No | 217529 | |
著者(漢字) | 小池,勝彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コイケ,カツヒコ | |
標題(和) | 銀と無機酸化物からなる多層光学薄膜の光電気特性制御及び銀凝集抑制機構の研究 | |
標題(洋) | Photoelectric Property Control Method and Silver Aggregation Inhibition Mechanism of Multilayer Optical Coating Consisting of Silver and Inorganic Oxide | |
報告番号 | 217529 | |
報告番号 | 乙17529 | |
学位授与日 | 2011.06.16 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第17529号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は、銀(Ag)と無機酸化物からなる多層光学薄膜の光電気特性制御及び銀凝集抑制機構の研究に関して述べられたものである。該薄膜には、Agの不安定性に由来して光学設計手法、実用性に課題があった。本論文では、新たな光学設計手法の構築、さらにAgの劣化及びその抑制機構を解析することにより、次世代表示デバイス向けの透明導電性或いは光反射性薄膜を設計するための統一的な指針を論じている。 第1章では、本研究の背景について述べられている。Agと無機酸化物からなる多層光学薄膜は、以下の2つの理由からその利用価値が非常に高い。1)Agが有する物質の中で最も電気伝導性が高く、さらに厚さ数10 nm以下の薄膜状態では可視光の透過性が高いという特性を生かし、ITO(Indium tin oxide)などの無機酸化物単独では実現できない高い光透過性と電気伝導性を高温処理することなく両立することができる、2)Agは厚さ130 nm以上の薄膜状態では可視光の透過及び吸収がほとんどないため高い光反射性が期待できる。液晶ディスプレイ(LCD)、プラズマディスプレイパネル(PDP)、有機エレクトロルミネッセンスディスプレイ(OLED)などのブラウン管(CRT)に代わる次世代表示デバイスの開発が盛んになったが、その実用化、高機能化のために高い光透過性と電気伝導性を合わせ持つ透明導電膜及び高い光反射性を有する反射膜が必須となった。本研究では該ニーズに応えるために、Agと無機酸化物からなる多層光学薄膜に着目した。 Agと無機酸化物からなる多層光学薄膜をスパッタリング法によって、高い膜厚精度で形成し、透明導電膜および反射膜に適用するという新規の取り組みにおいては、Ag薄膜の不安定性に由来した作製方法と耐久性の2つの面からの以下の課題があった。1)大気中の微量の塩化物イオン(Cl-)による劣化に由来する実用上の問題、2)Ag層の塩化または酸化に由来する光学設計上の問題。 該課題を解決するために以下の3つの観点から研究を行った。(1)Ag薄膜の正確な光学定数の測定、及び隣接層形成の際の酸素量の制御に元づいた精密な光学設計手法の確立、(2)Ag薄膜のCl-に起因する凝集および抑制機構の量子化学的手法による解析、さらにはその結果にもとづいた用途、仕様に応じた高い耐久性を有する材料の設計、(3)3つの表示デバイス用部材(OLED用透明電極、PDP光学フィルター(透明電磁波シールド)、LCD反射材)の作製及び評価を行った。 第2章では、ITO[/Ag or alloy/ITO]n構造の多層光学薄膜に関しての設計通りの実薄膜を形成することが可能な新規の光学設計手法の開発に関して述べられている。光学設計には、Maxwell方程式にもとづいた多層光学薄膜設計手法を適用した。薄膜は、マグネトロンスパッタリング法で作製した。開発のポイントは、1)Ag薄膜[10 nm]のn, kのCl-の影響を取り除いた上での正確な測定、2)Ag層に隣接する無機酸化物層を形成する際のOプラズマによる酸化を抑制するためのO2分圧の設定である。 第3章では、OLED用透明電極向けの3層構造の透明導電性の光学薄膜(ITO/Ag[10 nm]/ITO)の開発に関して述べられている。Cl-に誘起されるAg凝集過程の初期段階のモデルを提案し、密度汎関数法(DFT法)を適用して、凝集及び抑制機構の解析を世界で初めて実施した。AgnClmクラスターに関して、フロンティア電子軌道理論を用いて成長の方向性を解析した。その結果、AgnCl[n=1~7]と成長しAg7Clクラスターが平面化すること、その平面化を抑制することがAgの凝集を抑制するための課題であることを見出した。Agの凝集に関して、以下の2つの抑制機構の併用を着想した。抑制機構1:Ag7Clクラスターの平面化の抑制、抑制機構2:Clの不活性化。抑制機構1に関しては、Ag7Clクラスターの初期構造のフロンティア軌道の状態を解析し、Pdをドープすることにより、PdとAg7Clのフロンティア軌道間の相互作用により、Ag7Clクラスターが立体構造を保って安定化し得ることを見出した。抑制機構2に関しては、Nd, Cuのように塩化物の安定性が高いドーパントが、高いClトラップ能力を有し、不活性化すると考えた。該知見を元にITO/Ag合金/ITO構造の3層構造の光学薄膜をスパッタリング法で作製し、塩水浸積試験で耐Cl性を評価した。その結果、抑制機構1、2の役割を担う2種のドーパントを適用することにより、わずか1 wt%程度のドーピングで、これまで実現することができなかった高い耐Cl性が発現することを世界で初めて実験的に示すことに成功した。具体的には、Pd[1 wt%]とCu[1 wt%]を含有するAg合金(APC)が極めて高い耐Cl性を発現することを見出した。 ITO/APC/ITO構造に関して、OLED用透明電極用の光電気特性の設計を行った。要求仕様例は、面抵抗10 Ω/sq以下、視感透過率(Tvis) 80 %以上である。光学設計によりITO[37 nm]/APC[8 nm]/ITO[37 nm]構造が好適であることを見出し、スパッタリング法によりITO層の成膜ガス中のO2量に留意して該構造を作製し、Tvis 80 %、面抵抗8.0 Ω/sqという従来なし得なかった高い光透過性と電気伝導性の両立に世界で初めて成功した。さらに該薄膜を適用したOLED素子を世界で初めて作製し、高い電流密度及び発光効率を達成した。このことにより多層光学薄膜の透明電極としての有効性を世界で初めて実証した。 第4章では、PDP用光学フィルター向けの9層構造の透明導電性の光学薄膜(ITO[/Ag[10 nm]/ITO]4)の開発について述べられている。PDPからの電磁波、近赤外線の外部への放出を抑制するために、高光透過性、高電気伝導性のフィルターが必要である。要求仕様例は、面抵抗 1.2 Ω/sq以下、Tvis 60%以上、850 nmにおける透過率が10%以下である。耐Cl性向上を目指して、表面を遷移金属で修飾する手法を検討した結果、わずか1 nm厚相当のTiによる表面修飾により、PDP用光学フィルターに必要な光電気特性(Tvis 60 %, 面抵抗1.2 Ω/sq)を維持しながら、その耐Cl性を大幅に向上させることができることを世界で初めて見出した。Ti修飾による耐Cl性の向上理由は、非常に安定で緻密なTiの自然酸化層が生成し、接近するClに対して表面が不活性になっているためであると考えられる。該薄膜を適用して、フィルムタイプのPDP光学フィルターを世界で初めて作製し、実用レベルの耐久性と電磁波放出に関する国際規格(US FCC Class B)を同時にクリヤーすることに成功した。 第5章では、LCD向けの光反射性の3層構造の光反射性の光学薄膜(Ag[150 nm]/SiO2/TiO2)の開発について述べられている。LCD用バックライトユニット内の反射材として高い反射率の反射膜が必要であり、要求仕様例は視感反射率(Rvis) 99%以上である。Ag/SiO2の形成にあたって、SiO2層形成時にO2が存在すると、Oプラズマの影響により、Agが偏析し、Agに由来した反射色を失い高い反射率が期待できない。SiO2層をO2フリー条件下で成膜した上で反射率が極小になるAg/SiO2構造を設計し、それを元に反射率が極大になるAg/SiO2/TiO2構造を設計した。Ag層に隣接するSiO2層の光学膜厚を一般的な0.25λ/nではなく、特異な0.14λ/n(λ=550 nm, n=1.43)に相当する54 nmとすることにより、反射率をAg単体の場合に比較して著しく向上させることができることを、光学計算により世界で初めて見出した。その結果にもとづいてSiO2をターゲットとして純Arを成膜ガスとしてO2フリーの条件の下、高周波スパッタリング法でSiO2層を作製し、世界最高の反射率(Rvis 99.4%)を有する多層光学薄膜の作製に成功した。光学薄膜内における入反射光の位相を解析することにより、Ag層内の0.01λ/nの位置で光が反射するために、該SiO2層の厚みによって、Ag/SiO2界面とその他の界面における反射波の位相を揃えて増反射させることができ、特異なSiO2厚の場合に、高い反射率が得られることを見出した。 また、AgをOプラズマから保護するためのTiOx層[1nm]をAg表面に設けることにより、O2の存在下でSiO2層を形成した場合でも、Ag/SiO2/TiO2構造が有する高い反射特性を発現させることに成功した。 第6章では、本論文のまとめ及び今後の展開が述べられている。本論文では、Agと無機酸化物からなる多層光学薄膜に関して、Ag薄膜の正確な光学定数の測定及び隣接層形成の際の酸素量の制御に元づいた精密な光学設計手法の確立、さらにはAg薄膜のCl-に起因する凝集抑制機構の量子化学的手法による解析及びその結果にもとづいた用途、仕様に応じた高い耐久性を有する材料の設計に成功した。その結果、新規のOLED用透明電極、PDP光学フィルター、そしてLCD反射材の創出に成功した。今後のAg薄膜に由来する高い透明導電性、光反射性を利用した多様な薄膜部材の開発に重要な指針を与えるものと考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は、銀(Ag)と無機酸化物からなる多層光学薄膜の光電気特性制御及び銀凝集抑制機構の研究に関して述べられたものである。該薄膜には、Agの不安定性に由来して光学設計手法、実用性に課題があった。本論文では、新たな光学設計手法の構築、さらにAgの劣化及びその抑制機構を解析することにより、次世代表示デバイス向けの透明導電性或いは光反射性薄膜を設計するための統一的な指針を論じている。 第1章では、本研究の背景について述べられている。次世代表示デバイスの実用化、高機能化のためにそれまでにない高い光透過性と電気伝導性を合わせ持つ透明導電膜及び高い光反射性を有する反射膜が必須となった。本研究では該ニーズに応えるために、Agと無機酸化物からなる多層光学薄膜に着目した。 Agと無機酸化物からなる多層光学薄膜をスパッタリング法によって、高い膜厚精度で形成し、透明導電膜および反射膜に適用するという新規の取り組みにおいては、Ag薄膜の不安定性に由来した作製方法と耐久性の2つの面からの課題を解決するために以下の3つの観点から研究を行った。(1)Ag薄膜の正確な光学定数の測定、及び隣接層形成の際の酸素量の制御に元づいた精密な光学設計手法の確立、(2)Ag薄膜のCl-に起因する凝集および抑制機構の量子化学的手法による解析、さらにはその結果にもとづいた用途、仕様に応じた高い耐久性を有する材料の設計、(3)3つの表示デバイス用部材(OLED用透明電極、PDP光学フィルター(透明電磁波シールド)、LCD反射材)の作製及び評価を行った。 第2章では、ITO[/Ag or alloy/ITO]n構造の多層光学薄膜に関しての設計通りの実薄膜を形成することが可能な新規の光学設計手法の開発に関して述べられている。光学設計には、Maxwell方程式にもとづいた多層光学薄膜設計手法を適用した。薄膜は、マグネトロンスパッタリング法で作製した。開発のポイントは、1)Ag薄膜[10 nm]のn, kのCl-の影響を取り除いた上での正確な測定、2)Ag層に隣接する無機酸化物層を形成する際のOプラズマによる酸化を抑制するためのO2分圧の設定である。 第3章では、OLED用透明電極向けの3層構造の透明導電性の光学薄膜(ITO/Ag[10 nm]/ITO)の開発に関して述べられている。Cl-に誘起されるAg凝集過程の初期段階のモデルを提案し、密度汎関数法(DFT法)を適用して、凝集及び抑制機構の解析を世界で初めて実施した。AgnClmクラスターに関して、フロンティア電子軌道理論を用いて成長の方向性を解析した。その結果、AgnCl[n=1~7]と成長しAg7Clクラスターが平面化すること、その平面化を抑制することがAgの凝集を抑制するための課題であることを見出した。上記知見を元にITO/Ag合金/ITO構造の3層構造の光学薄膜をスパッタリング法で作製し、塩水浸積試験で耐Cl性を評価した。その結果、抑制機構1、2の役割を担う2種のドーパントを適用することにより、わずか1 wt%程度のドーピングで、これまで実現することができなかった高い耐Cl性が発現することを世界で初めて実験的に示すことに成功した。 ITO/APC/ITO構造に関して、OLED用透明電極用の光電気特性の設計を行った。さらに該薄膜を適用したOLED素子を世界で初めて作製し、高い電流密度及び発光効率を達成した。このことにより多層光学薄膜の透明電極としての有効性を世界で初めて実証した。 第4章では、PDP用光学フィルター向けの9層構造の透明導電性の光学薄膜(ITO[/Ag[10 nm]/ITO]4)の開発について述べられている。PDPからの電磁波、近赤外線の外部への放出を抑制するために、高光透過性、高電気伝導性のフィルターが必要である。耐Cl性向上を目指して、表面を遷移金属で修飾する手法を検討した結果、わずか1 nm厚相当のTiによる表面修飾により、PDP用光学フィルターに必要な光電気特性(Tvis 60 %, 面抵抗1.2 Ω/sq)を維持しながら、その耐Cl性を大幅に向上させることができることを世界で初めて見出した。該薄膜を適用して、フィルムタイプのPDP光学フィルターを世界で初めて作製し、実用レベルの耐久性と電磁波放出に関する国際規格を同時にクリヤーした。 第5章では、LCD向けの光反射性の3層構造の光反射性の光学薄膜(Ag[150 nm]/SiO2/TiO2)の開発について述べられている。SiO2層をO2フリー条件下で成膜した上で反射率が極小になるAg/SiO2構造を設計し、それを元に反射率が極大になるAg/SiO2/TiO2構造を設計した。Ag層に隣接するSiO2層の光学膜厚を一般的な0.25λ/nではなく、特異な0.14λ/n(λ=550 nm, n=1.43)に相当する54 nmとすることにより、反射率をAg単体の場合に比較して著しく向上させることができることを、光学計算により世界で初めて見出した。その結果にもとづいてSiO2をターゲットとして純Arを成膜ガスとしてO2フリーの条件の下、高周波スパッタリング法でSiO2層を作製し、世界最高の反射率(Rvis 99.4%)を有する多層光学薄膜の作製に成功した。 第6章では、本論文のまとめ及び今後の展開が述べられている。今後のAg薄膜に由来する高い透明導電性、光反射性を利用した多様な薄膜部材の開発に重要な指針を与えるものと考えられる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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