学位論文要旨



No 217541
著者(漢字) 木寺,元
著者(英字)
著者(カナ) キデラ,ハジメ
標題(和) 現代日本の地方制度改革 : 言説的制度論と官僚制
標題(洋)
報告番号 217541
報告番号 乙17541
学位授与日 2011.07.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第17541号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 内山,融
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 准教授 清水,剛
 東京大学 教授 金井,利之
 首都大学東京 教授 伊藤,正次
内容要旨 要旨を表示する

本稿は、現代日本の地方制度改革を実証的に分析することを通じて、日本政治研究における(1)中央地方関係研究、(2)「アイディアの政治」アプローチ、(3)官僚制研究、に貢献するための新しい視座を、従来の学問的・理論的蓄積の成果を取り入れて提示するものである。

上記の目的に対応した本稿の具体的な目標は三点ある。一つ目は、日本における中央地方関係の実証研究を通じた一般的含意の導出、二つ目は、「アイディアの政治」アプローチにおける制度改革モデルの提示を通じた理論的貢献、三つ目は、官僚制研究の深化、である。

○問題の所在(中央地方関係)

政治学にとって中央地方関係は、「民主制の質」や政府活動のパフォーマンスを議論する際に重要なファクターである。一方で、日本の中央地方関係ではその実証研究の手薄さが指摘されてきた。そこで本稿では、実証研究を行うことで、日本の中央地方関係の研究に対する貢献を目指す。

○問題の所在(理論)

(1)「アイディアの政治」の効用と限界

・構成的局面での問題点

「利益」「制度」中心アプローチの限界が指摘されている中、近年政治変化を説明する枠組みとして「アイディア」に着目する研究に脚光が集まり、蓄積がなされてきた。

しかし、アイディアには「理念」や「規範」から「科学的手段の指針」まで多種多様な階層があり、「アイディア」というくくりで分析概念として用いることには問題があるなどの指摘がなされる。

そこで「アイディアの政治」アプローチでは、アイディアを「認知的次元cognitive」と「規範的次元normative」に分け、分析枠組みとしての精緻化が試みられてきた。しかし、これらを踏まえた現代日本政治分析には、複数省庁をステークホルダーとする大きな制度改革において、「認知的次元」と「規範的次元」の関係性についての検討が十分ではない。そのため、本研究では、アクターがアイディアを受容する局面(構成的局面)における、「認知的次元」と「規範的次元」の関係性について明らかにする。

・因果的局面での問題点

90年代までの「アイディアの政治」は、主に構成的局面を重視してきた。しかし、制度変化のためには改革案に対する政治的な支持が調達されなければならない。00年代以降はアクターがアイディアを主体的に利用し、政治的支持調達の局面(因果的局面)の分析が進められてきた。しかし、この観点からの日本政治分析の蓄積は依然十分になされていない。そこで、因果的局面をも包括した総合的な制度改革の分析を行い、制度変化に関する理論的貢献および日本政治研究への貢献を目指す。

○問題の所在(官僚制研究)

どのようなアクターが、政治的支持調達の主体になりうるのか。日本の政策過程では、制度改革は省庁間協議のスタイルをとらざるを得ず、主導官庁が主体となって省庁間協議を積み重ねることで、関係省庁から何らかの同意を取り付けることを要することが指摘されている。そこで本稿では「知識」に着目し、日本の官僚制のいかなる知識が官僚制を重要なアクターとしているかを、実証分析を通じ明らかにすることを目標とする。

○本研究における中心的な仮説と主張

本稿が提示する中心的な仮説と主張は次のとおりである。

本稿における制度観は、比較制度分析や言説的制度論の理論的動向を踏まえている。つまり、制度はアクターにとって内生的であり、「共有された予想」すなわちアクター間の認知的均衡である。

まず、アイディアの構成的局面では、規範的次元と認知的次元において、本稿ではこの両者が揃って初めてアイディアはアクターに受容され影響力を有するようになることを、事例を通じて明らかにする。

しかし、この段階ではアイディアがアクターに受容される局面(構成的局面)にすぎない。そこで制度改正のプロセス理解のためには、アイディア実現のために「主導アクター」が改革案に対する支持を調達してゆく局面(因果的局面)を視野に入れる必要がある。

この因果的局面においては、「主導アクター」として官僚制に着目する。本稿では官僚制が日本政治において有力な「主導アクター」である根拠として、制度改革に不可欠な「専門的執務知識」を有していることに求める。すなわち、本稿ではアイディアが「規範的次元」・「認知的次元」でアイディアを受容する「主導アクター」を官僚制内部において見出し、「専門的執務知識」に支えられた「主導アクター」が政治的支持調達を行うことにより、アイディアに基づいた制度改革が実現することを仮説として立て、これを明らかにする(図1)。

○各事例の位置づけ

各事例は変数が調整され、相互に比較することによって、各変数の効果が検証できるリサーチ・デザインとなっている。

・市町村合併政策

「市町村合併政策(1980年代まで)」と「市町村合併政策(1990年代以降)」は、(1)認知的次元、(2)規範的次元、両次元において「主導アクター」に受け入れられなかった事例と受け入れられた事例の比較となる。(3)の検証は次の機関委任事務制度のケースに譲る。

・機関委任事務制度

「機関委任事務制度(1980年代まで)」、「機関委任事務制度(1990年代以降)」は、ともに(2)規範的次元で受容されており、(1)の検証、すなわち(1)が欠落した事例(1980年代まで)と獲得された事例(1990年代以降)の比較が可能となっている。加えて、省庁間調整を必要とする事例であるため、(3)の専門的執務知識の重要性を指摘している。これについては、次の地方財政制度改革における交付税制度改革の分析と比較することで、(3)の有効性が検証可能となっている。

・地方財政制度改革

ここでは、「交付税総額削減」と「交付税制度の抜本的改革(~90年代)」を比較することで、(2)の規範的次元の有効性が検証できる。また、「交付税総額削減」および「機関委任事務制度(1990年代以降)」と「交付税制度の抜本的改革(00年代~)」の比較によって、(3)専門的執務知識の有効性が確認できる。

・第二次地方分権改革

安倍・福田・麻生政権下の第二次地方分権改革は、これまでの各事例からの知見の確認として、基本的に(1)(2)(3)いずれも獲得できなかった事例として分析される。

○分析の結果

分析の結果、現代日本の地方制度改革において、構成的局面では認知的次元および規範的次元の両方でアイディアを受容する主導アクターを獲得すること、そして構成的局面においては、十分な専門的執務知識を得た主導アクターの協力が得られることが、改革の成否を決定することを明らかにした。

第2章は「市町村合併政策」を取り上げる。昭和の大合併から1980年代まで、日本の市町村数はほとんど変化がなかった。これは、自治制度官庁が規範的次元において消極的であったこと、および認知的次元においても市町村合併を推進する学問的基盤が十分でなかったことなどが挙げられる。しかし、90年代以降は、自治省内の規範的次元が転換し、認知的次元では自治体最適規模研究が蓄積された。このことが中央政府内で最大の拒否権プレーヤーであった自治省に合併推進の方針転換を受け入れさせた。

第3章は機関委任事務制度の存廃を扱う。自治省は総合行政の観点から規範的に機関委任事務制度に否定的であったが、認知的次元においては、機関委任事務制度の廃止に向けた説得的なアイディアの構築がなされなかった。しかし、90年代以降の「役割限定論」により、融合を維持しつつ総合化を目指すことができる具体的な「青写真」ができあがった。加えて、制度廃止に向けて必要とされる他省庁からの合意調達も、自治制度官庁の専門的執務知識が発揮され、機関委任事務制度の廃止へとつながった。

第4章では小泉政権下の地方財政制度改革を取り扱う。認知的次元における総額抑制に強い関心を持つ財政学者のアイディアを、規範的にも支持した「チーム竹中」の「脱藩官僚」たちの専門的執務知識が発揮されて、交付税総額は抑制された。しかし、交付税制度の抜本的改革に意欲を持つ竹中が総務大臣に就任し、「チーム竹中」が総務省内に移植されたものの、しかし地方財政についての「チーム竹中」の専門的執務知識が十分ではなく、交付税制度の抜本的改革はとん挫した。

第5章は、安倍・福田・麻生政権下の地方分権改革である。安倍政権期に発足した地方分権改革推進委員会は、主導アクターを得ることができず、四次にわたる勧告を提出したものの、義務付け・枠づけ、出先機関問題では閣議決定に至らず、地方税財政問題では委員間の意見もまとまることなく2009年11月、事実上解散した。

こうした分析の結果から、現代日本分析に適合的な制度改革のモデル(認知的次元・規範的次元・専門的執務知識)が提示され、「アイディアの政治」に対する理論的貢献がなされる。また、実証研究を通じ一般的含意の導出を行うことで、日本における中央地方間関係研究にも貢献する。さらに、制度改革に不可欠とされる官僚制の専門性について知識(専門的執務知識)の視座から明らかにすることで、官僚制研究の理論的深化を行った。

補足するならば、本研究では「知識」「制度」「アイディア」など統一的な概念・分析枠組みを活用することで、経済学・経営学・科学技術社会論などさまざまな学問体系から生み出された重要な貢献を組み込んだ。このことで、本稿が日本政治研究にとどまらず、他国・地域、他政策領域、あるいは隣接諸科学に対する学問的対話可能性を開くことにも留意している。

図1 制度改革のモデル

表1 各変数と事例の関係および分析結果

注1)同色の事例同士で比較

審査要旨 要旨を表示する

現代日本において、地方分権は大きな政治課題の一つである。実際、1990年代以降現在に至るまで、機関委任事務の廃止といった地方分権改革、市町村合併の推進、国庫補助金と交付税の削減や税源移譲といった地方税財政改革など、多くの地方制度改革が進められてきた。それらの中には、機関委任事務の廃止のように各省庁の抵抗にもかかわらず比較的成功した事例もあれば、交付税削減や出先機関の整理統合など、政権がアジェンダとして掲げながらも必ずしもうまく行かなかった事例もある。こうした相違は何によって説明できるのであろうか。

本論文「現代日本の地方制度改革-言説的制度論と官僚制-」は、一連の地方制度改革が、どのような場合に成功し、どのような場合に失敗に終わったのか、「アイディア」の果たす役割に注目しつつ理論的に説明しようとした労作である。

本論文は序章とこれに続く六つの章から構成される。

序章では問題設定と先行研究の検討が行われている。現代日本の一連の地方制度改革を概観した上で、大規模な改革が実現される一方で、アジェンダに乗りつつも実現されなかったものがあることを指摘する。その上で、中央地方関係を規定する大規模な制度改革はいかなる要因によってもたらされた(あるいはもたらされなかった)のか、という本論文の問いが提示される。そして、日本の中央地方関係についての先行研究においては、制度の記述や類型化に力点が置かれており、また、地方自治を強化すべきという規範的な問題意識が強く、実証研究に基づき因果関係の発見やその一般化を行う研究は多くなかったと指摘する。そこで、日本の中央地方関係において理論に基づいた実証的研究を行うことの意義が強調される。

第1章は分析枠組みを扱っている。本論文が採用するのは、政策変化を説明する要因としての「アイディア」に着目した枠組みである。アイディアが政治において果たす役割は、構成的局面(アイディアがアクターの利益を規定する局面)と因果的局面(アイディアが政治的支持の調達に貢献する局面)に分けられる。構成的局面については、規範的次元(アイディアが物事の善悪や正・不正を判断する価値基準を提示する次元)と認知的次元(研究調査によって得られた科学的知識など、アイディアが政策の進むべき方向・手段を提示する次元)の両者の次元でアイディアがアクターに受け入れられることによって初めて、アイディアは影響力を有する。因果的局面においては、主導アクターが「前景的な言説的能力」(自らや他者との間で議論し説得することによって制度を変化させる能力)を有することが制度改正を可能にする。この点で、官僚が持つ「専門的執務知識」が改革への支持を調達する上で重要になる。そして、アイディアが規範的次元と認知的次元でアイディアを受容する主導アクターを官僚制内部において見出し、専門的執務知識に支えられた主導アクターが政治的支持調達を行うことにより、アイディアに基づいた制度改革が実現する、という仮説が提示される。すなわち、重要となるのは、構成的局面における(1)認知的次元と(2)規範的次元、因果的局面における(3)車門的執務知識という三つの要因である.

第2章以降の各章は地方制度改革の事例を扱っている。

第2章では市町村合併政策を取り上げている。昭和の大合併から1980年代まで、日本の市町村数はほとんど変化がなかった。その原因として、自治制度官庁が規範的次元において消極的であったこと、および認知的次元においても市町村合併を推進する学問的基盤が十分でなかったことなどが挙げられる。しかし、90年代以降は、自治省内の規範的次元が転換し、認知的次元では自治体最適規模研究が蓄積された。このことが中央政府内で最大の拒否権プレーヤーであった自治省に合併推進の方針転換を受け入れさせた。すなわちこの事例では、構成的局面における認知的次元と規範的次元、因果的局面における専門的執務知識の三つの要因について、80年代以前の市町村合併では三つとも存在しなかったことが失敗をもたらし、90年代以降の市町村合併はその三つが揃っていたため成功したことが示されている。

第3章は機関委任事務制度の存廃を扱っている。自治省は総合行政の観点から規範的に機関委任事務制度に否定的であったが、認知的次元においては、機関委任事務制度の廃止に向けた説得的なアイディアの構築がなされなかった。しかし、90年代以降の「役割限定論」により、融合を維持しつつ総合化を目指すことができる具体的な青写真ができあがった。加えて、制度廃止に向けて必要とされる他省庁からの合意調達も、自治制度官庁の専門的執務知識が発揮され、機関委任事務制度の廃止へとつながった。この事例は、80年代以前は規範的次元の要因はあったものの他の二つの要因(認知的次元と専門的執務知識)が欠けていたために機関委任事務制度改革が実施されなかった一方、90年代以降は三つが揃っていたためにそれが成功したことを示している。

第4章は小泉政権下の地方財政制度改革を取り扱う。認知的次元における総額抑制に強い関心を持つ財政学者のアイディアを、規範的にも支持した「チーム竹中」の「脱藩官僚」たちの専門的執務知識が発揮されて、交付税総額は抑制された。しかし、交付税制度の抜本的改革に意欲を持つ竹中が総務大臣に就任し、「チーム竹中」が総務省内に移植されたものの、地方財政についての「チーム竹中」の専門的執務知識が十分ではなかったため、交付税制度の抜本的改革は頓挫した。すなわち、認知的次元と規範的次元の要因は存在していたものの、専門的執務知識の不十分さが改革を中途半端に終わらせたのである。

第5章が扱うのは、安倍・福田・麻生政権下の地方分権改革である。安倍政権期に発足した地方分権改革推進委員会は、主導アクターを得ることができず、四次にわたる勧告を提出したものの、義務付け・枠づけ、出先機関問題では閣議決定に至らず、地方税財政問題では委員間の意見もまとまることなく2009年11月、事実上解散した。認知的次元、規範的次元、専門的執務知識の三要因とも欠如していたために、改革は挫折した。

以上の分析に基づき、第6章で結論が提示される。すなわち、現代日本の地方制度改革において、構成的局面では認知的次元および規範的次元の両方でアイディアを受容する主導アクターを獲得すること、構成的局面においては十分な専門的執務知識を得た主導アクターの協力が得られることが、改革の成否を決定したのである。

本論文の長所は、第一に、主に1990年代から現在に至る日本の地方制度改革の変化を、一貫した理論枠組みで実証的に説明したことである。これまでの日本における中央地方関係の研究は、地方分権の推進を唱える規範的なものや、実証的なものでも個別事例の研究にとどまるものが多かった点に鑑みると、数多くの事例を比較しつつ、あるものは改革されあるものは改革されないという相違を体系的・整合的に論じた本論文の学問的貢献は極めて大きいといえる。第二に、本論文は、アイディアの役割を中心とする独自の理論枠組みを提示した。「アイディアの政治」アプローチは現代政治研究において注目を浴びている理論の一つであるが、まだ理論的に十分な整理がなされているとは言い難い状況である。その点、本論文は、アイディアの構成的局面における規範的次元と認知的次元の関係や、因果的局面における専門的執務知識の重要性など、従来にない新たな視点を提示することに成功している。この点でも学問的貢献は大きい。第三に、官僚制研究という点でも、本論文は、制度改革に不可欠とされる官僚制の専門性について知識(専門的執務知識)の視座から明らかにすることで、その理論的深化を行った。第四に、本論文では「知識」「制度」「アイディア」など統一的な概念・分析枠組みを活用することで、経済学・経営学・科学技術社会論などさまざまな学問体系から生み出された重要な貢献を取り入れている。そのため、本論文は、日本政治研究にとどまらず、他の国・地域、他政策領域、あるいは隣接諸科学に対する学問的対話可能性を開くことにも貢献したといえる。

しかしながら本論文も短所とは無縁ではない。第一に、アイディアの要因のみが改革の成否を説明するのか、疑問が残る。重要な変数が無視されていた可能性が排除できるのか、より丁寧な検討が必要だったのではないかと考えられる。制度変化とアイディアの間の因果関係の方向性についても、もっと踏み込んだ検討が可能だったと思われる。第二に、分析概念と理論枠組みの説明がやや込み入っている。特に、構成的局面と因果的局面、認知的次元と規範的次元といった概念の関係が少々曖昧である点や、「制度」の概念に様々なレベルのものが混在している点などについて、さらなる明確化が望まれる。

もっとも、こうした短所は、長期間にわたる地方制度改革の数多くの事例を独自の理論枠組みで説明しようという野心的な研究姿勢の代償ともいうべきものであり、本論文の学術的価値を根本的に損なうものではない。したがって、本審査委員会は、論文提出者に博士(学術)の学位を授与するのにふさわしいものと認定する。

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