学位論文要旨



No 217602
著者(漢字) 関(芳村),峰花
著者(英字)
著者(カナ) セキ(ヨシムラ),ミネカ
標題(和) トマト含有成分の機能性に関する研究
標題(洋)
報告番号 217602
報告番号 乙17602
学位授与日 2012.01.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17602号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 特任准教授 中井,雄治
 東京大学 准教授 小林,彰子
 東京大学 講師 井上,順
内容要旨 要旨を表示する

近年、食品には栄養や嗜好とは別に生体反応に働きかける作用(機能性)があることが明らかとなってきた。特に、アレルギー疾患、生活習慣病およびストレス症状といった、先進国を中心に世界的に問題となっている疾患に対し、食品による軽減作用が着目されている。本研究では、加工用または生食用として世界中で広く食され、最も多く栽培されて野菜であるトマトに着目し、トマトを用いた代表的な加工品であるトマトジュースの副産物を活用した抗アレルギー作用および特徴あるトマトの機能性について検討した。

1.トマトジュース副産物の抗アレルギー作用に関する研究

トマトを用いた代表的な加工品であるトマトジュースは、トマト果実を破砕・搾汁し、搾汁液を原料として使用する。トマトジュース製造工程において、トマトの果皮および種子が搾汁後の副産物として発生する。野菜や果実のポリフェノールは果皮に多く含まれていることが知られており、トマトジュース副産物であるトマトの果皮はポリフェノールの豊富な供給源となる可能性が推測された。ポリフェノールには抗アレルギー作用があることが知られていることから、トマトジュース副産物を利用した抗アレルギー食品素材の開発を目標として以下の検討を行った。

In vitroでの抗アレルギー作用のスクリーニングの結果、トマト各部位の中でトマト果皮が最も強い抗アレルギー作用を持つことを明らかにした。抽出条件を検討した結果、トマト果皮60%エタノール抽出物(トマト果皮抽出物)を以後の検討に用いることとした。トマト果皮抽出物の主要な活性成分として、LC/MS、NMR解析の結果、ナリンゲニンカルコン(NGC)を同定した(図1)。

NGCの作用メカニズムについて検討したところ、NGCは細胞膜を安定化することでアレルギー反応に関与するケミカルメディエーターの放出を抑制し、抗アレルギー作用を示すことが示唆された。NGCおよびトマト果皮抽出物はin vivo試験においてアレルギー反応の局所での炎症反応(浮腫、細胞浸潤)を抑制した。通年性アレルギー性鼻炎の患者を被験者とした二重盲検試験を実施し、トマト果皮抽出物がアレルギー症状を改善することが明らかとなった。医師による評価の結果と比べ、被験者による評価においてより高い症状改善評価が認められたことより、客観的な症状の改善度以上に使用者の症状改善の満足度が高いことが推測された。DNAマイクロアレイおよびRT-PCRを用いた検討から、NGCが炎症反応を促進するサイトカインであるMCP-1の転写を抑制することが明らかとなった。MCP-1を阻害することにより、抗原特異的なIgE産生に影響を与えることなく、アレルギー反応と肥満細胞の脱顆粒が抑制されることが報告されている。本研究によるin vivo試験および臨床試験において、トマト果皮抽出物は抗体産生に影響を与えることなくアレルギー反応を抑制した結果は、この既知知見と良く一致する。以上の結果より、NGCの作用メカニズムにはMCP-1発現抑制作用が重要な役割を担う可能性が示唆された。

ラットにNGCを経口投与し、その体内動態を解析し、NGCの主要な代謝物はNGC-2'-O-β-D-グルクロニド、ナリンゲニン-7-O-β -D-グルクロニド、ナリンゲニン-4'-O-β -D-グルクロニドと同定した。トマト果皮抽出物投与後の体内からもNGCと同様の代謝物を検出した。また、NGC代謝物はラットにおいて48時間以内に体内から排出されたことより、体内への蓄積性は低いことが明らかとなった。臨床試験においてトマト果皮抽出物摂取によるアレルギー自覚症状の改善が摂取終了1週間後には消失したことからも、トマト果皮抽出物の有効成分は摂取後短期間に機能を発揮し、その後速やかに排出されることが示唆された。これは安全性の観点から好ましいことである。

臨床試験において、トマト抽出物1日360mgを8週間摂取した被験者に重篤な副作用が認められなかったことより、この摂取量において安全性に関する危惧は低いものと推測した。

以上の結果より、NGCは細胞膜の安定化、ケミカルメディエーターの転写抑制により抗アレルギー作用を示すことが明らかとなった。臨床試験による有効性確認と安全性が示唆されたことより、トマト果皮抽出物が抗アレルギー素材として有用であることが明らかとなった。また、トマト果皮抽出物は抗体産生に影響しなかったことより、アレルギー体質の改善作用より、局所の症状の緩和作用を有する可能性が示唆された。よって、NGCを主成分とするトマト果皮抽出物はアレルギー症状を緩和できる機能性食品素材として、人々の健康維持に貢献する可能性が示唆された。

2.GABA高含有トマト「DG03-9」の機能性に関する研究

(独)農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センターの生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業として研究コンソーシアム「トマト機能性成分を活用した花粉症・生活習慣病対策食品の開発」において見出したγ-aminobutyric acid (GABA)高含有トマト「DG03-9」(図2)を生活習慣病に効果のあるトマトとして実用化することを目的として、血圧低下作用と抗うつ作用について検討した。

高血圧自然発症ラット(SHR)を用いてGABA高含有トマト「DG03-9」の血圧低下作用を評価した。単回経口投与試験において、GABAが主な活性成分として作用することで、GABA高含有トマトは用量依存的な収縮期血圧の低下作用を示した。また、混餌摂取試験において、GABA高含有トマトを含む餌は加齢に伴う収縮期血圧の上昇を用量依存的に抑制した。血圧上昇抑制作用は、餌に含まれるGABA含量と相関していたことより、加齢に伴う血圧上昇抑制作用にもGABAが重要な成分であることが示唆された。また、本試験において有意な血圧上昇抑制作用が認められたGABA摂取量は、既報の同作用を示したGABA含有食品のGABA投与量よりも少なかったことより、トマトに含まれるGABA以外の成分がGABA高含有トマトの収縮期血圧の混餌投与における血圧上昇抑制作用に寄与した可能性が推測された。

卵巣摘出マウスを用いた強制水泳試験によりGABA高含有トマト「DG03-9」の抗うつ作用を評価した。GABA高含有トマトを連続経口投与することにより、抗うつ作用の指標である強制水泳負荷時の無動時間が対照群と比較して有意に短縮し、脳内ストレスマーカーであるc-Fos陽性細胞数の発現が減少した。よって、GABA高含有トマトは抗うつ作用を有する可能性が示唆された。また、GABA高含有トマト群は等量のGABA群よりも無動時間を強く短縮したことより、GABA高含有トマトの抗うつ作用にGABA以外のトマト成分が関与している可能性が推測された。

GABAやGABAを含有する食品の血圧低下作用や抗ストレス作用に関する研究は多く行われている。しかし、本研究は、GABAが寄与する機能性について、食用に使用する野菜の部位(トマト果実)を摂取した場合の有効性を確認した初めての研究である。本試験で用いたGABA高含有トマト「DG03-9」はGABA生合成経路の変異によりトマトの成熟過程においてGABA含有量が増加したものであり、通常のトマトと同じ方法で栽培することができる。また、トマト果実として摂取することで血圧低下作用や抗うつ作用が得られ、通常の食事に取り入れやすい。果実として重量もあることから過剰に摂取する可能性が低く、その点でサプリメント等よりも安全性が高いと言える。以上の結果より、GABA高含有トマト「DG03-9」は日常的な食生活において有効量のGABAを摂取できる機能性食品として有用である可能性が示唆された。

アレルギー疾患、生活習慣病およびストレス症状は、世界中において患者数の増加と、それに伴う医療費の増大が問題となっている。トマトは世界中で食され、食経験が豊富な野菜であることより、機能性食品としてトマト由来成分を摂取することの受容性は高いと予測される。本研究では、トマトに着目した研究を行い、加工用トマト果皮に特徴的な成分であるNGCを含むトマト加工品やGABA高含有トマトの摂取がアレルギーやストレス症状の改善に寄与できる可能性を明らかにした。

図1:ナリンゲニンカルコン(NGC)の構造式

図2:GABA高含有トマト品種「DG03-9」(左)および、対照として使用した日本において広く食されている品種「桃太郎エイト」(右)

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、加工用または生食用として世界中で広く食され、最も多く栽培されている野菜であるトマトに着目し、その機能性について検討した。

1.トマト含有ポリフェノールの抗アレルギー作用に関する研究

トマトの代表的な加工品であるトマトジュースの製造工程において、搾汁後の副産物として発生するトマトの果皮の有効利用を目的に、トマト含有ポリフェノールを利用した抗アレルギー食品素材の開発を目標として以下の検討を行った。

In vitro試験において、トマト果皮60%エタノール抽出物(トマト果皮抽出物)に抗アレルギー作用が認められた。トマト果皮抽出物の主要な活性成分として、LC/MS、NMR分析の結果、ナリンゲニンカルコン(NGC)を同定した。NGCはアレルギー反応に関与するケミカルメディエーターの放出を抑制し、抗アレルギー作用を示す可能性が示唆された。NGCおよびトマト果皮抽出物はin vivo試験においてアレルギー反応の局所での炎症反応を抑制した。通年性アレルギー性鼻炎の患者を被験者とした二重盲検平行群間比較試験にて、トマト果皮抽出物が鼻症状を改善することが明らかとなった。また、トマト果皮抽出物1日360mgを8週間摂取した被験者に重篤な副作用が認められなかったことより、この摂取量において安全性に関する危惧は低いものと推測された。

ラットを用いた試験により、NGCの主要な代謝物としてNGC-2'-O-β-D-グルクロニド、ナリンゲニン-7-O-β -D-グルクロニド、ナリンゲニン-4'-O-β -D-グルクロニドを同定した。トマト果皮抽出物投与後の体内からもNGCと同様の代謝物を検出した。

以上の結果より、NGCを主成分とするトマト果皮抽出物はアレルギー症状を緩和できる機能性食品素材として、人々の健康維持に貢献する可能性が示唆された。

2.GABA高含有トマト「DG03-9」の機能性に関する研究

γ-aminobutyric acid (GABA)高含有トマトとして見いだされた「DG03-9」を生活習慣病に効果のあるトマトとして実用化することを目的として、血圧低下作用と抗うつ作用について検討した。

高血圧自然発症ラット(SHR)を用いてGABA高含有トマト「DG03-9」の血圧低下作用を評価した。単回経口投与試験において、GABA高含有トマトは用量依存的な収縮期血圧の低下作用を示し、その作用には主にGABAが寄与することが明らかとなった。また、混餌摂取試験において、GABA高含有トマトを含む餌は加齢に伴う収縮期血圧の上昇を用量依存的に抑制した。血圧上昇抑制作用は、既存のGABAの血圧上昇抑制作用を確認した研究におけるGABA投与量よりも低いGABA投与量にて有効性が認められたことより、GABAおよびトマトに特有の成分がGABA高含有トマトの血圧上昇抑制作用に寄与する可能性が示唆された。

卵巣摘出マウスを用いた強制水泳試験によりGABA高含有トマト「DG03-9」の抗うつ作用を評価した。GABA高含有トマトを連続経口投与することにより、抗うつ作用の指標である強制水泳負荷時の無動時間が対照群と比較して有意に短縮し、脳内ストレスマーカーであるc-Fos陽性細胞数の発現が減少した。この無動時間の短縮作用は等量のGABAよりGABA高含有トマトのほうが強い作用であったことより、トマトに含まれる成分が寄与した可能性が示唆された。

以上の結果より、GABA高含有トマト「DG03-9」は日常的な食生活において血圧低下作用や抗うつ作用の有効量のGABAを摂取できる機能性食品として有用である可能性が示唆された。

本研究の成果は、加工用トマト果皮に特徴的な成分であるNGCを含むトマト加工品がアレルギー症状の緩和、GABA高含有トマトの摂取が生活習慣病の緩和に寄与できる可能性を明らかにしたものであり、学術的・応用的に貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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