学位論文要旨



No 217579
著者(漢字) 川越,義則
著者(英字)
著者(カナ) カワゴエ,ヨシノリ
標題(和) 青果物の呼吸速度計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 217579
報告番号 乙17579
学位授与日 2011.11.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17579号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大下,誠一
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 教授 芋生,憲司
 東京大学 准教授 牧野,義雄
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

収穫後の青果物は、生命活動を続けており、そのために必要なエネルギを供給する作用が呼吸である。呼吸は、温度、湿度、二酸化炭素濃度、酸素濃度、エチレン濃度、光、振動、傷害などの外的要因によって影響を受ける。一方で、呼吸は、青果物中の成分を消耗しながら行われるため、青果物中の成分変化や物理変化が起こり、品質に影響を及ぼす。したがって、高品質な青果物を得るためには、貯蔵や流通過程において、外的要因により呼吸作用を制御する必要がある。そのためには、外的要因が呼吸に及ぼす影響を知る必要がある。また、呼吸は、青果物中の種々の生理作用の総計とみなし得ることから、その生理的状態を知るために、二酸化炭素放出速度、酸素吸収速度(まとめて、呼吸速度)として測定される。呼吸速度と外的要因の関係を検討するためには、各要因を制御下におく必要がある。呼吸速度の測定には、二酸化炭素濃度、酸素濃度の変化量や濃度差が用いられているため、呼吸により二酸化炭素濃度、酸素濃度が変化し、予め設定した濃度条件を維持できない。さらに、濃度変化の程度によっては、呼吸速度に影響を及ぼす可能性がある。したがって、呼吸速度への影響を一定とみなし得る二酸化炭素と酸素の濃度範囲を定め、呼吸速度を測定する必要がある。

青果物個体の代表的な呼吸速度測定法としては、密閉法、通気法がある。密閉法は、青果物を入れた気密容器(チャンバ)内の二酸化炭素、酸素の濃度変化により呼吸速度を求める方法であり、時間と共に大きな濃度変化を示す場合、測定時の濃度環境を特定することが困難である。通気法は、青果物を入れた容器に一定組成の混合気体を一定流量で通気させ、定常状態に到達したときの流入気体と流出気体中の各二酸化炭素、酸素の濃度差と通気流量により求める方法である。しかし、現状の通気法では、流入気体と流出気体の流量が等しいことおよび定常状態が仮定されている。このことは、呼吸速度が一定で、かつ呼吸商が1であることを意味しているが、実際にはそうではない場合の測定例がみられる。通気法は一定気体組成下での呼吸速度測定法と位置づけられているが、流入気体と流出気体の濃度差が大きい場合、チャンバ内部に濃度分布を生じ、測定時の気体環境を特定できない。すでに、二酸化炭素濃度や酸素濃度が呼吸速度に及ぼす影響の検討例は多数あるが、どの程度の濃度範囲内で測定されたのか不明な場合や数%の濃度差まで許容している場合がある。したがって、本研究では、気体の濃度を一定とみなす条件を明示し、一定環境下で、呼吸速度の変化や呼吸商によらず測定可能な呼吸速度計測法を構築することを目的とした。さらに、構築した計測システムにより、温度、二酸化炭素濃度、酸素濃度が呼吸速度へ及ぼす影響を検討し、気体濃度の影響を定量化する指標を提示することを目的とした。

第2章 通気法

通気法において、チャンバ内の気体量一定と完全混合を仮定し、呼吸速度やエチレン生成速度の変化にかかわらず適用可能な物質収支式を導出した。この物質収支式による通気モデルから、呼吸速度やエチレン生成速度の計算式となる通気モデル式を導出した。

流入気体の濃度と流量が一定のとき、呼吸速度の変化に伴い流出気体濃度が変化するため、チャンバ内気体と流出気体の濃度が等しくなり、かつチャンバ内を一定環境とみなし得る流入気体と流出気体の最大濃度差を許容濃度差 とし、 により設定濃度範囲を定義した。さらに、通気モデル式には、流入気体濃度と補正された流出気体濃度との差の計算が含まれるため、有効桁数の損失(桁落ち)を生じさせないための、流入気体と流出気体に最低濃度差が存在する。この最低濃度差となるときの流出気体濃度を桁落ち防止濃度とし、 と桁落ち防止濃度によって限定される濃度範囲を測定対象濃度範囲と定義した。そして、二酸化炭素放出速度に対するエチレン生成速度の比をエチレン生成比と定義し、呼吸速度、呼吸商、エチレン生成比の変動範囲を予め推定し、流出気体濃度が測定対象濃度範囲内に収まる条件から設定可能な流入気体流量の範囲を求めた。このとき、呼吸速度値に必要な有効桁数と桁落ちしない条件とにより、濃度測定において有効数字として必要な濃度の最小桁も定まる。本研究では、呼吸速度値に必要な有効桁数を2桁、呼吸速度の推定最大値が推定最小値の3.5倍以下、呼吸商とエチレン生成比の変動範囲がそれぞれ0.7~1.3、0~0.01のとき、任意の流入気体濃度に対して、二酸化炭素、酸素の濃度測定における有効数字の最下位の桁が小数第4位となることにより、 とした。また、得られた流入気体流量範囲から、実際に流量を設定する際の指針を示した。

通気モデル式では、理論上、通気開始から呼吸速度が計測可能である。しかし、実際の測定では、ある時間間隔で得られた流出気体濃度を基に計算されることから、濃度の時間微分の近似によって誤差が生じる。特に通気開始直後は、流出気体濃度の大きな変化に伴う誤差が生じるものと推測され、通気モデル式でも、呼吸速度値として十分な精度が得られるまでの測定開始時間を判断する必要がある。通気モデルで呼吸速度一定と仮定すると、流出気体濃度変化は、流出気体流量に対するチャンバ内の乾燥気体量の比を時定数とした一次遅れ系を示す。呼吸速度が変化する場合、時定数を定義できないが、流出気体流量の近似値とした流入気体流量に対するチャンバ内の乾燥気体量の比は、流入気体とチャンバ内での呼吸によって流出気体濃度が変化する際の応答性の指標であることを示した上で、この比により測定開始時間を定めた。また、逆に必要とする測定開始時間から試料質量を決定することができる。

現状の通気法に用いられている計算式(従来式)により、多くのデータが報告されている。これらのデータを活用するために、従来式における定常状態と呼吸商が1であるという仮定の意味を明確にし、さらに従来式の誤差および従来式が利用可能な条件を明らかにした。

第3章 環境制御型密閉法

通気モデル式では、チャンバ内気体量を一定と仮定する必要であり、このことにより温度が一定となるまで測定できない。また、温度一定でも、通気開始直後から測定できないなどの問題があった。しかし、青果物の流通・貯蔵過程では、温度や気体濃度の変動がみられる。よって、密閉法に一定時間毎の換気を組み合わせ、換気用気体の組成を変更可能とすることで、チャンバ内に任意の気体組成を実現し、温度や気体組成の変動環境下においても連続して呼吸速度測定が可能な環境制御型密閉法を提案し、その計測システムを構築した。

チャンバ内に予め定めた気体組成を実現後、呼吸速度値を得る間を一定環境とみなすため、第2章で定めた許容濃度差 (%)に倣い、二酸化炭素および酸素の分圧値として0.5kPa以内の変動範囲内での測定が必要となる。そこで、チャンバ内全圧の測定を行い、水蒸気圧、また加湿に用いた水に溶解する気体量を補正する項を含めた呼吸速度計算式を求めた。気体の水への溶解と水蒸気圧の補正の有効性を調べた結果、水蒸気圧については二酸化炭素、酸素いずれの場合にも、また、気体の水への溶解については二酸化炭素濃度の場合に補正を行なうことで、計測システムの再現性が向上した。

一定気体組成の下で青果物の呼吸速度計測を行なった結果、温度が設定値に向かって変化していても、呼吸により変化した気体組成が換気によって回復し、さらに二酸化炭素および酸素の分圧が0.5kPa以内の変動域で呼吸速度計測が可能なことを示した。また、途中でチャンバ内の二酸化炭素分圧のみ、酸素分圧のみ、あるいは両方の分圧を変化させた場合でも、互いにその影響はみられずに任意に気体組成が変更可能であり、変更直後を含め、連続して一定間隔で呼吸速度計測が可能なことを示した。

第4章 ホウレンソウの呼吸速度に対する環境の影響

青果物に対しては、低温障害や凍結障害を受けない範囲で低温ほど呼吸抑制効果がある。また、高二酸化炭素濃度、低酸素濃度にも呼吸抑制効果があり、従来は、呼吸速度や累積呼吸量により、その定量化が行われてきた。温度と呼吸速度の関係は、Q10、アレニウス式、ゴア式などにより表される。そこで、気体組成による呼吸抑制効果を温度で表現できれば、温度のみで気体組成と温度を含めた呼吸抑制効果が評価可能となる。よって、大気環境と異なる気体組成による呼吸抑制効果を大気環境での冷却のみによる効果とみなした時の温度降下度を呼吸抑制相当温度降下度と定義し、高二酸化炭素濃度、低酸素濃度による呼吸抑制効果を温度によって表現することを試みた。

供試材料には、研究室にて養液栽培したホウレンソウを用いた。収穫して約1時間後から環境制御型密閉法により呼吸速度測定開始した。測定時間は72h(30℃のみ48h)で、実験区は、温度0、10、20、30℃、二酸化炭素濃度0、5、10%、酸素濃度5、10、20.9%の全組み合わせである36区とした。呼吸抑制相当温度降下度を求め、温度、二酸化炭素濃度、酸素濃度の様々な組合せにおける呼吸抑制効果の大小を温度のみを指標として評価することが可能となった。ホウレンソウについては、低酸素濃度よりも高二酸化炭素濃度の方が、また低温ほど呼吸の抑制効果が高いことが分かった。

第5章 結論

通気法において、様々な呼吸速度の変化に対応した計算式として、通気モデル式を提案し、濃度測定に必要とされる精度、流入気体流量の設定可能な範囲および流入気体流量の選択指針、そして呼吸速度値として十分な精度が得られるまでの測定開始時間を示した。また、温度、気体環境を変動させても継続して呼吸速度測定が可能な環境制御型密閉法を構築した。そして、呼吸抑制相当温度降下度を定義し、温度、二酸化炭素濃度、酸素濃度の様々な組合せにおける呼吸抑制効果の大小を温度のみを指標として評価することが可能となった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなり、第1章では、序論として研究の背景および目的を示した。すなわち、青果物の呼吸は、温度、気体組成などの外的要因によって影響を受けることから、高品質な青果物を得るためには、外的要因により適切に呼吸作用を制御する必要がある。よって、呼吸作用の指標である呼吸速度(二酸化炭素放出速度、酸素吸収速度)と外的要因の定量的な関係を知る必要がある。代表的な呼吸速度計測法には、通気法、密閉法がある。現状の通気法で用いられている呼吸速度計算式(従来式)には、呼吸速度一定で、かつ呼吸商が1であることが仮定されている。密閉法は、大きな濃度変化が呼吸速度に影響を及ぼし、測定時の気体環境が特定困難となる場合がある。すでに、二酸化炭素濃度や酸素濃度が呼吸速度に及ぼす影響の検討例は多数あるが、従来式における仮定が成立し得えない測定例や、密閉法において数%の濃度差まで許容している測定例がある。したがって、本研究では、気体濃度を一定とみなす条件を明示し、一定環境下で、呼吸速度変化の状態によらず測定可能な呼吸速度計測法を構築することを目的とした。さらに、構築した計測システムにより、温度、二酸化炭素濃度、酸素濃度が呼吸速度へ及ぼす影響を検討し、CA貯蔵に用いられる気体濃度の呼吸抑制効果を定量化する指標を提示することを目的とした。

第2章では、通気法において、呼吸速度の変化の状態によらず適用可能な、従来式に替わる通気モデル式を導出した。流入気体の濃度と流量が一定のとき、呼吸速度の変化に伴い流出気体濃度が変化するため、チャンバ内気体と流出気体の濃度が等しくなり、かつチャンバ内を一定環境とみなし得る流入気体と流出気体の最大濃度差(許容濃度差)を0.5%とした。また、通気モデル式には差の計算が含まれるため、有効桁数の損失(桁落ち)を生じさせないための、流入気体と流出気体の最低濃度差となる流出気体濃度を桁落ち防止濃度とし、許容濃度差と桁落ち防止濃度により測定対象濃度範囲を定義した。そして、二酸化炭素放出速度に対するエチレン生成速度の比をエチレン生成比とし、呼吸速度、呼吸商、エチレン生成比の変動範囲を予め推定し、流出気体濃度が測定対象濃度範囲内となる条件から設定可能な流入気体流量の範囲を求め、流量の設定指針を示した。また、流入気体流量に対するチャンバ内の乾燥気体量の比は、流入気体と呼吸によって流出気体濃度が変化する際の応答性の指標であることを示し、この比により、呼吸速度値として十分な精度が得られるまでの測定開始時間を求めた。しかし、通気モデル式でも、気体組成変更直後から測定できない問題が残されため、次章において新たな呼吸速度計測法を検討した。

第3章では、密閉法に一定時間毎の換気を組み合わせ、換気用気体の組成を変更可能とすることで、チャンバ内に任意の気体組成を実現し、連続して計測可能な環境制御型密閉法による計測システムを構築した。呼吸速度値を得る密閉時間を一定環境とみなすため、通気モデル式で定めた許容濃度差に倣い、二酸化炭素および酸素の分圧値として0.5kPa以内の変動範囲内での測定を可能とするため、水蒸気圧、加湿に用いた水に溶解する気体量を補正する項を含めた呼吸速度計算式を求めた。ホウレンソウの呼吸速度計測を行なった結果、呼吸により変化した気体組成が換気によって回復し、また、途中で気体組成を変化させた場合でも、密閉中は二酸化炭素および酸素の分圧が0.5kPa以内の変動域にあり、連続して呼吸速度計測が可能なことを示した。

第4章では、高二酸化炭素濃度、低酸素濃度による呼吸抑制効果を大気環境での冷却のみによる効果とみなした時の温度降下度を呼吸抑制相当温度降下度と定義し、高二酸化炭素濃度、低酸素濃度による呼吸抑制効果を温度のみによって表現することを試みた。ホウレンソウを供試材料として様々な環境条件の下、環境制御型密閉法により呼吸速度を計測した結果、呼吸抑制相当温度降下度により、温度のみを指標として気体組成の影響を評価することが可能となった。ホウレンソウでは、低酸素濃度よりも高二酸化炭素濃度の方が、また低温ほど呼吸抑制効果が高いことが分かった。CA貯蔵は、冷却と併用することで呼吸抑制効果が得られること、凍結や低温障害となる温度付近では部分的に低温の代替となることを示した。

第5章は結論として全体を総括した。

以上、本論文は、従来の通気法の問題点を解決すると共に、気体組成の呼吸速度への影響が精査可能な呼吸速度計測法を提案し、さらに、気体組成と温度による呼吸速度への影響が温度のみにより表現可能であることを示したものであり、学術上・応用上貢献することが少なくないと考えられる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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