学位論文要旨



No 217569
著者(漢字) 木下,誠也
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,セイヤ
標題(和) わが国の公共工事の入札契約制度と企業評価制度の歴史的考察
標題(洋)
報告番号 217569
報告番号 乙17569
学位授与日 2011.10.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17569号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 中井,祐
 東京大学 教授 堀田,昌英
 東京大学 准教授 清家,剛
内容要旨 要旨を表示する

わが国の公共工事の入札契約制度は、談合の防止や競争性の確保、あるいは品質確保の観点など、それぞれの時代の社会的要請を受けて修正を重ねる歴史を歩んできた。国の契約の手続きを最初に法定化したのが1889年(明治22年)に制定された会計法と会計規則(両者を合わせて「明治会計法令」という)である。制定以来、1900年(明治33年)の勅令制定に続いて1921年(大正10年)に指名競争入札を法定化したほか、1961年(昭和36年)に低入札に対する落札価格の制限に関する規定等を設けたのが大きな改正点である。それ以外には、会計法令は入札契約制度に関して大きく変わっていない。

社会情勢が大きく変化している昨今ますます多様な入札契約方式が求められているが、わが国のように予定価格による落札価格の上限を設けて一般競争入札方式を用いることを原則とし、交渉手続きを定めていない制度では、技術力を重視する多様な入札契約方式を適用することが困難となっている。

入札契約制度を論じるにあたっては、企業評価制度に着目することも重要である。建設業許可に始まり、2年ごとの競争参加資格の審査、さらには工事ごとの競争参加資格の確認に至る企業評価方式は、それぞれが導入された時代や社会の要請が異なるものであり、順次追加、個々に改定を繰り返し現在のシステム全体ができあがっている。総合評価落札方式を用いる一般競争入札が原則となってきた現状、さらには今後の入札契約方式の多様化に対応するためには、企業評価制度の見直しが必要と考えられる。

しかし、明治会計法令制定以来わが国入札契約制度の枠組みが変更されなかった背景は明らかにされておらず、西洋諸国の制度を参考にわが国の入札契約制度が導入された背景や、明治会計法令制定当時特に参考としたフランスとイタリアの入札契約制度とわが国の制度の変遷を比較することによってわが国の入札契約制度の特徴を明らかにしたものはない。

低入札に対する落札価格の制限については、1961年(昭和36年)の会計法改正に至るまで長年にわたって国会で議論されたが、法改正に至る国会における議論の経緯が整理されていない。

また、企業評価方式のそれぞれが整備されてきた社会的背景や経緯が、わが国の企業評価制度の特徴を明確にする観点から論じられていない。企業評価制度の見直しにあたっては、海外の先進事例が参考になると考えられるが、ここ数年の間に大幅に制度整備が進んだ欧米主要国の企業評価方式とわが国の企業評価方式の類似点・相違点が明らかにされていない。

本研究は、わが国の企業評価制度を含む入札契約制度の歴史的考察と海外との比較を通して、わが国の制度の特徴を明らかにすることを目的とする。

具体的には、西洋諸国の入札契約制度を参考に明治会計法令がどのように導入され、その後わが国の入札契約制度がどのように変遷したのか、そして、明治会計法令制定以来入札契約制度の枠組みが変わっていない経緯を整理し、その背景を明らかにする。さらに、制定当時特に参考としたフランスとイタリアの入札契約制度の発展の経緯を明らかにし、現時点でわが国の入札契約制度が西洋諸国の制度に比べ大きく異なっていることを明らかにする。

また、わが国の入札契約制度の枠組みを定める会計法令に関して大きな議論の対象となっていた低入札に対する落札価格の制限が、どのような経過を経て法定化されたのか、国会における議論を中心に経緯を明らかにする。

企業評価制度については、建設業許可制度に始まり、経営事項審査や各発注者による2年ごとの競争参加資格の審査、さらには工事ごとの競争参加資格の確認を主な検討対象とし、それらが整備されてきた社会的背景や経緯を分析することにより、わが国の制度の特徴を明らかにする。そして、先進的な公共調達制度を有するアメリカ、イギリス、フランス等の主要国における最新の企業評価制度について調査を行い、わが国の制度と比較して類似している点、相違している点を明らかにする。

以上の検討を進めるためには、これまでの入札契約制度を含む各種法制度の歴史的経緯を把握することが重要であるため、既往の文献や論文を調査することに加え、過去の法令を収集するほか、国会会議録などにより国会における議論の争点、さらに建設業団体史や建設業史などにより当時の業界の問題意識を把握した。海外の情報については、既往の文献や研究成果だけでなく、可能な限り過去の法令や政府関係資料などを原語の情報を含め収集した。

第1章においては、序論として、背景、目的、既往の研究及び本論文の構成をとりまとめた。

第2章においては、明治会計法令制定以来現在に至るまで、予定価格による落札価格の上限を必ず定めることとしていること、交渉手続きを定めていないことなど、わが国の入札契約制度の枠組みが変わっていないことを明らかにするとともに、最近になって会計法令が厳格に運用され一般競争入札が原則適用となり、独禁法の規制が大幅に強化されてきたために、さまざまな面で問題点が顕在化しはじめていることを明らかにした。そして、長い間入札契約制度の枠組みが変更されなかった背景を分析し、過去においては発注者・受注者双方の利害にかなっていた仕組みであったこと、法制度の見直しを求める声が大きくなってきた最近であってもわが国の立法メカニズムが法改正を困難にしていることなどを明らかにした。

第3章においては、明治会計法令制定当時特に仏国会計法及び伊多利国会計法が参考とされたが、イタリアにおいてはこれとは別に公共工事に関する法令が1865年から存在していたこと、また、フランス、イタリアいずれの国においても、その後調達方式が逐次見直され、早くから調達の目的物に応じて多様な入札契約方式が選択できる制度となっていることを明らかにした。さらに、アメリカその他の国や国際機関についても調査した結果、韓国、台湾等一部の国においてわが国と同様の予定価格の上限拘束の仕組みが存在する例があるものの、調査をしたいずれの国・機関においても、物品、工事、サービス等、買い入れの目的物に応じてさまざまな入札契約方式が選択できる制度になっていることを明らかにした。

第4章においては、安値受注が室町時代以来認識されていた課題であったことを示し、1920年(大正9年)に最低制限価格制度を定めた道路工事執行令が1952年(昭和27年)に失効してから、1961年(昭和36年)に低入札価格調査制度が会計法に位置づけられた経緯について、国会における議論を中心に整理した。さらに、わが国の低入札に対する落札価格の制限の特徴を明らかにする観点から、欧米における落札価格の制限に関する取り組み状況と比較した。そして、低入札価格調査制度を位置づける会計法改正が可能となった背景と、わが国の落札価格の制限に関する課題を論じた。

第5章においては、企業評価について、建設業許可制度に始まり、経営事項審査や各発注者による2年ごとの競争参加資格の審査、さらには工事ごとの競争参加資格の確認を主な検討対象とし、それらが整備されてきた社会的背景や経緯を明らかにした。そして、現行の企業評価の仕組みの大部分は、公共工事が指名競争入札により発注されていた時代に構築されたものであること、一般競争入札導入後コリンズ(工事実績情報システム)の普及等により公共工事発注者が企業の技術力の評価を行える体制が整ってきたことを論じた。

第6章においては、先進的な公共調達制度を有するアメリカ、イギリス、フランス等の主要国の企業評価制度を調査した結果、

(a) 建設業の許可等の制度よりも登録制度が一般的である。

(b) 工事一件当たりの受注上限額、または工事の受注総額を定めている事例はあるが、わが国のように工事の受注額の上限と下限を設定することにつながる等級区分の制度はない。

(c) したがって、2年ごとの評価制度はない。

(d) 工事ごとの競争参加資格の確認において、経営力と技術力は分けて評価している。

(e) 過去の実績・成績を重視する傾向が強くなっている。

ということを明らかにし、契約における当事者間の関係は一げん限りと考えられがちであった欧米において、最近急速に請負者の過去の実績評価を重視する傾向が見られることを示した。また、これらの国においては、企業の財務情報等の経営力評価と過去の工事実績等の技術評価は分けて取り扱っており、わが国のように一つの数値に統合して評価するようなことはしていないことを明らかにした。

第7章においては、結論と今後の課題を示した。

本研究において、わが国の公共工事の入札契約制度と企業評価方式の歴史的考察と海外との比較を通じて、わが国の制度の特徴を相当程度明確にすることができたと考える。今後、制度の変遷とその背景、そして海外の先進事例についてさらに研究を深めることが、企業評価制度を含む入札契約制度の見直しを論じるために極めて重要と考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、西洋諸国の入札契約制度を参考に明治会計法令がどのように導入され、その後わが国の入札契約制度がどのように変遷したのか、そして、明治会計法令制定以来入札契約制度の枠組みが変わっていない経緯を整理し、その背景を明らかにするとともに、わが国の会計法令において唯一変更が加えられた低入札に対する落札価格の制限が、どのような経過を経て法定化されたのか、さらに、入札契約制度に関係の深い企業評価制度の特徴を明らかにすることを目的としている。

第1章においては、序論として、本研究の背景、目的、既往の研究及び本論文の構成をとりまとめ、本研究の意義と特徴を明確にしている。本研究においては、これまでの入札契約制度を含む各種法制度の歴史的経緯を把握することが重要であることから、既往の文献や論文を調査することに加え、過去の法令を収集するほか、国会会議録などにより国会における議論の争点、さらに建設業団体史や建設業史などにより当時の業界の問題意識を把握している。海外の情報については、既往の文献や研究成果だけでなく、可能な限り過去の法令や政府関係資料などを原語の情報を含め収集している。

第2章においては、明治会計法令制定以来現在に至るまで、予定価格による落札価格の上限を必ず定めることとしていること、交渉手続きを定めていないことなど、わが国の入札契約制度の枠組みが変わっていないことを明らかにするとともに、最近になって会計法令が厳格に運用され一般競争入札が原則適用となり、独禁法の規制が大幅に強化されてきたために、さまざまな面で問題点が顕在化しはじめていることを明らかにしている。そして、長い間入札契約制度の枠組みが変更されなかった背景を分析し、過去においては発注者・受注者双方の利害にかなっていた仕組みであったこと、小さな問題に対しては法制度の運用で対応が可能であること、さらに、法制度の見直しを求める声が大きくなってきた最近であってもわが国の立法メカニズムが法改正を困難にしていることなどを明らかにしている。

第3章においては、明治会計法令制定当時特に仏国会計法及び伊多利国会計法が参考とされたことから、イタリアおよびフランスの入札契約制度を調査し、その変遷を明らかにしている。イタリアにおいては会計法とは別に公共工事に関する法令が1865年から存在していたこと、また、フランス、イタリアいずれの国においても、その後調達方式が逐次見直され、早くから調達の目的物に応じて多様な入札契約方式が選択できる制度となっていることを明らかにしている。さらに、アメリカその他の国や国際機関についても調査した結果、韓国、台湾等一部の国においてわが国と同様の予定価格の上限拘束の仕組みが存在する例があるものの、調査をしたいずれの国・機関においても、物品、工事、サービス等、買い入れの目的物に応じてさまざまな入札契約方式が選択できる制度になっていることを明らかにしている。

第4章においては、安値受注が室町時代以来認識されていた課題であったことを示し、1920年(大正9年)に最低制限価格制度を定めた道路工事執行令が1952年(昭和27年)に失効してから、1961年(昭和36年)に低入札価格調査制度が会計法に位置づけられた経緯について、国会における議論を中心に明らかにしている。さらに、わが国の低入札に対する落札価格の制限の特徴を明らかにする観点から、欧米における落札価格の制限に関する取り組み状況と比較し、低入札価格調査制度を位置づける会計法改正が可能となった背景と、わが国の落札価格の制限に関する課題を論じている。

第5章においては、企業評価の制度について、それらが整備されてきた社会的背景や経緯を明らかにしている。現行の企業評価の仕組みの大部分は、公共工事が指名競争入札により発注されていた時代に構築されたものであること、一般競争入札導入後コリンズ(工事実績情報システム)の普及等により公共工事発注者が企業の技術力の評価を行える体制が整ってきたことを明らかにしている。

第6章においては、先進的な公共調達制度を有するアメリカ、イギリス、フランス等の主要国の企業評価制度を調査し、わが国と比較することにより、その特徴を明らかにしている。これらの国々においては、(1)建設業の許可等の制度よりも登録制度が一般的であること、(2)わが国のように工事の受注額の上限と下限を設定することにつながる等級区分の制度はないこと、(3)工事ごとの競争参加資格の確認において、経営力と技術力は分けて評価していること等を明らかにしている。さらに、契約における当事者間の関係はいちげん限りと考えられがちであった欧米においても、最近急速に請負者の過去の実績評価を重視する傾向が見られることを示している。

第7章においては、本研究の結論と今後の課題を取り纏めている。

本研究は、わが国の公共工事の入札契約制度と企業評価方式の歴史的考察と海外との比較を通じて、わが国の制度とその背景にある特徴を歴史資料を用いて明らかにすることに初めて成功している。さらに、わが国の入札契約制度を再構築することが求められている現在において、その社会的意義は極めて大きいと認められる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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