学位論文要旨



No 217531
著者(漢字) 田野井,慶太朗
著者(英字)
著者(カナ) タノイ,ケイタロウ
標題(和) イネにおけるマグネシウム吸収機構解析 : 放射性同位体の製造とトレーサー利用
標題(洋)
報告番号 217531
報告番号 乙17531
学位授与日 2011.07.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17531号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中西,友子
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 藤原,徹
内容要旨 要旨を表示する

マグネシウム(Mg)は植物にとって必要不可欠な多量必須元素の1つであり、様々な酵素活性への寄与やクロロフィルの構成元素であることなど、その機能の重要性は古くから知られている。一方で、特にMgの輸送に関する知見は非常に少ない。その要因の1つとして、Mgの放射性、あるいは安定同位体は、半減期、あるいは存在比率の問題から、トレーサーとしての利用が難しいことが挙げられる。すなわち、Mgの安定同位体は3つ存在し、その比は24Mg:25Mg:26Mg =78.99:10.00:11.01である。比較的存在比が少ない25Mgを濃縮して実験に用いたとしても、試料には既に相当量の25Mgが含まれていることから、その検出感度は著しく低くなる。一方、Mgの放射性同位体は2つ存在する。このうち27Mgは中性子線照射により26Mg(n, γ)27Mgの核反応で製造することができるが、中性子と核反応をしなかった多量の26Mgと、生成した放射性同位体の27Mgが混合された状態で回収されるため、実験に用いる場合、試料中のMg濃度の調整が困難になる。さらに、27Mgの半減期が9.46分と非常に短いことも、生命科学実験に用いるには障害となる。もうひとつの放射性同位体は28Mgである。28Mgの半減期も約21時間と短く、市販されていない。しかしながら、28Mgは製造後直ちに実験に供すれば生命科学のトレーサー実験が可能と考えられた。28Mgは加速器を用いて27Al(α, 3p)28Mgの核反応で製造する。照射するターゲットはAlなので、キャリア・フリー28Mgの作成が可能であることから、Mgのトレーサー実験には28Mgを用いることが最適であると考えられた。そこで本研究では、トレーサー実験に28Mgを用い、イネの根によるMg吸収・移行の解析を行った。

現在、Mg環境に応じたMgの吸収・移行に関する知見が非常に少ない。Mg輸送機構を解明するためには、アポプラスト経由を主とした受動拡散や、膜電位を駆動力としチャネルを介する受動輸送(secondary active transport)など、Mg輸送への関与が予想される各種輸送システムが、どういうMg環境下で役割を果たすかについての基礎的知見の蓄積が必要である。

1. 導管液採取によるMg輸送様式の解析

Mgが根から吸収された後、地上部へ輸送されるまでのMg輸送様式を解析するため、まず、導管液内のMg濃度変化に注目した。

播種後1カ月のイネに、異なる濃度のMgを与え、根の上部の茎部を切断して溢泌する導管液を解析した。その結果、根から供する外溶液中のMg濃度が3mM以下の場合には導管溢泌液のMg濃度の方が外溶液中のそれよりも高くなり、反対に、外溶液中のMg濃度が5mM以上の場合には、導管溢泌液のMg濃度のほうが外溶液よりも低くなることが示された。この結果は、外溶液のMg濃度が低い場合には根による導管への積極的な輸送が、逆に高い場合には根によるMgの希釈作用があることを示唆するものと考えられた。外溶液Mg濃度と導管溢泌液Mg濃度の相関を解析したところ、得られた曲線はMichaelis-Menten式と線形式、つまり飽和性成分と直線性成分からなる式によって説明されたことから、根による吸収から導管による地上部への移行までのMg輸送システムには、少なくとも2種類が存在することが明らかになった。Mg濃度が低い条件下での寄与が多くなる飽和性成分において、輸送の親和性を表すKm値はおよそ20 μMであった。また高濃度域で寄与が多くなる直線性成分の傾きは0.6であった。続いて、マルチコンパートメント・トランスポート・ボックスを利用し、根からの導管滲出液を解析することで、Mg吸収に対する阻害剤の影響を調べた。阻害剤としては、脱共役剤の2,4-dinitrophenol (DNP)と、水和したMg2+のアナログであるhexaaminecobalt(III)(Co-Hex)を用いた。その結果、Co-Hex処理により、外溶液から導管までのMg輸送速度が減少することが判明した。同時に、対照実験としてリン酸の輸送についても調べたところ、Co-Hexの存在下でもリン酸の輸送速度は変化しなかったことから、Co-HexはMgの輸送を特異的に阻害している可能性が示された。Co-HexはP-type ATPaseのMg 輸送体は阻害しないことが報告されていることから、イネの根がMgを輸送する際のMgは水和した形態であること、すなわち根にはチャネルを介したMg輸送システムが存在することが示唆された。

しかし、導管液を解析する手法では、外溶液から導管までの多岐にわたる輸送経路をまとめて評価することとなり、個別のメカニズムを議論することができない。そこで、次に、外溶液から根への吸収を評価するため、放射性同位体28Mgを製造してトレーサー実験を行った。

2. 28Mgの製造・精製とその植物実験への応用

根におけるMg吸収動態を解析するためには、もともと根に存在するMgと、トレーサーとして新たに吸収されるMgとの区別が必要なため、同位体の利用が必須である。しかし現在、トレーサーとして有効なMg同位体が入手できない状態であるため、28Mgを製造した上でトレーサー実験を行う必要がある。さらに、特に低濃度のMg条件下で吸収動態を解析するためには、28Mgをキャリア・フリーで得ることが肝要である。そこで、ターゲットをAlとし、製造された28Mgを回収・精製することにより、28Mgのみが存在する溶液を得ることができた。28Mgの製造は東北大学AVFサイクロトロンで行い、50MeVで加速したHe粒子を6時間照射した。精製過程では、まずAl箔を塩酸で溶解した後、固相抽出でBeを除外し、次にイオン交換樹脂に28Mgを含む陽イオンを吸着させた。ここにシュウ酸溶液を流し、大量に存在するAlを洗い出し、最後に塩酸にて28Mgのみを回収した。得られた28MgをGe半導体検出器で測定したところ、照射により生成すると予想された副産物は検出されなかった。最終的に得られた28Mgは約1MBqであった。この製造・精製した28Mgを直ちにイネの吸収実験に用いた。イネ中の28Mgの検出方法として、イメージング・プレートで可視化する方法と、ガンマー線を測定するオートウエルガンマーカウンターで測定する方法を検討し、定量解析方法を確立することができた。これらの実験系を用い、イネの根におけるMg輸送活性評価を行った。

3. 28Mgを用いたMg吸収様式の解析

濃度を9段階に変化させMg吸収実験を行ったところ、導管液採取実験と同様に低濃度域では飽和に、高濃度域では直線の吸収様式になることが判明した。そのKm値は、対照区が約250 μMである一方で、Mg欠乏処理区では約110 μMへと減少した。これは、Mg欠乏処理により、根によるMg吸収の親和性が高まったことを示している。次にMg吸収に対する阻害剤の効果を調べたところ、脱共役剤であるDNPやcarbonyl cyanide m-chlorophenylhydrazone (CCCP)、水和したMg2+のアナログであるCo-Hexの処理によるMg吸収阻害効果が認められた。また、これらの阻害剤は、Mg欠乏処理を施した根に対して、より大きな阻害度を示した。これは、Mg欠乏処理により、代謝エネルギーを駆動力としたMg輸送能が高まったことを示唆するものと考えられた。さらに28Mgを15分間吸収させた後、通常水耕液へ移して28Mgの植物体内動態を追跡したところ、地下部と地上部の28Mgの分配比にMg欠乏処理の影響は見られなかったものの、葉位毎の28Mg分布に変化が見られた。すなわち、対照区では最大展開葉に最も多くの28Mgが分布したが、欠乏処理により28Mgは最も新しい葉に集積する傾向が強まった。これらのことから、Mg欠乏により各葉位へのMg分配機構が影響を受ける可能性が示された。

4. Al処理がMg、Kの吸収に与える影響

Al障害は酸性土壌において作物生産を制限する主要因であり、その初期症状として根の伸長阻害が挙げられる。また、Al毒性の一つとして根における陽イオン吸収が阻害されることが報告されている。細胞伸長には、Kなどの陽イオンが細胞内に集積することによる細胞容積の増加が重要であることから、陽イオン吸収阻害は、細胞伸長阻害の原因となる。本研究では、Al処理の、KとMgの吸収活性への影響を調べるため、放射性同位体38Kと28Mgを用い、根の各部位における吸収活性をイメージングにより解析した。38Kは半減期が7.6分と極端に短いことから、製造から実験完了までを直ちに遂行する必要があった。38Kは40Arガスをターゲットにして40Ar(p, 3n)38Kの核反応により製造し、純水により38Kを回収し直ちにイオン交換樹脂で精製した。

24時間10μMAl処理を行った後にK、 Mg吸収活性を解析したところ、Kは根端2-20 mm部分で、Mgは根端より2-30 mm部位でともに吸収活性が増加した。すなわちAlに応答してKやMgの吸収能を上げる機構がイネに存在することが示唆された。

また、Mg吸収活性に対するCo-Hexの阻害率は根端ほど高く、根端から4 cmの基部側の根への阻害効果は低かった。このことから、新しい組織ほど、Mg輸送形態がCo-Hex感受性である、すなわち水和したMg2+を通すチャネルでの輸送が多いことが示唆された。

本研究は28Mgを用いて、イネにおける吸収動態を調べた初めての研究である。その結果、イネの根が受動的な拡散と代謝依存性の輸送の2種類を使い分けてMg吸収をしていることが示され、また根におけるMg吸収へのCo-Hex感受性チャネルの関与が強く示唆された。本研究結果は、未だ特定されていない根でのMg輸送分子メカニズムを解く重要な情報を提供するものと考えられる。

発表論文

1.Tanoi, K., Saito T., Iwata, N., Kobayashi I. N., Nakanishi, T.M., (2011). The analysis of magnesium transport system from external solution to xylem in rice root. Soil Science and Plant Nutrition, in press.

2.田野井慶太朗、斉藤貴之、岩田直子、大前芳美、広瀬農、小林奈通子、岩田錬、中西友子, 28Mgの製造とイネにおけるMg吸収解析への利用、RADIOISOTOPES、in press.

3.Tanoi, K., Hojo, J., Suzuki, K., Hayashi, Y., Nishiyama, H., Nakanishi, T. M., (2005). Analysis of potassium uptake by rice roots treated with aluminum using a positron emitting nuclide, K-38. Soil Science and Plant Nutrition, 51(5), 715-717.

審査要旨 要旨を表示する

マグネシウム(Mg)は植物にとって必要不可欠な多量必須元素の1つであり、クロロフィルを構成することや様々な酵素活性への寄与など、植物の重要な機能を担っている。しかし、植物においてMg輸送に関する情報は非常に少ない。

本論文は、Mg輸送の基本的な知見を得るために放射性同位体マグネシウム-28(28Mg)に着目し、まず、28Mgの製造から植物への供与、放射線質ごとの検出に至る実験系を組み立て、イネにおけるMg吸収様式を、Mg欠乏処理や阻害剤を駆使して解析したものである。

序章に続く第一章では、Mgの蓄積量が根と比較して地上部に多いことに着目し、導管液を対象としてMgの吸収・輸送様式を解析した。イネに異なる濃度のMgを与え、根の上部の茎部を切断して溢泌する導管液を解析した結果、外溶液のMg濃度が低い場合には根による導管への積極的な輸送が、逆に高い場合には根によるMgの希釈作用があることが示された。外溶液Mg濃度と導管溢泌液Mg濃度の相関を解析したところ、Mg吸収曲線はMichaelis-Menten式と線形式、つまり飽和性成分と直線性成分に分けて説明できることが示された。このことから、根による吸収から導管による地上部への移行に至るMg輸送システムには、少なくとも2種類の機構が存在することが明らかになった。Mg濃度が低い条件下で寄与が大きい飽和性成分では、輸送の親和性を表すKm値は約20 μMであった。また高濃度域で寄与が大きくなる直線性成分の傾きは約0.6であった。続いて、マルチコンパートメント・トランスポート・ボックスを用い、根からの導管滲出液を解析することによりMg吸収に対する阻害剤の影響を調べたところ、水和したMg2+のアナログであるhexaaminecobalt(III)(Co-Hex)の場合、外溶液から導管までのMg輸送速度が減少することが示された。Co-HexはP-type ATPaseのMg 輸送体は阻害しないことから、根がMgを輸送する際のMgは水和した形態であること、すなわち根にはチャネルを介したMg輸送システムが存在することが示唆された。

導管液を解析する本手法では、外溶液から導管までの多岐にわたる輸送経路をまとめて評価できる一方、詳細な輸送メカニズムを議論することができない。そこで、外溶液から根へのMg吸収を解析するため、トレーサー実験を計画した。しかし、Mgの放射性同位体、28Mg(半減期:21時間)は一般に入手不可能であることから、まず、28Mgの生成ならびに精製から実験に至る系の構築を行った。

第二章では、28Mgの製造とイネへのトレーサー実験法の検討を記述した。28Mgの製造はAVFサイクロトロンで行い、50MeVに加速したHe粒子を、重ね合わせたアルミニウム(Al) 箔に6時間照射した。精製過程では、まずターゲットのAl箔を塩酸で溶解した後、固相抽出法でBeを除去し、次にイオン交換樹脂に28Mgを含む陽イオンを吸着させた。ここにシュウ酸溶液を流すことにより大量に存在するAlを洗い出し、最後に塩酸で28Mgのみを回収した。得られた28MgをGe半導体検出器で測定したところ、照射により同時に生成すると予想された他の核種は検出されなかった。最終的に得られた28Mgは約1MBqであった。この製造・精製した28Mgを直ちにイネの吸収実験に用いた。イネ中の28Mgの検出方法では、イメージング・プレートで可視化する方法と、ガンマー線をウエル型シンチレーションカウンターで測定する方法を検討し、定量解析法を確立した。この実験系を用い、イネの根におけるMg輸送活性の評価を行った。

第三章では、得られた28Mgをトレーサーとして用い、Mg濃度を9段階に変化させて吸収実験を行ったところ、導管液採取実験と同様に低濃度域では飽和様式に、高濃度域では直線の吸収様式になることが判明した。そのKm値は、対照区が約250 μMである一方、Mg欠乏処理区では約110 μMと親和性が増加することが判った。これは、Mg欠乏処理により、根によるMg吸収の親和性が高まったことを示している。次にMg吸収に対する阻害剤の効果を調べたところ、脱共役剤であるDNPやcarbonyl cyanide m-chlorophenylhydrazone(CCCP)、水和したMg2+のアナログであるCo-Hexの処理によるMg吸収阻害効果は、Mg欠乏処理を施した根の場合に大きいことが示された。この結果は、Mg欠乏処理により、代謝エネルギーを駆動力としたMg輸送能が高まったことを示唆するものである。さらに、28Mgを15分間吸収させた後、通常の水耕液へ移して28Mgの植物体内動態を追跡したところ、地下部と地上部の28Mgの分配比にMg欠乏処理の影響は見られなかったものの、葉位毎の28Mg分布に変化が見られた。すなわち、対照区では最大展開葉に多量の28Mgが集積した一方、Mg欠乏処理下では28Mgは最も新しい葉に集積する傾向が示された。このことから、Mg欠乏により各葉位へのMg分配機構が影響を受ける可能性が示された。

第四章では、28Mgと同様、製造・調製を行った38Kトレーサーを利用し、酸性土壌で問題となるAlイオンが与えるK吸収への影響を解析した。その結果、Al処理により、Kは根端から1-2cmの箇所において、Mgは根端より3mmから基部側において、其々吸収速度が増加することが示された。Mgに関してはAl障害の緩和作用が知られていることから、イネがAlに応答してMg吸収能を高めることによりAl耐性を得ていることが示唆された。また、Mg吸収はCo-Hexにおいて根端で阻害されることから、根端ではチャネル輸送の寄与が大きいことが示唆された。

以上、本研究は28Mgを用いることにより、Mg輸送様式の一端を明らかにした結果であり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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