古く、フランス社会や都市生活の社会的規範や行動様式を体得する時間があったという点、そしてとりわけ、出身国においても何らかの形で支配社会層に属しており、出身国でフランス語教育を受けているなどという家族史を有する点である。第3章では、社会・文化的仲介の具体的内容が論じられている。主なものは、新規の入国者を対象とした識字教室やフランス語教室の運営、種々の行政手続きをめぐる支援、子育てをしている家族を対象とし、出身文化を伝達し、同時に受入社会におけるアイデンティティの自覚をうながすアフリカ旅行、さらには食生活や生活習慣に関する偏見を解消するために地域を対象におこなう文化事業などである。第4章では、仲介者の地位の変遷が、フランスの移民政策、都市政策の推移との関係で検討されている。

第2部では、マリ出身の女性マリアムが運営する団体アミティエ(仮称)に焦点が当てられ、そこにおける参与観察を通じて得られたデータの紹介、分析がおこなわれている。上記の団体アミティエは、パリ19区の都市政策対象地区にあるパルマ団地(仮称)で活動している団体である。第5章では、パリ19区が大量の移民を擁するようになった歴史的・社会的背景が辿り直され、その移民を統合するために、どのような支援策、および若者を対象とした非行防止策、アフリカ系第2世代などの移民団体が存在するかが紹介される。第6章では、マリアムが組織する〈集まり〉において扱われた一夫多妻婚世帯への支援策が具体的に紹介されている。一夫多妻婚における共妻のあいだには、出身社会においても地位争いが絶えないが、住宅条件がより厳しいフランスにおいて、争いは激化せざるをえない。また、フランスの行政は女性の「保護」を謳い、「自立」を奨励する一方で、一夫多妻婚における妻に対して滞在資格や社会住宅を与えないという形で事実上支援を拒否している。みずから望んで一夫多妻婚を生きるわけではない女性たち、ひいては自分が知らぬまに一夫多妻婚を生きることになってしまった女性たち、彼女たちは受入社会における女性の権利と一夫多妻婚の拒否が生み出すパラドクスに陥ることになる。そして、表向きはフランス共和国の規範を受け入れながら、独自の論理で諸制度を解釈して困難を乗り越えようとする。第7章では、女性たちが――滞在許可証、雇用契約および雇用形態、家族統合、社会住宅の獲得をめぐる――エンドレスな行政手続き、移民政策の厳格化などに苦しみながらも、市民団体や地域の議員への陳情などを通じてフランス社会で生き続けるための手段を講じる様子が記述されている。また、自分たちには連帯が欠如しているといったアフリカ系の人々の厳しい自己認識、黒人‐白人の関係、マグレブ系移民との関係などが、あくまでもアフリカ系女性移住者の視点から語られている。

第3部では、より本格的な組織を立ち上げようとするマリアムの挑戦と挫折、アフリカ系女性移住者相互の確執、本論文執筆者のアフリカ滞在を受けての関係の親密化、参与観察の終わり、という形で論文が締めくくられている。

以上のような論文の意義は、次の諸点にまとめることができる。(1)すでに述べたように、アフリカ系女性移住者の団体に身を置き、移民第1世代としての彼女たちの定着過程を辿るという作業が本論文の中心になっている。その過程をここまで克明にたどった研究はわが国においては稀であり、もしかするとフランスにおいてもあまり例がないのではないかという点。(2)本論文は2004年から2006年にかけてアフリカ系女性移住者の団体でおこなわれた参与観察から得られたデータを中心に執筆されているが、その際に執筆者はフランス語のみではなく、マリ共和国における実質的な共通語であるバンバラ語を駆使しながら人々とのコミュニケーションをはかっているという点。そのせいもあって、フランス語が不得手な相手からも情報を引き出したり、同じアフリカ系であってもバンバラ、ソニンケ、ボボといった諸語の使い手のあいだでさまざまな帰属意識の違いや葛藤があることを明確に描き出したりすることに成功している。マリにおもむき、現地の生活を体験したということも、コミュニケーションの円滑化に大いに寄与していることも付言しておきたい。(3)サハラ以南のアフリカ系移民をめぐって批判の対象となり、排除の口実となるのが一夫多妻婚である。しかし本論文が収集した証言を通じてあらためて明らかになるのは、一夫多妻婚という「文化」を女性が共有しているというよりも、彼女たちがその被害者であり、それに耐えている側面の方が多いという実態である。ただし、フランス共和国が打ち出す、女性の権利尊重という価値観に基づいた「自立」への要請は、アフリカ系女性移住者の「統合」を促進するどころか、彼女たちをより厳しい境遇に追いやりがちだということである。(4)執筆者が試みたのは一市民団体の萌芽形態における調査であり、フランス社会全体を対象とした「大きな物語」の記述ではない。それにもかかわらず行政による「仲介者」の位置づけ、諸手続の厳格化もしくは簡素化、移民たちが遭遇する問題の変化、交渉や異議申し立てに対して返される回答の変化などが語られるつどに、移民受入政策の変遷をめぐる情報が手際よく織り込まれている。移民側から見た政策の変遷がたどれると同時に、マクロな政策決定が個人に対していかに作用するかということが具体的かつ説得的に示されている点は特筆に値する。

他方で、問題点も指摘された。(1)本論文は、「解釈的客観主義」に準拠しつつも、調査者‐被調査者のあいだに存在する支配‐被支配関係に留意し、一般に植民地関係の批判的考察がやや薄弱なフランス的研究姿勢を是正しようと試みている。その意図は評価すべきであるが、方法論的な練り上げが必ずしも十分ではなく、メタレベルの分析が物足りないように思われる。(2)「アフリカ系」という語が用いられているが、他方で「アフリカ人」という、内的な差異を抹消した呼称はフランス側のナラティヴに属するという指摘も執筆者みずからおこなっている。「アフリカ系」と言ってしまうとき、フランス側のナラティヴおよび視点を受け入れてしまう危険性があるように思われる。(3)被調査者の出身地域の言語まで用いて参与観察をおこなったことは高く評価できる。しかし、インフォーマントをもっと追いつめ、より徹底的に裏を取ることが必要であったような箇所も見いだせる。

以上のような指摘はありうるものの、アフリカ女性の団体の中に入り、強い信頼関係を築いた上で調査をおこなったという点、その調査によって蓄積した資料に基づいて独創的な論文を執筆したという点は否定しがたい事実である。したがって審査委員会は、若干の問題点も、本論文の意義を否定するようなものではなく、今後の研究の進展の過程で克服されるべき課題であると考えた。

したがって、本審査委員会は全員の一致で本論文は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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