学位論文要旨



No 217532
著者(漢字) 湯川,博
著者(英字)
著者(カナ) ユカワ,ヒロシ
標題(和) 幹細胞移植治療に向けた階層的研究に対する細胞工学的アプローチ
標題(洋)
報告番号 217532
報告番号 乙17532
学位授与日 2011.07.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17532号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 畑中,研一
 東京大学 教授 酒井,康行
 東京大学 准教授 芹澤,武
内容要旨 要旨を表示する

【概要】

再生医療として注目される幹細胞移植治療は大きく分けて、幹細胞の創出、培養・分化、そして移植の3つのステップから構成される。この治療法を確立するためには、各ステップに対して細胞工学、生体材料工学に基づいた様々な要素技術の確立が不可欠であり、且つそれらの技術を階層的に導入することが有効であると考えられる。

本論文では急性肝不全に対する幹細胞移植治療に求められる工学的な要素技術の構築を目指すべく、「幹細胞保存・創出研究」、「細胞修飾研究」、「イメージング研究」、及び「細胞送達研究」について取り組み、その成果について第I~V編の編成で纏めたものである。

【各論】

第I遍 : 序論

第I編は序論であり、第1章として、先ずは研究の背景となる再生医療、幹細胞、及びそれらの研究動向について概説した。そして、本論文の主題となる急性肝不全に対する幹細胞移植治療に向けた細胞工学的研究の意義と目的を述べ、治療を目的とした医学博士論文との違いを明確に示した。

第II遍 : 幹細胞保存・創出研究

第II編は幹細胞保存・創出研究として、第2章では、脂肪組織由来幹細胞(ASCs)を長期保存するための凍結保存液について検討した。これまでの凍結保存液は感染症の原因となる血清が含有されているものが多く、臨床での使用が困難であった。そこで我々は、肝細胞や膵島細胞の保存に使用され、細胞膜保護効果が報告されているセリシンに注目した。セリシンを培養液に添加して凍結保存を試みたところ、血清を添加しなくても、解凍後の生存率が同程度に維持されることが分かり、また幹細胞の多分化能(骨分化能)も保持されていることを確認した。すなわち、本章ではセリシンが血清の代替品と成り得ることを明らかにする事が出来た。

第3章では、肝細胞への高い分化効率が期待される新しい幹細胞の創出について検討した。ASCsの肝細胞への分化は既に確認されているものの、継代を重ねることによって分化効率が低減する問題がある。我々は肝臓と同じ内胚様系に属し、膵島移植で使用される膵島を抽出する際に廃棄されるnon-islet-cellsに注目し、その中から幹組織由来幹細胞(Pancreatic Stem Cells : PSCs)を抽出した。この細胞は150回以上の継代が可能であり、細胞老化も見られず、未分化状態でマウスに移植しても腫瘍形成を認めなかった。また肝細胞への分化を確認し、継代による分化効率の低減も認めなかった。すなわち、本章では急性肝不全に対する幹細胞移植治療における新しい幹細胞源として期待されるPSCsの樹立に成功した。

第III編 : 細胞修飾研究

第III編は細胞修飾研究として、第4章では、幹細胞に安全にかつ効率的に遺伝子を導入できる方法について検討した。これまでの遺伝子導入方法は臨床応用を想定すると、細胞を調整する過程が多く、非効率であった。我々は他のウィルスベクターと比較して高い安全性を示し、既に日本でも臨床応用されているセンダイウィルスベクターを用いて、幹細胞が浮遊している状態における遺伝子導入方法の有用性について確認した。幹細胞を浮遊状態にして感染させることにより、これまでの接着状態での感染方法と比較して、移植前の細胞調整作業が短縮されることに加え、効率的に遺伝子が導入されることも分かった。すなわち、本章では新しい細胞修飾手法として浮遊状態における遺伝子導入方法が有用であることを明らかにする事が出来た。

第5章では、幹細胞に安全にかつ効率的に機能物質を導入する手法として、膜透過性ペプチド(Cell Penetrating Peptide : CPP)に注目した。CPPはウィルスがその表面に持ち、細胞に侵入するための鍵の役目を果たすペプチドである。細胞内に直接機能物質を導入する手法としては、マイクロポレーション法、カチオン性脂質、そして高分子ナノキャリアなど多くの方法が挙げられるが、安全性、汎用性、そしてコストなどに問題がある。本論文では、CPPの一種であるオクタアルギニンペプチド(R8)によって、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells : iPS細胞)に対して、テキサスレッド、ローダミンのような機能物質を導入することが可能であることを始めて確認し、加えて、CPPにより機能物質を導入されたiPS細胞が毒性を示さず、未分化能も維持していることを確認した。すなわち、本章ではCPPが幹細胞に対する細胞修飾に有用であることを明らかにする事が出来た。

第IV編 : イメージング研究

第IV編はイメージング研究として、蛍光物質や磁性粒子により幹細胞を標識する手法、及び移植後の幹細胞イメージング手法について検討した。これまでの幹細胞移植では移植後の幹細胞の体内挙動や集積臓器に関する情報が不十分であり、臨床におけるインフォームドコンセントの観点からも、これらを解決できる技術開発が強く望まれている。第6章では、蛍光材料として高い量子収率、鮮明な色輝度を示し、かつ光退色耐性に優れている量子ドット(Quantum Dots : QDs)に注目し、ASCsに対する標識手法を検討した。QDs単独ではASCsの標識は困難であった。第5章で紹介したカチオン性脂質を用いると、QDsがASCs内に導入され標識できることを確認したが、比較的低濃度で毒性が認められた。しかし、第5章で示したCPPを用いることで、毒性の発現が抑制され、短時間で効率的に標識できることを確認した。また移植後の蛍光in vivoイメージングが可能であることを確認した。すなわち、本章ではCPPであるR8によるQDsを用いた新しい幹細胞の標識技術の構築に成功し、これを用いた蛍光in vivoイメージング手法の有用性についても明らかにする事が出来た。

第7章では、磁性ナノ粒子に注目し、効率的なASCsの標識に加え、移植後の深部のin vivoイメージングについて検討した。市販されている肝臓の造影剤であるリゾビスト(R)を製造販売している名糖産業(株)と共同で、第3級アミンを末端に有するデキストランを酸化鉄に被覆させることで、表面がプラス電荷に帯電した新規磁性ナノ粒子(TMADM)の開発に成功した。TMADMを用いる事で前処理を施すことなく、効率的にASCsを標識できることを確認した。また、深部の磁性in vivoイメージングが可能であることを確認した。すなわち、本章では幹細胞を安全にまた効率的に標識できる新規磁性ナノ粒子(TMADM)の開発に成功し、これを用いた磁性in vivoイメージング手法の有用性についても明らかにする事が出来た。

第V編 : 細胞送達研究

第V編は、第8章に細胞送達研究として、Heparinが急性肝不全マウスに対し、尾静脈から移植したASCsの肝臓への集積に有用であるかについて検討した。第5章及び第6章で紹介したCPPを用いた蛍光in vivoイメージング手法を用いて、ヘパリンの同時投与が、ASCsの肺への集積を約90%から約70%に緩和し、肝臓への集積を約10%から約30%に向上することに貢献することを確認した。また、今回用いた蛍光in vivoイメージング手法が、開腹することなくASCsの臓器集積をモニターできる優れた方法であることを確認した。すなわち、第8章では、第5、6章で構築した手法を用いることで、ヘパリンがASCsの肝臓集積に有用であること、また今回構築した手法が開腹することなく幹細胞の臓器集積をモニターできる優れた手法であることを明らかにする事が出来た。

第VI編 : 総括

第VI編は、第9章に本論文の総括と、今後の展望を述べた。すなわち、本論文において、幹細胞の保存・創出、細胞修飾研究、イメージング、及び臓器への細胞送達など、幹細胞移植治療の基盤となる様々な細胞工学的手法を確立し、その有用性を示すことができた。本論文の成果が細胞工学及び幹細胞移植治療の発展に大きく貢献することを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

新しい再生医療として注目されている幹細胞移植治療を確立するためには、基盤となる様々な細胞工学的手法を階層的に積み重ねる必要があり、各段階での細胞工学、生体材料工学に基づいた要素技術の確立が不可欠となる。本論文は、急性肝不全に対する幹細胞移植治療に求められる幹細胞創出・保存研究、細胞修飾研究、イメージング研究、および細胞送達研究について述べたもので、I~VI編で構成されている。

第I編は序論であり、第1章として、研究の背景となる再生医療、幹細胞、およびそれらの研究動向について概説した後、本論文の内容となる急性肝不全に対する幹細胞移植治療に向けた細胞工学的研究の意義と目的を述べ、治療を目的とした医学博士論文との違いを明確にしている。

第II編は、幹細胞の創出・保存に関する第2および3章で構成されている。第2章では、ヒト脂肪由来幹細胞を保存するための凍結保存液について検討しており、臨床での使用が困難な血清の代替品としてセリシンを添加することで、血清を添加しなくても同等の凍結保存効果が得られることを明らかにしている。また第3章では、マウスを用いた実験で、肝細胞への効率的な分化が期待される膵組織由来幹細胞を、膵島移植の際の不要物から分離・抽出し、新しい幹細胞を樹立することに成功している。

第III編は、細胞の機能修飾について述べた第4および5章であり、第4章では遺伝子を導入して幹細胞の機能修飾をする際に、必要な遺伝子を導入できる方法を検討しており、センダイウィルスベクターによる浮遊状態での遺伝子導入手法が、安全にかつ効率的な導入法となることを明らかにしている。第5章では、機能物質を直接幹細胞に導入する方法として、膜透過性ペプチド(CPP)が有効であることを証明している。

第IV編は、細胞のイメージング法に関する研究であり、第6章では量子ドットを用いた蛍光イメージングを試みている。その結果、第5章で検討したCPPを用いることで、量子ドットが毒性を発現することなく効率よく細胞内に導入されること、および蛍光in vivoイメージングが可能であることを明らかにしている。第7章では、新規磁性粒子による幹細胞の標識も検討し、効率的な標識が可能であることに加え、移植後の深部のin vivoイメージングが可能であることを示している。

第V編は、細胞送達に関する研究を述べた第8章であり、急性肝不全モデルマウスに対し、静脈からの注入で移植した幹細胞の肝臓への集積を検討している。第5および7章で開発したCCPを用いた蛍光in vivoイメージング法を用いて、ヘパリンを同時投与すると、肺への集積が抑制されて肝臓への集積度が向上することを明らかにしている。また、用いた蛍光イメージング法は、開腹することなく幹細胞の臓器集積がモニターできる優れた方法であることを実証している。

第VI編では、本論文の総括し、今後の展望を述べている。

以上のように本論文は、幹細胞の保存・創出、幹細胞の機能修飾、細胞イメージング、およびの臓器への細胞送達など、急性肝不全に対する幹細胞移植治療の基盤となる様々な細胞工学的手法を確立し、その有用性を示したものであり、細胞工学および医療工学の発展に大きく貢献するものといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として提出するのに値する内容であると認められる。

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