学位論文要旨



No 217584
著者(漢字) 可知,隆
著者(英字)
著者(カナ) カチ,タカシ
標題(和) 東海道新幹線有道床軌道の耐震性能向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 217584
報告番号 乙17584
学位授与日 2011.11.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17584号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 准教授 内村,太郎
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,大規模地震においても軌道状態を保持することが可能なように,有道床軌道構造を強化して耐震性能を向上させることを目的としており,2004年10月の新潟県中越地震で発生した走行中の新幹線車両では初めてとなる脱線事故が契機となっている.過去の大規模地震時に有道床軌道では,道床バラストの流動化や道床抵抗力の低下による軌きょうの座屈現象や著しい軌道狂いが発生し,列車の走行安定性に支障を与えた事例も報告されている.一方で,近年における重要土木構造物の設計では,発生確率は低いが極めて大きな強度を持つレベル2地震動が考慮されるようになってきている.しかしながら,東海道新幹線の軌道構造は橋梁等の無道床区間を除くほぼ全ての区間が有道床軌道であるため,レベル2地震動を超えるような大規模な地震動を受けた場合,軌道形状の保持が困難となり,列車の安全運行に影響を与えることが懸念されている.

本研究では,走行する列車の脱線そのものを防止することを目的に開発された脱線防止ガードの機能を発揮させるため,有道床軌道の道床肩を強化し,まくらぎの道床横抵抗力を保持することにより,大規模地震発生時においても軌道の変位を脱線防止に必要とされるレベルまで低減する合理的で経済的なバラスト流出防止工法を提案した.この分野での既往の研究としては,鉄筋コンクリート製ブロックによるバラスト止め(以下「RCバラスト止め」と記す)があり,その耐震性能も確認されている.しかし,RCバラスト止めは,幅50cmで約150~200kgの質量があるため,重機械施工および線路閉鎖手続きが必要であり,さらには施工中に突起部の裏込めが十分でないと軟弱地盤の盛土区間で肩部に変状が発生し,地震時に盛土肩が弱点となる等の施工性および経済性の課題がある.

一方で,鉄道盛土の耐震性能を高めるために,RRR工法に代表されるジオテキスタイルを用いた補強工法が積極的に採用されている.有道床軌道は一般に高さ数十cmであり,しかもバラストは盛土材料として最適であるため,高さ数mの盛土の耐震補強が可能であるならば,有道床軌道の耐震補強も可能であると考えた.次に,土構造物の補強工法の一種として土のう工法がある.新しいバラスト流出防止工法を検討するにあたり,土のうの効果にも着目した.そこで,バラストを土のうに入れて道床肩に沿って積み上げる構造のバラスト止めを検討した.土のう袋は安価で入手しやすい材料であり,現地のバラストの使用が可能なため,経済性で有利になる.更に,土のうは袋の大きさにより質量を調節できるため,分割して積み上げることで人力施工が可能になり,施工性でも有利となる.

バラストは粒径が大きく稜角に富んでおり,相互の噛合せにより大きな摩擦抵抗を発揮することで,列車振動に対して安定した形状を保持している.そのため,バラストを通常の土のうに入れて積み重ねた場合,土のうの境界面でバラスト相互の噛合せが阻害され,滑動が生じる恐れがあった.そこで,バラスト本来の噛合せを活かしながら土のうの効果を発揮する方法として,耐久性に優れたジオテキスタイル素材の大きな目合いを持つバッグ(以下「ジオテキバッグ」と記す)を採用した.また,せん断抵抗を強化するため,補強鉄筋をジオテキバッグの積層体を貫通して路盤部に打込む構造(以下「ジオテキバッグ工法」と記す)とした.

従来の研究では,土構造物の耐震性能を定性的に評価することに留まっていたが,本研究では実物大振動台試験における2つの数値目標値と比較することで,ジオテキバッグ工法の耐震性能の向上を定量的に評価した.本研究では,振動台試験における1つ目の数値目標値として,実台車を用いた想定東海地震波を入力波とした実台車振動台試験における脱線防止ガードの機能が確認されたまくらぎ動的変位の最大値に基づき,まくらぎの動的最大変位25mm以下を設定した(以下「数値目標値(1)」と記す).また,2つ目の数値目標値として,地震直後も座屈を発生させないことが必要なことから,まくらぎ3mm移動時の道床横抵抗力1本あたり10.8kN以上を設定した(以下「数値目標値(2)」と記す).

まず,ジオテキバッグ工法の基本仕様を設定するために水平支持力試験を実施した.その結果,補強鉄筋を打込んだジオテキバッグ積層体は,補強鉄筋が支持杭となり,水平荷重に抵抗することでRCバラスト止めとほぼ同等の水平支持力を有するとともに,RCバラスト止めと同程度変位を抑制することが可能であることを確認した.以上のことから,ジオテキバッグに質量25 kgのバラストを詰め,1層ずつプレートランマーで転圧し,補強鉄筋は丸鋼棒を線路方向に1バッグあたり2本打込み,路盤へ打込む根入れ長さ(以下「根入れ」と記す)を200mmとした構造をジオテキバッグ工法の基本構造として設定した.

次にジオテキバッグ工法の基本構造の耐震性能を確認するため,実物大軌道を使用し,想定東海地震波を入力波とした振動台試験を実施した.東海道新幹線の有道床軌道の現場実断面を考慮し,道床肩幅が広い断面を模擬してバッグを2列配置した構造で加振した結果,40mmのまくらぎ動的最大変位が発生し,数値目標値(1)を満足しなかった.この理由として,2列目のバッグに補強鉄筋が無かったため,拘束力が弱く比較的動きやすいバラスト部分が増えたところに道床断面が大きくなったことで大きな慣性力が作用したことが考えられる.

上述した課題に対処し,ジオテキバッグ工法の基本構造を改良するため,再度水平支持力試験を実施した.ジオテキバッグの積み上げ角度,補強鉄筋の有無,打込み本数,打込み角度,鉄筋の直径,根入れなど各種条件を変えて18ケースの構造について試験した結果,バッグを傾斜積みとして補強鉄筋も傾斜させて2本打込み,根入れも増加させる改良を実施したケースにおいて最大の水平支持力を有し,変位も最小に抑制できることを確認した.以上の結果に基づいて,1列目のジオテキバッグを22.5°の傾斜積みとし,2列目のジオテキバッグをまくらぎ端から100mmの位置に設置した上で,棒状の鉄筋に代わり,機能性及び施工性に優れるコ型形状の補強鉄筋(直径13mm以上の異型鋼棒)の根入れが300mmとなるように1列目は70°の角度で1本,2列目は90°の角度で1本打込んだ軌道構造を対象に,想定東海地震波を入力波とし,道床肩幅が広い断面を模擬した条件での振動台試験を再度実施した.結果としてまくらぎ動的最大変位は7mmに低減,加振後の道床横抵抗力は10.8kN/本以上となることを確認した.よって,ジオテキバッグ工法は数値目標値(1)(2)をともに満足することから,十分な耐震性能を有することを確認し,上述した軌道構造をジオテキバッグ工法の標準構造として設定した.また,振動台試験の結果から標準構造において,まくらぎ変位を増大させ,あるいは残留変位に影響を及ぼすのは1000gal以上の主要動であり,小さい加速度で繰返し加振しても変位量はほぼ復元することを確認した.さらに,系統的に実施した振動台試験の結果より,対象とする地震の大きさ,地域,線路の重要度,線路構造等の違いに対して,ジオテキバッグ工法に用いる補強鉄筋の本数,長さ,路盤部への打込み深さ等のパラメータの組み合わせで耐震性能を合理的に評価,最適な軌道構造を設定できる可能性があることを確認した.

以上のように耐震性能を検証したジオテキバッグ工法を実用化するにあたり,耐久性の観点からジオテキバッグに使用する素材に関する検討を実施した.まず,実施工におけるプレートコンパクターを使用した転圧を考慮し,素材の耐切創性(切れにくさ)に関する試験を実施した.その結果,ポリエチレンのみの場合に比べて約4割損傷数が少なくなることから,ポリエチレンに高強度繊維のポリアリレートを配合したものをジオテキバッグの素材として使用することにした.次に,ジオテキバッグに使用するポリエチレンやポリアリレートは一般的な高分子材料と同様に紫外線による劣化が生じるため,これらの素材の耐紫外線性に対する確認試験を実施した.その結果,試験結果から推定されたバラストの更換周期である20年分に相当する紫外線量で促進曝露させた素材の引張強度はバッグによるバラストの補強効果を発揮するための必要強度以上の値であったことから,ジオテキバッグが長期間紫外線に曝露された敷設状況下であっても,機能を維持できることを確認した.

最後に,ジオテキバッグ工法の施工性を確認するため,東海道新幹線の本線において標準構造に対する試験施工を実施した.その結果,東海道新幹線における1夜あたりの作業時間帯である約4時間において,RCバラスト止めの一般的な施工延長と同程度の10mの施工が人力だけで可能なことを確認した.

本研究では,新たに提案した「ジオテキバッグ工法」が必要な耐震性能,耐久性および良好な施工性を有することを実証した.本工法は,耐震性能が向上するだけでなく,変形に対する追従性もあるため,橋台裏対策や20cm未満の盛土沈下および路盤陥没抑制対策としても効果があり,道床横抵抗力の増加による夏季のロングレールの張出し防止対策,列車走行に伴う軌道狂いの抑制効果等の副次効果及び在来線軌道での活用も期待できる.

本工法は,東海道新幹線での試験施工実績も踏まえて既に延長約5kmで実用化され,平成24年度末までに延長25kmの施工計画がある.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「東海道新幹線有道床軌道の耐震性能向上に関する研究」と題した論文である。

東海道新幹線では、地震時の脱線対策として脱線防止ガードが有道床軌道上に設置されつつある。しかし、その既往を有効に発揮させるためには、まくらぎの横方向の変位を抑制し、軌道形状を保持できるような対策を有道床軌道自体に対して実施する必要がある。これまでは、バラストの流出を防止する工法としてRCバラスト止めが用いられてきたが、施工性と経済性に課題が残っていた。

このような背景のもとで、本研究では、有道床軌道の耐震性能を向上するために合理的で経済的なバラスト流出防止工法を開発し、その効果と施工性,耐久性を明らかにすることを研究目的としている。この研究目的に対して、従来の土のうよりも大きな目合いを有するジオテキスタイル素材のバッグにバラスト材料を詰めたもの(以下「ジオテキバッグ」と記す)を積み重ねて有道床軌道の端部を補強する工法を新たに開発し、その積層方法の改善や補強鉄筋との併用により耐震性が著しく高まることを実物大の模型実験により検証している。さらに、ジオテキバッグの耐久性に関する各種試験を実施して十分な対切創性と対候性を有することを示すとともに、実構造物の試験施工を実施して施工性の確認を行っている。

第一章では、東海道新幹線の現状とこれまでの耐震補強の実施経緯、および2004年新潟県中越地震における新幹線脱線事故を契機とした列車脱線防止システムの開発状況を概説している。

第二章では、前述した研究目的を設定して、具体的な研究内容と論文の構成を記述するとともに、既往の関連研究をとりまとめている。

第三章では、東海道新幹線の既往の地震対策について詳述している。また、スラブ軌道を多用する他の新幹線とは異なり、有道床軌道が採用されている点も定量的に示している。

第四章では、有道床軌道の耐震性能に関する課題をまとめるとともに、本研究で対象とする地震動と数値目標の設定根拠について示している。

第五章では、ジオテキバッグを用いた新しいバラスト流出防止工法の提案内容について、関連する既往の工法の特徴および相違点とあわせて記述している。

第六章では、提案した工法の水平支持力等を、さまざまな条件を変化させた模型の静的な載荷試験により検証し、基本構造の設定を行っている。

第七章では、基本構造を対象とした実物大模型の大型振動台実験を実施した結果を示している。また、その結果に基づいて改良を行った構造が、想定している地震動レベルに対して十分な耐震性能を有することを明らかにしている。

第八章では、バッグに用いたジオテキスタイルの素材選定とその摩擦抵抗力の確認試験、およびジオテキバッグの耐久性に関する対切創性・対候性試験結果を記述し、想定される施工条件と供用期間に対していずれも十分な性能を有することを明らかにしている。

第九章では、東海道新幹線本線も含む実構造物における試験施工を実施した結果を示し、補強鉄筋の打込み方法の改良を行うことにより、従来工法であるRCバラスト止めと同程度かそれ以上の良好な施工性が得られることを明らかにしている。

第十章では、以上の検討成果を結論としてとりまとめ、さらに、実務における提案工法の採用計画を示すとともに、今後の課題を整理している。

以上をまとめると、本研究では、新たに開発したバラスト流出防止工法が、高い耐震性・耐久性と良好な施工性を有していることを明らかにしている。そのため、実務においても同工法は採用されつつある。これらの成果により、地盤工学の分野において重要な貢献を果たしている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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