学位論文要旨



No 217553
著者(漢字) 須野原,豊
著者(英字)
著者(カナ) スノハラ,ユタカ
標題(和) 直立浮上式防波堤を用いた港湾における新たな津波防災システムの開発
標題(洋)
報告番号 217553
報告番号 乙17553
学位授与日 2011.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17553号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 佐竹,健治
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 准教授 田島,芳満
内容要旨 要旨を表示する

我が国では過去から大規模地震による被害とともに、地震に起因する津波の被害を歴史的に幾度となく被ってきており、2011年3月11日に発生した我が国観測史上最大のマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震による大津波では、東北地方を中心とした東日本太平洋側の広い地域で未曾有の被害を受けた。また、2004年12月に発生したインド洋大津波では、インド洋沿岸諸国で約30万人の人命が失われるなど、諸外国においても津波被害の甚大さと広域性とともに、津波防災対策の重要性が認識されだしてきた。

そのような状況の中、我が国では東海地震、東南海・南海地震などの大規模地震発生の切迫性が危惧されており、その地震津波により沿岸の広い地域で人命・財産などに大きな被害を受けることが想定されている。

本格的な津波防災対策の法制度は1959年の「災害対策基本法」の制定に始まり、その後東海地震対策をはじめとした大規模地震・津波対策として、各種法律の制定や予算制度の整備等が進められてきた。

一方、我が国の港湾地帯は人口・産業が集積し、その背後には都市中心部が立地して津波により大きな被害を受ける危険性に常にさらされている。その反面、港湾では埠頭や港湾緑地など比較的広い用地が確保しやすいため、大規模地震により陸上交通が遮断された場合には、海上輸送による被災地の支援基地になる。実際、2009年7月に発生した中越沖地震においては、柏崎港が緊急支援の基地として活用された。

港湾における津波防災対策として、これまで堤防、護岸、水門等の海岸保全施設や津波防波堤等のハード面の整備を進めてきた。また、これら施設の管理・操作を集中・自動化するために津波防災ステーションの整備も進められている。更に、ハザードマップ等のソフト面の整備と併せて、地域一体となって津波避難訓練を実施する等の取り組みも進められてきている。

しかしながら、予算の制約等により、今後は老朽化が進む既存施設の大規模な改良や新たな施設整備を行うことは困難になりつつある。また、1960年のチリ地震津波の被災を契機として津波防波堤が建設された大船渡湾では、2010年2月のチリ中部沿岸を震源とした津波に対しても、湾内の津波高さを5割程度に低減させるなどその効果が示されたが、津波防波堤によって湾の閉鎖性が高まった結果、堤内側の水質・底質の悪化などの新たな課題が生じてきた。

このため、厳しい経済・社会環境の中で、港湾機能や企業活動を確保しつつ地域の津波防災能力を向上する、港湾における新たな津波防災システムの構築は重要な行政課題である。

港湾における新たな津波防災システムの具備すべき要件は、(1)港湾活動や水域利用・水環境との整合、(2)大規模地震に対する耐震性の確保、(3)津波波力に対する安全性の確保とフェールセーフ、(4)津波防災機能の確実な発現、(5)長期間にわたる津波防災機能の保持、(6)施行の確実性と建設コスト、(7)維持管理・運用の容易性と維持コスト、(8)港外側の周辺海域への影響等である。

既存の高潮対策等で採用されている国内、海外のフラップゲート、セクターゲート、ゴム・幕式ゲート等の各構造形式について、大型船が入出港する港口部での適用性を検討した結果、これらの構造形式では上記要件を満たすことは困難であり、新たなシステム開発が必要となった。

港湾における新たな津波防災システムとして開発を進めた直立浮上式防波堤(英文名:Vertically Telescopic Breakwater)は、港口部の航路等の海底に埋設された下部鋼管内に格納されている上部鋼管(二重鋼管)を津波襲来時に陸上から送った空気により浮上させて、鋼管群により防波堤を形成して、津波の港内への侵入を防止・低減するものである。浮上させる上部鋼管は、通常時は海底地盤内の下部鋼管内に格納されているため、船舶の入出港等の港湾機能や港湾内外の海水交換の制約にならない。地震時には地盤の挙動と追随した動きをするため、耐震性が極めて高い構造である。また、鋼管の浮上・沈降には浮力を利用するため、大きな駆動装置を必要としない。

構造上の特長を踏まえて、模型実験等を行った。プロトタイプの1/60及び1/20の模型により、直立浮上式防波堤の基本構造を検討して、内管の上昇・下降機能を確認した。また、2004年に(株)大林組東京機械工場(埼玉県川越市)に1/2縮尺規模の模型を製作して、浮上時間、浮上の確実性等の基本事項を検討した。外部からの給気による浮上開始から浮上完了までは2分程度以内で、時間当たりの給気量が多いほど短時間で浮上が完了した。また、水平力を与えての浮上実験より、波浪等を受ける港口部においても上部鋼管の上昇・下降は円滑に行われることが確認できた。

独立行政法人 港湾空港技術研究所(以下(独)港空研という)における固定鋼管による大型水理模型実験(2006)より、鋼管間の開口率(隙間)を5%とすると、津波の透過率は25~30%であったが、実際の港湾では長水路と異なり港内の水域の広がりが有るため,港内波高は侵入津波高の10%程度まで減じられると想定された。その時の津波作用波圧は、「港湾の施設の技術上の基準・同解説((社)日本港湾協会)」に示されている波圧の80%程度であった。

また、(独)港空研における浮上式(二重)鋼管による大型水理模型実験(2007)より、波力を受けたときの上部鋼管の変位量は上部・下部鋼管の隙間による変動量が大きく影響しており、鋼管間の隙間を極力小さくすることが重要であること、基礎の砂層、礫層による違いは天端の変位に有意な差を生じさせないこと等が確認された。

静岡県沼津港の港口部において2006年9月~2009年に現地実証試験を行った。実証試験より現地における鋼管の打設等は従来の技術で対応可能であること、簡易な送気設備により上部鋼管をスムーズに浮上させられること、単位時間あたりの送気量により浮上時間をコントロールできることが確認された。また、浮上時間は数値シミュレーション結果とも一致していた。一方、現地での水平載荷試験から、波力は上部・下部鋼管のオーバーラップ部を介して伝達され、この部分の補強が必要であること、浮上後繰り返し受ける波浪による衝撃力を緩和するための対策が必要であることが分かった。更に、現地埋設後2年半以上沈設させた後に再浮上させて鋼管の状況を調査した結果、本システム検討時の想定通り、上部鋼管は上蓋部分を除けば腐食、付着生物の問題は発生していなかった。本実験での送気・制御システムは単純化したものであり、実用化に向けて信頼性向上のための改良が必要となった。

実証試験結果等を踏まえてシステムの改良を行った。その主な点は、浮力タンクを上部鋼管内に内蔵させ、送気量を削減して浮上時間の大幅な短縮を図った。この効果により、上部鋼管3本を1ユニットとして連結し、中央管1本に送気して3本を浮上させるシステムの導入が可能になり、送気設備の大幅な小型化が図られた。また、上部鋼管の浮上中は、ストッパーにより常に余剰浮力を保持させて、海水面の変動にかかわらず上部鋼管の天端高を維持できるようにした。オーバーラップ部の補強は、「道路橋示方書・同解説、II鋼橋編((社)日本道路協会)」及び「鋼管構造設計施工指針・解説((社)日本建築学会)」に基づき外ダイアフラム、環状補剛材及び鋼管の板厚増で可能であること、上部・下部鋼管間の応力伝達はFEM解析で再現可能であることを確認した。オーバーラップ部の波浪による衝撃緩和のため、上部鋼管の側面に鋼製フィンを、下部に衝撃吸収ゴムを取り付けた。鋼管間の隙間からの波の透過率を低減するため、鋼管の間の港外側に副管を設置することとした。運転システムは、送気システムをはじめとした基本システムを完全二重化して、トラブル回避と津波襲来時の浮上の確実化を図った。更に、維持管理費用の低減とヒューマンエラー回避のため、設備の小型化、省力化等を図った。

直立浮上式防波堤の開発の進展を受けて、和歌山下津港海南地区で新たな津波防災計画を策定することとなった。和歌山下津港海南地区は港内に鉄鋼、電力、石油精製等の企業が立地し、港内最奥部に海南市の中心市街地が形成されている。しかしながら、当地区は東南海・南海地震の発生により、地震発生から約1時間以内に津波の第一波が到達し、約390haが浸水して13,000人以上が被災し、5,000億円以上の被害が発生すると想定されている。

このため通常時の港湾活動の確保と抜本的な津波対策として、本直立浮上式防波堤を港口部に設置する新たな津波防災計画が策定された。計画では、津波防護ラインを既設の護岸・防波堤を結ぶラインとして、既存施設は嵩上げ・補強等の改良を行い、港口部には固定式防波堤と直立浮上式防波堤を新設することとしている。

事業は2009年度の海岸事業の新規事業として採択され、既設護岸の改良等が進められてきている。直立浮上式防波堤については、現地の津波条件、地盤条件等を踏まえた設計、システム検討等が行われ、2011年度から現地において計画法線上に3連結の実機を建設して実機実験を行う。実機実験では、本格的に事業を進めるための浮上システム、バックアップシステム、操作監視システム等の検証・改良を行う予定である。

直立浮上式防波堤の今後の活用としては、南海地震により甚大な津波被害が予想される高知県浦戸湾の津波防災対策として、湾口部での検討が始められたが、直立浮上式防波堤を含めた地域全体の防災計画の策定が重要である。また、本防波堤システムは津波防災対策のほか、港湾等における高潮対策や港内静穏度の向上策としての利用も考えられる。

今後の実機実験を踏まえて本システムが確立され、船舶の入出港等を必要とする港湾等において、地域の港湾活動・経済活動を支えつつ津波防災能力の向上に寄与できることを願っている。

審査要旨 要旨を表示する

港湾における津波対策としては、これまでは堤防、護岸、水門等の海岸保全施設や津波防波堤等のハード面の整備が進められてきた。また、これら施設の管理・操作を集中管理・自動化するため津波防災ステーションの整備に加え、ハザードマップ等のソフト面の整備と併せて、地域一体となっての避難訓練などの取り組みも進められてきている。しかしながら、既存施設の老朽化が進む中で、予算の制約等により、今後大規模に既存施設の改良や新たな施設整備を行うことは困難になりつつある。また、1960年のチリ地震津波の被災を契機として津波防波堤が建設された大船渡湾では、津波防波堤により2010年2月のチリ中部沿岸を震源とした津波に対しても、湾内の津波高さを5割程度に低減させるなどその効果が示されてきたが、津波防波堤によって湾の閉鎖性が高まった結果、堤内側の水質・低質の悪化などの新たな課題も生じてきている。このため、厳しい経済・社会環境の中で、港湾機能や立地企業活動を確保しつつ地域の津波防災能力を向上する港湾における新たな津波防災システムを構築することは、重要な行政課題として認識されている。

本論文では、港湾における新たな津波防災システムの具備すべき要件を、(1)港湾活動や水域利用・水環境との整合、(2)大規模地震に対する耐震性の確保、(3)津波波力に対する安全性の確保、(4)津波防災機能の確実な発現とフェールセーフ、(5)長期間にわたる津波防災機能の保持、(6)施行の確実性と建設コスト、(7)維持管理・運用の容易性と維持コスト、(8)港外側の周辺環境への影響等であると整理したうえで、これらの観点から、既存の高潮対策等で採用されている国内、海外のフラップゲート、セクターゲート、ゴム・幕式ゲート等の各構造形式について、津波防災システムとしての適用性を検討している。そして、既存のシステムの課題を克服する形で、新たな津波防災システムとして直立浮上式防波堤(英文名:Vertically Telescopic Breakwater)の開発に取り組んでいる。新たなシステムは、港口部の航路等の海底に埋設された下部鋼管内に格納されている上部鋼管(二重鋼管)を津波襲来時に陸上から送気した空気により浮上させて、鋼管群により防波堤を形成し、津波の港内への侵入を防止・低減するものである。浮上させる上部鋼管は、通常時は海底地盤内の下部鋼管内に格納されているため、船舶の入出港等の港湾機能や港湾内外の海水交換の制約にならない。また,地震時には地盤の挙動と追随した動きをするため、耐震性が極めて高い構造となっている。

構造上の特長を踏まえて、模型実験等、大型水理模型実験を実施し、鋼管間の開口率を5~10%とすると、津波の透過率は25~40%であったが、実際の港湾では長水路と異なり港内の水域の広がりが有るため,港内波高は侵入津波波高の10%程度迄減じられることなどが明らかとなった。その時の津波作用波圧は、「港湾の施設の技術上の基準・同解説」に示されている波圧の80%程度であった。その後、静岡県沼津港の港口部において行った現地実証試験より、現地における鋼管の打設等は従来の技術で対応可能であること、簡易な送気設備により上部鋼管をスムーズに浮上させられること、単位時間あたりの送気量により浮上時間をコントロールできることが確認された。また、浮上時間につては数値シミュレーション結果とも一致していた。一方、現地での水平載荷試験により、波力は上部・下部鋼管のオーバーラップ部を介して伝達され、この部分の補強が必要であること、浮上中、波浪により繰り返し受ける衝撃力を緩和するための対策が必要であることが分かった。更に、現地埋設後2年半以上沈設させておいて再浮上させて、鋼管の状況を調査した結果、本システム検討時の想定通り、上部鋼管は上蓋部分を除けば腐食、付着生物の問題は発生していなかった。本実験での送気・制御システムは単純化したものであるが、実用化に向けては信頼性向上のための改良が必要となった。

実証試験結果等を踏まえてシステムの改良を行った。浮力タンクを上部鋼管内に内蔵させ、浮上のための送気量を削減して浮上時間の大幅な短縮を図り、オーバーラップ部の補強は、外ダイアフラム、環状補剛材及び鋼管の板圧増で可能であること、また、応力伝達はFEM解析で再現可能であることを確認した。鋼管間の隙間からの波の透過率を改善するため、鋼管の間の港外側に副官を設置することとした。運転システムは、送気システムをはじめとした基本システムを完全二重化して、トラブル回避と津波襲来時の浮上の確実化を図った。維持管理費用の低減とヒューマンエラー回避のため、設備の小型化、省力化等を図った。

この直立浮上式防波堤の開発の進展を受けて、和歌山下津港海南地区で本直立浮上式防波堤を港口部に設置する新たな津波防災計画が策定された。津波防災計画では、防護ラインを既設の護岸・防波堤を結ぶラインとして、既存施設は嵩上げ・補強等の改良を、港口部には固定式防波堤と直立浮上式防波堤を新設するものである。事業は平成21年度の海岸事業の新規事業として採択され、既設護岸の改良等が進められてきている。直立浮上式防波堤については、現地の津波条件、地盤条件等踏まえた設計、システム検討等が行われ、23年度から現地において、計画法線上に3連結の実機を設置して実機実験を行う。実機実験では、本格的な事業進めるための浮上システム、バックアップシステム、操作監視システム等の検証・改良が実施される予定である。

以上,要するに,本研究では,港湾における新たな津波防災システムとして直立浮上式防波堤が開発された.港口部の航路等の海底に埋設された下部鋼管内に格納されている上部鋼管(二重鋼管)を津波襲来時に陸上から送気した空気により浮上させて、鋼管群により防波堤を形成し、津波の港内への侵入を防止・低減するものである.大型水理模型実験や現地実証試験を通して改良を重ね、和歌山下津港海南地区において、本直立浮上式防波堤を港口部に設置する新たな津波防災計画が策定された.本システムは、港湾周辺の津波被害を革新的に軽減するシステムとして、社会的・学術的意義が高い.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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