学位論文要旨



No 217556
著者(漢字) 佐々木,宏和
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ヒロカズ
標題(和) 透過型電子顕微鏡と電子線ホログラフィーを用いた実用材料の観察法に関する研究
標題(洋)
報告番号 217556
報告番号 乙17556
学位授与日 2011.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17556号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 近藤,高志
 東京大学 准教授 阿部,英司
 東京大学 准教授 溝口,照康
 名古屋大学 教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

1.本研究の目的

本研究は透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscopy)に関するものである。TEMには様々な手法があり、主な手法だけでも、明視野像、暗視野像、weak-beam法、高分解能像、EDX分析、EELS分析、電子線ホログラフィー、ローレンツ顕微鏡などがあげられる。これらの手法を用いて、材料科学のみならず、実用材料・デバイスの解析にも有用に使われている。解析技術と進歩と、解析の対象となる材料やデバイスの進歩は相補関係にあり、何れも日進月歩で進化している。そのため、高度化する解析技術を用いて、如何に対象材料を分析するかは、重要な研究テーマの一つとなりうる。一方、高度な解析装置を有していたとしても、各々の材料・デバイスに応じて、適切な解析技術を用いることができなければ、宝の持ち腐れである。本研究では、超電導材料と化合物半導体を対象として、TEMを用いた解析技術法の研究を行った。化合物半導体については、TEMの一手法である電子線ホログラフィーを用いた半導体中の電位分布観察に関する研究を行った。また、これらの基礎技術としてのFIBを用いたTEM試料作製法の研究も行った。

2. FIBとArミリングを併用したTEM試料作製法

FIB(Focused Ion Beam)を用いたTEM試料作製手法の研究を行った。FIB法における最大の問題は、薄片化した試料に形成されるFIBダメージ層である。FIBは数10kVに加速されたGaイオンビームを用いて、試料を薄片化する。この際、Gaイオンが試料に打ち込まれ、試料表面がダメージを受ける。化合物半導体やセラミックス材料の一部では、このFIBダメージ層の影響でTEM像の質は著しく低くなる。本研究では、FIB加工の後にArミリングを行うFIB-Arミリング法を用いた。このFIB-Arミリング法の実現のため、1~3μmの薄い金属薄膜の上にTEM試料を固定する方法を採用した。さらに、高分解能像が観察可能なTEM試料を作製するために、FIBで楔形に加工し、薄片化する手法を開発した。本手法は、研磨とArミリングのみを用いる通常のTEM試料作製法と比較して、試料作製時間が短い。速ければ3時間でTEM試料が作製でき、材料・デバイス開発が急がれる今日の状況で、極めて有効な手法であると考えられる。

3. 電子線ホログラフィーによる化合物半導体のキャリア分布の観察

電子線ホログラフィーで実際の半導体デバイスを観察したのは、1999年のRauらの実験が最初である。しかしながら、2000年代前半までの半導体の観察事例は全てがSi半導体に関するものであり、化合物半導体についてのpn接合の観察事例は皆無であった。しかし、GaAsやInPなどの化合物半導体は電子デバイスのみならず、光通信などに用いられるレーザーダイオードや発光ダイオードの材料にもなる。これらのデバイスはp型領域とn型領域が2次元的な構造を有し、この構造がデバイス特性・信頼性を左右する。従って、半導体中のキャリア分布の2次元解析が必要不可欠となる。本研究では、化合物半導体についての電子線ホログラフィー観察の手法とそのためのTEM試料作製方法についての研究を行った。本研究では、最初に劈開試料を用いたGaAsのpn接合の観察を行い、明瞭にpn接合を観察できることを示した。この手法では、1次元の情報しか得ることは出来ないが、FIBダメージ層を考慮することなく、定量的な解析が可能である。また、FIBで試料作製した場合の研究では、GaAs半導体において電気的不活性層の存在が示唆された。また、電気的不活性層が存在していたとしても、ArイオンビームによりFIBダメージ層を除去することが、観察する上で優位であることを示した。この手法により、GaAsのpn接合を明瞭に観察することに成功した。

4. 位相シフト電子線ホログラフィーによる化合物半導体の評価

本研究では、位相シフト電子線ホログラフィーを用いた化合物半導体のキャリア分布観察を行った。精度や分解能の点から考えると、再生手法として、位相シフト法が有利であることを示した。特に化合物半導体においては、Siよりも位相シフト法が有利であることを示し、位相シフト法の原理について詳しく記載した。GaAsの標準試料の観察を行ったところ、pn接合のみならず、n型半導体中において、ドーパント濃度が1.3 × 1016 cm-3、3.0 × 1018 cm-3の領域を明瞭に区別することができた。これは、表面空乏層の影響により、低濃度領域が空乏化していることに起因していることをシミュレーションにより示し、結果の定量的な解釈を行った。これらの研究は、化合物半導体を用いたデバイスを電子線ホログラフィーで観察する上での重要な基礎研究となると考えられる。

5. 透過型電子顕微鏡を用いた超電導線材の観察

今日、世界各国の研究機関において、イットリウム系超電導線材の開発が進められており、臨界電流などの特性の向上とともに、数100メートルの線材を作製する長尺化の研究が盛んに行われている。しかしながら、超電導線材開発において、特性向上・長尺化の実現は容易ではない。特性向上のためには、特性の低い線材を分析し、その分析結果をフィードバックし、特性向上の指針を与える必要がある。線材の超電導薄膜や中間層は数十ナノから数ミクロンの厚さで作製しているため、不良解析や特性の原因究明にはこれらのオーダーで解析ができるTEMが非常に有効である。本研究では、TEMを中心とした解析手法や解析結果について論じ、有効となる手法についての研究を行った。

本研究では、長尺の超電導線材のIc測定結果から、MO顕微鏡とFIB法を用いて欠陥箇所を特定する手法の研究を行った。ここでは、MO顕微鏡で超電導長尺線材のマクロ的な欠陥部位を特定し、その部位をFIBで加工し、SIM及びTEMで観察する手法を開発した。この手順で観察することにより、長尺線材中のマクロ的な欠陥部を抽出して微細な構造を調べることが可能となる。本手法を、MOCVD法によりYBCO膜を成膜した線材に応用した。Icが周囲と比較して、3分の1程度に低下した領域をMO顕微鏡で観察すると、一部に超電導が破壊されている場所が見つり、この場所をマイクロサンプリング法で抽出し、TEM観察を行った。その結果、電子回折図形から、無配向であり、多数の異相が存在することが判明した。

また、MOCVD法で成長させたYBCO膜について、断面TEM観察及び平面TEM観察を行った。断面観察によりYBCO膜の大半はc軸配向結晶であるものの、a軸配向結晶も多く観察された。また、CeO2基板とYBCO層の界面に形成されるBaCeO2などの反応相やc軸が数十度傾斜している結晶もJc低下の原因の一つであることを示した。また、平面観察により、a軸配向結晶は、YBCO膜の厚膜化により、肥大化することを発見した。a軸配向結晶は、臨界電流密度を低下させる大きな要因の一つであると考えられることを示した。今後、信頼性が高く、高い特性の超電導線材を市場に供給するためには、幾つかのブレークスルーを経る必要があろうが、ここで示した解析手法が、今後の超電導線材開発の一端を担うと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は透過型電子顕微鏡(TEM)に関するものである。TEMには様々な手法があり、主な手法だけでも、明視野像、暗視野像、weak-beam法、高分解能像、EDX分析、EELS分析、電子線ホログラフィー、ローレンツ顕微鏡などがあげられる。これらの手法を用いて、材料科学のみならず、実用材料・デバイスの解析にも有用に使われている。解析技術と進歩と、解析の対象となる材料やデバイスの進歩は相補関係にあり、何れも日進月歩で進化している。そのため、高度化する解析技術を用いて、如何に対象材料を分析するかは、重要な研究テーマの一つとなりうる。本論文では、超電導材料と化合物半導体を対象として、TEMを用いた解析技術法の研究を行った。また、これらの基礎技術としてのFIBを用いたTEM試料作製法の研究も行った。本論文は6章よりなる。

第1章は序論であり、電子線ホログラフィーの半導体応用の歴史について概説し、本研究の歴史的な位置づけについて述べている。また、超電導線材にTEMが必要な背景について述べ、本研究の役割、位置づけ、必要性について示した。

第2章では、FIBを用いたTEM試料作製手法の研究を行っている。FIB法における最大の問題は、薄片化した試料に形成されるFIBダメージ層である。FIBでは、数10kVに加速されたGaイオンビームを用いて、試料を薄片化する。この際、Gaイオンが試料に打ち込まれ、試料表面がダメージを受ける。化合物半導体やセラミックス材料の一部では、このFIBダメージ層の影響でTEM像の質は著しく低くなる。本研究では、FIB加工の後にArミリングを行うFIB-Arミリング法を用いた。このFIB-Arミリング法の実現のため、1~3μmの薄い金属薄膜の上にTEM試料を固定する方法を考案した。さらに、高分解能像が観察可能なTEM試料を作製するために、FIBで楔形に加工し、薄片化する手法を開発した。本手法では、数時間でTEM試料が作製でき、材料・デバイス開発が急がれる今日の状況で、極めて有効な手法であると考えられる。

第3章では、化合物半導体についての電子線ホログラフィー観察の手法とそのためのTEM試料作製方法についての研究を行った。本研究まで、電子線ホログラフィーを用いた半導体の観察事例は全てがSi半導体に関するものであり、化合物半導体についてのpn接合の観察事例は皆無であった。しかし、GaAsやInPなどの化合物半導体は電子デバイスのみならず、光通信などに用いられるレーザーダイオードや発光ダイオードの材料にもなる。これらのデバイスはp型領域とn型領域が2次元的な構造を有し、この構造がデバイス特性・信頼性を左右する。従って、半導体中のキャリア分布の2次元解析が必要不可欠となる。本研究では、最初に劈開試料を用いたGaAsのpn接合の観察を行い、明瞭にpn接合を観察できることを示した。また、FIBで試料作製した場合の研究では、GaAs半導体において電気的不活性層の存在が示唆された。また、電気的不活性層が存在していたとしても、ArイオンビームによりFIBダメージ層を除去することが、観察する上で優位であることを示した。この手法により、GaAsのpn接合を明瞭に観察することに成功した。

第4章では、位相シフト電子線ホログラフィーを用いた化合物半導体のキャリア分布観察を行った。精度や分解能の点から考えると、再生手法として、位相シフト法が有利であることを示した。特に化合物半導体においては、位相シフト法が有利であることを示し、位相シフト法の原理について詳しく記載した。GaAsの標準試料の観察を行ったところ、pn接合のみならず、n型半導体中において、ドーパント濃度が異なる2つの領域を明瞭に区別することができた。これは、表面空乏層の影響により、低濃度領域が空乏化していることに起因していることをシミュレーションにより示し、結果の定量的な解釈を行った。これらの研究は、化合物半導体を用いたデバイスを電子線ホログラフィーで観察する上での重要な基礎研究となる。

第5章は超電導に関するTEMを用いた研究である。長尺の超電導線材のIc測定結果から、MO顕微鏡とFIB法を用いて欠陥箇所を特定する手法の研究を行った。ここでは、MO顕微鏡で超電導長尺線材のマクロ的な欠陥部位を特定し、その部位をFIBで加工し、SIM及びTEMで観察する手法を開発した。この手順で観察することにより、数100m級の長尺線材中のマクロ的な欠陥部を抽出して数nmオーダーの微細な構造を調べることが可能となった。また、MOCVD法で成長させたYBCO膜について、断面TEM観察及び平面TEM観察を行い、臨界電流密度の低下原因としてa軸配向結晶などの要因を明らかにした。

第6章は総括である。

要するに、本論文は電子線ホログラフィーなどのTEMを化合物半導体デバイスや超電導材料に実用的に応用するために必要な基礎研究である。これまでにない観察・計測手法を研究開発するとともに、計測結果の物理的な意味を明らかにした。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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