学位論文要旨



No 217528
著者(漢字) 髙木,祥光
著者(英字)
著者(カナ) タカギ,ヨシテル
標題(和) グラフェン上に出現するエッジ状態の一般化とエッジ状態が出現する物質の電子状態の理論的研究
標題(洋)
報告番号 217528
報告番号 乙17528
学位授与日 2011.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17528号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,聡
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 准教授 長汐,晃輔
 東京大学 教授 押山,淳
 東京大学 教授 木村,薫
内容要旨 要旨を表示する

炭素原子が平面的に結合した蜂の巣格子が積層したグラファイトは、長年にわたって熱心に研究されている物質の一つである。また、グラファイトに由来する物質は様々に存在し、グラファイトの層間に原子や分子が入り込んだグラファイト層間化合物や、蜂の巣格子が曲率をもって結合した球状のフラーレンや筒状のカーボンナノチューブ、その他それらに関連した物質等がある。最近では、グラファイトから蜂の巣格子を一層(グラフェン)を剥離する技術が確立され、グラフェンの研究が盛んに行われている。

グラフェンの電子構造の特徴として、π電子によるバンド(π バンド)がフェルミレベルで波数に対して線形の分散関係をもっていることが挙げられる。このことは、グラフェンのπ 電子が実効的に相対論的波動方程式であるディラック方程式に従い、質量のない電子として記述されることと等価であることが知られている。この波数に対して線形な分散をもっているπ バンドがフェルミレベルに存在するため、グラフェンは波数の2次の分散関係となる伝導バンドと価電子バンドをもつ通常の半導体とは大きく異なる電子物性をしめす。

グラフェンのπ 電子系には、エッジ状態と呼ばれる境界条件に強く依存した表面状態が存在し、この表面状態もグラフェンのπ 電子系の特徴の一つである。エッジ状態の出現には端の形状が重要な役割を担っており、端があれば必ず出現する通常の表面状態ではないことが知られている。つまり、グラフェンがジグザグ端をもった場合にのみ出現することが理論計算、実験の両面から明らかにされている。エッジ状態が引き起こす物性も研究が行われ、ジグザグ端に磁気モーメントがフェリ磁性的な秩序を示すことが理論計算により予測されている。

これまでにエッジ状態が出現する物質はグラフェンとグラフェンを基にした物質(グラファイト等)以外には知られていなかった。これに対し、本論文ではエッジ状態はグラフェンに限った表面状態ではなく、ある種のネットワーク構造において広く出現する一般的な表面状態であることを明らかにする。エッジ状態はジグザグ端をもったグラフェン上に出現するため、最初に、ジグザグ端のみをもったグラフェンリボン上のエッジ状態の波動関数の性質とジグザグリボンの構造の間の関係を示す。その関係を拡張することにより、ジグザグ端のみをもったグラフェンリボンと同様の構造的特徴をもったネットワーク構造の構築法を提案する。さらに構築されたネットワーク構造が表面をもった場合にエッジ状態が出現する条件を明らかにする。エッジ状態が出現するネットワーク構造の例としては、3次元3配位構造、3次元炭化水素構造や立方晶ダイヤモンド構造等があることをしめす。特に、3次元炭化水素構造の電子状態には、フェルミレベルにエッジ状態が出現することを見出した。また、立方晶ダイヤモンド構造をもつ立方晶シリコンやダイヤモンドではフェルミレベルにはエッジ状態は出現しないが、

フェルミレベルより深いエネルギーのところではエッジ状態が出現していることも本論文中で明らかにする。最後に、現実に端がないグラフェンの上であっても、金属原子を吸着させることによってエッジ状態が出現することを明らかにする。

審査要旨 要旨を表示する

近年、電子デバイスの一層の高性能化をはかるために新材料を導入することがますます増えてきている。このため、材料の原子構造と物性との関係を一段と深く理解することが強く求められている。一方、グラフェンリボンの端に局在するエッジ状態は、特異な磁気特性などの興味深い性質を示す点で注目されている。同様の性質を持つ電子状態がどのような系で発現し得るかを明らかにすることは、目的に応じた特性を有する新規材料の設計という観点から興味深い。本論文は、グラフェンリボン端のエッジ状態と同様の電子状態が出現する結晶構造を構築する一般的な方法論を提案し、この方法論で構築された原子構造に対し電子状態計算による検討を行ってエッジ状態が出現する条件をより明確にすることを目指したものである。本論文は7章からなる。

第1章は序論であり、グラファイトおよびグラフェンの構造と電子状態を述べた後、グラフェンリボンの端に見られるエッジ状態について、他の表面状態との違いや実験での観察例を含め概説している。そして、これまでにエッジ状態の出現が知られている物質がグラフェンリボンだけである点を指摘して、本研究の目的を明確にした。

第2章では、本研究の計算手法を述べている。まず強結合法について述べた後、本論文で扱うほとんどの構造が該当するバイパータイト構造、すなわちA、B2種類のサイトから構成され、かつ各サイトは異種のサイトとのみ結合している構造に対して、強結合法で得られるエネルギーバンド構造の一般的な特徴について説明している。次に、本論文で提案される方法論で構築された構造の安定性やエネルギーバンド構造を確認する際に用いられる、密度汎関数法に基づく第一原理計算について説明している。

第3章では、エッジ状態が出現する材料の構造的特徴を明確化し、その特徴を持った構造を構築する方法を提案している。まず、グラフェンにおけるエッジ状態の解析解の構成法を吟味し、(N-1)次元バイパータイト構造(N=2または3)を、i番目の(N-1)次元バイパータイト構造のBサイトと(i+1)番目の(N-1)次元バイパータイト構造のAサイトとを新たなボンドでつなぐようにして周期的に並べ、特定の方位の表面を切り出す、という手順によりエッジ状態が出現する構造を構成できることを示した。そして、立方晶ダイヤモンド構造の(111)表面がこの方法で構成できるエッジ状態出現構造の一種であることを示した他、この方法を用いて様々な構造を実際に構成し、強結合法でエネルギーバンド構造を計算して、多くの場合に確かにエッジ状態が出現していることを確認した。さらに、エッジ状態が出現しなかった構造に対する解析から、上記の構成法に加えてエッジ状態出現に必要な条件を明確化した。

第4章では、3配位炭素原子の持つπ電子のネットワーク構造に的を絞り、3章で提案した方法で構成し、エッジ状態が出現する3次元ネットワーク構造を提案している。3章の方法でこの条件を満たす無数の構造を構成し得るが、その中から4つの具体例を示し、強結合計算によるエネルギーバンド構造を調べて、確かにエッジ状態が出現することを示した。さらに、第一原理計算によりこれらの構造が準安定構造であり、炭素原子1個当たりの全エネルギーが六方晶グラファイトより0.18eV程度高いだけであることを示し、構成された構造の準安定構造としての存在が期待できることを明らかにした。加えて、第一原理計算によるエネルギーバンド構造にも確かにエッジ状態が出現していることを明らかにした。

第5章では、立方晶ダイヤモンド構造を持つIV属半導体について第一原理計算によりエッジ状態を調べている。ダイヤモンド、シリコン、ゲルマニウムのいずれの場合にも、sp3混成軌道が主成分であるエネルギーギャップ付近にはエッジ状態は出現しないものの、s軌道が主成分となる低エネルギー領域において、かつこれらの構造が(111)表面を有する場合には、確かにエッジ状態が出現していることを示した。

第6章では、グラフェンに対し、リボン状に切り出すという以外の方法でエッジ状態を出現させることを検討している。具体的には、グラファイト上にPtクラスターを真空蒸着した系の走査トンネル分光スペクトルにおいてエッジ状態を強く示唆する実験結果が得られていることを念頭に、グラファイト上へのPt原子列吸着構造の電子状態を第一原理計算によって検討し、この構造においてエッジ状態が出現することを示した。

第7章は総括である。

以上のように、本論文は、エッジ状態という特異な電子状態を有する構造を構成するための一般的な方法を提案し、構成された構造においてエッジ状態が出現する条件を明らかにすると共に、第一原理計算によってエッジ状態の出現を確認して、所望の特徴を有する材料を設計する上で有用な知見を得た。よって本論文の電子物性学、材料設計学への寄与は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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