No | 217599 | |
著者(漢字) | 桂川,陽三 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カツラガワ,ヨウゾウ | |
標題(和) | 変形性膝関節症におけるヒト半月の変化 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 217599 | |
報告番号 | 乙17599 | |
学位授与日 | 2011.12.21 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第17599号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序文 加齢、外傷、体重増加、筋力低下など様々な原因により、関節軟骨が変性・摩耗し、疼痛や運動機能の低下を引き起こす疾患を変形性関節症(OA)と呼ぶ。膝関節は人体で最大の関節であり、最もOAに罹患しやすい関節の一つである。膝OAでは、軟骨だけでなく半月も大きな変化を生じることが知られている。 半月は内側と外側の1対ある、線維軟骨性の組織であり、I型コラーゲンを主成分とし、少量のII型、III型コラーゲンとプロテオグリカンを含む。解剖学的には大腿骨と脛骨の間に介在し、荷重伝達、衝撃吸収、安定性の維持に重要な役割を果たしている。 膝OAの本態は軟骨の変性摩耗である。軟骨はコラーゲン、プロテオグリカンの産生と、タンパク分解酵素による分解との間でバランスを保ちながら恒常性を維持しているが、加齢や過大な力学的負荷などによりそのバランスが崩れることがOA発症の引き金となる。 膝OAによって引き起こされる半月の変化については実験動物ではよく研究されているが、ヒトの膝OAにおいて半月がどのように変化するかはよく知られていなかった。半月は均一な組織ではなく、組織の構成や細胞の代謝が中心部と辺縁部では異なる。実験動物におけるOAモデルでは、半月の中心部と辺縁部でタンパク合成能に差が見られたという報告があり、ヒトの半月の研究の際にもその部位による差も考慮する必要があると考えられる。 本研究では膝OAとその対照となる正常膝から得られた半月を、内側および外側半月のそれぞれの部位別に分割して、第一に光学顕微鏡による組織学的変化と透過型電子顕微鏡による超微細構造の変化の検討、第二に分子生物学的検討として半月の基質の産生能とそれに関与しうる成長因子の検討、第三に粘弾性体としての生体力学的特性の検討を行った。 方法 1.試料の採取 OAに罹患した膝関節(OA膝)からの半月(OA半月)は40例42膝の末期OA膝から人工膝関節置換術の際に採取した。症例は男性11例、女性29例であり、平均年齢は74.7±6.3歳であった。本研究ではOA半月の採取は膝関節の内側コンパートメントに主な病変がある内側型のOA膝からのみ行い、外側型のOA膝は除外した。 対照半月は22例のOAの所見のない剖検例の28膝から採取した。症例は男性14例、女性8例であり、平均年齢は74.5±8.3歳であった。 2.組織学的評価 組織学的評価にはOA半月13対と対照半月8対を用いた。本研究での評価は原則として半月前節について行ったが、組織学的評価に関してはOAの内側半月で変性摩耗の強い中節部についても評価した。 半月はヘマトキシリン・エオジン(HE)、およびマッソン・トリクローム(MT)で染色して光学顕微鏡下に観察を行った。IGF-1の免疫染色も同様に作成した組織切片を用いて行った。 3.遺伝子発現の解析 OA半月と対照半月それぞれ12対の内側、外側半月を評価に用いた。半月の主要な構成要素はI、II、III型コラーゲンとアグリカンであるが、これらをコードする遺伝子COL1A1、COL1A2、COL2A1、COL3A1、ACANについて評価した。 試料は対照半月、OA半月とも比較的保たれている半月前節より採取し、採取直後に実体顕微鏡で観察しながら中央部 (I)、上部表層 (U)、深層 (M)、下部表層 (L) の4つの部位に切り分けて各遺伝子の発現を解析した。また、これらの遺伝子の発現に影響を及ぼしうる成長因子としてIGF-1、PDGF-A、PDGF-B、TGF-β1 についても同様の手法で評価した。 4.コラーゲン産生の評価 遺伝子発現に相当する基質産生が行われているかどうかを検討するため、コラーゲン産生を[3H]プロリンの半月組織への取り込みによって評価した。この実験には8対のOA半月と6対の対照半月を用いた。試料は前項と同様にI、U、M、Lの4つの部位に切り分けて[3H]プロリンの取り込みを測定した。 5.透過型電子顕微鏡所見 この検討には3対のOA半月と3対の対照半月を用いた。コラーゲン線維の定量的分析として、平均線維径、単位面積あたりの線維の数、線維の全断面積が全面積に占める比率(占拠率)を測定した。 6.生体力学的評価 この検討には6対のOA半月と6対の対照半月を用いた。それぞれの半月の前節において単軸性拘束性圧縮試験により、組織の粘弾性の二つのパラメータ、aggregate modulus (剛体のかたさ)とpermeability(組織からの液体の流出しやすさ)を算出した。 生体力学的計測ののち、組織を真空乾燥によって完全に乾燥させて乾燥重量を測定し、aggregate modulus、permeability、含水量をOA半月と対照半月の各部位ごとに比較した。 結果 1.肉眼的所見 対照半月では全例で解剖学的な形態は外側、内側ともよく保たれていた。OA半月では内側半月は肉眼的にも明らかな変性を示す一方、外側半月は解剖学的な形態は対照半月に近く、よく保たれていた。 2.組織学的所見 HE染色とMT染色の所見では、対照外側、内側半月、OA外側半月の所見は同等で、半月断面は楔形で表面平滑であり、半月深層は密に配列した線維束で埋まり、細胞は半月全体にまばらに、ほぼ均一に分布していた。 OA内側半月の所見では断面は他より厚く、表面は明らかな不整が見られた。線維束は表層から不明瞭で、深層でも線維束は粗く、不均一に配列していた。これらの変化にもかかわらず、細胞密度は対照半月と同等であった。 OAの内側半月で最も変性の強い中節変性部の所見では、半月断面の構造は完全に失われ、全層にわたって線維束の規則性は失われていたが、変性が強い部分でも細胞密度は対照半月と大きな変化はなく、実験動物のOAモデルで報告されているような細胞の集簇も一部でしか見られなかった。 3.遺伝子発現の評価 COL1A1とCOL1A2の発現は、対照半月では外側、内側半月とも同様に低いレベルであった。一方OA半月ではこれらの発現はI、U、M、Lの4つの部位すべてにおいて劇的に亢進していた。対照半月に対する増加率は9倍から52倍に上った。 COL2A1の発現は、対照半月では外側、内側半月とも同様に低いレベルであったが、OA半月ではその発現は4つの部位すべてにおいて亢進していた。増加率は3倍から19倍とやや低かった。 COL3A1の発現は、最も顕著に亢進しており、その増加率は最大400倍にも達した。 COL3A1と対照的にACANの発現は、増加率が最も少なく、2倍以下であった。 今回評価した基質の遺伝子の発現について、半月内の部位による違いに関しては一定した傾向は見られなかった。 4.成長因子の発現に関する検討 IGF1、PDGFA、PDGFBの発現はOA半月で亢進していたが、TGFB1の発現は低下していた。IGF1は最大50倍と最も顕著に亢進していた。IGF1の亢進は内側半月でより高い傾向があったが、その差は統計学的に有意ではなかった。OA半月の細胞レベルでのIGF1の発現は免疫染色でも確認された。 5.コラーゲン産生の評価 対照半月では[3H]プロリンの取り込み量は外側、内側とも同等であった。OA半月では、取り込み量は対照半月を上回っていたが、増加率はOA半月におけるプロコラーゲンmRNAの増加率と比較すると低く、有意水準には達していなかった。 6.透過型電子顕微鏡による超微細構造 対照外側、内側半月、OAの外側半月の所見はほぼ同等で、直径の異なるコラーゲン線維が基質内に密に充填されているのが観察された。OAの内側半月では、他の3者と大きく異なり、細径の線維が増加し、また線維間の間隙が増大していた。 定量的評価の結果、OAの内側半月では他の3者と比して平均線維径と線維の空間占拠率はともに有意に低下し、単位面積あたりの線維数は有意に増加していた。 7.生体力学的評価 aggregate modulusはOAの内側半月で対照の内側半月より40%低下していたが、外側半月では差はなかった。permeabilityはOAの内側半月で対照の内側半月より4倍大きな値であったが、外側半月では差はなかった。含水量についてはこれらの2つのパラメータより差が少なく、OAの内側半月では含水量が大きい傾向にあったが有意ではなかった。 考察 1.OAによる半月の形態的変化と基質産生に関する遺伝子発現について 肉眼的所見、光学顕微鏡所見では、OA膝でも外側半月は対照膝と同様に変性は少なく、最も変性の強い中節部でも細胞密度に大きな変化はなく、実験動物の研究で報告されているような著明な細胞の集簇は見られなかった。 組織学的所見と対照的に、半月の主要な基質の構成要素のmRNAの発現は著しく亢進していた。I型、III型プロコラーゲンの発現の亢進が最も顕著であり、II型プロコラーゲンの発現がそれに続き、アグリカンの発現の亢進は最も低かった。これらの基質遺伝子の発現の亢進はOA半月内部で生じている修復反応による可能性がある。 成長因子の検討では、IGF-1の発現がOA半月で増加していたが、TGF-β1の発現はOA半月ではむしろ低下していた。TGF-β1の発現の減少によって半月はより変性を受けやすくなる可能性があり、これがOAにおいて半月の基質が失われるメカニズムの一つであると考えられる。 mRNAと対照的に、[3H]プロリンの取り込みは多くなかった。コラーゲン産生のメカニズムには複雑な過程が必要であり、今後の研究でどの過程でコラーゲン合成が障害されているかが明らかにされることが期待される。 2.ヒトと動物での半月の変化の相違について ヒトと実験動物とでは、組織学的所見や基質の遺伝子発現、半月の部位による構造的、機能的差異などが著明に異なっていた。動物のOAモデルでは、前十字靭帯の切離など一定の手法を使用し、月齢や飼育条件など環境因子も同一であるためにばらつきの少ない結果が得やすいのに対して、ヒトのOAは個体間の差が大きいことが、原因の一つと考えられる。このようにヒトと動物での実験結果に大きな差があることは今後動物のOAモデルによる研究を行う際に、その妥当性について十分検討すべき点であると考える。 本研究によって、OA膝では修復機転が働いているものの、有効に機能していないこと、動物とヒトとではOAによって生じる変化には大きな違いがあることが判明した。 | |
審査要旨 | 本研究は日本を始め、高齢化の進む多くの国において極めて普遍的で多くの罹患者がある変形性膝関節症(膝OA)について、膝関節の重要な構成要素である半月に生じる変化に注目して研究したものである。これまで実験動物における研究はあるが、本研究では特にヒトの半月について、第一に光学顕微鏡による組織学的変化と透過型電子顕微鏡による超微細構造の変化、第二に分子生物学的検討として半月の基質の産生能とそれに関与しうる成長因子の検討、第三に粘弾性体としての生体力学的特性の検討を行い、下記の結果を得ている。 1. 光学顕微鏡による組織学的変化の検討 HE染色とMT染色の所見では、半月前節においては対照外側、内側半月、OA外側半月の所見は同等で、変性所見は少なかった。OA内側半月の所見では断面の肥厚、表面の不整、線維束の乱れなどの変性が見られたが、細胞密度は対照半月と同等であった。OAの内側半月で最も変性の強い中節変性部の所見では、半月の構成要素の破壊が著明であったが、細胞密度は対照半月と大きな変化はなく、実験動物で報告されているような細胞の集簇もほとんど見られなかった。 透過型電子顕微鏡による超微細構造の検討 対照外側、内側半月、OAの外側半月の所見はほぼ同等で、直径の異なるコラーゲン線維が基質内に密に充填されているのが観察された。OAの内側半月では、他の3者と大きく異なり、細径の線維が増加し、また線維間の間隙が増大していた。定量的評価の結果、OAの内側半月では他の3者と比して平均線維径と線維の空間占拠率はともに有意に低下し、単位面積あたりの線維数は有意に増加していた。 2. 分子生物学的検討 遺伝子発現 OA半月ではCOL1A1とCOL1A2の発現は劇的に亢進しており、対照半月に対する増加率は9倍から52倍に上った。COL2A1の発現は、増加率が3倍から19倍とやや低かった。COL3A1の発現は最も顕著に亢進しており、その増加率は最大400倍にも達した。COL3A1と対照的にACANの発現は増加率が最も少なく、2倍以下であった。今回評価した基質の遺伝子の発現について、半月を4つの部位に分けて検討したが、部位による違いに関しては一定した傾向は見られなかった。 成長因子の発現 IGF1、PDGFA、PDGFBの発現はOA半月で亢進していたが、TGFB1の発現は低下していた。IGF1は最大50倍と最も顕著に亢進していた。IGF1の亢進は内側半月でより高い傾向があったが、その差は統計学的に有意ではなかった。 コラーゲン産生 対照半月では[3H]プロリンの取り込み量は外側、内側とも同等であった。OA半月では、取り込み量は対照半月を上回っていたが、増加率はOA半月におけるプロコラーゲンmRNAの増加率と比較すると低く、有意水準には達していなかった。 3.生体力学的評価 aggregate modulusはOAの内側半月で対照の内側半月より40%低下していたが、外側半月では差はなかった。permeabilityはOAの内側半月で対照の内側半月より4倍大きな値であったが、外側半月では差はなかった。含水量についてはこれらの2つのパラメータより差が少なく、OAの内側半月では含水量が大きい傾向にあったが有意ではなかった。 以上、本研究では、OA膝におけるヒトの半月の変化について初めて詳細に検討し、OA膝では修復機転が働いているものの、有効に機能していないこと、動物とヒトとではOAによって生じる変化には大きな違いがあることが判明した。この結果は今後のOAの研究に重要な意味をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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