学位論文要旨



No 217596
著者(漢字) 濱本,将樹
著者(英字)
著者(カナ) ハマモト,マサキ
標題(和) ALE流体構造連成有限要素解析を用いた4駆動自由度羽ばたき飛行ロボットの開発
標題(洋)
報告番号 217596
報告番号 乙17596
学位授与日 2011.12.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17596号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 高木,周
 東京大学 教授 久田,俊明
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景と目的

昆虫に代表される羽ばたき飛行はその機動力の高さから,小型ロボットの移動手段として非常に魅力的である.このため,センチメートルサイズの非定常流体挙動の解明という難題に,種々のアプローチが試みられてきた.我が国では東[1] の風洞実験や河内[2] の先駆的な昆虫計測の取り組みがなされ,また欧米においては,特にEllington[3] やDickinson[4] による動的拡大模型を用いた流体計測によって,非定常流体現象の側面からはかなり解明が進んだ.またロボットという点では,Fearing が主導したMicromechanical Flying Insect プロジェクト[5] により質量0.1g の4 駆動自由度羽ばたき飛行ロボットが試作され,回路は外部搭載で浮上力補助下ながら,上昇や前進移動を実現している.しかし,より工学的応用範囲の広い,数グラム程度の羽ばたき飛行ロボット実現には,翅の変形が流体挙動にもたらす影響を解明する必要がある.数十Hz~数百Hz という高い周波数で往復運動する羽は,慣性由来のトルクを低減するため極端に薄く軽くする必要があり,大きな受動変形の発生は避けられない.これはすなわち空気という流体と羽という構造の連成力学問題であり,特に羽ばたき飛行のような連成の大きい問題については,実験的手法,および従来のシミュレーションでの検討は困難であった.

近年,久田ら[6] はALE(Arbitrary Lagrangian Eulerian) 有限要素法に基づく流体構造連成解析(ALE-FEA) を開発,人工心臓のポンプ内における膜挙動の解析を行い,こういった連成問題の解析が可能であることを示した.本論文の目的は,このALE-FEA を昆虫の羽ばたき飛行の解析に適用し,その結果に基づき,昆虫の翅の剛性分布戦略を得て,これに基づいた軽量な翅を有する羽ばたき飛行ロボットを設計・試作する道筋を示すところにある.

2. ALE-FEA について

久田らの手法に加え,羽ばたき飛行の解析に対応した改良を加えた.昆虫の羽ばたき飛行は,翅の並進運動もさることながら,翅付け根を中心とした数十度におよぶ3 自由度の回転運動が行われる.このため,流体メッシュは翅に追従して変形する仮想弾性体とし,また,解析空間を十分大きく取った上で,解析空間の回転を許し,過剰なメッシュの歪みに起因する解析精度の低下を回避した.

流体要素には,混合型有限要素法での安定条件,すなわちinf-sup 条件を満たす最も節点数の少ない5/4c 要素を用い,構造要素には,平板の曲げを想定し厚み方向を縮退させることで解析精度向上と解析の安定化が可能なシェル要素を用いる.

3. トンボ(アキアカネ)のホバリングの解析

先ず,生体の昆虫の羽ばたき飛行解析技術を確立した.昆虫の羽の3 次元形状および剛性分布を有する構造モデルを,実際の昆虫から得られた羽ばたき方で,流体中にて移動させた流体構造連成問題を解く.流体については翅の生み出す流速および圧力分布が,構造については翅変形および節点力が算出される.この節点力から,翅の生み出す浮上力や翅の駆動に要求されるトルクやパワーが算出される.

昆虫の翅形状を3 次元スキャナにて取り込み,特徴的な稜線に沿ってメッシュ分割を行った.このメッシュそれぞれに,生体翅断片の荷重変位関係が説明できる等価ヤング率と等価厚みを与え,剛性分布を再現した翅モデルを作成した.また翅全体で質量密度一定を想定し,各シェル要素の厚みより求めた体積で生体翅の質量を除した仮想質量密度を与えた.

羽ばたき方は以下のように計測した.生体の翅根元に3 点の微小マーカーを打ち,ハーフミラーを用いた正面像/上面像同時撮影システムにより高速度撮影を行い,これにより得られたマーカーの移動を翅モデル根元の運動に幾何的に変換することで翅根元の強制変位を得た.

図に解析に用いたメッシュを示す.翅は4 節点MITCシェル要素,周囲流体は5/4c 要素であり,圧力安定化手法としてSUPG 法を用いている.流体の要素数は6317,流速節点数は7530,圧力節点数1317,構造まで含めた総自由度数は24351 である. なお, ホバリングに近い左右対称羽ばたきであることを前提に, 対象条件を導入したハーフモデルを用いている.

解析の結果,図2 に示される流れが得られ,また節点力から浮上力が求まった.翅1 枚あたりの浮上力は自重のほぼ1/2,水平力は浮上力の1/4 以下と,2枚翅でのホバリングとほぼ矛盾しない結果となった.またleading edge voltex[3] やwake capture 現象[4] による動的空力現象が観察された.

4. 翅剛性分布設計戦略の模索

続いて,羽ばたき方は一定で,翅のヤング率のみを変化させた解析から,翅の剛性分布設計戦略を模索した.13 種(125~2880MPa)のヤング率の翅の中で浮上効率が最良であった354MPa の翅では,図4 に示されるように,翅対角線上に走る浅い溝構造が,膜面に加わる流体力を主に保持していることが分かった.

以上の知見より,羽ばたき用に特化された翅構造を図4 に示されるように提案した.コルゲーションおよびこの対角上の溝構造に質量を優先的に配分して厚みを持たせることで強度を保持し,他の部分はこれに保持され流体力を受けるだけの薄い膜で構成され,周囲を縁取りした構成である.

5. 羽ばたき飛行ロボットの設計解析

上記羽構造を反映した特徴を有する,チタンフレームとアラミドフィルムからなる,翅長70mm,翼弦長16mm の翅を,図5 に示すように設計し,水平面内ストローク運動と前縁を回転中心とする能動的捻り運動の2 自由度羽ばたき運動による浮上能力およびその要求スペックをALE-FEA により算出することを試みた.

翅部の駆動には,Fearing らが提案した2 自由度運動変換機構を,ダイレクトドライブ超音波モータを適用した形にモディファイした図6 に示される機構を想定した.羽ばたきストロークと能動的捻りをそれぞれ± 45 度,± 30 度,羽ばたき周波数5Hz となる駆動条件をロータ根元要素の強制変位として与え,運動変換機構は非連成としてALE-FEA 解析を行った.

ロータ部の駆動におけるトルク-角速度関係は図7のごとくなり,ここから,約0.1W の機械的出力の超音波モータによって質量2g の2 枚翅羽ばたき飛行ロボットが自立浮上可能であることを定量的に示した.

6. 浮上力補助下における浮上および移動の実証実験

上記シミュレーションによって検討されたモデルを具現化し,図8 に示す4 駆動自由度羽ばたき飛行ロボットを試作した.駆動には,in-house の定在波型超音波モータ(機械的出力12mW) を4 つ用いた.Tetheredにて得られた浮上力はモーターパワーの小ささを反映して,0.108gf 程度と低い値であったが,浮上力補助機構に搭載された状態で,超音波モータの駆動変更のみで,上方および前後方向への移動を実証することが出来た.

また,4 つのモータの回転角を高速度撮影にて取得し,これを強制変位として羽ばたき飛行ロボットモデルに与えたALE-FEA によって,図9 に示されるごとく,上記3 方向への移動がほぼ妥当に算出され,ALE-FEA による設計の妥当性が裏付けられた.

7. 結言

以上により, 流体・構造連成解析を活用して, 特に, 2g といったミッドレンジの羽ばたき飛行ロボットには欠かせない軽量化された羽を,昆虫のデザイン戦略に倣い受動変形を許すことで設計,具現する手法が筋道立てられた. 定量的な設計ツールが確立され,自立浮上へ向けての課題が定量的に示されたことで,今後の羽ばたき飛行ロボットの開発が大幅に効率化されると考えられる.

[1] A. Azuma The biokinetics of ying and swimming, Springer-Verlag, 1992[2] 大貫 武, 河内啓二, " 昆虫に学ぶマイクロメカニックス," 応用物理, Vol.64, No.8, pp.822-825,1995[3] C. P. Ellington, A. L. R. Thomas, C. van den Berg and A. P. Willmott, "Leading-edge vortices in insect ight, Nature, Vol. 384, pp. 626-630, 1996.[4] M. B. James and M. H. Dickinson, " Spanwise ow and the attachment of the leading-edge vortex on insect wings.,"Nature, Vol. 412, pp. 729-733, 2001.[5] J. Yan, S.A. Avadhanula, J. Birch, M.H. Dickinson, M. Sitti, T. Su, and R.S. Fearing, "Wing transmission for a micromechanical ying insect," Journal of Micromechatronics, vol. 1, no. 3, pp. 221-238, 2002.[6] Z. Qun and T. Hisada, "Analysis of uid-structure interaction problems with structual buckling and large domain changes by ALE finite element method., Comput. methods Appl. Mech. Engrg.,Vol. 190, pp. 6341-6357, 2001.

図1: 生体の飛行解析に用いた(a) 流体および(b) 構造のメッシュ

図2: 2 枚翅トンボの微速飛行時の翅周囲流れ

図3: 翅溝構造への応力集中

図4: 羽ばたきに適した翅構造

図5: 設計された翅

図6: 羽ばたき飛行ロボットの機構

図7: 駆動トルク-角速度関係図

図8: 試作した自律浮上実証機

図9: (a) 対称羽ばたきと(b) 後退羽ばたきにおける実験と解析の比較

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなる。

第1章は序論である。まず背景として昆虫の羽ばたき飛行を工学応用することの有用性を述べ、これに必要不可欠である、羽ばたき飛行の空気力学に関する従来の研究を整理している。その上で、工学的に応用範囲が広いと考えられる質量数グラム程度のミッドレンジ羽ばたき飛行ロボットの実現には、従来の手法では定量的に取り扱われて来なかった、流体との力学的相互作用を含む羽の大変形を含めた定量的設計手段が必須である、との視点から、ALE 有限要素法を用いた流体・構造連成解析を活用し、 トンボの羽(翅)の剛性分布の力学的特徴を分析・模倣し、設計・ 試作することを通じて、羽ばたき飛行ロボット実現のための筋道をつける本論文の目的が述べられている。

第2章は「流体・構造連成解析の基礎式」と題し、ALE有限要素法を用いた流体・構造連成シミュレータの基礎理論、およびこれを羽ばたき飛行の解析に用いるためのプログラムの改造について述べられている。前半ではALE表記法による流体解析手法、および昆虫の翅のモデリングに適したシェル要素を用いた構造解析手法が述べられ、後半で強連成を可能とする一体型連成方程式の生成およびメッシュ制御手法などについての説明がなされている。

第3章は「トンボにおける微速飛行のシミュレーション」と題し、上記シミュレーションを用いた生体における羽ばたき飛行の解析について述べられている。解析対象としてトンボを用い、前半ではシミュレーションに必要な昆虫の翅の形状、剛性、質量密度、および羽ばたき方の計測手法とその数値モデル化手法について説明されている。後半では得られた計算結果より、トンボの飛行状態を説明できる流体力、並びに実測と概ね一致する翅の変形が得られ、シミュレーションの妥当性が示されている。更に非定常流体力学的効果や翅の慣性力の影響についての定量的分析も加えられている。

第4章は「昆虫から人工物へ」と題し、昆虫の翅における剛性分布が果たす役割を解析し、この知見を反映した、羽ばたき飛行ロボットにおける羽の基本設計思想を提案している。即ち、翅剛性に関するパラメータスタディを行い、流体力や応力分布を分析した結果、翅を対角線上に走る浅い溝構造が翅の迎え角を定めることを見出し、羽ばたきロボットに用いる羽としては、(1)コルゲーションにより強化された前縁、(2)上記のごとく対角線上に走る枝部、および(3)これらに張られた膜部からなる構造が適していると結論づけている。

第5章は、「人工羽ばたき機構の設計」と題し、考案した羽ばたき飛行ロボットの基本構造に流体・構造連成解析を適用することにより、モータやバッテリーの要求スペックを算出し、その実現性を定量的に検証した。即ち、チタンフレームにアラミドフィルムが張られた翼弦長75mm、質量41mgの羽を、2つの超音波モータの往復回転運動で駆動される運動変換機構により、水平方向の±45度のストローク、およびその両端での±30度の羽の捻り運動、の2駆動自由度で25Hzにて羽ばたき運動させることを想定し、羽及び運動変換機構を含めて流体・構造連成解析を行った。解析結果からモータやバッテリーへの要求スペックが算出できることを示し、自立浮上への見通しを立てた。

第6章は、「試作及び実験による検証」と題し、第5章で設計・解析した羽ばたき飛行ロボットを実際に試作し、評価を行った。駆動回路の小型化が未達であり、また試作したin-houseの超音波モータのパワーが12mWと低く、自立浮上は困難であることが前もって予想されたため、駆動回路および電源はロボット外部に設け、やじろべえ型の浮上力補助機構に搭載した状態で計測を行った。具体的には、羽を駆動する上下ロータの駆動パターンを変えることで、上昇、前進、および後退を実現した。また上下ロータの回転角を高速度撮影により取得し、これを入力条件とした流体構造連成解析を行った結果、実験とシミュレーションの良い一致が得られた。これらの結果から、モーターパワー向上により自立浮上できる裏付けが得られたこと、並びに自立浮上達成へ向けての改良すべき点などが論じられている。

第7章では以上の成果が結論としてまとめられ、今後の羽ばたき飛行ロボット開発におけるシミュレーションの有用性が展望として述べられている。

以上を要するに、本論文は羽ばたき飛行の力学について、羽の変形まで含めた定量的解析が可能な手段を確立し、これを用いたトンボの飛行解析から、羽ばたき飛行に適した羽の構造特性を明らかにすると共に、得られた知見に基づき羽ばたき飛行ロボットの設計および試作を実際に行い、工学的に応用範囲が広いと考えられる多自由度ミッドレンジ羽ばたき飛行ロボット実現への道筋を立てたものであり、機械工学、ロボット工学への発展に寄与するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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