学位論文要旨



No 217539
著者(漢字) 岩崎,正興
著者(英字)
著者(カナ) イワサキ,マサオキ
標題(和) Fe/ゼオライト触媒を用いたNH3選択触媒還元による窒素酸化物除去
標題(洋) Removal of Nitrogen Oxides by NH3 Selective Catalytic Reduction with Fe/zeolite Catalysts
報告番号 217539
報告番号 乙17539
学位授与日 2011.07.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17539号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 佐々木,岳彦
 東京大学 教授 山内,薫
 東京大学 教授 大越,慎一
 東京大学 教授 鍵,裕之
 東京大学 准教授 加納,英明
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

窒素酸化物(NOx:NO+NO2)は、酸性雨や光化学スモッグの原因物質であるため、自動車からの排出規制の対象である。ディーゼルエンジンなどの希薄燃焼エンジンからの排ガスは、酸化性ガスであるO2を多く含むため、NOxの還元にはNOxが還元剤と選択的に反応する必要あり、その一つが、NH3を用いたNOx選択還元(SCR:Selective Catalytic Reduction)である。自動車での使用を想定すると、触媒は低温から高い活性を発現し、かつ高い耐熱性を有する必要がある。さらに反応条件が大きく変化する状況下で使用されるため、律速段階や副反応など詳細な反応メカニズムの理解が重要である。本論文では、SCR触媒として有望視されているFe担持ゼオライトにおいて、活性および耐久性を支配する因子を明らかにして高性能な触媒設計の指針を得ること、およびSCR反応を素反応レベルで理解することを目的とした検討を行った。

2.実験

Fe/ゼオライト触媒は、1)ゼオライトへのFeの担持方法や担持量の影響、2)ゼオライトの細孔構造やSi/Al2比の影響、3)元素添加による耐熱性向上を検討した。触媒の状態解析として、XRD, UV-Vis, in-situ IR, Mossbauer, NMR, NO2-TPD(昇温脱離法)を実施した。SCR反応の解析として、1)NH3の供給/停止時の過渡反応解析および定常反応状態での素反応モデルフィット解析、2)NO2の吸着/脱離解析、3)NO2/NOx比率や温度を変化させた総括反応解析を実施した。

3.結果と考察

3.1.高性能触媒開発と触媒状態解析

ゼオライトへのFe担持方法として含浸法(Imp)、還元固相イオン交換法(RSIE)およびCVD法を検討し、各担持法においてFe担持量を変化させた。ゼオライトはMFI型(別名ZSM-5)ゼオライト(Si/Al2=40)を用いた。図1は、250℃でのNOx転化率とFe担持量の関係である。触媒活性はFe担持量よりもFe担持法に依存し、CVD法で調製した触媒が最も高活性であった。Mossbauer、UV-Vis、IRによる状態解析の結果、いずれの触媒もα-Fe2O3粒子、FexOyオリゴマーおよびイオン交換Feの3種が混在し(図2)、その割合はFe担持法で異なった。また、NO2-TPDスペクトルの高温ピーク(HT peak, 図3)はイオン交換Fe種に吸着したNO2の脱離であることが分かった。この高温側脱離量と触媒活性が直線的に相関したことから(図3)、活性種はイオン交換Feであり、NO2-TPD法で活性種を精度よく定量できることが明らかになった。

次にゼオライトの細孔構造やSi/Al2比の影響を調べるため、種々のゼオライトにFeをCVD法で担持し、それらの触媒活性を調べた。活性は細孔構造およびSi/Al2比で変化し、細孔構造で比較するとBEA>MFI>FER>LTL>MORとなり(図4a)、Si/Al2比が小さい方が高活性であった。NO2-TPDによる解析の結果、活性はイオン交換Fe量と相関した(図4a)。イオン交換Fe量が触媒間で異なる理由は、CVD時のFeCl3の拡散性と、イオン交換サイト数(Al量)が関与していると考えられた。また、初期および耐久後の活性の比から求めた活性維持率(Activity deterioration rate)は、ゼオライト結晶径で整理でき(図4b)、高耐熱性触媒の開発には大きなゼオライト結晶が有効であることが示唆された。

しかしながら、BEA型ゼオライトなど大結晶を得にくいゼオライトも存在するため、結晶径以外での耐熱性の向上技術が必要である。そこでFe/BEAへの元素添加による効果を調べた。添加した元素は、アルカリ金属、アルカリ土類金属および希土類金属であり、添加方法はFe/BEAに液相イオン交換法(1M溶液)で各元素を逐次イオン交換した。図5に700℃耐久試験後のNOx転化率を示す。アルカリおよびアルカリ土類金属の添加では、添加なしよりも活性が低下したが、希土類金属では一部の元素で耐熱性が向上した。活性は添加量に無関係で、イオン半径とは山型に相関した(図5)。よって最適なイオンサイズが存在すると推測された。27Al NMR、UV-Vis、XRD、IRの解析から、希土類元素はゼオライトの劣化原因である脱Al反応を抑制し、結果として活性なFe種が耐熱試験後にも多く残存したと予想された。

3.2.触媒反応解析

自動車でのSCR反応は、流入するNOx量に応じて還元剤である尿素(尿素の分解でNH3を得る)の添加量を制御するため、NH3供給/停止時のNOx浄化挙動の理解が重要である。図6には、NO/NO2=1/0条件(Standard SCR)およびNO/NO2=1/1条件(Fast SCR)でのNOx濃度の経時変化を示す。Fast SCRはStandard SCRよりも反応速度が速いことが分かっているが、両者はNH3供給/停止時の過渡挙動も異なった。すなわち、Fast SCRはNH3供給/停止に伴いNOx濃度が単調に変化したのに対し、Standard SCRでは、NH3供給/停止直後にNOx濃度が一時的に減少した。この時生成N2量も増加し、反応自体が促進されていることを確認した。

両SCR反応の違いを速度論的に理解するため、各ガス(NO, NO2, NH3, O2)の濃度を変化させた時の速度データを取得し、Langmuir- Hinshelwoodモデルの速度式でフィットし、各素反応の速度定数および平衡定数を見積もった。図7および表1にStandard SCRの実測と計算結果の比較および各反応パラメータを示す。計算値が実測値と良く一致し(図7)、本モデルが有効であることが明らかになった。表1より、K1 < K2であることから、NH3の吸着はNOの吸着よりも強いことが示唆された。表2にはFast SCR反応のパラメータを示す。k2 > k3であることから、律速段階はHNO3のNOによる還元過程(HNO3+NO→NO2+HONO)であることがわかった。またK2 < K4であることから活性点へのNO2吸着は比較的強いことがわかった。これらの結果から、図7においてStandard SCRのNOx濃度が過渡的に変化した原因は、NH3の強い吸着により律速段階が阻害されたためであり、Fast SCRでそれが起こらないのは、NO2とNH3が活性点へ競争吸着するためであると推定された。

以上の検討から、NO2はイオン交換Fe量を定量するためのプローブ分子としてだけでなく、SCR反応においても重要な役割を果たすことがわかった。そこでFe/ゼオライトへのNO2の吸着/脱離のキネティクスを調べた。種々の触媒でNO2吸着挙動を調べた結果、NO2吸着初期にNOが脱離し、そのNO脱離量はイオン交換Fe量と相関することがわかった。In-situ IR解析の結果、スキーム1に示す二核状態のイオン交換Fe種上でNO脱離反応が進行することが推定された。

NO2脱離反応は、図3挿入図で示したNO2-TPDスペクトルを昇温速度や導入ガス流量を変化させることにより解析した。その結果、低温側(LT)および高温側(HT)のいずれの脱離もNO2の吸着脱離平衡を無視できる脱離機構で進行することがわかり、また脱離次数n、脱離の活性化エネルギーEd、前指数因子Adを見積もることができた(表3)。NO2脱離反応の脱離次数は二次であり、NO2はイオン交換Fe種に強く吸着すること(脱離エネルギー138 kJ/mol)が明らかになった。

最後に、SCR反応の全容と各反応スキームを明らかにすることをねらいとし、NO2/NOx比率および温度を少しずつ変化させた時のNOx転化率やN2O生成率を調べた(図8)。Standard SCR、Fast SCRおよびNO2 SCRは各々下記の反応(1)-(3)で表される。

2NO + 1/2O2 + 2NH3 → 2N2 + 3H2O(1)

NO + NO2 + 2NH3 → 2N2 + 3H2O(2)

2NO2 + 2NH3 → N2 + N2O + 3H2O(3a)

3NO2 + 4NH3 → 7/2N2 + 6H2O(3b)

NOx転化率の序列はFast SCR > NO2 SCR > Standard SCRとなった(図8a)。N2O生成量から反応(3a)は250℃以下で、反応(3b)は250℃以上で進行することがわかった(図8b)。興味深いことに、180℃以下でのNO2 SCR条件では、NOx転化率が温度の低下とともに増加する現象が認められた(図略)。この通常とは異なる挙動は、低温域では見かけの活性化エネルギーが負となる新たな反応パス(Low-temperature route)が進行していることを示唆し、他の報告(IRによるNH4NO3吸着種の観測)とあわせて考えるとNH4NO3の形成とその脱離が関与していると推測された。以上の反応解析を基にして、図9にSCR反応の全スキームを温度とNO2/NOx比に対してまとめた。

4.結論

Fe/ゼオライト触媒において、種々の触媒調製と状態解析を組み合わせることにより、触媒活性種の同定およびそれを精度よく定量する新規解析手法を確立した。また、活性および耐久性の支配因子を明らかにし、活性向上のための触媒設計指針を得た。さらに、SCR反応を反応速度論および分光学的手法による両面からのアプローチにより、表面素反応レベルでの反応機構を明らかにした。これらの結果は、自動車触媒の性能向上および効率的な反応制御のための重要な指針を与えただけでなく、基礎触媒化学の分野に対しても、重要な知見を示したと考える。

図1.NOx転化率(250℃)とFe担持量(Fe/Al比)との関係.

図2.状態解析から得られたFe/MFIの模式図.

図3.NOx転化率とNO2-TPDの高温側ピーク脱離量との関係.

図4.(a) 初期活性とNO2-TPD高温脱離量との関係,(b) 耐久後の初期に対する活性維持率とゼオライト結晶子径との関係.

図5.各種元素添加Fe/BEA触媒の耐久後のNOx転化率.挿入図:触媒活性と希土類金属イオン半径(3価)の関係.

図6.NH3供給/停止時のNOx濃度変化.

Standard SCR: 380 ppm NO, 400 ppm NH3, 8% O2, 10% CO2, 8% H2O; Fast SCR: 135 ppm NO, 135 ppm NO2, 300 ppm NH3, 8% O2, 10% CO2, 8% H2O.

図7.Standard SCR反応速度の実測値と計算値との関係.

表1.算出したStandard SCR反応の速度パラメータ.

表2.算出したFast SCR反応の速度パラメータ.

スキーム1.Fe/ゼオライト上でのNO2吸着機構.

表3.NO2-TPD解析から求めたNO2脱離反応の各物性定数.

図8.(a)NOx転化率と(b)N2O生成率のNO2/NOxと温度依存性.380 ppm NO, 400 ppm NH3, 8% O2, 10% CO2, 8% H2O.

図9.推定された反応スキームの温度、NO2比率との関係

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、窒素酸化物(NOx:NO+NO2)のNH3を用いたNOx選択還元(SCR:Selective Catalytic Reduction)のための触媒であるFe担持ゼオライトについて、活性および耐久性を支配する因子を明らかにして高性能な触媒設計の指針を得ること、および素反応レベルでの解明を目的とした研究についてまとめられ、9章から構成されている。

第1章は、イントロダクションであり、NOx、NOxを除去するための諸技術、Fe/ゼオライト触媒の調製法及び、先行関連研究について紹介している。

第2章では含浸法(Imp)、還元固相イオン交換法(RSIE)、およびCVD法により調製されたFe/ゼオライト触媒のキャラクタリゼーションについて述べている。

第3章では異なる細孔構造とSi/Al2比を持つゼオライト試料(MFI、BEA、FER、LTL、MORの5種類で、異なるSi/Al2比を含めて、合計11種類)についてFe触媒を調製しそれらのSCR活性について述べている。

第4章ではFe/BEA触媒にアルカリ金属、アルカリ土類金属及び希土類金属を添加することによる効果について述べられており、アルカリ金属、アルカリ土類金属の添加では、無添加よりも活性が低下したが、希土類金属では一部の元素で耐熱性が向上し、その依存関係を明らかにした。

第5章では反応の過渡的変化と定常状態のキネティクス解析について述べられている。各ガス(NO, NO2, NH3, O2)の濃度を変化させた時の速度データを取得し、Langmuir-Hinshelwoodモデルの速度式でフィットし、各素反応の速度定数および平衡定数を見積もり、律速段階や反応素過程の位置づけを明確にした。

第6章ではNO2吸着によるNO発生反応の解析について述べられている。二核状態のイオン交換Fe種上でNO脱離反応が進行する描像を提案した。

第7章ではNO2の脱離キネティクス解析について述べられている。NO2-TPDスペクトルを昇温速度や導入ガス流量を変化させることにより解析した。その結果、低温側(LT)および高温側(HT)のいずれの脱離もNO2の吸着脱離平衡を無視できる脱離機構で進行することを示した。

第8章ではStandard SCR、Fast SCRおよびNO2 SCRの比較について述べられている。NO2/NOx比率および温度をパラメーターとしてNOx転化率やN2O生成率を調べる事で、SCR反応の全スキームを解明した。

第9章ではまとめと今後の展望について述べられている。

岩崎氏は本論文において、Fe/ゼオライト触媒のSCR反応に関して、活性な触媒の探索を行うと同時に、様々な分光法でのキャラクタリゼーションを実施する過程で、NO2-TPDスペクトルの高温ピークに着目し、イオン交換Fe種に吸着したNO2の脱離であることを示した。更に、この高温側脱離量と触媒活性が直線的に相関していることを示し、NO2-TPD法で活性種を精度よく定量できることをはじめて明らかにした。また、初期および耐久試験後の活性の比から求めた活性維持率は、ゼオライト結晶径が指標となり、高耐熱性触媒の開発には大きなゼオライト結晶が有効であることを示した。また、他元素の添加について系統的な研究を行った。一般に、アルカリ金属やアルカリ土類金属は触媒反応への促進効果が期待されるが、Fe/ゼオライト触媒に関しては、これらは有効ではなく、むしろ活性が低下するが、希土類元素に関しては、ゼオライトの劣化原因である脱Al反応を抑制する働きがあり、3価のイオン半径への依存性が有ることと、最適値が存在することを示した。

反応の機構解析に関しても詳細な研究を展開し、速度論パラメータの決定と、SCR反応の全容を素過程レベルまで解明することに成功している。

このように、岩崎氏は種々の触媒調製と状態解析を組み合わせて、触媒活性種を同定し、高精度で定量する新規解析手法を確立することにより、活性および耐久性の支配因子を明らかにし、活性向上のための触媒設計指針を得た。さらに、反応速度論および分光学的手法による両面からのアプローチにより、SCR反応について、表面素反応レベルでの反応機構を明らかにした。これらの結果は、自動車触媒の性能向上および効率的な反応制御のための重要な指針を与えるだけでなく、基礎触媒化学の分野に対しても、重要な貢献となっている。

なお、本論文第2章は、山崎 清、坂野 幸次、新庄 博文との共同研究、第3章と5章は山崎 清、新庄 博文との共同研究、第4章、6章、7章、8章は新庄 博文との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験の遂行、結果の解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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