学位論文要旨



No 217575
著者(漢字) 岡田,康志
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,ヤスシ
標題(和) 単頭型キネシンモーターKIF1Aの運動機構
標題(洋) The motility mechanism of the single-headed kinesin motor, KIF1A.
報告番号 217575
報告番号 乙17575
学位授与日 2011.10.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17575号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣瀬,謙造
 東京大学 講師 八木,俊樹
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 講師 栗原,由紀子
内容要旨 要旨を表示する

従来型のキネシンは、一本の微小管上を連続的に100ステップ以上運動することが出来る。この性質は、細胞内で小胞などの積荷を輸送するために重要だとされている。これまでに、キネシンの2量体構造が連続的な運動を行うために必須であることが示されてきた。この結果を説明する運動機構として、2つのモータードメインを交互に用いるという二足歩行モデルが提唱されている。常に一方のモータードメインが微小管に結合したまま前進するので、微小管から解離することなく連続的に運動を行うというモデルである。

私たちは、新しいキネシンKIF1Aを発見し、それが単量体のままで高い運動活性を示すことを示した。この結果は、従来の二足歩行モデルとは異なる新しい運動機構を示唆している。そこで私たちは、単量体キネシンKIF1Aの1分子が微小管上を連続的に運動できるか否かを検討した。

そのために、まず、蛍光顕微鏡を改良することにより、蛍光色素1分子で標識したキネシン1分子の運動を実時間で観察・測定できる実験系を構築した。この実験系を用いることで、単量体のKIF1A分子1個ずつが微小管上を連続的に運動する様子を直接的に示すことが出来た。運動の連続性は、平均6.1±0.8秒であった。さらに、ATP加水分解の速度と反応産物のADP放出の速度を測定することで、加水分解反応の連続性を生化学的に測定した。ATP加水分解速度とADP放出速度の比はKIF1Aで約690となり、KIF1Aが微小管と1回結合すると、平均690回のATP加水分解反応を行うことが示された。ATP加水分解速度を用いて換算すると、KIF1Aの微小管への結合時間は、平均6.3秒となる。この結果は、1分子運動アッセイの結果とよく一致しており、独立な2つの測定系によって、単量体キネシンKIF1Aが微小管上を連続的に運動できることが示された。また、1分子運動アッセイの結果、単量体のKIF1Aの動きは確率的で、大きく揺動しながら平均的にはプラス端方向へと進むことが判った。この特徴は、バイアスのあるブラウン運動とよく合致していた。同じ条件で、二量体の従来型キネシンは、すでに報告されていた通りに直線的な動きを示す。この動きの特徴の違いは、運動機構の違いを反映していると考えられる。

次に、単量体のままで連続的に運動する機構を検討した。KIF1Aと微小管の結合は、塩強度に敏感であることから、静電相互作用の寄与が示唆された。微小管の表面は強くマイナスに帯電しているので、キネシン表面のプラス荷電がよい候補となる。KIF1AおよびKIF1Aと近縁のキネシンでは、従来型キネシンや2量体型キネシンとは異なり、ループ12にリジンが5~6個並んだ特徴的な配列が挿入されて長くなっている。このリジン6個からなるペプチドを合成したところ、Ki=80 nM という強力な拮抗阻害を示した。

この結果をさらに確認するために、ループ12の変異体を作成した。KIF1Aのループ12を他のキネシンのループ12と入れ替えることで、リジンの数を6個(KIF1A)、4個(KIF1C)、2個(KIF4)、1個(従来型キネシンKIF5C)と変化させた変異体を作成し、微小管との結合を測定した。ループ12の変異体では、強結合状態(アポ状態およびATP結合状態)での微小管との結合は変化しないが、弱結合状態(ADP結合状態)での微小管との結合はリジンの数に応じて変化した。結合の自由エネルギー変化に換算すると、リジン1残基あたり0.25 kBT ずつ結合が強くなった。この結果は、ループ12のリジンが、弱結合状態での微小管との静電相互作用に寄与していることを示している。

これらの変異体の微小管上での運動を測定すると、弱結合状態での微小管との結合の強さ(Kwd)(τ(mec))と、運動の連続性(τ(mec)∞1/Kwd)の間には という関係にあることが示された。このことは、弱結合状態で微小管から外れる速度定数(koff)が、運動の連続性を決める主要な因子であると示唆している。

逆に、単量体では連続的な運動活性を示さない従来型キネシンのループ12(リジン1個)をKIF1Aのループ12(リジン6個)と入れ替えた変異体を作成した。KIF1Aの変異体の結果と同様に、強結合状態での微小管との結合は変化せず、弱結合状態での微小管との結合が強くなり、連続的な運動活性を示すようになった。

以上の結果は、弱結合状態での微小管との結合が、単量体型キネシンの連続的な運動の重要な中間状態であることを示唆する。そこで、弱結合状態でのKIF1Aの微小管との結合を1分子運動アッセイの系で直接観察した。すると、弱結合状態のKIF1Aは、確かに微小管と結合はしているものの、微小管上で静止しているのではなく、微小管に沿った1次元ブラウン運動をしていることが判った。同じ実験条件で強結合状態での微小管との結合を観察すると、KIF1Aは微小管上で静止していた。

このように静止状態と1次元ブラウン運動を繰り返すことでバイアスのあるブラウン運動を生成する運動モデルとして、フラッシュ・ラチェットモデルが知られている。そこで、酵素反応速度および1分子運動アッセイの結果から得られたパラメータの値を用いて定量的なモデルを作成した。こうして得られたモデルは、ATP濃度を変化させた条件およびADPを添加した条件での1分子運動アッセイの結果とも定量的によく一致し、単量体型キネシンがフラッシュ・ラチェット型のブラウン運動モーターという運動機構で動いていることが強く示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、神経細胞などで細胞内の物質輸送という細胞内の兵站機能を担う本体である分子モーター のキネシンについて、その動作原理を解明するためのアプローチで、以下の結果を得ている。

1. 定説を覆し、モータードメインを1個しか持たない単頭型キネシン KIF1A が、高い運動活性を持つことを示した。

2. 蛍光顕微鏡を改良することで、蛍光一分子を直接観察できる実験系を構築し、KIF1A が単頭1分子の状態で長距離連続的に運動できることを直接的に証明した。

3. 過渡的酵素反応速度解析を行い、反応速度解析から推定されるKIF1A の連続運動特性が、上記一分子計測の結果と定量的によく一致することを示した。

4. KIF1Aが単頭1分子で連続運動することは、既存のモデルでは説明できない。そこで、単頭1分子で連続運動できない従来型キネシンKIF5C および他のキネシンスーパーファミリー蛋白群を分子進化的に比較した。その結果、ループ12の正荷電クラスターが、単頭1分子での連続運動に必要な部位の候補として予想された。

5. 上記予想を変異体作成により検証した。KIF1A のループ12の正荷電を減少させると荷電量に応じて連続運動性が減少し、逆にKIF5Cのループ12に正荷電クラスターを導入すると単頭1分子で連続運動できるようになった。

6. 変異体の解析により、連続運動性とADP状態での微小管との親和性が定量的に相関していることが示された。

7. 微小管上のループ12の結合相手が、tubulin のC末の負荷電クラスターであることを、subtilisin を用いた限定加水分解により確認した。

8. 上記の結果により、ADP状態での微小管との結合が単頭1分子での連続運動性に強く関連していることが示唆されたので、ADP状態でのKIF1Aと微小管との結合の様子を、蛍光1分子観察により確認した。その結果、KIF1AはADP状態で微小管に結合したまま、微小管に沿った一次元ブラウン運動を行うという意外な結果が得られた。

9. KIF1Aが、その加水分解サイクルの中で微小管に沿った一次元ブラウン運動を行うという新しい知見に基づいて、KIF1Aの運動をフラッシュラチェット機構を応用してモデル化した。

10. 一分子計測および酵素反応速度測定の結果から得られたパラメータをモデルに代入することで、KIF1Aの運動が定量的に説明できた。また、さまざまな揺動に対する応答も、同じモデルで定量的に説明できた。

以上、本論文は、単頭型キネシンKIF1A の解析から、キネシンの運動機構として定説を覆す新しい動作原理を明らかにした。分子モーターがブラウン運動を利用して運動しているという仮説は、おもに物理学系の研究者から何度も提唱されてはいたが、生体分子モーターにおいて実際にブラウン運動を利用している例は本研究が最初である。分子モーターの運動機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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