学位論文要旨



No 217544
著者(漢字) 三輪,恭嗣
著者(英字)
著者(カナ) ミワ,ヤスツグ
標題(和) 日本におけるフェレット(Mustela putorius furo)の疾病発生状況 : 特に腫瘍性疾患と副腎疾患について
標題(洋)
報告番号 217544
報告番号 乙17544
学位授与日 2011.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第17544号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 西村,亮平
 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 准教授 松木,直章
 東京大学 准教授 内田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

フェレットは食肉目イタチ科に属するイタチやテンの仲間で、その歴史は非常に古く紀元前4世紀頃には使役動物として飼育されていた。現在、野生種としてのフェレットは存在せず、ヨーロッパケナガイタチやステップケナガイタチが近縁種として考えられているが、フェレットの正確な起源は明確にされていない。主に使役動物や実験動物として飼育されてきたフェレットは1990年頃から北米を中心に愛玩動物としての人気が高まり、近年、我が国でもその飼育頭数が増加し、動物病院へ来院する頻度が高くなってきている。フェレットはスカンク同様、大きな肛門嚢を持つ交尾排卵動物であるが、交尾刺激がないと発情が持続し、高エストロゲン血症による致死的な貧血がみられる。このため、愛玩用個体のほとんどは繁殖施設で生後数週間の時点で肛門嚢と性腺を切除されて販売されている。

フェレットの疾病に関する報告は1990年ごろから北米やヨーロッパを中心に増加してきた。その中で、北米のフェレットでは腫瘍性疾患の発生率が高く、中でも副腎疾患や膵島細胞腫などの内分泌系腫瘍の発生率が非常に高い傾向が報告されている。一方、ヨーロッパやオーストラリアなどではフェレットの内分泌系腫瘍の発生率は北米ほど高くないことが報告されており、地域によりフェレットの疾病傾向に差がある可能性が示唆されている。我が国でも2000年頃からフェレットの疾病に関する報告が時折みられるようになったものの、その多くが腫瘍性疾患に関する症例報告であり、著者の経験上も、フェレットでは腫瘍性疾患の割合が比較的高く、特に副腎腫瘍の発生率が顕著に高い傾向があると感じていた。しかし、これまで我が国におけるフェレットの疾患に関する包括的な検討は全くなされていなかった。

このような背景をもとに、本研究は、日本におけるフェレットの腫瘍性疾患に関し、その発生傾向を明らかにするとともに、腫瘍の中でも特に多いと考えられる副腎腫瘍を含めた副腎疾患についてその詳細を明らかにすることを目的として実施した。

まず、第一章において、全国の獣医師を対象にしたアンケート調査を行い、フェレットの腫瘍性疾患に関する詳細な疫学調査を実施し、我が国におけるフェレットの腫瘍性疾患の概要を確認するとともに、そのデータを北米からの報告結果と比較検討した。

全国29の動物病院からアンケート用紙を回収し、フェレットの腫瘍性疾患945例を調査対象とした。その結果、我が国におけるフェレットのほとんどが避妊もしくは去勢されていること、フェレットの腫瘍性疾患の発生率が5.2%であること、数ヵ月齢から腫瘍性疾患の発生がみられ、中齢~高齢にかけて発生率が増加すること等が明らかになった。また、腫瘍は呼吸器系を除くすべての器官で発生が確認されたが、なかでも内分泌系器官での腫瘍発生率が非常に高く(44.2%)、次いで外皮系、血液・リンパ系腫瘍が多かった。また、内分泌系器官に発生した腫瘍は、膵島細胞腫と副腎腫瘍のみで100%を占めることが確認され、我が国におけるフェレットの腫瘍性疾患の顕著な特徴が明らかとなった。

第2章では、腫瘍性疾患の中で発生率の高かった副腎腫瘍を含む副腎疾患全体を第1章で行ったアンケート調査から抽出し、さらに、フェレットの診療頭数の多い新たな動物病院のデータも加え、我が国におけるフェレットの副腎疾患に関する臨床的な側面をより詳細に評価した。すなわち、全国31の動物病院の521例を調査対象とし、病理学的分類、性別、罹患時の年齢、罹患副腎の左右差、臨床症状および併発疾患等に関する調査を行った。

病理組織学的検査では、副腎皮質腺癌が最も多く(58.9%)、次いで副腎皮質腺腫(22.5%)、副腎皮質過形成(16.7%)であった。罹患した症例のほとんど全てが避妊もしくは去勢された個体であり、発生率のピークは4-5歳齢で、最も発生率の高かった併発疾患は膵島細胞腫であった。一方、臨床症状では、これまでは生理的変化とされていた尾に限定した脱毛のみを示す症例でも、その半数以上が副腎皮質腺癌であることが確認され、今後この点には注意が必要であることが示唆された。

第3章では、前章までの調査が病理学的に診断された腫瘍症例のみを調査対象としていたことから、腫瘍性疾患以外のフェレットの疾病傾向を明らかにし、その中での腫瘍性疾患の発生率等を明らかにすることを目的とし、著者のエキゾチック動物専門の動物病院に来院するフェレットの疾病状況を調査するとともに、出生ファームなどの調査を行った。

その結果、フェレットは犬猫以外の愛玩動物としてウサギに次いで動物病院に来院する率が高く、調査期間中198症例に261疾患が確認された。最も多い疾患は内分泌疾患で34.9%を占めた。またその中で副腎疾患と膵島細胞腫が非常に多く、併発率の高いことも明らかとなった。次いで消化器系疾患(80%)、血液・リンパ系疾患(7.3%)が比較的多かった。また261疾患中腫瘍性疾患は114例(43.7%)であり、日本のフェレットでは疾患全体に占める腫瘍性疾患の割合がきわめて高く、特に副腎疾患や膵島細胞腫などの内分泌系腫瘍に高率に罹患することが確認された。さらに、出生ファームを特定できた79頭中73頭が北米原産であったことから、北米と日本のフェレットの疾病傾向には何らかの共通する遺伝的背景があるものと推測された。さらに、ほとんど全ての個体が日本に輸入される前の出生後早期に避妊、去勢手術により性腺が切除されていたが、このことが副腎疾患の発生に関与している可能性が示唆された。

第4章では、日本のフェレットに多い副腎疾患に関し第3章で用いた症例を対象に病態、治療方法、および予後等に関する検討を行った。その結果、性別や発生年齢などはこれまでの調査と同様であったが、罹患副腎の左右差は前調査では左側の罹患率が顕著に高かったのに対し、本章の調査では、ほぼ左右差のないことが明らかとなった。治療方法は外科手術のみ、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)のアナログ製剤である酢酸リュープロレリン投与を中心とする内科的治療、および両者の併用である。

その結果、フェレットでは副腎皮質腺癌でも6ヵ月後の生存率は犬に比べて顕著に高く、他臓器への転移はまれであることが確認された。また、外科療法、内科療法のいずれも高率に臨床症状を改善することが確認され、これらの結果をもとにフェレットの副腎疾患に対する治療方法の選択指針を提示することができた。しかし、今回はコントロールスタディではないため、両者の詳細な比較は困難であった。さらに本章でも副腎疾患と膵島細胞腫の併発率が高いことが確認されたが、一方で副腎疾患に糖尿病が併発し、副腎疾患の治療により高血糖が改善した例と悪化した例が確認された。このような結果から、フェレットの副腎疾患と血糖調整能には何らかの関連性が存在し、それによって低血糖も高血糖も起こり得るものと推察された。今後は、フェレットの副腎疾患の発生要因と膵島細胞腫や血糖調整能との関連性についてより詳細な調査が必要であると思われた。

以上本研究では、我が国で飼育されているフェレットでは腫瘍性疾患が高率に発生し、その中でも副腎疾患、膵島細胞腫などの内分泌系腫瘍の発生率が非常に高く、両疾患の併発率も高いことが確認された。さらに、発生率は低いものの糖尿病も副腎疾患に関連している可能性が示唆され、フェレットでは副腎疾患と生体内での血糖値調整能に何らかの関係があることが示唆された。また、フェレットの副腎疾患は病態や予後が犬での報告と異なり、治療を行うことで比較的良好な予後が得られることも確認された。しかし、今回の研究では、我が国のフェレットで副腎疾患の発生率が高い理由や副腎疾患が血糖値調整能にどのような影響を与えているか、副腎疾患の長期的な予後を確認することはできず、今後さらなる調査、研究を行うことが必要であると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

フェレットはイタチやテンの仲間で、その歴史は非常に古く紀元前4世紀頃には使役動物として飼育されていた。現在、野生種としてのフェレットは存在せず、ヨーロッパケナガイタチやステップケナガイタチが近縁種として考えられている。フェレットは1990年頃から北米を中心に愛玩動物としての人気が高まり、近年、我が国でもその飼育頭数が増加している。

フェレットの疾病に関する報告では地域差が見られ、北米のフェレットでは腫瘍性疾患の発生率が高く、中でも副腎疾患や膵島細胞腫などの内分泌系腫瘍の発生率が非常に高い傾向が報告されている。一方、ヨーロッパやオーストラリアなどでは内分泌系腫瘍の発生率は北米ほど高くないことが報告されている。しかし、日本のフェレットの腫瘍性疾病に関して大規模に調査した報告はない。

本研究では、日本におけるフェレットの腫瘍性疾患に関し、その発生傾向を明らかにするとともに、腫瘍の中でも特に多いと考えられる副腎腫瘍を含めた副腎疾患についてその詳細を明らかにすることを目的として実施した。

第1章では、アンケート調査による全国29の動物病院からの回答をもとに、フェレットの腫瘍性疾患945例を対象とする疫学調査を行った。その結果、日本のフェレットの腫瘍性疾患の発生率がおおよそ5.2%と北米と同様に高いこと、さらに、腫瘍は呼吸器系を除くすべての器官で発生が確認されたが、中でも内分泌系器官での腫瘍発生率が非常に高く(44.2%)、次いで外皮系、血液・リンパ系腫瘍の多いことが認められた。また、内分泌系器官に発生した腫瘍は、膵島細胞腫と副腎腫瘍のみであった。

第2章では、第1章で行ったアンケート調査から副腎腫瘍を含む副腎疾患全体を抽出し、2つの新たな動物病院のデータも加えた521症例について、我が国におけるフェレットの副腎疾患に関する臨床的側面をより詳細に評価した。

病理組織学的検査では、副腎皮質腺癌が最も多く(58.9%)、次いで副腎皮質腺腫(22.5%)、副腎皮質過形成(16.7%)であった。また、最も発生率の高かった併発疾患は膵島細胞腫であった。一方、臨床症状では、これまでは生理的変化とされていた尾に限定した脱毛のみを示す症例でも、その半数以上が副腎皮質腺癌であることが確認された。

第3章では、フェレットの全般的な疾病傾向を明らかにすることを目的とし、申請者のエキゾチック動物専門の動物病院に来院するフェレットの疾病状況を調査した。その結果、調査期間中198症例に261疾患が確認された。最も多い疾患は内分泌疾患で34.9%を占め、その中では副腎疾患と膵島細胞腫が非常に多く、併発率も高かった。次いで消化器系疾患(80%)、血液・リンパ系疾患(7.3%)が比較的多かった。また腫瘍性疾患は114例(43.7%)であり、日本のフェレットでは疾患全体に占める腫瘍性疾患の割合がきわめて高いことが明らかとなった。さらに、出生ファームを特定できた79頭中73頭が北米原産であったことから、北米と日本のフェレットの疾病傾向には何らかの共通する遺伝的背景があるものと推測された。さらに、ほとんど全ての個体が日本に輸入される前の出生後早期に性腺が切除されており、このことが副腎疾患の発生に関与している可能性が示唆された。

第4章では、第3章で用いた副腎疾患症例を対象に、治療方法および予後等に関する検討を行った。治療方法は外科手術のみ、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)のアナログ製剤である酢酸リュープロレリン投与を中心とする内科的治療、および両者の併用である。

その結果、フェレットでは副腎皮質腺癌でも6ヵ月後の生存率は犬に比べて顕著に高く、他臓器への転移はまれであることが認められた。また、外科療法、内科療法のいずれも高率に臨床症状を改善したが、今回はコントロールスタディではないため、両者の詳細な比較は困難であった。さらに副腎疾患に糖尿病が併発し、副腎疾患の治療により高血糖が改善した例と逆に悪化した例が確認された。このような結果から、副腎疾患をもつフェレットでは血糖調整能に何らかの異常の存在することが示唆され、今後、フェレットの副腎疾患の発生要因と膵島細胞腫や血糖調整能との関連性についてより詳細な研究が必要であると思われた。

以上要するに、本研究は日本で飼育される愛玩用フェレットの疾病、特に副腎腫瘍を中心とする腫瘍性疾患の高い発生率を証明し、さらにその背景に主として米国のファーム由来の遺伝的な背景、あるいは早期の性腺摘出が存在する可能性を示唆したものであり、臨床上その貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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