学位論文要旨



No 217555
著者(漢字) 宮澤,俊之
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザワ,トシユキ
標題(和) 単一光子発生と量子ビット操作に向けた通信波長帯量子ドット素子に関する研究
標題(洋) Study on Telecommunication-Band Quantum Dot Devices for Single-Photon Emission and Quantum Bit Operation
報告番号 217555
報告番号 乙17555
学位授与日 2011.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17555号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 教授 高橋,琢二
 東京大学 准教授 町田,友樹
 東京大学 准教授 岩本,敏
内容要旨 要旨を表示する

情報処理やセキュア通信などにおいて革命的な進歩をもたらすと期待される量子情報処理技術において、デバイス集積化に適した固体素子を基にした量子デバイスが盛んに研究されている。中でも半導体量子ドットは、三次元閉じ込めに起因する離散準位によって、量子情報処理の基本構成要素である量子二準位系を実現可能とすることから、様々な量子デバイスへの応用が期待されている。私は光ファイバー通信波長帯(1.3-1.55 μm)に発光特性を有する量子ドットを用いて、単一光子発生器および単一励起子量子ビット操作の実現に向けた研究を推進してきた。

単一光子発生器については、我々が研究を始める2003年当時、既に原子系や単一分子などで実証されていたが、そのいずれもが1 μm以下の波長領域であり、量子通信の実用化に必須である通信波長帯での報告はなかった。我々は通信波長帯で良好な光学特性を有するInAs/InP量子ドットを作成し、光取り出し効率が高まる数100 nmのメサ構造を設計・作成し、世界で初めて光励起1.55 μm帯単一光子発生を実証した。また光励起による単一光子発生器の単一光子性・高効率化において重要であった準共鳴励起法について解析を進め、量子ドットのpシェル励起によって単一光子性が飛躍的に向上することを確認した。一方、将来的な単一光子発生器のデバイス集積化に向けて、光取り出しと電流注入用電極構造などを最適化したデバイスを作成し、世界で初めて電流駆動による単一光子発生を1.55 μm帯で実証した。これらは将来的な長距離高速な量子鍵配布などに必須な技術であり、極めて重要なマイルストーンであると言える。

一方、個体デバイスによる量子ビット実現のために1.3 μm帯のInAs/GaAs量子ドットを用いた量子状態制御実験を進めた。i層に量子ドットが埋め込まれたn-i-Schottkyダイオードの上部電極に開けられた数100 nm程度の微小開口を介して、量子ドットのエネルギーに共鳴する光パルスを照射し、光電流によって励起子状態を観測した。励起パルスのパルス面積を変えることで、通信波長帯で初めて励起子および励起子分子のラビ振動を8 π程度まで観測し、また量子ドットの異方性に起因する微細構造分裂ピークのそれぞれについてもラビ振動を観測した。これらの結果は励起子量子ビットの状態制御を示しており、将来的な任意の量子ビット演算を実現する際に非常に重要な技術である。

以下にて博士論文の各章ごとの内容について記述する。

第1章では本博士論文の背景および構成について述べる。特に量子情報技術において重要でありかつ本博士論文に関係が深い、単一光子発生器と励起子を用いた量子ビット操作について説明する。

第2章では通信波長帯の励起子エネルギーを有する量子ドットについて、それを実現するための材料・形状について説明する。本研究で用いたInAs/GaAsおよびInAs/InP量子ドットについて、InAs/GaAs量子ドットについては歪緩和層を導入することで発光波長を通信波長帯1.3 μmまで延伸し、InAs/InP量子ドットについては二段階キャップ法で高さを低減させることで、通信波長帯のほぼ全域まで発光するよう制御した。またこれらの量子ドットを用いた通信波長帯の量子情報デバイスの特性確認において重要である通信波長帯のInGaAs単一光子検出器について説明する。

第3章では、InAs/InP量子ドットを用いた光励起通信波長帯単一光子発生器について述べる。本研究以前には、通信波長帯の単一光子発生器は良質な光源材料が無いことと、通信波長帯でS/N良く動作する単一光子検出器が無いことなどによって、この波長領域での単一光子発生の報告はなかった。我々は二段階キャップ法により成長されたInAs/InP量子ドットの光学特性を調べ、通信波長帯で良好な発光特性を有することを確認した。次にその量子ドットを含んだウェハーをメサ型素子に形成し、光ファイバーを用いた光学測定系に光結合することで、量子ドットからの発光を高い効率で取り出し、検出器への光導入を可能とした。その結果、世界に先駆けて1.55 μm帯で単一光子発生を実証した。

第4章では、前章の量子ドットを用いた単一光子発生器の特性改善のために用いた準共鳴励起法について解析した。準共鳴励起は量子ドットの励起子エネルギーの近傍にある準位を共鳴的に光励起する手法であり、我々の量子ドットでは基底エネルギーから19, 28 meV上の準位を励起することで単一光子性が大幅に改善されることが確認されている。この準位の起源を調べるために、8バンドk・p摂動法によって求められた電子・正孔の波動関数をもとにクーロン積分を計算し、励起子エネルギーを見積もった。その結果、準共鳴によって単一光子性が改善される準位は電子と正孔のs-p, p-pシェルであることが分かった。

第5章では、単一光子デバイスの集積化に向けた取り組みとして、電気制御型単一光子発生器の開発について報告する。通信波長帯のInAs量子ドットを含んだp-i-nデバイスを作成し、電場中での励起子Starkシフトと励起子寿命の測定を行った。電場中での量子ドットの電子状態計算の結果と比較したところ、励起子エネルギーと発光寿命の変化が理論計算とほぼ一致していることが分かった。これは作成したp-i-n構造が理想的な電気的・光学的特性を実現していることを示しており、電流注入や電場制御などに適していることを示している。これからInP系の材料系についても電極材料や層構造の最適化を行い、1.55 μm帯の電流注入型単一光子発生器実現に向けた構造を決定した。

第6章では、電流注入による1.55 μm帯単一光子発生について報告する。前章で確立した層構造中にInAs量子ドットを成長し、光取り出しを考慮したメサ構造および電極構造を作成し、80 ps幅の高速電気パルスを印加した。その結果、波長1552 nmで初めて電流注入による単一光子発生を実証した。一方、印加する電気パルスの時間間隔を変化させることで、単一光子発生デバイスが0.6 GHz程度まで動作することを示した。この結果は時間分解測定から得られた励起子発光寿命と一致しており、電流注入化、高速化など将来的な単一光子発生デバイスの実現に向けた大きな成果であると言える。

第7章では、電流注入型単一光子発生器の高効率化・高性能化に向けて、荷電励起子とクーロンブロッケードを用いた量子ドットデバイスについて検討した。一般に電流注入では別々に電子と正孔が量子ドットに捕獲されるために、非発光励起子状態の形成が避けがたく、これが発光効率低下を引き起こすが、量子ドット内に正に帯電した荷電励起子状態を形成することで、基底準位の二つの正孔スピン状態が占有されているので、必ず発光遷移がおこり発光効率の改善が可能である。一方、単一光子性の改善も考慮に入れ、正に帯電した荷電励起子状態を形成する際にクーロンブロッケードを用いるデバイスを提案した。過剰なキャリア注入を抑制するために電圧制御によって1イベントあたりのトンネル電子数を一個に制御する。これらを組み合わせたデバイスにおいて単一光子発生器の特性の大幅な改善が可能となることを示した。

第8章では、将来的な量子ビット実現に向けた通信波長帯量子ドット中の励起子のコヒーレントな状態操作について報告する。量子ドットの二つの直交する励起子微細構造について、それぞれを独立に操作することは励起子量子ビットを実現する際に極めて重要である。励起光の偏光方向を変えながら光電流スペクトルを測定したところ、110 μeVの微細構造分裂を有する二つの直交した励起子状態を確認した。励起光の偏光を90°変えることで、励起子微細構造のそれぞれに対してコヒーレントな量子状態制御を実現し、量子ドットの異方性に起因した二つの双極子モーメントを有するラビ振動を観測した。これは二つの励起子量子ビットの任意の状態制御を実施する上で重要な成果である。

第9章では、前章で用いた通信波長帯量子ドットを用いて、二光子吸収による励起子分子のコヒーレントな状態操作について報告する。これは励起子量子ビットの任意の始状態設定などで重要な量子操作である。光パルスの偏光を励起子の微細構造分裂の片側のみを励起するように制御したところ、励起子状態より0.45 meV低いエネルギーにおいて励起子分子の吸収ピークを観測した。このピークは入力パルス面積の二乗に比例した周期のラビ振動を示しており、二光子吸収によって励起子分子が生成され、生成された励起子分子ポピュレーションがコヒーレントに制御可能であることを示している。また二光子吸収による励起子分子ラビ振動の詳細解析から40 ps程度の比較的長い制御光パルスを用いてもコヒーレンスを保った量子操作が可能であることを示した。これらの結果は励起子量子ビットの任意状態を生成・制御する際に非常に重要であると考えている。

第10章では、それまでの研究を総括し、今後の展望について述べる。将来的な量子情報処理につながる要素技術として、個体デバイスをもとにした量子二準位系を光学的あるいは電気的に操作・制御する研究を進めた。具体的には通信波長帯での光学特性を有する半導体量子ドットがもたらす量子二準位系を用いて、光励起および電流注入による単一光子発生器を世界に先駆けて1.55 μm帯で実現し、一方で励起子量子ビットに向けたコヒーレントな状態制御を励起子二準位系のラビ振動として観測・実証した。単一光子発生器については、更なる高効率化・高機能化が必須であり、単一光子性や取り出し効率の改善が必要とされる。励起子量子ビットについては三個以上の量子ビットの操作などに課題を残しており、拡張性などを考慮すると量子ドット中にキャリアを残しそのスピン自由度を量子ビットとして用いることが今後進むべき道であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

情報処理やセキュア通信などにおいて革命的な進歩をもたらすと期待される量子情報処理技術において、その中核デバイスとなる単一光子発生器や量子ビットについてそのデバイス化を中心に盛んに研究されている。現在までの量子情報処理用のデバイスは主に原理実証を目的にしており、可視または近赤外波長域の量子ドット実現とその光制御技術の発展によって支えられたといえる。それに対し、単一光子発生器および励起子量子ビットを組み合わせた量子ネットワークへの展開を図るには、それらのデバイスの光通信波長帯での実現や電子デバイス化は必須技術であり、基礎的な機能実現と合わせて研究することが望まれる。本論文は「Study on Telecommunication-Band Quantum Dot Devices for Single-Photon Emission and Quantum Bit Operation (単一光子発生と量子ビット操作に向けた通信波長帯量子ドット素子に関する研究)」と題し、通信波長帯量子ドットを利用した単一光子発生器および励起子量子ビットについて論じており、全10章から構成され英文で書かれている。

第1章は「General Introduction」と題し、本博士論文の背景および構成について述べ、特に量子情報技術において重要でありかつ本博士論文に関係が深い、単一光子発生器と励起子を用いた量子ビット操作について数式的取り扱いを中心にそれらの動作原理について述べられている。

第2章は「Telecommunication-Band Quantum Dots for Quantum Applications」と題し、通信波長帯の単一光子発生器および励起子量子ビットを実現するために利用した量子ドットについて、材料・成長手法・形状を中心に述べられている。

第3章は「Single-Photon Emitter with Non-Resonant Photo-Excitation」と題し、通信波長帯における単一光子発生器実現を目的として、二段階キャップ法により成長されたInAs/InP量子ドットを光取り出し効率を高めたメサ型素子に加工し、InPのバンドギャップ以上のエネルギーで光励起を実施することで、世界に先駆けて実証した1.55 μm帯で単一光子発生について述べている。

第4章は「Identification of Resonantly Excited Levels in Single-Photon Emitter」と題し、前章の量子ドットを用いた単一光子発生器の特性改善のために用いた準共鳴励起法について解析し、8バンドk・p摂動法によって求められた電子・正孔の波動関数をもとに励起子エネルギーを見積もった結果、準共鳴によって単一光子性が改善される準位は電子と正孔のs-p, p-pシェルであると述べている。

第5章は「Fabrication and Basic Characterization of Single-Photon Emitting Diode」と題し、単一光子デバイスの集積化に向けた取り組みとして、通信波長帯のInAs量子ドットを含んだp-i-nデバイスを作成し、電場中での励起子エネルギーと発光寿命を測定することで、作成したデバイスが理想的な電気的・光学的特性を実現していることを示している。一方、InP系の材料系についても電極材料や層構造の最適化を行い、1.55 μm帯の電流注入型単一光子発生器実現に向けた層構造についても述べている。

第6章は「1.55 μm Operation of Single-Photon Emitting Diode」と題し、前章で確立した層構造中にInAs量子ドットを成長し、光取り出しを考慮したメサ構造および電極構造を作成し、80 ps幅の高速電気パルスを印加した結果、波長1.552 μmにおいて世界で初めて電流注入による単一光子発生を実証している。一方で、二つの電気パルスを用いた単一光子発生器の高速応答についても述べている。

第7章は「Proposal of Single-Photon Emitting Diode using Charged Exciton State」と題し、電流注入型単一光子発生器の高効率化・高性能化に向けて、荷電励起子による単一光子発生効率の向上とクーロンブロッケードによる単一光子性改善を積極的に利用した量子ドットデバイスについて、量子ドットの波動関数を元にしたクーロンエネルギーの評価やトンネルレートの評価を通して、性能改善の可能性やデバイス構造について述べている。

第8章は「Anisotropic Rabi Oscillation using Telecom-Band Exciton」と題し、量子ビット実現に向けた通信波長帯量子ドット中の励起子のコヒーレントな状態操作について述べている。量子ドットの二つの直交する励起子微細構造について、励起光の偏光方向を変えることで、それぞれを独立に操作可能であることを示している。

第9章は「Coherent Control of Telecom-Band Excitonic and Biexcitonic States」と題し、前章で用いた通信波長帯量子ドットを用いて、励起子量子ビットの任意の始状態設定などで重要な量子操作である二光子吸収による励起子分子ラビ振動について述べている。励起子分子ラビ振動の詳細解析から40 ps程度の比較的長い制御光パルスを用いてもコヒーレンスを保った量子操作が可能であることを示している。

第10章は「Conclusion」と題し、各章の主要な成果をまとめて総括し、本論文の結論、及び将来展望について述べている。

以上、これを要するに、本論文は、通信波長帯単一量子ドットを用いた量子情報素子技術の確立に向けて、光励起による1.55 μm帯単一光子発生を実現し、さらに電流注入型単一光子発生素子の作製とその動作を実証するとともに、励起子量子ビットの実現に必須な励起子・励起子分子ラビ振動の1.3 μm帯における観測を論じたものであり、電子工学に貢献するところが少なくない。

よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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