学位論文要旨



No 217552
著者(漢字) 増田,博行
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,ヒロユキ
標題(和) 都心部の総合的な魅力の分析・評価手法とそれを活用した道路空間・都市交通のマネジメント方策立案に関する研究
標題(洋)
報告番号 217552
報告番号 乙17552
学位授与日 2011.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17552号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 中井,祐
 東京大学 教授 堀田,昌英
 東京大学 准教授 加藤,浩徳
 東京大学 准教授 羽藤,英二
内容要旨 要旨を表示する

モータリゼーションの進展に伴う購買形態の変化や、都心部の渋滞、都心部の渋滞対策として整備されたバイパス等の郊外部の道路整備、大規模店舗に係る制度面の変化などにより、近年、大規模商業施設の郊外立地が進んだ。このような変化に伴い、特に地方都市においては、都心部における居住人口の減少と商業機能の低下、業務機能・文化交流機能における中心性の低下など、都心部の地位低下が顕在化してきた。

魅力ある都心部を形成するためには、まちの魅力の構成要素のひとつである公共空間としての道路空間のマネジメントや、道路交通を含む都市交通全体のマネジメントのあり方を、都心部の魅力への影響を踏まえつつ検討することが必要である。その際、渋滞対策、空間整備、公共交通施策、商業施設整備など、都心部の魅力に影響のある各種要因間のトレードオフ関係や相対的な影響の程度を考慮した分析が不可欠であり、また、都心部と郊外拠点等との関係にも留意する必要がある。

以上のような問題意識を踏まえ、本研究では、都心部のまちづくりをまちの魅力と道路空間、都市交通という切り口から総合的に考えるための都心部の総合的な魅力の分析・評価手法とそれを活用した都心部マネジメント方策立案のプロセスについて提案を行った。

以下に、本論文における各章の構成を以下示す。

第1章では、現状の地方都市における都心部の問題を踏まえた本研究の背景を示したうえで、本研究の目的である、都心部のまちづくりをまちの魅力と道路空間、都市交通という切り口から総合的に考えるための「都心部の総合的な魅力の分析・評価手法の提案」と、「それを活用した都心部マネジメント方策立案の検討プロセスの提案」について示す。

第2章では、我が国が置かれている都市交通及び都心部の現状と課題を整理するとともに、それに対応した既往研究に基づく分析方法や国内外における先進的取り組み事例を収集・整理したうえで、その課題を抽出し、これらの課題を解決するための「都心部の魅力を総合的魅力としてとらえた分析手法および評価手法」と「実際の都市行政において活用できる、都市毎の個性を踏まえたマネジメント方策立案のプロセス」の必要性を提示している。

第3章では、第2章で示した、現状や課題を踏まえ、様々な都心部の問題に対応するための「都心部の総合的な魅力の分析・評価手法」と「それを活用した道路空間・都市交通のマネジメント方策立案のあり方」を示している。

第1の都心部の総合的な魅力の分析・評価手法については、「都心部の魅力の分析・評価および対策立案の総合化」と、「分析・評価における空間スケールの総合化」、および、「個人の各種行動への時間配分に着目した都心部の魅力分析」の提案を行っている。

第2に、多段階のPDCAサイクルによる都心部におけるマネジメント方策の検討プロセスの提案を行っている。ここでのポイントは、都市毎の個性を踏まえ実際の都市行政において活用できる、分析やマネジメント方策立案のプロセスであり、単なる「プラン」の立案ではなく、具体的な実施までを見据えたマネジメントサイクルをイメージした計画立案から分析・評価、実施に至るプロセスである。

第4章では、広域ブロック・都市圏・都心部の3つの圏域レベル分析のうち、広域ブロックと都市圏に関する分析手法の提案を行っている。

広域ブロックに関する分析により、(1)各都市の都心部が有する魅力の特徴を、他都市との相対的な関係から把握することが可能となり、都市の特徴を踏まえた都心部の問題点把握とその対応策の検討も可能となる。また、(2)本研究のケーススタディとなる福岡都心部の九州地域における位置づけを把握している。

都市圏に関する分析では、福岡都市圏における福岡都心部(天神地区)とその他拠点について、そのポテンシャルおよびアクセス手段・商圏・購買活動の違いなどを明らかにするとともに、都心部とその他拠点との役割分担関係を示している。この分析により、都心部への目的地選択要因には、アクセス条件に加えて、魅力ある歩行空間、駐車場から都心中心部までのアクセス、また、都心部の集積や選択の多様性などの都心部固有の魅力などの存在が確認される。これは、郊外拠点との差別化による都心部固有の魅力や、回遊空間としての魅力、あるいは、自動車も含む複数の交通手段の連携強化による交通環境の改善などが都心部の魅力向上の重要な要因であることを示唆している。

第5章では、3つの圏域レベルの分析のうち、都心部に関する分析手法の提案を、福岡都心部を対象として行っている。都心部の魅力について、都心来訪者の都心部内だけでの評価ではなく、自宅を出発して帰宅するまでの個人の一連の行動をとらえた魅力分析を提案し、行動の種類ごとに使える時間の長さと、行動の場としての空間や拠点の魅力とに着目した総合的な評価を行うとともに、個人の詳細な行動を捉えるための移動体通信機器(PEAMON)を活用した都心部行動の詳細分析と詳細行動データを用いた都心魅力度モデルを構築している。今回構築した都心総合魅力度モデルにより、自宅からのアクセス時間変化に加え、都心部内の行動における時間と空間の配分によっても、その魅力度の違いを計測することを可能としている。これにより、都心部としての拠点自体の魅力改善、歩行者空間整備による快適性の向上、都心部内の移動しやすさの改善、道路整備や公共交通機関整備による都心への所要時間短縮など、道路空間施策や都市交通施策等を中心として、複合的な都心部施策の総合的な評価が可能となる。

第6章では、第5章で構築した都心総合魅力度モデルのうちの、都心魅力度を計測する部分である都心魅力度モデルを用いて、第4章での都市圏目的地選択モデル、広域目的地選択モデルそれぞれと連動した総括的シミュレーション分析手法を提案している。また、都心魅力度モデルと都市圏目的地選択モデルの連動したモデルについて、福岡都市圏の1993年および2005年のパーソントリップ調査データおよびゾーン間交通条件データを活用し、現況再現性の検証を行っている。本研究で提案するモデルは、定量的な時系列の変化を分析・評価できるものであり、また、都心アクセス条件に加え、都心滞在時間の増加、都心魅力度(集積、界隈性・景観等)の変化等、様々なシナリオの感度を分析し、各種施策の影響評価を可能とするものである。

第7章では、本研究での提案に基づき、福岡を対象とした道路空間・都市交通マネジメント方策の検討を行っている。そのプロセスの中で、個別施策の評価を行った後に効果の期待できる施策パッケージの立案と評価を行い、その結果に基づき福岡における複合的な道路空間・都市交通マネジメント方策を提案している。この段階的な評価によって、施策の組み合わせにより個別施策の効果がより一層発揮される場合や、あるいはその逆の場合など、より有効な施策の評価が可能となり、歩行者空間の充実や沿道の魅力向上等の都心部の回遊を促す施策や、自動車と公共交通サービスとの連携を十分に図りながら、フリンジパーキングを中心とした施策を展開することの有効性を定量的に示している。

第8章では、結論として、次に示す2点をまとめている。第1に、都心部のまちづくりを総合的に評価するため、都心部の魅力を構成する各種要因の相互関係も考慮しながら、まちの魅力と道路空間、都市交通という切り口から都心部の総合的な魅力を分析・評価する一定の手法を提案していることである。第2に、それを活用し、単なる「プラン」の立案ではなく具体的な実施までを見据えたマネジメントサイクルをイメージした検討プロセスを提案していることであり、これは、都市毎の個性を踏まえ実際の都市行政において活用できる分析やマネジメント方策立案のプロセスの提案である。特に、複数の利害関係者が複雑に関係する都心部において、魅力あるまちづくりのための具体的施策を実際に推進していくためには、計画立案から分析・評価、実施に至る合理的かつ客観的プロセスを示し、必要に応じて民意とのフィードバックを図りながら合意形成を図っていく必要があり、本研究で提案した都心部の総合的な分析・評価手法と検討プロセスは、このような複数存在する利害関係者の合意形成を進めるうえでも有効と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、大都市における都心部の道路空間改善やミクロスケールからマクロスケールまで様々な階層の交通条件の改善を行った際に、当該都心部と郊外都市拠点あるいは隣接都市間の競争関係や交通機関分担関係を含めて、来街者数がどのように変化しまた来街者の満足度がどのように変化するのかを判定する手法を開発し、それを福岡市及び九州地域に適用することによって手法の有用性と適用範囲について分析・考察したものである。

より具体的に述べると、第1章では、現状の地方都市における都心部の問題を踏まえた本研究の背景を示したうえで、本研究の目的である都心部のまちづくりをまちの魅力と道路空間、都市交通という切りロから総合的に考えるための「都心部の総合的な魅力の分析・評価手法の提案」と、「それを活用した都心部マネジメント方策立案の検討プロセスの提案」について示している。第2章では、我が国が置かれている都市交通及び都心部の現状と課題を整理するとともに、それに対応した既往研究に基づく分析方法や国内外における先進的取り組み事例を収集・整理したうえで、その課題を抽出し、これらの課題を解決するための「都心部の魅力を総合的魅力としてとらえた分析手法および評価手法』と「実際の都市行政において活用できる、都市毎の個性を踏まえたマネジメント方策立案のプロセス」の必要性を提示している。第3章では、様々な都心部の問題に対応するための「都心部の総合的な魅力の分析・評価手法」と「それを活用した道路空間・都市交通のマネジメント方策立案のあり方」を示している。第4章では、広域ブロック・都市圏・都心部の3つの圏域レベル分析のうち、広域ブロックと都市圏に関する分析手法の提案を行っている。第5章では、3つの圏域レベルの分析のうち、都心部に関する分析手法の提案を、福岡都心部を対象として行っている。都心部の魅力について、都心来訪者の都心部内だけでの評価ではなく、自宅を出発して帰宅するまでの個人の一連の行動をとらえた魅力分析を提案し、行動の種類ごとに使える時間の長さと、行動の場としての空間や拠点の魅力とに着目した総合的な評価を行うとともに、個人の詳細な行動を捉えるための移動体通信機器(PEAMON)を活用した都心部行動の詳細分析と詳細行動データを用いた都心魅力度モデルを構築している。第6章では、都心総合魅力度モデルのうちの、都心魅力度を計測する部分である都心魅力度モデルを用いて、都市圏目的地選択モデル、広域目的地選択モデルそれぞれと連動した総括的シミュレーション分析手法を提案している。第7章では、本研究での提案に基づき、福岡を対象とした道路空間・都市交通マネジメント方策の検討を行っている。そのプロセスの中で、個別施策の評価を行った後に効果の期待できる施策パッケージの立案と評価を行い、その結果に基づき福岡における複合的な道路空間・都市交通マネジメント方策を提案している。第8章は、結論をまとめている。

以上の内容の本論文について、予備審査、本審査までの間における提出者と各審査委員との何回かにわたる質疑と修正のやりとり、そして本審査(2011年7月22日)葦通じて、慎重に審議した。その結果、審査委員会として本論文に対する判断をまと』めると以下のとおりである。まず第一の意義は、従来、主として行政区域や行政の職掌によってアプリオリに分断されて個別に行われてきた、広域ブロック、都市圏、都心部という異なる空間スケールの問題を、統合的に扱うモデルを開発したことである。第二の意義は、開発した分析判定方法論を実地に適用し、工学的に実用的な方法としての適用性と限界性を明らかにするとともに、都心の魅力度向上の方策の有効性に関する有用な判断材料を提供した点である。第三の意義は、分析を通じて異なる空間スケールの問題をどの程度相互干渉させることが工学的に有用か判定する基礎的な知見をもたらした点である。本論文の開発した統合モデルの個々の細目については今後改良する余地もあり、またさらにミクロなスケールの短期的諸施策がもたらす効果をより緻密に評価する手法として、移動体通信機器(PEAMON)をさらに活用して高度化する可能性等も認められはするものの、本論文の工学的な意義は既に十分に高いものと判断された。また、提出者の社会基盤学に関する必要な学力についても、本審査会におけるロ頭試問により確認・し合格と判断した。

以上より総合的に考えたところ、本論文の提出者に対して、博士(工学)の学位を授けることが適切であると5名の審査員一同一致して判断するものである。

UTokyo Repositoryリンク