学位論文要旨



No 217593
著者(漢字) スクサバ,ボンスウク
著者(英字) SOUKSAVATH,Bounsouk
著者(カナ) スクサバ,ボンスウク
標題(和) ラオスにおける水力発電プロジェクトの社会的影響 : 移転住民の生活再建に関するナムグム1とナムテン2水力発電プロジェクトの比較研究
標題(洋) Social Consequences of Hydropower Project in Laos : A Case Study in Comparison of the Livelihood Reconstruction of Re-settlers by NAM NGUM-1 and NAM THEUN-2 Hydropower Projects
報告番号 217593
報告番号 乙17593
学位授与日 2011.12.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 第17593号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 中山,幹康
 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 教授 堀田,昌英
 法政大学 教授 藤倉,良
内容要旨 要旨を表示する

メコン河流域は、多大な水力発電の可能性を保有しており、メコン河委員会の調査によるとメコン河流域の潜在的発電量は約40,000MWに達する。大メコン流域圏の各国は、その潜在的発電量を利用するためにお互いに競い合っており、メコン河とその支流で200以上のダムの建設計画が提案されている。近年、水力発電開発および様々な水資源プロジェクトがメコン河流域において盛んに計画・実施され、発電、洪水調節、灌漑施設等が着々と実現している。ラオス国内においても、メコン河とその支流において水力発電開発の可能性が大きい。ラオスでは60以上の水力発電プロジェクトと、70以上のダム建設が計画されている。現在までに、1,550MWの発電が見込まれている12のダムが建設されている。

本研究は、1971年に竣工したナムグム1(NN1)と2009年に竣工したナムテン2(NT2)水力発電プロジェクトにおける移転住民の生活の現状を、移転前の生活状況と比較しつつ明らかにすること、および得られた知見によって移転住民の生活状況の変化とその要因への理解を深化させることによって、将来のラオスにおけるダム建設に伴う住民移転計画を改善できる方策を提案することを目的とした。

主要な現地情報は、関係当局への聞き取り調査、NN1およびNT2プロジェクトの移転住民への聞き取り調査と意見交換、移転地域における日常生活の観察等を通じて収集した。水力発電プロジェクトの関係者として、政府機関、プロジェクト専門家、移転住民の3つのグループに焦点を当てて情報収集と意見交換を実施した。2つの水力発電プロジェクトの比較分析から、水力発電プロジェクトの影響を受けた村落において、職業と収入、土地所有権と農業活動、移転住民の財産、日常生活における利便性、子供の教育機会、地域交流、生活の満足度、地方行政による補償手続き等の様々な要因に関して興味ある有益な知見が得られた。ここで着目した幾つかの要因に関係する、補償政策が伝統文化の保全に与える影響についても分析した。

現地情報の収集に加えて、文献調査により、政策動向、国の環境保全行動計画および政策的枠組み、関連法令、環境管理を見据えた制度設計、国の法律や規則等に関して詳細な知見を得た。

NN1およびNT2水力発電プロジェクトにおいて、移転住民の大多数が現在の村落における生活状況に満足していること、全ての家計収入が移転前より向上し最低貧困水準を上回っていること、および電気、道路、上下水道、学校、病院等の社会基盤施設が整備されている移転先の村落の方が子供の教育に良好な環境と認識していること等が明らかとなった。

NN1水力発電プロジェクトにおける移転先のパッケン村とホンハン村について各々50家族を調査した結果、パッケン村の家族の平均年間収入がホンハン村の約2倍であること、ホンハン村の移転住民の満足度がパッケン村より幾分低いこと等が分かった。両村落の差異に影響要因について検討すると、パッケン村では、舗装された幹線道路が日常的に利用できると共に農業灌漑施設が整備されているが、ホンハン村では、道路も灌漑施設も未整備であることが明らかとなった。

NT2水力発電プロジェクトにおける移転元のボマ村、ソポン村、カオイ村、およびドネ村について合計135家族を調査した結果、殆どの移転住民が単一の旧村落から単一の新村落への移転を希望していたにも関わらず、旧村落が統合されて新村落になった事例があること、複数の旧村落が統合された移転先の新村落では、多数を占める旧村落出身者も少数派の旧村落出身者も、一つの村として生活することに困難を感じていること、単一の旧村落から単一の新村落へ移転した移転住民の方が経済的に豊かで満足度が高いこと、移転住民は、移転先の住居、補償金、ダム建設工事に伴う雇用機会等の比較的短期的な事項に関心があり、土地利用や自然資源環等の長期的に重要な事項に関心が低いこと等が明らかとなった。

NN2水力発電プロジェクトの移転住民は、環境影響評価や環境社会配慮の規則が存在しなかった約40年前に竣工したNN1水力発電プロジェクトの移転住民と比較して、移転に関する説明、住居、金銭的補償、雇用等、生活再建を見据えたより多くの便宜供与を受けているが、十分な面積の農業利用地の提供と自然資源環境保全が不十分であると考えられる。NN1水力発電プロジェクトの移転住民は、金銭的補償がなくても十分な面積の農業利用地と自然環境資源を提供された御蔭で安定した生活を続けていると思われる。移転住民の生活様式を保持できるような移転先の選択肢が与えられない場合は、生活再建の問題がより困難になると思われる。

将来の水力発電プロジェクトのダム建設に伴う住民移転計画を想定して、移転住民と環境への悪影響を最小限にしつつ、移転の効果を最大限に実現するための幾つかの方策を提案した。これらの提案には、NN1水力発電プロジェクトのホンハン村に通じる幹線道路の建設と灌漑システムの改善、NT2水力発電プロジェクトにおける農業利用地の拡大および流域における水産養殖産業への取り組み等の継続的な支援が含まれている

本研究の成果は、今後の研究の方向を示すとともに、ラオスおよびメコン河流域における将来のダム建設に伴う環境社会影響評価および緩和方策に関する指針の重要な部分を担うと共に、政策立案者や関連機関に有益な知見や示唆を与えていると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

メコン河流域は、多大な水力発電の可能性を保有しており、メコン河委員会の調査によると潜在的発電量は約40,000MWに達する。メコン河流域の各国では、その潜在的発電量、すなわち電力エネルギーを利用した経済成長と福利厚生の向上を見据えて、メコン河とその支流で200以上のダム建設が計画されている。ラオスでは60以上の水力発電プロジェクトと70以上のダム建設が計画されており、現在までに、約1,550MWの発電量の12のダムが建設されている。しかし、水力発電プロジェクトは、ダム建設による水没地域の住民、および著しい生活環境の変化を余儀なくされる周辺地域の人々の、非自発的な移転を伴うことがある。

本研究は、1971年に竣工したナムグム1(NN1)、および2009年に竣工したナムテン2(NT2)水力発電プロジェクトにおける非自発的な移転住民の生活の現状を、移転前の生活状況と比較しつつ明らかにすること、および移転住民の生活状況の変化とその要因に関する知見に基づいて、将来のラオスのダム建設に伴う移転計画において、住民の生活再建と福利厚生に有益な方策を提案することを目的としている。

移転住民の生活状況に関する一次資料は、NN1およびNT2水力発電プロジェクトの移転住民への村落単位での聞き取り調査と意見交換、および移転地域における日常生活の観察等の手法により収集している。さらに、水力発電プロジェクトの関係者として、政府機関、プロジェクト専門家、移転住民の3つのグループに焦点を当てて情報収集や意見交換等を実施している。現地の一次情報の収集に加えて、文献調査により、政策動向、国の環境保全行動計画および政策的枠組み、関連法令、環境管理を見据えた制度設計、国の法律や規則等に関して詳細な知見を得ている。

2つの水力発電プロジェクトの事例研究および両者の比較分析から、水力発電プロジェクトの影響を受けた村落において、職業と収入、土地所有権と農業活動、移転住民の財産、日常生活における利便性、子供の教育機会、地域交流、生活の満足度、地方行政による補償手続き等の様々な事項に関する実態と影響要因を明らかにすると共に、補償政策が村落・地域の伝統文化の保全に与える影響についても分析している。

NN1およびNT2水力発電プロジェクトにおいて、移転住民の大多数が現在の村落における生活状況に満足していること、全ての家計収入が移転前より向上し最低貧困水準を上回っていること、および電気、道路、上下水道、学校、病院等の社会基盤施設が整備されている移転先の村落の方が子供の教育に良好な環境と認識していること等を明らかにしている。

NN1水力発電プロジェクトにおける移転先のパッケン村とホンハン村について各々50家族を調査して、パッケン村の家族の平均年間収入がホンハン村の約2倍であること、ホンハン村の移転住民の満足度がパッケン村より幾分低いこと等を示して、両村落の相違は、パッケン村が日常生活で利用できる舗装された幹線道路および近代的な農業灌漑施設が、ホンハン村では未整備で利用できないことが影響要因と分析している。

NT2水力発電プロジェクトにおける移転元のボマ村、ソポン村、カオイ村、およびドネ村について合計135家族を調査して、移転住民が単一の旧村落から単一の新村落への移転を希望していたにも関わらず、旧村落が統合されて新村落になった事例があること、複数の旧村落が統合された新村落では、多数を占める旧村落出身者も少数派の旧村落出身者も、一つの村として生活することに困難を感じていること、単一の旧村落から単一の新村落へ移転した移転住民の方が経済的に豊かで満足度が高いこと、移転住民は、移転先の住居、補償金、ダム建設工事に伴う雇用機会等の比較的短期的な事項に関心があり、土地利用や自然資源環等の長期的に重要な事項に関心が低いこと等を明らかにしている。NN2水力発電プロジェクトの移転住民は、NN1水力発電プロジェクトの移転住民と比較して、移転に関する説明、住居、金銭的補償、雇用等の便宜が供与されているが、十分な面積の農業利用地の提供と自然資源環境保全が不十分であると論じている。

NN1水力発電プロジェクトのホンハン村に通じる幹線道路の建設と灌漑システムの改善、NT2水力発電プロジェクトの移転住民の農業利用地の拡大および流域における水産養殖産業への取り組み等の必要性を論述している。そして、将来のダム建設に伴う住民移転計画を作成する場合の、環境への悪影響を最小限にしつつ移転先の選択肢や生活様式の継続性を重視した、移転住民の生活再建と福利厚生に有益な具体的方策を提案している。

本研究の成果は、ラオスおよびメコン河流域における将来の水力発電プロジェクトのダム建設に伴う環境社会影響評価および緩和策に関する指針、および政策立案者や関連機関に有益な知見と示唆を与えていると考えられる。

したがって、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク