学位論文要旨



No 217533
著者(漢字) 宮本,泰史
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,ヤスフミ
標題(和) ジペプチジルペプチダーゼIV(DPP-4)阻害活性を有するピリジン誘導体の創製
標題(洋)
報告番号 217533
報告番号 乙17533
学位授与日 2011.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17533号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 准教授 杉田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

≪第1章≫

近年、新たな糖尿病治療薬として「インクレチン関連薬」が脚光を浴びている。栄養素が消化管を通過する際に分泌されインスリン分泌を促進する物質が「インクレチン」とよばれ、なかでもGLP-1が注目されている。GLP-1はインスリン分泌促進作用に加えて、消化管運動抑制や食欲抑制、膵臓β細胞の増加など糖代謝に良好な作用を有することが明らかになっている。しかし、GLP-1は血中に存在するジペプチジルペプチダーゼ-IV(DPP-4)により速やかに分解され、生物学的活性が著しく低下するため、DPP-4に分解されにくいDPP-4抵抗性GLP-1受容体作動薬が開発された。しかしながら、DPP-4抵抗性GLP-1受容体作動薬は、いずれもペプチド性であり注射剤として用いられることから、糖尿病患者にとってその投薬は大きな負担となる。そこで、経口投与可能な薬剤として、多くの研究グループが精力的に、DPP-4活性を阻害することにより内因性GLP-1作用を増強させるDPP-4阻害薬の研究開発を行っている。

≪第2章≫

これまでにDPP-4阻害活性を有するキノリン誘導体の合成研究が報告されている。その研究過程で見出されたキノリン誘導体1は強力なDPP-4阻害活性を有するが、その一方で光毒性ポテンシャルも有していた。そこで、私はより安全性の高い糖尿病治療薬を目指し、光毒性ポテンシャルを低減させた化合物の探索に着手した。まず、キノリン誘導体1をリード化合物として選択し、この化合物1とDPP-4のドッキングスタディーを行った。その結果、活性発現に重要なファーマコフォアであることを見出した。また、キノリン6位の置換基がLys554と相互作用している点に着目した。すなわち、カルボキシ基を導入したキノリン誘導体2-5がLys554とソルトブリッジを形成し強力な活性を示すと考えた。さらに、デザインしたキノリン誘導体2のドッキングスタディーから、カルボキシ基がLys554とソルトブリッジを形成し得ること考えられた。合成したキノリン誘導体2-5は強力な活性を示し、DPP-4阻害活性にカルボキシ基が許容されるという新たな知見を得た。次に私は、光毒性ポテンシャルの低減を目指し、化合物の共役系を短縮し紫外線吸収を減弱させたピリジン誘導体をデザインした。デザインにあたり、キノリン誘導体で得たファーマコフォアを保存し、カルボキシ基とピリジン環の近傍に位置するアミノ酸残基の相互作用を指向した。その結果、ニコチン酸誘導体21が強力な阻害活性を示し、光毒性ポテンシャルを示さないことが判明した。また、X線結晶構造から化合物21のカルボキシ基がピリジン環近傍のTyr547と水素結合を形成することが確認された。さらに、この結晶構造から、より効果的にソルトブリッジ形成が可能なArg125がピリジン環近傍に存在し、Tyr547などで形成される脂溶性ポケットが存在することが判明した。そこで、更なる活性増強を目的に、Arg125との相互作用を指向した化合物をデザインし、誘導体合成を実施した。

≪第3章≫

化合物21とDPP-4のX線結晶構造から、私は、以下に述べる二つのアプローチで活性増強を目指した。すなわち、「Arg125とカルボキシ基のソルトブリッジ形成」および「Arg125と2つの水素結合受容基との二座配位相互作用」である。一つ目のアプローチとして、化合物21のピリジン環とカルボキシ基の間に適切なスペーサーを導入し、カルボキシ基がArg125とソルトブリッジ形成できれば強力な活性が達成できると考えた。スペーサーとしてメチレン鎖を導入し、その活性を確認したところ、3-ピリジル酢酸誘導体39aが化合物21と同等の活性を示した。一方、メチレン鎖を伸張した化合物42の活性は減弱した。次に、ピリジン2位および6位の最適化を行った。ピリジン6位の置換基は、キノリン誘導体2位の置換基に対応し、Phe357と疎水性相互作用し高い活性を示すと考えられることから、脂溶性置換基として種々のアルキル基を導入した。その結果、ネオペンチル基が強力な活性と良好な選択性を示した。ピリジン2位の置換基は、アルキル基を大きくするほど強力な活性を示すが、酵素選択性は低下したことから、活性を選択性を考慮し、メチル基とエチル基を選択した。その後、強力な活性と良好な選択性を与えたピリジン2位および6位の置換基を3-ピリジル酢酸誘導体に適用し、化合物39c(TAK-100)を見出した。さらに、化合物39cのX線結晶構造が得られ、活性発現に重要なファーマコフォアは保存され、カルボキシ基がArg125のグアニジノ基とのソルトブリッジを形成し強力な活性の発現に寄与していることを確認した。化合物39cは優れた経口吸収性を示し、Wistar fatty ratを用いた経口糖負荷試験において0.1mg/kgから有意な血糖低下作用を示した。また、キノリン誘導体で懸念された光毒性のポテンシャルを示さなかった。

≪第4章≫

より強力なDPP-4阻害活性を示すピリジン誘導体を指向し、二つ目のアプローチとして「Arg125との二座配位相互作用」に注目した。すなわち、分子内に存在する2つの異なる水素結合受容基がArg125のグアニジノ基と二座配位し得る点に着目し、アミド基上にさらなる水素結合受容基を有する3-ピリジル酢酸アミド誘導体をデザインした。さらに、これまでに得たX線結晶構造から、2つの水素結合受容基を結合する脂溶性置換基が、Tyr547やTrp629などで形成される脂溶性ポケットと相互作用できると考えた。まず、水素結合受容基の導入が活性に与える影響を検討した。その結果、化合物45aの活性は減弱したが、グリシンアミド45bは化合物21と同等の活性を示した。したがって、グリシンアミド45bの水素結合受容基がアミノ酸残基と相互作用していると考えられる。続いて、Arg125との二座配位相互作用に加え、Tyr547やTrp629などで形成される脂溶性ポケットとの疎水性相互作用を目的に、ドッキングスタディーを活用しアニリド誘導体47をデザインした。化合物47のアニリド部位のベンゼン環が脂溶性ポケットと相互作用し、さらに2つの水素結合受容基がArg125と二座配位相互作用し得ることが考えられた。アニリド誘導体47は、実際に強力な活性を示した。アミドに対してベンゼン環の3位に種々の水素結合受容基の導入した場合にも、非常に強力な活性を示し、水素結合受容基がアミノ酸残基と強固な相互作用をしていると考えられた。アミドに対してベンゼン環およびヘテロ環の2位に水素結合受容基の導入した場合の活性は減弱した(化合物58、59および61)。続いて、非芳香環のスペーサーとしてピロリジン環を選択し、L-プロリン誘導体64とD-プロリン誘導体65をデザインし、ドッキングスタディーを行った。化合物64の2つの水素結合受容基はArg125と二座配位相互作用している一方、化合物65では一つの水素結合受容基のみがArg125と相互作用していることが示唆された。デザイン通り、L-プロリン誘導体64はD-プロリン誘導体65の10倍強力な活性を示した。ピロリジン環の3位に水素結合受容基を導入した化合物73および74の活性は減弱した。アニリド誘導体の場合、水素結合受容基はsp2炭素から置換するため、ベンゼン環のメタ位への導入が効果的であったが、sp3炭素から水素結合受容基が置換するピロリジン環では、3位に比べ2位への置換基導入が効果的であり、中でもL-プロリンから誘導された化合物64、71および77が非常に強力な活性を示した。L-プロリン誘導体64は、デザイン通り2つの水素結合受容基とArg125との二座配位相互作用により強力な活性を示したと考えられる。化合物64は、優れた活性と選択性を示し、強力にイヌ血漿中のDPP-4活性を24時間以上阻害したことから、開発候補化合物として選択した。

≪第5章≫

新規経口抗糖尿病治療薬を指向したカルボキシ基を有するDPP-4阻害薬の研究を行った。キノリン誘導体1をリード化合物として選択し、ドッキングスタディーからDPP-4阻害活性に重要なファーマコフォアを推定した。さらに、化合物1がこれまで相互作用の報告例がほとんど無いLys554と相互作用し得る点に着目した。すなわち、カルボキシ基を有するキノリン誘導体2-5が、Lys554とソルトブリッジを形成し強力な活性を示すと考えた。合成したキノリン誘導体2はデザイン通り強力な活性を示し、カルボキシ基がDPP-4阻害薬に許容される新たな知見を得た。その後、光毒性ポテンシャルの低減には、化合物の紫外線吸収を低減させることが効果的と考え、キノリンの共役系を短縮したピリジン誘導体をデザインした。デザインにあたり、キノリン誘導体の合成研究で得たDPP-4阻害活性に重要なファーマコフォアを保存し、さらにカルボキシ基とアミノ酸残基の相互作用による活性増強を目指した。その結果、ニコチン酸誘導体21が強力なDPP-4阻害活性を示した。化合物21のX線結晶構造から、更なる活性増強を目的に2つのアプローチで化合物をデザインした。1つ目のアプローチとして、ピリジン環近傍に存在するArg125とカルボキシ基のソルトブリッジ形成による活性増強を目指した。その結果、3-ピリジル酢酸誘導体39c(TAK-100)を見出し、さらに、X線結晶構造から化合物39cのカルボキシ基が想定したArg125とソルトブリッジを形成していることを確認した。化合物39cは、光毒性ポテンシャルを示さず良好なプロファイルを示し、より安全性の高い抗糖尿病薬となりうる可能性が示された。2つ目のアプローチとして、Arg125と2つの異なる水素結合受容基との二座配位相互作用による活性増強を目指し、L-プロリンアミド誘導体64をデザインした。デザイン通りL-プロリンアミド誘導体64が非常に強力な活性を示し、化合物39cと同様に安全性の高い抗糖尿病薬となりうる可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

栄養素が消化管を通過する際に分泌され、インスリン分泌を促進する物質は「インクレチン」とよばれ、糖尿病治療の観点から近年脚光を浴びている。なかでもGLP-1が注目されている.GLP-1はインスリン分泌促進作用に加えて、消化管運動抑制や食欲抑制、膵臓β細胞の増加など糖代謝に良好な作用を有することが明らかになっている。しかし、GLP-1は血中に存在するジペプチジルペプチダーゼーIV(DPP-4)により速やかに分解されるため、DPP-4に分解されにくい、すなわちDPP-4抵抗性GLP-1受容体作動薬の開発研究が行われてきた。しかしながら、DPP-4抵抗性GLP-1受容体作動薬は、いずれもペプチド性であり注射剤として用いられることから、糖尿病患者にとってその投薬は大きな負担となる。そこで、DPP-4活性を阻害することにより内因性GLP-1作用を増強させる、経口投与可能なDPP-4阻害薬の開発を目的として研究が開始された。

これまでに申請者宮本の所属する研究所においてDPP-4阻害活性を有するキノリン誘導体の合成研究が報告された。その研究過程で見出されたキノリン誘導体は強力なDPP-4阻害活性を有するが、その一方で光毒性を有しており、副作用として克服すべき重要な課題であった。そこで、宮本はより安全性の高い糖尿病治療薬を目指し、光毒性ポテンシャルを低減させた化合物の探索に着手した。まず、開発されていたキノリン誘導体をリード化合物として選択し、この化合物とDPP-4のドッキングスタディーを行った。その結果、活性発現に重要なファーマコフォアを見出し、また種々の誘導体を合成し、酵素DPP-4のアミノ酸残基との相互作用を検討した結果、キノリン誘導体のDPP-4阻害活性にカルボキシ基を導入することが可能である事を明らかにした。

次に宮本は、光毒性ポテンシャルの低減を目指し、化合物の共役系を短縮し紫外線吸収を減弱させたピリジン誘導体をデザインした。デザインにあたり、キノリン誘導体で得たファーマコフォアを保存し、カルボキシ基とピリジン環の近傍に位置するアミノ酸残基の相互作用を指向した。その結果、ニコチン酸誘導体が強力な阻害活性を示し、かつ光毒性ポテンシャルを示さないことを明らかにした。また、X線結晶構造からニコチン酸誘導体のカルボキシ基がピリジン環近傍のTyr547と水素結合を形成することが確認され、さらにこの結晶構造から、より効果的にソルトブリッジ形成が可能なArgl25がピリジン環近傍に存在し、Tyr547などで形成される脂溶性ポケットが存在することが判明した。そこで、更なる活性増強を目的に、Argl25との相互作用を指向した化合物をデザインした。すなわち、「Argl25とカルボキシ基のソルトブリッジ形成」および「Argl25と2つの水素結合受容基との二座配位相互作用」である。この一つ目のデザインに基づいて種々検討した結果、強力な活性と良好な選択性を与えたピリジン2位および6位の置換基を3一ピリジル酢酸誘導体に適用し、化合物TAK-100を見出した。化合物TAK-100のX線結晶構造から活性発現に重要なファーマコフォアは保存され、カルボキシ基がArgl25のグアニジノ基とのソルトブリッジを形成し強力な活性の発現に寄与していることを確認した。TAK-100は優れた経口吸収性を示し、Wistar fatty ratを用いた経口糖負荷試験において有意な血糖低下作用を示し、また、キノリン誘導体で懸念された光毒性のポテンシャルを示さなかった。

より強力なDPP-4阻害活【生を示すピリジン誘導体を指向し、二つ目のアプローチとして「Arg125との二座配位相互作用」に注目した。すなわち、分子内に存在する2つの異なる水素結合受容基がArg125のグアニジノ基と二座配位し得る点に着目し、アミド基上にさらなる水素結合受容基を有する3一ピリジル酢酸アミド誘導体をデザインした。さらに、これまでに得たX線結晶構造から、2つの水素結合受容基を結合する脂溶性置換基が、Tyr547やTrp629などで形成される脂溶性ポケットと相互作用できると考え、アニリド誘導体をデザインした。そのデザインに従って、更に検討を加えた結果、レプロリンアミド誘導体が優れた活性と選択性を示し、強力にイヌ血漿中のDPP-4活性を24時間以上阻害し、光毒性も示さなかった。この化合物は開発候補化合物として選択された。

上記研究は、structure based drug designによる創薬研究であり、糖尿病に関連するDPP-4阻害活性を有する開発候補化合物の創出に成功した宮本の成果は、博士(薬学)の学位の取得に値する優れた研究と評価された。

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