学位論文要旨



No 217592
著者(漢字) 筒井,純一
著者(英字)
著者(カナ) ツツイ,ジュンイチ
標題(和) 地球温暖化対策の統合評価に向けた気候予測法の構築
標題(洋)
報告番号 217592
報告番号 乙17592
学位授与日 2011.12.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第17592号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 辻,誠一郎
 東京大学 講師 鯉渕,幸生
内容要旨 要旨を表示する

地球温暖化の情報には、CO2 等の排出量に関わる経済やエネルギー技術の発展経路から、地球・地域規模の気候変化と影響に至るまで、様々な不確実性が含まれる。本研究では、不確実な情報の下での行動計画に向けた意思決定を支援するために、日本に影響する台風に注目して、地球温暖化の問題を統合的に評価するための枠組を構築した。統合評価の基盤となるのは簡易気候モデルと熱帯低気圧の理論モデルである。この組み合わせにより、気候予測に関わる様々な不確実性を合理的に扱うことが可能となる。本研究の成果は、独自の視点から最新の科学的知見を集約・反映するために新しいモデルを開発したこと、およびその出力結果から台風に伴う暴風雨の変化を評価するスキームを考案したことに集約される。

開発した簡易気候モデルは、炭素循環モデルと気候変化モデル、および温度変化などの空間分布情報を導出するパターンスケーリングで構成され、それぞれの要素に2007年のIPCC第4次評価報告書の段階までの科学的知見が反映されている。核となる炭素循環モデルで計算されるCO2排出量と濃度の関係は、21世紀の変化傾向のみならず、過去の実績値との比較や1000年規模の変化についても最新の知見と整合する。また、他の類似モデルにない実用上の利点として、濃度から排出量を求めるインバージョン計算に対応し、さらに、炭素循環の平衡状態を解析的に評価する機能を有している。これらの機能は、目標とする気候安定化を達成する排出経路の検討に役立てられる。

地球温暖化に関する科学的知見は、複雑な気候モデルの高度化とともに発展し、詳細な気候予測は、標準的な排出シナリオに対する多数の気候モデル実験の結果として得られる。この結果を将来の様々な発展経路に対して一般化し、統合的観点から情報を付加するのが簡易気候モデルの役割である。本研究で考案した台風の変化を評価するスキームは、その付加情報の一つとして、現象に即した理論的考察を基に、多数の気候予測結果を解釈・応用する手法と位置づけられる。

台風等の熱帯低気圧の経年変化は自然の変動が卓越する。地球温暖化による変化については、複雑な気候モデルによる数値実験で活発に研究されているが、統合的理解に向けた情報源としては必ずしも十分ではない。本研究では、広範囲にわたる既往研究を勘案し、熱帯低気圧の強度を左右する大規模な熱環境の変化に注目した。この点については、熱帯低気圧の最大潜在強度の理論が活用でき、強度の変化が海面水温と上空の気温の変化から評価される。さらに、降水極値を評価する理論式と組み合わせて、熱帯低気圧に関わる影響評価に必要な情報を導出することも可能となる。

日本に接近・上陸する台風は、中心気圧で表される最大潜在強度が、1℃の海面水温上昇によって平均的に6.7 hPa低下すると評価された。変化の大きさは上部対流圏の温度偏差に依存し、この数値は多数の気候モデル実験で得られる平均的な温度偏差に対応する。モデル間のばらつきを考慮すると、気圧低下は0.6 hPaから12.0 hPaの範囲となる。中心気圧深度(周辺環境と中心の気圧差)で表される強度の平均変化率は、0.5、1.0、および2.0℃の海面水温上昇に対して、それぞれ3.6%、8.4%、および19%である。この結果は観測や数値実験に基づく既往研究と整合的である。また、比較的高緯度の日本の本土に近いところでは、台風の発達に適する海域や季節が、地球温暖化によって拡大する傾向も示唆された。

この評価手法とパターンスケーリングを組み合わせて、過去の顕著な台風に対して、温暖化した環境の最大風速や降水極値の変化率が、全球平均の温度上昇の関数として定式化される。本研究では、日本に上陸して顕著な大雨をもたらしたFlo(1990年の第19号)を顕著事例として取り上げた。現状から全球平均で1℃昇温した場合(2040年頃に相当)、Floと同程度の台風は、強度が6.5% [-1.6%, 12.2%]増加し、降水極値が9.3% [4.7%, 12.4%]増加すると見込まれる([ ]内は不確実性の幅)。降水極値の変化については、水蒸気量の増加による熱力学的寄与が1℃の昇温で5.6%と見込まれ、台風強度に関係する不確実性の幅が相対的に小さい。

過去の顕著な台風は、構造物の設計外力や防災対策の指針などに反映されてきた。本手法は、任意の昇温量に対する変化を直ちに算出できるため、構造物の設計外力などに応用する際も、耐用年数に依らず、将来の様々な発展経路の可能性に対して一般的に利用できる。得られた結果は、地球温暖化の適応策に直結し、定量化された不確実性の情報はリスク管理にとって有用である。さらに、排出シナリオと台風強度の不確実性の比較から、地球温暖化の緩和策も考慮した上で、実施すべき施策の優先度を評価するための基礎情報も得られる。

本研究では、地球温暖化による熱帯低気圧の変化として、合理的な根拠のある強度のみを扱った。強度以外の要素については、自然の気候変動の理解、ならびに気候予測技術の向上に合わせて、今後検討すべき課題である。簡易気候モデルも含め、本研究で構築した気候予測法は、気候科学と地球温暖化対策との橋渡しの役割を担っている。気候科学の高度化とともに、その役割は今後益々重要になり、さらなる発展が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

温室効果ガスの人為的排出による地球温暖化問題は世界における重大な関心事であり、温暖化を正確に予測するとともに、温暖化を減ずるための緩和策および温暖化に対応するための適応策を的確に実施しなければならない。本研究においては、第一に、大気・海洋結合大循環モデルと呼ばれる、素過程の積み上げによる大規模な気候モデルとして開発・使用されている種々のモデルによる結果に基づいて、それらを統合化した簡易モデルを開発した。これにより、種々の大気・海洋大循環モデル等を合わせた統合的な視点から、任意のシナリオにおける地球温暖化の予測を合理的に行うことを可能にした。さらにその結果から、台風のメカニズムに基づいて台風強度の変化予測ができるようにするとともに、その成果が構造物の設計や防災に活かしうるものであることを示している。

本論文においてはまず、温室効果ガス濃度やその気候変化に対する影響、社会的影響に関する温暖化の閾値の根拠、気候変化予測の現状を紹介したうえで、本研究の内容と位置づけを述べている。

続いて、本研究で開発した簡易気候モデルの目的を述べたうえで、その内容を説明している。このモデルは海洋炭素循環、陸域炭素循環、それらの結果としての平均気温変化を、インパルス応答関数を用いてモデル化したものである。その中には、大気・海洋結合大循環モデル等の成果が組み込まれるとともに、二酸化炭素の排出量と大気中の二酸化炭素濃度との関係などが、様々な知見に基づいてモデル化されている。また、温暖化に対する緩和策や適応策を論じることが可能となるように、温暖化や温室効果ガス濃度が与えられた場合に、温室効果ガスの排出シナリオが逆算できるようなインバージョン機能も有している。このモデルはウェブアプリケーションSEEPLUS(A Simple climate model to Examine Emission Pathways Leading to Updated Scenarios)として作成され、公開されている。以上のように、本簡易気候モデルには新規性があり、有用性が認められるものである。

地球温暖化の社会経済的影響を論ずる際に、鍵となるのが極端現象の変化である。その中でも重要なものに台風強度の変化があるが、この予測には直接的なモデル計算は必ずしも適していない。むしろ、簡易気候モデルによる気候変化の予測結果を用いて、それを極端現象のメカニズムに基づいて関係づけることにより、極端現象の変化を予測することが現段階では合理的とも言える。本研究ではこの手法を用いて、海水面温度と台風の最大強度との関係を定量的に評価できるようにした。そこでは、上空の昇温によって台風強度の増大が抑制されながらも、台風強度が増大することが定量的に示されている。

最後に、温暖化に対する適応策を論じるに際して必要となる、暴風雨の変化の予測方法を述べている。本論文で取り上げた項目は、降水極値、風速であり、それを用いて構造物の風荷重、高潮、ダムの設計洪水流量の変化の予測方法を説明し、本論文による道筋をたどることにより、極端現象によって設計条件などが決まる事象に対する適応策を検討するための外力条件が得られることを示している。

以上のように総括される本研究の成果は、論文提出者の主体的な研究の結果として得られたものであり、地球温暖化に関する統合的な評価の分野で新規性ある知見を示したものである。よって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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