No | 217524 | |
著者(漢字) | 大坪,新一郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオツボ,シンイチロウ | |
標題(和) | 国際海運からのCO2排出を削減するためのグローバル規制の構築に関する研究 | |
標題(洋) | Study on the Design of Global Regulatory System to Reduce CO2 Emission from International Shipping | |
報告番号 | 217524 | |
報告番号 | 乙17524 | |
学位授与日 | 2011.06.08 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 第17524号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 本論の背景と目的 国際海運では、燃料燃焼起源のCO2が温暖化ガス排出の殆どを占め、温暖化対策は燃料・エネルギーの削減・節約を意味する。国際海運の排出は全世界の約3%を占めるが、途上国を中心とした世界経済成長によって海上荷動き量が増え続けるため、今後も増加が続く。国際船舶からのCO2は、特定国に帰属できないため、UNFCCC(国連気象変動枠組条約)京都議定書により、IMO(国際海事機関)で対策を追求している。当初、IMOでの検討は遅れており、2008年初頭の段階では、以下の効率インデックスの概念のみが存在していた。 ・EEOI(エネルギー効率運航指標): 「実運航時の排出量(燃料消費から換算)」と「実際に運んだ貨物量」「実際に走った距離」をもとに「達成された効率」を示す。 EEOI(g/ton mile)=(CO2換算係数×燃料消費量(g))/(実貨物量(ton)×実航行距離(mile)) ・EEDI(エネルギー効率設計指標): ハード(船舶)の仕様から一定の仮定のもとに「船舶が発揮できる効率」を設計・建造時に示す。 EEDI(g/ton mile)=(CO2換算係数×燃料消費量(g/kwh)×(機関出力)(kW))/(DWT(ton)×速力(mile/h)) 2007年末のUNFCCC締約国会議にて、2009年末までに京都議定書の次の枠組み合意を目指すプランが採択され、IMOにおいても早急な国際枠組み合意への圧力が高まる中で、排出削減のためのグローバルな制度設計を創出することが本論の目的であった。 2. 問題解決の方法論 国際的な規制を通じ問題解決をはかるため、以下の手法を適用した。 フェーズ1: 問題認識とセクターの特性分析、定性的な目標設定、規制ツールの整理 本論で扱った問題は、世界経済成長により海上荷動きが増え、海運の排出が増大することにあり、荷動き量を減らすことは排出主体(船舶を所有・運航する船社)の影響外にある。排出源が越境移動し、かつ名目上の所属国は容易に変更可能のため、UNFCCCによる国別規制は機能しない。目標を「海事産業の発展とサービスレベルに影響せず、排出量を削減する」こととし、規制ツールを(1)個別排出源を管理する直接規制、(2)経済的インセンティブを用いて排出主体の行動を変化させる間接規制、(3)排出主体の自発的又は商契約に基づく行動を促す手法、の分類で整理した。 フェーズ2: 「受容性の鍵」の明確化 主要国における組織間の関わりと意思決定プロセス及び各組織に影響を与える外部の利益グループ((1)規制を受ける側(業界)、(2)規制推進派(環境保護団体等))の動向を分析し、政策を各国が支持する条件(「受容性の鍵」)を明確にする。本論での「受容性の鍵」は、グループ(1)の場合、以下が挙げられる。 ・特定の削減手法が強制されず、個々の主体が最適な削減手法を選択できる性能基準である ・排出削減の努力が正当に評価される仕組みである(例:EEDI値の不当操作を抑止する第三者認証スキーム) ・価格(コスト)の不確実性が小さい(例:排出権取引では、総コストが予測不能であり投資判断が困難) グループ(2)の場合は、野心的な排出削減目標と早期の国際的枠組み合意が重要となる。各国のポジションは、グループ(1)と(2)の相対的な影響力に依存する。 フェーズ3: 詳細な制度案構築、定量的目標設定、フィードバック 制度設計においては、「受容性の鍵」とともに、モニタリング・報告方法、インセンティブの与え方を考慮する。また、法的文書(既存条約の改正又は新条約)の選択が実施時期や規制遵守確保に大きく影響する。ポリシーミックス(複数規制の組合せ)では、実施の容易な規制を先に導入することも、利益グループの抵抗感を減じ、政治的圧力を軽減し、より複雑な規制の検討時間を得るために有効である。制度案が具体的に構築されれば、コスト影響を評価できるため、技術開発動向をふまえ、定量的な目標を設定する。制度と目標案は、フェーズ2で分析した各国・各グループに対して提示し、フィードバックを得て、受容性を高める改善を行い、再提示する。このプロセスを繰り返し、最大多数の支持を得る制度と目標を固める。 3. 方法論適用のアウトカム 本論が他の政策過程論と大きく異なるのは、上述の手法により、政策案を国内でのフィードバックを経たうえで国際交渉の場に提案し、研究とそれに基づく国際的な制度の構築を並行して行ってきた点である。本論の提案の多くは国際的に受容され、既存条約(海洋汚染防止条約(MARPOL)附属書VI)の改正を中心に、国際制度が固まりつつある(図1)。 第一世代規制はEEDIとSEEMPを活用した以下の仕組みから成る。 ・新造船についてEEDIの計算と認証を義務づけ、EEDI値を示す(例えば EEDI = 5.0 g/ton-mile)国際証書を各船が保持。 ・各船のEEDIが規制値以下であることを義務づけ。 規制値(g/ton mile)= リファレンスライン(a×b-c)×削減率(1-X/100) bは船舶サイズ、a及びcは船種ごとに決定される定数、リファレンスラインは現存船EEDIの平均値で、船舶サイズを変数とした回帰線として求める。X(%)は、建造年に応じて規制値が厳しくなる程度を示す。 ・新造船・現存船ともにSEEMPの作成・船上備置を義務付け。EEOIは船ごとの違いが大きいため、一律の規制値を設けず、各船のEEOIをモニターし運航的手法の最適化を図るマネジメントツールとして活用。 詳細制度設計にあたっては、以下を留意した。 ・運航条件を代表して「一船一値のEEDI」を与える計算手法を確立 ・船種ごとに適用可能な技術の組み合わせによるEEDI改善幅を算定し、削減率を決定 ・EEDI認証は設計時及び海上公試時の二段階とし、EEDI値の不当操作を防止し、竣工後に規制未達成が発見される等の混乱を避けるよう配慮 ・小型船では規制値満足の技術的手段が限定されることに配慮し、規制適用の船舶サイズ下限値を設定 EEDI規制及びSEEMPの作成・船上備置きは既存条約(MARPOL)の改正により義務化する。採択後に自動的に発効する改正方式により発効日を固定し、業界に確実性を与え、投資判断を容易にする。ただし、EEDIは新造船対象のため、船隊の多くが新造船に代替されるまでは効果が限定される。また、自己宣言としてのSEEMPの性質上、各船に適した運航的措置が全て採用されるかは確かではない。このため、排出削減量に応じて経済的インセンティブを与えるMBMが必要となる。MBMとしては、海運向け排出権取引(METS)と、購入燃料に一定額を課金(例:油1トン当たり20$)し、徴収された課金を独立した国際基金が管理して途上国支援等に活用する燃料油課金が代表的であるが、本論では燃料油課金の発展形としてLeveraged Incentive Scheme (LIS: 還付付き燃料油課金)を提案した。(1)早期対策評価(規制値を超える低EEDI船を優遇)、及び、(2)運航的手法の評価(自船EEOIを改善した船を優遇)に基づき、集めた課金の一部を国際基金が還付することにより、効率改善へのインセンティブを強化できる。図2にようにEEOIは航海ごとに大きく変動するため、ある程度長い期間(1年)の平均値をとって、過去の自船からの改善を評価する。 欧州は、技術的な可能性を考慮せず,将来年における排出量を絶対値として決める目標設定(キャップ)を主張している。欧州委員会による目標は、2050年に1990年レベル(4.7億トン)とされているが、輸送量伸び率3.3%/年としたBAU(対策をとらないケース)排出量は2050年に48億トン強と算定されるため、実現不可能である。この目標下では、最大限可能な効率改善によりBAUから50%削減しても、24億トンの排出権購入が必要で、$15~45/CO2トンの排出権価格を想定すれば,年間350~1,060億$の負担となる。排出権価格は予測不可能であり、価格の不確実性から、かかる目標を国際海運業界が受容することはあり得ない。 キャップの代わりに個船の効率改善を目標とするのが適切であるが、政治的受容性のためには、効率目標を達成した場合のアウトカムとして、将来の排出総量推移を外部に明示することが必要である。EEDI規制値設定で検討した(1)新技術の組み合わせ、に加えて(2)速力減(搭載機関の出力減)、(3)船舶大型化を合わせて適用することにより、新造船の最大の効率改善幅を船型・竣工年に応じて見積もり、既存船の減速による改善効果を合わせて対策実施後排出量を示したのが図3である。 4. 本論による国際的制度の有効性評価 第一世代規制については、本論による規制値、認証方法、適用下限値等の提案がほぼ採用され、MAPROL改正案に合意、2011年の採択に向けて回章された。第二世代については、MBMの選択に至っていないが、本論の目標設定のあり方、効率改善誘導の重要性については、広く業界の意見として表明されつつある。採択を待たずEEDI認証が自主的に行われ、実態が先行しつつあり、海運国のみならず、厳しい規制を推進するEU諸国も条約改正を支持する等、広い受容性を確保した。 第一世代を先に採択し運用することは、IMOでの進捗を確保し政治的圧力を減じて、第二世代の慎重な検討を可能とする。両世代が共に運用されれば、EEDIを将来の規制値まで先取り実施してLIS下で燃料費減及び課金還付の二重のメリットを得ることができ、SEEMP作成により運航的手法が実施されればEEOIの改善につながり、これも還付によるメリットを得るなど、各規制ツールが相乗効果を有する。 本論での問題解決方法論は、未だ国際枠組みの検討が進まない航空等の他セクターにおける温暖化対策、また、問題解決に国際制度を必要とする他の環境問題にも応用が可能である。 図1 排出削減手法と規制パッケージの整理 図2 EEOIの変動と年平均値 図3 効率改善目標下の対策実施後排出量 | |
審査要旨 | 本論文は、国際海運の提供するサービスを低下させずにCO2の排出量を削減するための国際的な制度設計、特に新造船の燃費効率に関する規制、及び、各船の運航実績評価による還付を含めた燃料油課金制度について分析・提言を行い、また、国際海運では、途上国を中心とした世界全体の経済成長により輸送量が外部的に定まることをふまえて削減目標については、排出総量ではなく個船の効率改善を用いることの合理性を論じている。これらの一連の国際制度設計について、実際に国際交渉の場で政策提言と合意形成を実践することにより、その有効性を検証するとともに、環境問題を国際的枠組みにより解決する方法論として一般化し、その手法を検証している。 第一章では、国際海運の温暖化対策をとりまく状況を整理するとおもに、既存の政策過程論を温暖化分野を含めてレビューした。本論文では事後的に政策過程を振り返るのではなく、実際の国際交渉を通じて実効性と受容性を有する制度を構築することを目的として、以下のように一般化された4つのフェーズによる環境分野での問題解決手法を提案している。 フェーズ1: 問題認識とセクターの特性分析により、定性的な目標設定を設定し、適用可能な規制ツール候補を広く集めて整理する。 フェーズ2: 主要国における意思決定に影響を与える外部の利益グループ((1)規制を受ける側(業界)、(2)規制推進派(環境保護団体等))の動向を分析し、政策を各国が支持する条件(「受容性の鍵」)を明確にしている。 フェーズ3: 「受容性の鍵」の優先順位をふまえ、モニタリング・報告方法、インセンティブの与え方を考慮して制度設計し、定量的な目標を設定する。制度と目標案は、フェーズ2で分析した各国・各グループに対して提示し、フィードバックを得て、受容性を高める改善を行い、再提示する。このプロセスを繰り返し、最大多数の支持を得る制度を固める。 フェーズ4: 上記の作業により最大多数の支持を得て、国際合意として採択、運用する。 第二章では、本論文の研究が開始された時点で国際海事機関(IMO: International Maritime Organization)では国際的枠組みのアイデアは存在しない状態であったが、本論文の政策アイデアと制度設計案を提案していくことにより、国際合意が形成されてきた過程を概観している。さらに、(1)第一世代の規制 (船舶仕様から一定の仮定のもとに「船舶が発揮できる効率」を計算するEEDI(エネルギー効率設計指標)、及び、各船がとるべき運航上の措置を自己宣言する文書の作成を義務付けるSEEMP(船舶エネルギー効率管理計画書))、及び、(2)第二世代の規制(経済的インセンティブを与えることにより排出主体の行動を誘導するMBM(Market-Based Measures))を、時間差で導入することの合理性を論じた。 第三章では、第一世代規制の中心であるEEDIについて、新造船のEEDIが一定の規制値以下であることを義務づける規制の詳細を提案している。この中で、運航条件を代表して「一船一値のEEDI」を与える計算手法、船種ごとに適用可能な技術の組み合わせによるEEDI改善幅を算定し、EEDI削減率を決める提案を論じた。 第四章では、EEDIを国際的な規制として実施するにあたって、IMOの既存条約であるMARPOL(海洋汚染防止条約)を用いることに迅速性・実施時期の確実性等のメリットがあることを論じ、さらに、規制の確実な実施を担保するため、 ・EEDI認証は設計時及び海上公試時の二段階とすることにより、EEDI値の不当操作を防止し、竣工後に規制未達成が発見される等の混乱を避け、 ・小型船では規制値満足の技術的手段が限定されることに配慮し、規制適用の船舶サイズ下限値を設定する、等の制度設計の詳細を提案している。 第五章では、第二世代規制であるMBMとして、各船から徴収された課金を独立した国際基金が管理して途上国支援等に活用する燃料油課金の発展形としてLeveraged Incentive Scheme (LIS: 還付付き燃料油課金)を提案している。そこでは、(1)早期対策評価(規制値を超える低EEDI船を優遇)、及び、(2)運航的手法の評価(自船EEOIを改善した船を優遇)に基づき、集めた課金の一部を国際基金が還付することにより、効率改善へのインセンティブを強化する。さらに、第一世代と第二世代の各規制を、ポリシーミックス(異なる政策手段の組み合わせ)として整理し、それらが相乗効果を有することを考察している。 第六章では、排出削減の目標設定方法として、欧州が主張する、将来年における排出量を絶対値として決める目標設定が、排出権価格の不確実性等により国際的に受容性が無いことを考察し、個船の効率改善を目標とする方法を提案した。この場合、政治的受容性を得るため、効率目標を達成した場合のアウトカムとして、将来の排出総量推移を算定している。 第七章では、本論文で提案した国際制度案の実効性及び受容性を複数のアプローチで検証している。第一世代規制については、本論による規制値・認証方法・適用下限値等の提案がIMOにおいて、ほぼ採用され、採択(予定)のベースになっていることを確認した。第二世代については、MBMの選択に至っていないものの、本論文による目標設定のあり方と効率改善誘導の重要性については、広く海運業界の意見として表明・支持されつつある。また、採択を待たずEEDI認証が自主的に行われ、業界での実態が先行しつつあり、広い受容性を確保している。また、一般的な国際制度の評価基準としての、加盟国数の確保・条約発効後に加盟国の義務を強化するメカニズム・基準遵守のためのインセンティブ供与等の面から、提案が国際制度として実効性を有することを論じている。 第八章では、結論として、第一章で提案した問題解決の方法論が有効であったことを、他国提案による失敗例とともに考察した。特に「受容性の鍵」として、業界グループの場合は、個々の主体が最適な削減手法を選択できる性能基準、排出削減の努力が正当に評価される仕組み、価格(コスト)の不確実性の回避、また環境急進派のグループでは、野心的な排出削減目標と早期の国際的枠組み合意が重要となることを特定し、そのバランスをとった制度設計となっていることを考察した。「受容性の鍵」を考慮していない欧州の一部は、定量的だが実現不可能な目標に固執していること、限られた政策手段に固執していることから支持を得られていないことに対比し、本論文の問題解決手法が有効であること、国際制度の構築が進んでいない国際航空分野の温暖化対策等、他の分野にも当手法が適用可能であることを示している。 このように、本論文は、国際海運からの温暖化対策について、国際海運のセクター特性を配慮し、工学・環境経済学・国際法学・海運と造船の実務に関する知見を総合的に適用することにより、詳細な国際制度案を分析・提案しているともに、実際の国際交渉を通じて、その実効性と受容性を証明し、現実の制度構築に大きく寄与している。さらに、国際的枠組みを通じた環境問題解決手法を、方法論として体系化し、それを本論文における特定分野において実際に活用し、その一般性を証明し、環境学の発展に大いに貢献している。よって、博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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