学位論文要旨



No 217542
著者(漢字) アナク アグン アユ ミラ アディ
著者(英字) Anak Agung Ayu Mirah Adi
著者(カナ) アナク アグン アユ ミラ アディ
標題(和) インドネシアの自然発生例より分離した強毒型ニューカッスル病ウイルスに関する生物学的および分子生物学的研究
標題(洋) Biological and Molecular Studies on a Pathogenic Newcastle Disease Virus Isolated from a Natural Case in Indonesia
報告番号 217542
報告番号 乙17542
学位授与日 2011.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17542号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松本,安喜
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 遠藤,秀紀
 東京大学 准教授 堀本,泰介
 東京大学 准教授 内田,和幸
 東京大学 名誉教授 林,良博
内容要旨 要旨を表示する

ニューカッスル病(Newcastle disease; ND)は、ニューカッスル病ウイルス(NDV)の感染に起因するニワトリなどの家禽および野鳥の疾病である。ニューカッスル病は、世界中に広く分布しており、感染力および病原性が強いことから鳥インフルエンザウイルス感染症と並び養鶏産業界で問題となっている。弱毒生ワクチンの普及によって、その発生数は以前に比べ激減したが、ワクチン未接種鶏の存在や、不完全なワクチン接種のため、現在においても、依然として世界的に蔓延しており、インドネシアにおいても、2010年には171,794例のNDが報告されている。NDVの病原性は、ウイルス株により大きく異なり、鶏胚および鶏ひなに対する病原性を指標として強毒型、中等毒型、および弱毒型の3つに分けられている。また、強毒型NDVは、その感染により惹起される病態により、消化器症状を主徴とする強毒内蔵型および神経症状を主徴とする強毒神経型の2型に分類される。強毒内蔵型NDVは、日本を含むアジアやヨーロッパで認められ、アジア型とも呼ばれる。一方、強毒神経型NDVは北米を含む新大陸で認められ、神経症状を主徴とするが、消化器症状は起こさないとされている。しかし、強毒内蔵型NDV感染により神経症状を伴う、両病型の混合型のような症例も認められている。

NDVは、Fusion (F)蛋白コード遺伝子の配列を基にした系統解析により、少なくとも8つの遺伝子型(I~VIII)に分類される。また、NDVは、一本の(―)鎖RNAウイルスゲノムを持ち、一般的には(+)鎖RNAウイルスよりも組換えが起こりにくいと考えられている。しかし近年、NDVにおいても野外からの組換えウイルスの分離例報告が複数なされ、ワクチン効果との因果関係が議論されている。NDV対策のためには、宿主の感受性およびワクチン株との組換えウイルス生成の可能性などについて、現在流行しているウイルス株を基に解析する必要がある。

以上の理由により、本研究では、インドネシアにおいて野外感染したND発症鶏より新規にNDVを分離し(第1章)、そのインドネシアにおいて産卵鶏として利用されているISA brown鶏に対する病原性を明らかにし(第2章)、さらにNDV/Bali-1/07と名付けたNDVのウイルスゲノムを解読した(第3章)。さらに、インドネシアの養鶏におけるNDVの流行において、感染源となりうるバリ固有のアヒルにおいて、野外血清学的調査を行い、その感染源としての可能性を考察した(第4章)。

第1章:インドネシアの自然例からの病原性NDVの分離と性状解析

現在インドネシアにおいて流行している強毒内蔵型NDVを株として確立することを目的として、バリ州Karangasem県において、ワクチン接種歴のないND自然発生例から病原性NDVの分離を試みた。病鶏では、リンパ系組織の萎縮、気道炎、腸炎、および非化膿性脳炎が認められた。リンパ組織の免疫組織染色によりNDVの感染が確認された。検査により、鳥インフルエンザウイルスおよび伝染性ファブリキウス嚢病ウイルス感染は否定された。感染鶏の脳、前胃、脾臓の組織ホモジネートを有精卵接種し、得られた漿尿液中のウイルスからゲノムRNAを分離し、F遺伝子領域をRT-PCR法により増幅し、その塩基配列を決定した。その結果、本分離ウイルス(NDV/Bali-1/07と命名)は、近年アジアで流行している第VII遺伝子型に属するNDVであること、および、F蛋白のフリン様プロテアーゼ切断配列が強毒型(112RRQKRF117)であることが示された。さらに、mean death time (MDT)およびintracerebral pathogenicity index (ICPI)がそれぞれ54時間および1.77であることから、NDV/Bali-1/07は病原性ウイルスであることが示唆された。

第2章:強毒内蔵型NDVであるNDV/Bali-1/07の感染時に不十分な移行抗体の残存する幼鶏に認められた神経症状

NDV/Bali-1/07は、バリの農村で飼育されている地鶏から分離された。本ウイルスのインドネシアにおいて一般に飼育されている産卵鶏に対する病原性を検討した。1日齢のISA brown種を飼育し、血清中の移行抗体(HI抗体価)を毎週計測した。移行抗体の影響を考慮し、始めに移行抗体(HI抗体価)が陰性となる8週齢の鶏に、105 TCID50のNDV/Bali-1/07を経眼感染した。感染鶏は、重度の下痢、脱水等の消化器症状を示し、感染後5日以内に全羽死亡した。次に、低レベルの移行抗体(HI抗体価<26)が残存する3週齢の鶏に同様にNDV/Bali-1/07を感染させたところ、感染3~5日後に一過性の軽度の下痢が認められたものの、死亡したのは2羽だけであった。しかし、感染8日後以降に斜頸、起立困難などの神経症状が生残した全羽で認められ、観察期間中改善することはなかった。一方、インドネシアで使用されているNDV弱毒生ワクチン(LaSota株)を3週齢より接種した鶏では、発症は認められなかった。本研究の結果より、NDV/Bali-1/07が強毒内蔵型NDVであること、移行抗体の存在により、内蔵型ウイルスの感染によっても神経型に類似した神経症状を示す可能性があること、および異なる遺伝子型(II型)である現行のLaSota株ワクチンによって、発症が防御可能であることがそれぞれ示唆された。

第3章:NDV/Bali-1/07の全ウイルスゲノム配列の解読とその遺伝子解析

NDVの遺伝子型は、F蛋白コード領域の一部の塩基配列を用いて決定される。しかし、近年、自然界において野外株とワクチン株の組換えが起こっていることが報告されており、NDV/Bali-1/07の性状解析として、組換えの有無を確認する必要がある。そこで、本章では、NDV/Bali-1/07の全塩基配列を決定し、既知のNDVを対照とした系統解析を行った。NDV/Bali-1/07は、15,192塩基のゲノム長を持ち、これは、インドネシアで用いられている弱毒生ワクチンであるNDV LaSota株より6塩基長く、genotype VIIに共通の長さであった。ウイルスゲノムには、6種の蛋白が、3'-N-P-M-F-HN-L-5'の順に確認され、ウイルスゲノムの3'-端には55塩基のleader regionが、5'-端には114塩基のtailer regionが、それぞれ認められた。F遺伝子領域およびその超可変領域の遺伝子配列を基にした系統解析では、NDV/Bari-1/07は第VIIa遺伝子型に分類されることが示唆された。NDVウイルスゲノムのF遺伝子以外の蛋白コード領域および、全ゲノムの蛋白非翻訳領域を用いた系統解析によっても、NDV/Bali-1/07は、常に他の多くの第VII遺伝子型のNDVと同じクレードに属し、NDV/Bali-1/07は、これまでに、少なくとも他の遺伝子型のウイルスとの組換えは起こしていないことが示唆された。

第4章:バリ固有のアヒルにおけるNDV感染に関する血清学的調査

アヒルやガチョウなどの水鳥は鶏に致死性の強毒性NDVに感染はするものの発症に至らない場合も多く、NDVの保有動物(reservoir)であると考えられている。バリの農村では、鶏とアヒルの同時飼育が一般的であるため、鶏へのNDVの汚染源と成り得るアヒルにおけるNDV感染の実態を把握することは、養鶏におけるNDのコントロールのために重要である。そこで第4章では、バリの農村で飼育されているバリ固有種のアヒルにおけるNDVの血清学的調査を行った。Badung県のSangeh村およびCarangsari村、並びにDenpasar県のPadangsambian村において、伝統的農家で飼育されているアヒル119羽の血清を資料とし、NDVウイルスワクチン株(B1株またはLaSota株)を抗原としたELISAにより各アヒル血清中の抗NDV抗体を検出した。その結果、109羽(91.6%)のアヒル血清が陰性対照以上のOD値を示し、アヒルが高頻度でNDVに暴露されている可能性が示唆された。本章の結果より、バリの伝統的農村で飼育されているアヒルがNDVに感染しており、NDV保有動物として鶏への感染源となる可能性が示唆された。

まとめ

以上のように、本研究において、インドネシアで現在流行している強毒内蔵型NDVであるNDV/Bali-1/07が分離された。NDV/Bali-1/07は第VIIa遺伝子型に属し、他遺伝子型との組換えは起こしていないと考えられた。NDV/Bali-1/07を用いた感染実験により、強毒内蔵型NDV感染時に見られる脳症状は、宿主の抗NDV抗体による可能性が示唆された。本研究の成果として得られたNDV/Bali-1/07は、今後、組換えウイルス生成のメカニズムの解明、ワクチンの有効性やウイルス病原性の研究などのために有用であると期待される。一方、バリ固有アヒルが高率にNDVに感染していることが示唆され、その鶏への感染源としての重要性に関し、調査することの必要性を提言するに至った。本研究の成果は、国際化による鶏肉や愛玩鶏の輸出入、並びに野鳥の国を越えた移動などがあることから、流行地のみならず、世界中のND対策に有益であると期待する。

審査要旨 要旨を表示する

ニューカッスル病(Newcastle disease; ND)は、ニューカッスル病ウイルス(NDV)の感染に起因し、感染力および病原性が強いことから鳥インフルエンザウイルス感染症と並び養鶏産業界で問題となっている。弱毒生ワクチンが普及しているものの、近年、野生株とワクチン株の組換えウイルスが生じることやワクチン接種された家禽においてNDを発症した症例が報告され、野外株を用いた新たな視点からのNDV研究の必要性が高まっている。本論文は、インドネシア由来のNDV野外株を分離し、その病原性およびウイルスゲノム解析を行い、さらにニワトリへの感染源としてアヒルの可能性を考察したもので、以下の4章で構成されている。

第1章では、インドネシアのバリ州Karangasem県において、ワクチン接種歴のないND自然発生例の脳、前胃、脾臓の組織ホモジネートより病原性NDVを分離した。得られたウイルス(NDV/Bali-1/07と命名)は、近年アジアで流行している第VII遺伝子型に属するNDVであること、および、F蛋白のフリン様プロテアーゼ切断配列が強毒型(112RRQKRF117)であった。さらに、mean death time (MDT)およびintracerebral pathogenicity index (ICPI)がそれぞれ54時間および1.77であることから、NDV/Bali-1/07は強毒内臓型NDVであることが示唆された。

第2章では、分離されたNDV/Bali-1/07のインドネシアにおける一般的な産卵鶏(ISA brown種)に対する病原性を検討した。鶏卵からの移行抗体が陰性となる8週齢の鶏にNDV/Bali-1/07を経眼感染すると、重度の消化器症状を呈し、感染後5日以内に全羽死亡した。低レベルの移行抗体が残存する3週齢の鶏では、感染3~5日後に一過性の軽度の下痢が認められたものの、死亡したのは2羽だけであった。しかし、興味深いことに、感染8日後以降に斜頸、起立困難などの神経症状が生残した全羽で認められ、観察期間中改善することはなかった。以上より、NDV/Bali-1/07が強毒内臓型NDVであること、移行抗体がNDの病型に関与することが示唆された。

第3章では、NDV/Bali-1/07の全ウイルスゲノム配列を解読し、既知のNDVを対照とした系統解析を行った。NDV/Bali-1/07は、15,192塩基のゲノム長を持ち、これは、インドネシアで用いられている弱毒生ワクチンであるNDV LaSota株より6塩基長く、genotype VIIに共通の長さであった。F遺伝子領域およびその超可変領域の遺伝子配列を基にした系統解析では、NDV/Bari-1/07は第VIIa遺伝子型に分類されることが示唆された。NDVウイルス全ゲノム配列を用いた系統解析によっても、NDV/Bali-1/07は、少なくとも他の遺伝子型のウイルスとの組換えは起こしていないことが示唆された。

第4章では、Badung県Sangeh村およびCarangsari村、並びにDenpasar県Padangsambian村の伝統的農家で飼育されているバリ固有種のアヒル119羽におけるNDVの血清学的調査を行ない、109羽(91.6%)のアヒル血清が陰性対照以上のOD値を示し、アヒルが高頻度でNDVに暴露されており、鶏への感染源となる可能性が示唆された。

以上のように、本論文は、インドネシアで現在流行している強毒内臓型NDVであるNDV/Bali-1/07が分離され、NDV/Bali-1/07が第VIIa遺伝子型に属し、他遺伝子型との組換えは起こしていないことが示唆された。また、NDV/Bali-1/07を用いた感染実験により、強毒内臓型NDV感染時に見られる脳症状への宿主抗NDV抗体の関与が示唆された。一方、バリ固有アヒルが高率にNDVに感染していることが示唆され、その鶏への感染源としての重要性に関し、調査することの必要性を提言するに至った。本研究の成果は、ND発症機構に新たな視点を提示するとともに、今後の組換えウイルス生成のメカニズムの解明、ワクチンの有効性やウイルス病原性の研究等に有用な材料を供しており、国際的なND対策に有益であり、獣医学の学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として、価値あるものと認めた。

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