学位論文要旨



No 217538
著者(漢字) 田村,純人
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,スミヒト
標題(和) 東京大学医学部附属病院に於ける生体肝移植ドナーの合併症の体系的評価
標題(洋)
報告番号 217538
報告番号 乙17538
学位授与日 2011.07.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17538号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 北村,丈二
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 教授 小野,稔
内容要旨 要旨を表示する

【目的】東京大学医学部附属病院に於ける生体肝移植ドナーの手術関連合併症を多施設間にて比較可能な体系を用いて評価する。

【背景】生体肝移植の施行は健康体であるドナーの安全が前提である。健康体である生体ドナーの場合、腫瘍や外傷に対する手術と異なり、手術の施行により自身の健康上益するところはなんら認め得ない。したがって、より高い次元での周術期管理の安全性の確保、および、術前のインフォームドコンセントの際の合併症に関する詳細な情報の呈示が求められる。それには周術期死亡率のみならず、術後経過における合併症を的確に記録・評価し、検討する基盤のあることが重要である。しかしながら、多施設間にて情報を共有し比較できる評価方法に関する合意は無く、経験の有効な活用が阻まれてきた。一施設での生体肝移植症例数の蓄積は限られており、多施設間での比較が容易なClavienらの体系を生体肝移植ドナー手術の評価に適用することは、情報の集積をより容易にし、生体肝ドナーに関する医療の向上に有益であると私は考えた。

【対象と方法】東京大学医学部附属病院にて施行した成人生体肝移植ドナーの合併症を、以下の表に記すClavienらの体系により分類した。

対象とした成人生体肝移植ドナーは、1996年1月の当科肝移植プログラム開始時より生体ドナーの安全性に関する論議が国内外で高まり本調査研究を開始した2005年10月までの期間を一つの区切りとし、それまでの症例の臨床経過を診療録より後ろ向き調査にて集計し分析した。この期間中では243例が該当した。さらに、2005年11月以降2010年7月迄の成人生体肝移植ドナー全症例100例を対象に調査を継続し、同様の分析を行った。

【結果】

2005年10月までの243例症例中合併症は下記の如く67例(28%)に認められた。

2010年7月までの100例症例中、合併症を下記の如く55例(55%)に認めた。

【考察】肝切除術を含む消化器領域の外科的侵襲に伴う合併症の客観的評価方法は様々なものが提唱されてきたものの、異なる施設間、あるいは保険制度の異なる国・地域間での比較検証に耐えうるものは2004年に発表された上述のClavienの体系がはじめてである。同体系は、保険制度の違いによる入院期間や、外科医の主観に委ねられる判定部分の影響を受けにくく、また、記録・集計を容易に行えるように配慮されている。すなわち、合併症に対し選択された治療手段の侵襲とリスクの程度を基準に、簡潔な体系で合併症を評価することを提唱している。この体系の特筆すべき点は、6000例を超える症例での検討に加え、異なる國土と地域の様々なレベルの病院施設での検証を経ていることである。様々な文化、保険制度、病院施設間での比較評価に有用であることが示されている。

生体ドナー手術の安定した安全性の確保、充実した術後ケアによる早期の回復、そして術前と比べて遜色のない社会復帰は世界共通の課題であり、常に改善に努めるのは臓器を問わず生体移植を行う施設の責務である。その認識の下、Clavienらの体系が上梓される以前にも、生体肝ドナーの合併症について複数の報告がなされているが、多彩な合併症の記述の一方で重症度に関する情報に乏しく、多施設における経験の蓄積と詳細な比較を行うには限界があった。

Clavienらの体系を用いたその後の諸施設の報告では、合併症全体の発生率には大きな幅が残るものの、合併症の重症度の把握が同体系により可能となり、検討の意義が増した。すなわち、臓器不全を伴うGradeIVに該当する合併症の発生率は生体肝移植の盛んな極東アジア地域の施設では0.0%から0.09%であるのに対し、脳死移植が盛んな米国、欧州、南米では0.76%から3.31%と高い傾向を示す事が明らかとなり、また、100症例以上の報告では、再手術を擁する合併症(GradeIIIb)の発生率は概ね4%迄にとどまることが示された。同様に、主に外科的侵襲を伴う処置を擁した合併症(GradeIIIa)の発生率は、概ね5%から8%程度であることが示されている。一方で、必要とされる処置の侵襲の程度が上がるにつれ、施設間の幅は減少する傾向がある一方、GradeII迄の合併症の頻度の報告には幅が認められ、この範囲の合併症の報告の解釈と各施設の発表の大きな差を生じる原因の一つである事が推測される。

【結語】成人生体肝移植ドナーの手術関連合併症を、国と地域を越えた多施設間での比較が容易なClavienらの体系により世界で初めて評価した。

同体系の普及とともにその後報告された世界の多数の基幹的肝移植施設の成績との比較に於いて、当施設の成績は世界的な標準と比べ遜色のないことが示された。同体系の適用は世界的に普遍的な比較を容易とし、一施設では症例数の蓄積が限られる生体肝ドナーに関する医療の評価と向上に有益であると考えられた。

合併症の分類 定義

Grade I

合併症の治療に外科的、内視鏡的、侵襲的な放射線科的手技を必要としないもの。制吐剤、解熱鎮痛剤、および利尿剤の使用、電解質の補正、理学療法の施行を含む。

Grade II

合併症の治療に外科的、内視鏡的、侵襲的な放射線科的手技を必要としないが、上記以外の薬物療法を必要とするもの。また、輸血・血液製剤の使用、高カロリー輸液を必要とするもの。

Grade III

合併症の治療に外科的、内視鏡的、侵襲的な放射線科的手技を必要とするもの。

a.全身麻酔を必要としないもの。

b.全身麻酔下に手技が施行されたもの。

Grade IV

集中治療室での管理を要する生命に危険のある合併症(中枢神経系の合併症を含む)

a.単一臓器不全

b.多臓器不全

Grade V

死亡

Clavienの体系による分類

Clavienの体系による分類

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、生体肝移植においてもっとも重要である生体ドナーの安全性について検討するため、東京大学医学部附属病院に於ける成人生体肝移植ドナーの手術関連合併症を、1996年1月の第1例目より、生体ドナーの安全性に関する論議が国内外で高まったことを受け、国と地域を越えた多施設間にて比較可能なClavienらの体系を用いて世界で初めて調査した2005年10月迄(以下、Era1とする)の243症例、ならびに、その後の2005年11月以降2010年7月迄(以下、Era2とする)の全100症例を対象として比較評価したものであり、以下の結果を得ている。

1.ドナーの平均年齢は37.8歳であり、Era1とEra2で差を認めなかった。全体の半数以上が男性であったが、Era1とEra2の比較では男性の比率がEra2では有意に低下し、男女の比率が逆転した。親族関係でみると、血族からの提供は77.0%を占め、配偶者を含む姻族に比較して多かった。この傾向はEra1とEra2で同様であった。血族間では、子からの提供が最も多かった。

2.Era1比べEra2において、平均手術時間は平均516分から平均458分に有意に短縮されていた。また、出血量も同様の傾向が認められ、Era1比べEra2において、平均499.5mlより平均403.3mlに減少を認めた。さらに、Era1比べEra2では入院期間は16.0日より14.3日へと有意に短縮されていた。

3.Era1の243例について、67症例(28%)に合併症を認めた。46例(19%)はGradeIからII[合併症の治療に外科的、内視鏡的、侵襲的な放射線科的手技を必要とせず、薬物療法にて対応する範疇にある合併症]に該当し、21例(9%)がGradeIIIa[侵襲的な手技を必要とするが、全身麻酔を要しない合併症]からIIIb[全身麻酔下に侵襲的な手技が施行される合併症]に分類された。肝切除術に特徴的な胆汁漏は11症例(5%)に認められた。このうち6症例(2%)に於いて全身麻酔下に再手術を要し、GradeIIIbに分類された。他に3症例、2例は腹腔内膿瘍のため、1例は十二指腸潰瘍の穿孔のため、全身麻酔下の再手術を要した。これらはいずれもGradeIIIbに分類された。最終的に9症例(4%)がGradeIIIbに該当する合併症に分類された。

4.Era2の100例について、55症例(55%)に合併症を認めた。41例(41%)はGradeIからIIに該当し、14例(14%)がGradeIIIaからIIIbに分類された。肝切除術に特徴的な胆汁漏は3症例(3%)に認められた。Era1と異なり胆汁漏のために全身麻酔下に再手術を要するものはなかった。一方で、2例が手術野に直接関連する後出血のため、全身麻酔下の再手術を要した。これら2症例はいずれもGradeIIIbに分類された。

5.Era1とEra2の両期間に於いて、臓器不全を伴うGradeIVの合併症[集中治療室での管理を要するもの]、もしくはGradeV[死亡]を認めなかった。一方、合併症の発生率を比較した場合、GradeIIIbを除き、発生率は減少していない事が示された。

以上、本論文は、生体肝移植においてもっとも重要である生体ドナーの安全性について、東京大学医学部附属病院に於ける成人生体肝移植ドナーの手術関連合併症を、国と地域を越えた多施設間での比較が容易なClavienらの体系により評価し、明らかにしたものである。同体系の適用による評価は世界的に普遍的な比較を容易とし、症例数の蓄積が限られる生体肝ドナーに関する医療の評価と向上に有益であると考えられ、本学の経験を基とした生体肝移植医療の世界的な向上に寄与するところは大きく、学位の授与に値するものと考えられる。

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