学位論文要旨



No 217557
著者(漢字) 嶋崎,由治
著者(英字)
著者(カナ) シマサキ,ユウジ
標題(和) 新規固体酸塩基触媒の開発および気相反応による反応性モノマー新製法への応用
標題(洋)
報告番号 217557
報告番号 乙17557
学位授与日 2011.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17557号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 准教授 小倉,賢
 東京大学 准教授 山口,和也
内容要旨 要旨を表示する

緒言

1970年代から、新規固体触媒の開発により環境負荷の大きい旧プロセスを環境に優しい「グリーンプロセス」に転換することを目的とした研究が活発に行われてきた。特に、脱水反応を利用したプロセスにおいては、副原料を用いる量論反応が多く、古くから「グリーンプロセス」への転換が切望されてきたが、工業化可能な性能を有する触媒が見出せず、古典的製法が近年まで続けられてきた。

本研究は、有用な反応性モノマーを気相反応により従来とは異なる反応ルートで製造する方法およびそれに用いる新規触媒の開発を目的とした。主として、ヒドロキシエチル基含有化合物を反応性モノマーに転化する気相脱水反応について検討し、弱い酸点、弱い塩基点を併せ持つ触媒が高性能を発現することを見出し、新規プロセスを工業実証した。

1.固体酸塩基触媒を用いるグリコールエーテル類の気相分子内脱水反応によるビニルエーテル類の新規製造方法の開発

Cs2OとSiO2から成る触媒がグリコールエーテル類をビニルエーテル類に転化する気相脱水反応において高性能を示すことを見出した [Eq.1, Table 1]。これは、世界初の直接脱水法の例となった。触媒の作用機構をパルス法や昇温IR測定などにより検討し、触媒表面のシラノール基が重要な働きをしていると推察した [Fig. 1]。

ROCH2CH2OH → ROCH=CH2 + H2O (Eq. 1)

2.γ-ブチロラクトンとモノエタノールアミンを原料とする、N-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドンの連続流通式製造プロセスの開発

次項のN-ビニル-2-ピロリドン(NVP)の原料としてN-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドン(HEP)の工業化が必要となり、モノエタノールアミン(MEA)とγ-ブチロラクトンを出発原料とする連続製造法について検討した [Scheme 1-a]。H2OおよびMEAが反応系に共存することで収率が向上することを見出し、生産性に優れる連続製法を開発した。

3.固体酸塩基触媒を用いるN-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドンの気相分子内脱水反応によるN-ビニル-2-ピロリドンの新規製造方法の開発

HEPの気相分子内脱水反応によるNVPの製造方法および触媒について検討した [Scheme 1-b]。アルアリ金属酸化物とSiO2から成る触媒が極めて優れた性能を示すことを見出した [ Table 2]。ベンチ実験、パイロット実験による反応および精製プロセスの最適化ならびにHEP製造プロセスとの連結化検討を経て、2001年に世界初の気相法NVP工業プラントが稼動した。また、触媒の作用機構をパルス反応や昇温IR測定などにより検討し、この反応においても触媒表面のシラノール基が重要な働きをしていると推察した。

4.Nb2O5系触媒を用いるメタクロレインとエタノールの気相水素移動反応によるメタリルアルコールの選択合成法の開発

メタクロレインとエタノールの気相水素移動反応によるメタリルアルコールの選択合成を検討し、MgOにNb2O5を添加するとMgO単独よりも反応収率が向上することを見出した [Scheme 2, Table 3]。また、Nb2O5は単独でも触媒活性を示すが、それに少量のアルカリ(またはアルカリ土類)金属元素を添加すると転化率、選択率ともに増加した。触媒の酸塩基強度を指示薬法で測定した結果、この反応には適切な酸塩基強度を有する触媒が高い性能を示すことが明らかとなった。

5.Si/アルカリ金属/P系複合酸化物触媒を用いるモノエタノールアミンの気相分子内脱水反応によるエチレンイミンの新規製造方法の開発

-新しい触媒作用機構の提案-

モノエタノールアミンのエチレンイミン(EI)への気相分子内脱水反応[Scheme 3]に優れた触媒として実用化した、アルカリ金属元素とリンを含有するSiO2系触媒の高性能発現原因を固体31P NMRを用いて詳細に検討した。その測定結果を従来報告されていた知見と合わせて考察し、活性種がアルカリ金属リン酸塩であることを解明した。また、従来提案されていた触媒作用機構ではEIより先にH2Oが脱離することに整合せず、アセトアルデヒドの副生成機構も説明していなかったが、それらに関しても整合する新しい触媒作用機構を提案した [Scheme 4]。

6.まとめ

本研究では、主として、ヒドロキシエチル基含有化合物を反応性モノマーに転化する気相脱水反応について検討した。開発した高性能触媒は全て、電子受容体として作用する弱い酸点と電子供与体として作用する弱い塩基点を併せ持つ触媒である。これらの触媒の多くは反応基質に可溶な成分から構成されているが、溶媒を用いない気相反応に用いることで触媒の溶解性は問題とならない。またその活性点強度は非常に弱いため、十分な活性を発揮するには高温が必要である。これらの触媒においては、高温下の反応であっても、活性点強度が非常に弱いため酸点または塩基点が単独で作用する副反応が進行しにくく、酸点と塩基点が協同で作用することによって進む反応には極めて高い活性を示す。更に、活性点強度が非常に弱いため活性点被毒が起こり難く長寿命であることも大きな特徴である。すなわち、本研究で開発された触媒は、気相反応に用いて初めてその特異な性能を発現する。この様な触媒を開発することで液相量論反応をグリーンプロセスに転換でき、長期間安定運転が可能な触媒工業プロセスと成り得ることを実証できた。

Table 1. Effect of alkali metals on the dehydration of EGE

Reaction conditions: EGE gas concentration, 5 vol % (N2 balance); GHSV, 1500 h(-1); reaction temp., 420 ℃ (SiO2 at 400 ℃); catalyst, calcined at 500 ℃ for 2 h.

Fig. 1. Proposed reaction mechanism

Scheme 1. Production of HEP and intramolecular dehydration of HEP to NVP

Table 2. Catalytic performances of alkali or alkaline earth metal oxide-added SiO2 catalysts

Reaction conditions; HEP gas concentration, 10 vol % (N2 balance); GHSV, 2000 h-1; catalyst, calcined at 500 ℃ for 2 h.

Scheme 2. Hydrogen transfer reaction of methacrolein with ethyl alcohol.

Table 3. Effect of addition of Nb2O5 to MgO on catalytic performance

Reaction conditions: Reaction gas mixture (vol %), MAL/EtOH/N2 = 5/30/65; GHSV, 1500 h-1; Reaction temp., 270 ℃; Catalyst 5 cm3.

Scheme 3. EI synthesis from MEA.

Sceme 4. Role of the catalyst of EI production.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「新規固体酸塩基触媒の開発および気相反応による反応性モノマー新製法への応用」と題し、全7章で構成されている。

第1章は序章であり、古典的プロセスが新触媒の開発によって高効率な新プロセスに転換された事例、中でも液相反応プロセスが溶媒を用いない気相反応プロセスに転換された事例が多くあることを示している。さらに気相反応の有用性とともにヒドロキシエチル基を有する反応性基礎化学品を主に原料に用いて高付加価値誘導体を従来よりも安全、安価に、安定して製造でき、しかも環境負荷を大幅に低減できる製造方法を開発する本研究の目的を述べている。第2章では、グリコールエーテル類の気相分子内脱水反応によるビニルエーテル類の新規製造方法および新規触媒の開発を目的に固体酸塩基触媒を探索し、Cs2OとSiO2から成る触媒が高性能を発現することを見出している。これまで、グリコールエーテル類を直接脱水してビニルエーテルを製造する方法は報告されておらず、世界初の直接脱水法の例となっている。ベンチおよびパイロットスケールでの反応および精製プロセスの最適化を行い、実用技術を実証している。また、触媒の作用機構もパルス法や赤外分光法を用いて検討し、触媒表面のシラノール基が重要な働きをしていると推察している。第3章では、モノエタノールアミンとγ-ブチロラクトンからのN-(2-ヒドロキシエチル)-2-ピロリドン(HEP)連続製造法について検討し反応条件の最適化を行い、工業化に成功している。第4章では、HEPの気相分子内脱水反応によるN-ビニル-2-ピロリドン(NVP)の製造に対し、アルカリ金属酸化物を天下したSiO2が優れた触媒となることを見出し、工業化に成功している。また、触媒の作用機構をパルス法や赤外分光法を用いて検討し、この反応においても触媒表面のシラノール基が重要な働きをしていると推察している。第5章では、メタクロレインとエタノールの気相水素移動反応によるメタリルアルコールの選択合成を検討し、MgOにNb2O5を添加するとMgO単独よりも反応収率が向上することを見出している。また、Nb2O5は単独でも触媒活性を示すが、それに少量のアルカリ(またはアルカリ土類)金属元素を添加すると転化率、選択率ともに増加することを見出している。触媒の酸塩基強度を指示薬法で測定した結果、この反応には適切な酸塩基強度を有する触媒が高い性能を示すことを明らかにしている。第6章では、モノエタノールアミンのエチレンイミン(EI)への気相分子内脱水反応に実用化した、アルカリ金属元素とリンを含有するSiO2系触媒の活性種が、アルカリ金属リン酸塩であることを解明している。また、従来提案されていた触媒作用機構はEIより先にH2Oが脱離する事実と矛盾しており、アセトアルデヒドの副生成機構も明らかにしていなかったが、それらに関しても新しい触媒作用機構を提案している。第7章は総括である。

以上のように、本論文では電子受容体として作用する弱い酸点と電子供与体として作用する弱い塩基点を併せ持つ高性能触媒を開発し、これらの実用化にも成功している。さらに反応機構や活性点構造に対する考察も行っており、固体酸塩基触媒設計に関して重要な知見を与えるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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