学位論文要旨



No 217586
著者(漢字) 島辺,宗健
著者(英字)
著者(カナ) シマベ,ムネタケ
標題(和) 造血幹/前駆細胞及び白血病細胞においてPbx1はEvi-1の下流標的遺伝子である
標題(洋) Pbx1 is a downstream target of Evi-1 in hematopoietic stem/progenitors and leukemic cells
報告番号 217586
報告番号 乙17586
学位授与日 2011.11.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17586号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 准教授 井田,孔明
 東京大学 准教授 高橋,聡
 東京大学 講師 滝田,順子
 東京大学 講師 熊野,恵城
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

白血病は血球もしくは骨髄細胞のガンであり、白血球の増殖で特徴づけられる。白血病は、急性骨髄球性、慢性骨髄球性、急性リンパ球性および慢性リンパ球性に大別される。Evi-1 (ecotropic viral integration site-1)は、マウスに白血病を引き起こす遺伝子として同定され、急性骨髄球性白血病(AML)の8-10%で高発現が認められている。Evi-1が位置する染色体3q26周辺の染色体異常で高発現が認められる。加えて、正常核型においても高発現が認められ、治療抵抗性を示す予後不良因子として考えられている。Evi-1はDNA結合Zinc fingerドメインを有しているにも関わらず、下流標的遺伝子の同定はわずかであり、初期造血発生におけるGata2の制御が近年報告されたのみであった。本研究では、私はEvi-1の下流標的遺伝子同定のために標的候補遺伝子を解析し、Evi-1がPbx1のpromoter領域に結合し転写制御していることを見出した。また、Evi-1による形質転換細胞の増殖にEvi-1-Pbx1パスウェイが関与していることを明らかにした。

【材料および方法】

・標的候補遺伝子Pbx1の同定

5-FUを投与した野生型C57BL/6の雌マウスから骨髄造血幹/前駆細胞を採取し、レトロウィルスにより遺伝子を導入した。mockまたはEvi-1を遺伝子導入された細胞(GFP陽性細胞)のみをFCMにて単離し、RNAを抽出し標的候補遺伝子の発現を定量的RT-PCR法にて比較した。また、Evi-1欠損マウスの胎仔肝臓に含まれる造血細胞におけるPbx1の発現を定量的RT-PCR法にて解析した。

・Evi-1によるPbx1の発現制御解析

Pbx1の5'端上流側ゲノムDNA領域をレポーターベクターに挿入し、レポーターアッセイを行った。挿入領域を変えることによりEVI-1による制御領域を解析した。また、様々なEVI-1変異体を用いて、発現制御必要なEvi-1の機能ドメインを解析し、AP-1シグナルとの関わりを調べるためにc-Jun及びPMAを用いて解析した。さらにChromatin Immunopreciptation法(ChIP法)を用いて細胞内おけるEVI-1のゲノム上PBX1 promoter領域への結合を解析した。

・形質転換細胞及びEvi-1欠損細胞を用いたEvi-1- Pbx1パスウェイの機能解析

レトロウィルスによりEvi-1遺伝子を導入された骨髄造血幹/前駆細胞のin vitroにおける形質転換能をcolony replating assayにて解析した。また、その形質転換細胞においてPbx1に対するshRNAを用いた発現抑制による、コロニー形成能に対する影響を検討した。一方で、Evi-1欠損P-Sp (Para-aortic splanchnopleural)細胞を用いて、Pbx1遺伝子の導入によるCFC (Colony forming capacity)の回復を検討した。

【結果】

・Pbx1発現はEvi-1による転写制御を受ける

レトロウィルスによってEvi-1遺伝子を導入された細胞はFCMによって高純度で単離された。定量的RT- PCRによる解析からPbx1の発現上昇が認められた。また、胎仔肝臓に含まれる造血細胞でのPbx1の発現は野生型マウスに比べてEvi-1欠損マウスにおいて有意に低く、成体骨髄造血幹細胞の報告と一致した。Pbx1がEvi-1により直接的に制御されているかを解析するために、マウスPbx1の5'端上流側ゲノムDNA領域をレポーターベクターに挿入し、レポーターアッセイを行った。様々な長さのゲノムDNAを挿入して解析した結果、Pbx1の翻訳開始点から上流0.5kbの領域を介して、Evi-1がPbx1の転写制御をしていることが明らかとなった。

・Pbx1発現に必要なEvi-1の機能ドメインの同定

Evi-1は様々な機能ドメインを有しており、N端側及びC端側のZinc fingerドメインはDNA結合に重要である。また、Smad3、CtBP、JNKなど様々なたんぱく質と相互作用することが知られている。様々なEVI-1変異体を用いてレポーターアッセイを行った結果、N端側のZinc fingerドメインまたはC端側のZinc fingerドメインを欠損したEVI-1の変異体ではレポーター活性の上昇が認められなかったことから、これらのドメインがPbx1の発現制御に必要であると考えられた。しかしながら、結合DNA配列の同定には至らず、C端側のZinc fingerドメインを介したAP-1シグナルの関与も否定された。

・HEL細胞においてEVI-1は転写調節因子としてPBX1 promoterに結合する

ヒト白血病細胞株HELにおいてshRNAによるEVI-1の発現抑制により、PBX1のmRNA及びタンパク質の発現低下が認められた。このことから、HEL細胞においてもPBX1はEVI-1により正に制御されていると考えられた。細胞内でゲノムDNAのPBX1 promoter領域にEVI-1が結合しているのかを調べるために、このHEL細胞株を用いてChIP法にて検討した。その結果、レポーターアッセイで同定されたEvi-1による制御領域(マウス)と相同な領域(ヒト)に、EVI-1が結合することがわかった。

・Pbx1はEvi-1による形質転換細胞のefficient propagationに必要である

マウス骨髄由来造血幹/前駆細胞にEvi-1を強制発現させ、半固形培地にて培養すると、コロニーを形成する。mock導入細胞が3ラウンド目でコロニー形成ができなくなるのに対し、Evi-1を強制発現させた細胞ではコロニー形成が持続し、形質転換が認められる(図1(a))。Mock導入細胞は分化した形態を示し、マクロファージのみが観察されるのに対し、Evi-1を強制発現させた細胞では骨髄芽球異形成を伴う未熟な骨髄性の細胞が認められた。3ラウンド目以降のEvi-1強制発現細胞においてshRNAによりPbx1の発現を抑制すると、コロニー形成数が減少した(図1(b))。しかしながら、In vitroにおいて形質転換をすることが知られているE2A/HLF及びAML1/ETOを強制発現させた細胞では、このshRNAによるコロニー形成数の減少は認められなかった。以上のことから、Pbx1はEvi-1による形質転換の維持に必要であると考えられた。一方、Evi-1遺伝子の導入により回復される、Evi-1欠損P-Sp細胞のCFCは、Pbx1遺伝子の導入では認められなかった。

・AML患者の白血病細胞におけるEVI-1とPBX1の発現相関

既報の285例のAML患者由来白血病細胞におけるマイクロアレイデータを解析したところ、EVI-1とPBX1の発現に正相関が認められた(Table 1)。また、東京大学医学部附属病院のAML患者由来白血病細胞を用いた独立した検討においても、正相関の傾向が認められた。

【考察】

Evi-1高発現が予後不良を示す報告は続いており、そのメカニズム解明の臨床的意義は高い。近年、その分子メカニズムとしてエピジェネティック制御因子のHDACs、HMTs、micro RNAsとの関係が報告されてきている。標的遺伝子の解析でも進展がみられ、PTEN、SIRTが同定された。今回、私はEvi-1を強制発現したマウス骨髄由来造血幹/前駆細胞を用いて、Pbx1がEvi-1により上方調節を受ける遺伝子であることを同定した。その発現制御にはEvi-1のN末側及びC末側Zinc fingerドメインが関与しており、Pbx1 promoter領域(-0.5 kb領域)に結合して制御していた。また、Pbx1発現を抑制するとEvi-1によって形質転換した細胞のコロニー形成能が減弱することを明らかにした。さらに、AML患者由来の白血病細胞を用いた解析から、ヒト白血病細胞においてもEVI-1とPBX1の発現が正相関していることを示した。この結果はEvi-1が有する白血病細胞の増殖・維持にPbx1が寄与していることを示す重要な所見と考えられた。Pbx1はALLで発見された(1;19)転座によるE2A-Pbx1のキメラ遺伝子として同定され、Hox及びMeisタンパクのco-factorとして転写制御に重要な役割を果たしていることが明らかとなっている。胎仔造血細胞でのPbx1発現及び、Pbx1が造血幹細胞の自己複製に関与することが報告され、胎仔造血におけるEvi-1-Pbx1パスウェイの関与が考えられたが、Pbx1遺伝子の導入ではEvi-1欠損P-Sp細胞のCFCの回復は認められず、Evi-1の他の標的遺伝子が必要であると考えられた。また、白血病化においてEvi-1とHoxが協調して働くことから、これら3者に協調が考えられた。加えて、Evi-1及びPbx1は造血器腫瘍を含む複数の癌腫で高発現が認められていることから、Evi-1-Pbx1パスウェイは様々な組織での癌細胞の増殖に寄与していると考えられた。

Table 1. 急性骨髄性白血病患者285例におけるEVI-1とPBX1発現間でのピアソンの相関係数

図1

(a)Evi-1を強制発現させた造血幹/前駆細胞はmockと比較しコロニー形成が持続した。

(b)Evi-1により形質転換された細胞はPbx1に対するshRNA (sh-Pbx1)によりそのコロニー形成数が低下した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、難治性白血病の発展・進展において重要な役割を果たしていると考えられる白血病関連転写因子Ecotropic viral integration site 1 (Evi-1)について、その転写標的因子の解析を試みたものである。既報の標的遺伝子をもとに標的遺伝子の絞り込み、Evi-1による転写制御機構の解析、半固形培地でコロニーアッセイをする系を用いた細胞増殖に対する検討を行っており、下記の結果を得ている。

1.Evi-1の下流標的候補遺伝子を絞り込む目的で、正常な造血幹/前駆細胞にレトロウィルスを用いてEvi-1遺伝子を導入し、高純度で単離された細胞において定量的PCRに解析からPbx1の発現上昇を認めた。また、Evi-1ノックアウトマウスの胎仔肝臓細胞においても野生型と比べてPbx1発現の低下が認められ、生体骨髄造血幹細胞の報告と一致した。Pbx1の5'端上流側ゲノムDNA領域を用いてレポーターアッセイを行った結果、Pbx1の翻訳開始点から上流0.5kbの領域を介して、Evi-1がPbx1の転写制御を行っていることが示された。

2.Pbx1の転写制御に必要なEvi-1遺伝子の機能領域を同定する目的で、レポーターアッセイにおいて様々なEvi-1変異体を共に一過性発現させて実験を行い、Pbx1の転写制御にはN端側のZinc fingerドメイン及びC端側の Zinc fingerドメインが重要であることが示された。Zinc finger領域はDNA結合能を持つことから、既報のEvi-1結合配列の検索、結合可能性のある領域への変異導入を行ったが、レポーター活性に顕著の低下は認められず、Evi-1の結合DNA配列の同定には至らなかった。また、C端側の Zinc fingerドメインはAP-1を活性化することから、AP-1を介したPbx1発現の可能性を検討したが、c-Jun及びホルボールエステル(AP-1活性化薬剤)によるレポーター活性の上昇は認められなかった。Evi-1のZinc finger領域を介した転写制御機構は、(1)未知の結合配列を介してDNAに結合している、(2)他の転写共役因子と複合体を形成している、という可能性が考えられた。

3.ヒト白血病細胞株HELではEVI-1、PBX1ともに発現が認められ、EVI-1に対するshRNAの導入によりPBX1の発現低下を認め、HEL細胞株においてもEVI-1によるPBX1発現制御の存在が示された。細胞内においてゲノムDNAのPBX1 promoter領域にEVI-1が結合しているのかを検討するために、クロマチン免疫沈降法を用いて検討した。その結果、レポーターアッセイで同定されたEvi-1による制御領域と相同な領域(ヒト)に、EVI-1が結合することが示された。

4.Evi-1ノックアウトマウスのP-Sp領域の細胞を半固形培地で培養すると野生型と比べて著しく低いコロニー形成能を示し、Evi-1遺伝子を導入することでコロニー形成能が回復することが知られている。同様の手法で、Evi-1の下流標的遺伝子Pbx1をレトロウィルスによって導入したが、コロニー形成能の回復を認めなかった。Pbx1以外の下流標的遺伝子の発現上昇が必要である可能性が考えられた。

5.正常な造血幹/前駆細胞にレトロウィルスを用いてEvi-1遺伝子を導入して、半固形培地で培養をすると、少なくとも6ラウンドの継代を重ねてもコロニー形成が持続され、骨髄芽球異形成を伴う未熟な骨髄性の細胞が認められ、これはin vitroで再現されたEvi-1高発現の形質転換細胞と考えられた。Mock群でコロニー形成が消滅する3ラウンド目以降のEvi-1導入細胞にshRNAによりPbx1の発現を抑制すると、コロニー形成数の減少が認められた。一方、in vitro形質転換能をもつAML1/ETOまたはE2A/HLF遺伝子を導入した細胞においては、コロニー形成数の減少は認められなかった。Evi-1高発現の白血病細胞の増殖にEvi-1-Pbx1パスウェイが寄与していることが示された。

6.既報の285例の急性骨髄性白血病患者由来の白血病細胞におけるマイクロアレイデータを解析したところ、EVI-1とPBX1の発現に正相関が認められた。また、東京大学医学部附属病院の急性骨髄性白血病患者由来の白血病細胞を用いた独立した検討においても、正相関傾向が認められた。

以上、本論文は定量的PCR法による標的遺伝子の絞り込み、レポーターアッセイ、クロマチン免疫沈降法による転写制御解析、半固形培地上でのin vitro形質転換細胞を用いた解析及び臨床検体を用いた解析から、造血幹/前駆細胞及び白血病細胞においてPbx1がEvi-1の下流標的遺伝子であることを明らかにした。白血病発症及びその進展に重要な役割を担う造血系転写因子の標的遺伝子ネットワークを解明することは、造血細胞の悪性化との関係を明らかにする上で非常に重要であり、本研究は正常細胞及び白血病細胞におけるEvi-1-Pbx1パスウェイに関する知見を深めた点で、難治性白血病の発症・進展の分子機構解明に重要な貢献をなすものと評価する。よって、学位の授与に値すると判断する。

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