学位論文要旨



No 217530
著者(漢字) 金川,千尋
著者(英字)
著者(カナ) カナガワ,チヒロ
標題(和) ポリ塩化ビニル工業の経営 : コモディティ事業における事業強化と経営
標題(洋)
報告番号 217530
報告番号 乙17530
学位授与日 2011.06.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第17530号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 縄文アソシエイツ 取締役 辻,信之
内容要旨 要旨を表示する

本論文の目的は、厳しい情勢下にあってもコモディティケミカル商品である塩ビ事業を高収益事業にまで育て上げて行った過程を、技術および経営の両面から研究した結果を明らかにし、コモディティ事業を収益事業として有効に経営するための経営モデルを提案検証することである。

信越化学工業は1973年に日米合弁で塩ビの製造販売会社、シンテック社を設立した。当時の信越化学の塩ビ製造技術は、(1)大型重合器の採用、(2)ノン・スケール技術、(3)電算機制御で、世界最高水準にあった。世界各国への技術輸出を行っており、シンテック社もその技術を導入し、米国テキサス州フリーポートに年産10万トンの製造設備を建設し、翌1974年に操業を開始した。シンテックは1976年に合弁を解消し、信越化学により経営されている。

第2章では、塩ビ工業の課題として次のことを示した。(1)技術革新の停滞に関して、信越化学のノン・スケール剤の開発のような画期的な発明がなくなったこと、(2)事業基盤の社会受容性に関して、塩ビモノマーの労働衛生の問題を契機に厳しい環境規制がなされたこと、(3)収益性の課題に関して、再投資可能な利益を確保できるかどうか、の3点である。

第3章では、塩ビ工業とポリオレフィン工業とを対比して同じコモディティ商品でも異なる点があることを示した。いずれも石油化学工業であり、装置産業であり、コモディティ商品であるが、ポリオレフィン工業が気相の連続プロセスであるのに対し、塩ビ工業は液相のバッチシステムである。

第4章では、競争力のある原料を安定的に確保した上で、徹底した技術の磨きこみと徹底した高効率経営を実践することにより、塩ビ工業を高収益事業に成長させうるという仮説モデルを提起した。

徹底した技術の磨きこみにより、バッチシステムである塩ビ製造技術は、技術革新の可能性こそ低いものの、きめ細かなプロセス改善により技術進歩とコストダウンをはかれることを明らかにし、日本の産業の成功パターンである生産現場での技術蓄積が塩ビ工業にみられることを検証した。バッチシステムであることが、技術改良を取り入れた逐次増設を可能にし、技術進歩を実証する場が与えられることとなった。

1974年に建設されたフリーポート工場は重合器4基の2系列で年産10万トンであり、原料のモノマーは隣接するダウ・ケミカル社からパイプラインで供給された。1978年に完成した第1次増設で15万トンにしたのを始めに、1997年の第8次まで増設を2~3年ごとに繰り返し、第8次では145万トンになっている。増設の手法としては、(1)工場新設、(2)重合器を含む新たな製造ラインの新設、(3)サイクルタイムの短縮などの合理化により重合器を増強することなく能力増を達成する生産増強、により実施した。

2000年にはルイジアナ州アディスに重合器2基1系列30万トンのアディス工場を建設した。1974年のフリーポート工場は重合器4基で年産10万トンだったので、重合器1基当たりの生産性では6倍に向上させている。

2008年にはルイジアナ州プラクマンに電解工場、モノマー工場を含む塩ビ一貫工場を建設した。その第1期分は塩ビ30万トンである。

高効率経営の手法として、(1)組織およびマネジメント、(2)営業・販売戦略、(3)デファクト・スタンダードの獲得、(4)財務戦略と資金管理、(5)設備投資について詳述した。

組織およびマネジメントでは、営業部門の少数精鋭化、組織の簡素化による一次情報の確保、経営メンバーの少数化、採用方針、アメリカ人による「ライン管理」、従業員の責任ある行動様式の確立、アメリカ社会への定着について記述した。

営業・販売戦略では、「フル生産、フル販売」が基本であり、顧客との長期にわたる信頼関係の構築を実践し、顧客との長期契約や販売予約を活用して「フル生産、フル販売」を達成している。

シンテックの塩ビはデファクト・スタンダードと称されている。それは永年にわたって品質および数量の両面で安定供給をしてきた実績があり、品質が安定しており、均一性もよく使いやすいからである。塩ビはコモディティ製品であり、デファクト・スタンダードと称されるようになっても、それによって他社よりも高い価格で販売できるというわけではないが、世界のマーケットで塩ビの販売を行うシンテックの強さの一つとなっている。

財務戦略に関しては、無借金経営を実践し、設備投資は自己資金で行ってきた。

第5章では、第2章で提示した課題に関係する研究の具体的な事例としてバッチ操作の時間短縮による生産性向上の研究成果を、また環境対策のためのプロセス技術開発にも取り組み、米国EPAの残留VCM規制をクリアし、塩ビ樹脂製品中の残留VCM<1ppmを達成した研究成果について述べた。

第6章では、第4章で提起した塩ビ工業の仮説モデルを技術面、経営面から検証した。どんな環境下でも収益を確保しているシンテックと他社との技術面および経営面での比較を行い、本経営モデルの有効性を明らかにした。

技術面を見ると、重合生産性ではシンテックが1基15万トンに対して他社の最新技術では9万トンである。サイクルタイムは他社最新技術では5.5時間であるが、シンテックでは4.5時間である。

経営面では、シンテック社は設立以来赤字になったことがなく、昨今の厳しい環境下でも高収益をあげている。他社は好況の時は収益を上げるが不況になると赤字となり、現在も厳しい状況である。

第7章では、シンテックの経営手法を親会社の信越化学に応用した事例について記述した。また、スペシャルティ製品である半導体シリコン事業にも言及し、スペシャルティ製品でも旧製品はコモディティ化していくので、本経営モデルの適応が可能であることを示した。

第8章では、本研究の結果としての将来展望について示した。シンテックは、本研究の経営モデルに則って、今後とも競争力のある原料の確保と世界最低のコストを追求し、高い生産性の維持向上とスケールメリットを武器に、国際競争力をさらに向上させ、全世界に販売していくことで今後とも発展していくであろう。

以上

審査要旨 要旨を表示する

本論文の目的は、厳しい情勢下にあってもコモディティケミカル商品である塩ビ事業を高収益事業にまで育て上げて行った過程を、技術および経営の両面から研究した結果を明らかにし、コモディティ事業を収益事業として有効に経営するための経営モデルを提案検証することである。

研究対象とした信越化学工業は、1973年に日米合弁で塩ビの製造販売会社、シンテック社を設立している。当時世界最高水準にあった信越化学の製造技術により、米国テキサス州フリーポートに工場を建設し、翌1974年に操業を開始した。シンテックは1976年に合弁を解消し、信越化学により経営されている。本論文の要旨を章ごとに以下に述べる。

第2章では、塩ビ工業の課題として次のことを示している。(1)技術革新が停滞しており、ノン・スケール剤の開発のような画期的な発明がなくなったこと、(2)事業基盤の社会受容性が求められ、塩ビモノマーの労働衛生の問題を契機に厳しい環境規制がなされたこと、(3)収益性であり、再投資可能な利益を確保することが難しくなってきたこと、以上の3点の課題を明らかにしている。

第3章では、塩ビ工業はポリオレフィン工業とは異なり、バッチシステムであることに特徴を有する産業であることを指摘している。

第4章では、競争力のある原料を安定的に確保した上で、徹底した技術の磨きこみと徹底した高効率経営を実践することにより、塩ビ工業を高収益事業に成長させうるという仮説モデルを提起している。徹底した技術の磨きこみにより、バッチシステムである塩ビ製造技術は、技術革新の可能性こそ低いものの、きめ細かなプロセス改善により技術進歩とコストダウンをはかれることを明らかにしている。バッチシステムであることが、技術改良を取り入れた段階的増設を可能にしていることを、以下の具体的事例の研究により示している。

1974年に建設されたフリーポート工場は年産10万トンでスタートしたが、1997年の第8次まで増設を繰り返し、フリーポート工場は145万トンになっている。2000年にはルイジアナ州に重合器2基30万トンのアディス工場を建設した。1974年のフリーポート工場は重合器4基で年産10万トンだったので、重合器1基当たりの生産性では6倍に向上させている。それは主としてサイクルタイムの短縮などの合理化により達成されている。2008年にはルイジアナ州プラクマンに電解工場、モノマー工場を含む塩ビ一貫工場を建設した。

高効率経営の手法として、(1)組織およびマネジメント、(2)営業・販売戦略、(3)デファクト・スタンダードの獲得、(4)財務戦略と資金管理、(5)設備投資について詳述している。組織およびマネジメントでは、営業部門の少数精鋭化、組織の簡素化による一次情報の確保、経営メンバーの少数化、採用方針、アメリカ人による「ライン管理」、従業員の責任ある行動様式の確立、アメリカ社会への定着などの着眼点から論じている。営業・販売戦略では、「フル生産、フル販売」が基本であり、顧客との長期にわたる信頼関係の構築を実践し、顧客との長期契約や販売予約を活用して「フル生産、フル販売」を達成したことを示している。

シンテックの塩ビはデファクト・スタンダードと称されているが、塩ビはコモディティ製品であり、デファクト・スタンダードと称されるようになっても、それによって他社よりも高い価格で販売できるというわけではないにもかかわらず、世界のマーケットで塩ビの販売を行うシンテックの強さを発揮できる理由について、財務戦略(無借金経営と自己資金による設備投資など)を含めて分析している。

第5章では、第2章で提示した課題に関係する研究の具体的な事例として、バッチ操作の時間短縮による生産性向上の研究成果と、環境対策のためのプロセス技術開発の成果について述べている。

第6章では、第4章で提起した塩ビ工業の仮説モデルを技術面、経営面から検証し、本経営モデルの有効性を明らかにした。技術面を見ると、重合生産性ではシンテックが1基15万トンに対して他社の最新技術では9万トンである。サイクルタイムは他社最新技術では5.5時間であるが、シンテックでは4.5時間である。経営面では、シンテック社は設立以来赤字になったことがなく、昨今の厳しい環境下でも高収益をあげている。他社は好況の時は収益を上げるが不況になると赤字となり、現在も厳しい状況が続いている。それは、短期的には輸出への対応の差であるが、根本的には経営モデルの相違であることを明らかにした。

第7章では、シンテックの経営手法を親会社の信越化学に応用した事例について記述している。

第8章では、本研究の結果としての塩ビ産業の将来展望について示すことによって本論文のまとめとしている。

以上、本論文はシンテックの事例を深く掘り下げて研究することにより、コモディティケミカル商品である塩ビ事業を高収益事業にまで育て上げて行った過程を、技術および経営の両面から研究した結果を明らかにし、コモディティ事業を収益事業として有効に経営するための経営モデルを提案検証している。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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