学位論文要旨



No 217603
著者(漢字) 西尾,幸博
著者(英字)
著者(カナ) ニシオ,ユキヒロ
標題(和) α位にアミノ基を有するピロール誘導体の合成反応の開発と新規なDPP-IV阻害薬の創出
標題(洋)
報告番号 217603
報告番号 乙17603
学位授与日 2012.01.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17603号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
 東京大学 准教授 楠原,洋之
内容要旨 要旨を表示する

近年、先進国を中心に心血管疾患への対策の重要性が指摘されており、そのリスクファクターの一つとして糖尿病が挙げられている。二型糖尿病の発症には、インスリン分泌の低下やインスリン抵抗性をきたす複数の遺伝因子や、過食、運動不足、肥満あるいはストレスと言った環境因子に加えて加齢の進行が関与していることが明らかとなってきている。その治療において、十分な血糖コントロールが達成できない場合は投薬による治療が不可欠となる。糖尿病治療の代表的な治療薬は複数存在しているが、それらは副作用として低血糖、体重増加、消化器疾患及び乳酸アシドーシスなどの懸念が有り、より有効かつ安全な治療薬が求められている。そのような環境下、Glucagon like peptide 1(GLP-1)が大きな注目を集めている。

GLP-1はインクレチンホルモンの一種であり、摂食に伴い小腸から分泌され、七回膜貫通型の受容体を介して様々な抗糖尿病作用を副作用の懸念無く示す。しかしながら、GLP-1の血中半減期は数分と極めて短く、その有効性は限られている。

血中での安定性を高めたGLP-1アナログの研究も進められているが、これらは皮下あるいは静脈投与によるコンプライアンスの課題や作用機序不明の急性毒性などの問題が指摘されている。そこで、同様の効果を有する低分子化合物の開発が期待されているが、ポリペプチドで有るGLP-1をリガンドとするGLP-1受容体の低分子アゴニストの取得は難しい。

GLP-1を分解する酵素の一つにDipeptidyl peptidase IV(DPP-IV)がある。DPP-IVとは全身に分布しているセリンプロテアーゼの一種であり、いくつかの生理活性ペプチドの生体内での機能発現を調整する役割を担っている。プロテアーゼの低分子阻害薬の研究は数多く報告されており、その歴史を背景にDPP-IV阻害薬は新たな低分子の抗糖尿病薬として大きな注目を浴びている。本論文においては新たなDPP-IV阻害薬の合成中間体であるα位にアミノ基を有するピロール誘導体の合成反応の開発と、その中間体より得られた新規なDPP-IV阻害薬について報告している。

HTSから見出されたリード化合物を元に、優れた活性を有するDPP-IV阻害薬が得られた。しかし、その化合物のbioavailability (B.A.)は37%と低く、より優れた化合物の探索が求められた。その薬物動態のプロフィールより、脂溶性の増加を目的として、(R)-3-amino 3-methyl piperidineを有するpyrrolo[3,2-d]pyrimidine(1)及びdeazahypoxanthine(2)に着目した(Figure 1)。

しかしながら、これらの骨格を効率的に合成する方法は知られておらず、新たな合成方法の開発が求められた。そこで、共通構造であるα位にアミンを有するピロール誘導体に着目し、検討を行った。その結果、選択的な環化を鍵反応とする四段階のカラムレスなピロール環構築反応を開発した(Scheme 1)。

反応の適用範囲と大量合成への適用の可能性を検証した結果、本合成反応はα位のアミノ基として環状のジアルキルアミンあるいはいくつかのN-メチルアルキルアミンが許容される。また、ベンジル部位の芳香環及びアルキルアミンの置換基としては、アミンを除いた幅広い官能基が許容される。

環化反応の選択性に影響を与える因子についての検討から、基質のtert-butyl esterによる立体障害と系中でのlithiumのニトリルへの配位の重要性を確認した。これらの内、特に立体障害の与える影響がより大きいと考えられる。

上述した反応で得られるピロール誘導体は4位にtert-butyl esterを有している。これらは新規なDPP-IV阻害薬である1及び2の合成における重要な中間体であり、7位が無置換な誘導体を目的とした構造である。一方で、Novartis社よりpyrrolo[3,2-d]pyrimidineを母骨格とするDPP-IV阻害薬が報告されている。それらは7位に電子吸引基を有する構造であり、7位エステル、アミド、ニトリル誘導体を含んでいる。この内、ニトリルを有する化合物については反応段階の増加と厳しい反応条件の点からtert-butyl ester体からの合成は容易ではない。一方で、Novartis社の合成方法はMicrowaveを用いたものであり、大量合成や設備の問題に加えて、変換出来る置換基が制限される点も課題として挙げられる。そこで、上述の反応の5-amino 4-cyano pyrrole誘導体の合成への拡大を検討し、One-pot反応による新たなピロール誘導体の合成反応を見出した(Scheme 2)。

この合成反応は、中程度から良好な収率で目的とするピロール誘導体を与え、幅広い置換基を許容する。また、前述の反応では合成が出来なかった、1位にベンジル基以外の置換基を有する化合物の合成も可能である。25mmolスケールでも問題なく反応が進行するため、大量合成への適用も可能と考えられる。

次に、開発した合成方法を用いて1及び2の構造活性相関について検討を行った(Figure 2)。その結果、メチル基を持つ化合物1aは、予想通りに活性が低下したが、DPP-IV阻害薬として十分な活性を保持していた。1の誘導体においては芳香環上の置換基であるR1とR2が活性に与える影響はわずかであるが、R3は活性を向上する傾向が見られた。化合物2cを除いて、2は1に比較して活性が低下した。これらの化合物のCYP酵素阻害と代謝安定性の結果から、化合物1cを用いてin vivoの試験を行い、生体内での良好な活性を確認した。しかし、1cは安全性面での課題を示した事から、それ以上の検討は中止し、新たな化合物の探索を行った。

化合物 3は極めて高いDPP-IV阻害活性(IC50 = 0.34 nM)を示す一方で、CYP酵素阻害とCYP3Aに対するMechanism-Based-Inhibition(MBI)のポテンシャルと言う課題を有したDPP-IV阻害薬である。MBIは濃度及び時間依存的なCYPへの阻害であり、代謝物によって引き起こされる。その原因として(R)-3-amino piperidineのアミノ基の酸化によって生じるhydroxylamineが原因と推測された。そこで、1及び2に示した(R)-3-amino 3-methyl piperidineを有する化合物であればMBIを回避し、CYP酵素阻害が減弱した理想的なDPP-IV阻害薬になりうると想定した。その対象化合物として、DSR-12727 (4)及びMe基をEt基に変換した化合物((+)-5)について評価を行った(Figure 3)。

検討の結果、4は期待通りに良好なDPP-IV阻害活性を維持したまま、MBIとCYP阻害を回避した。一方で、(+)-5では活性が大きく減弱するのみならず、MBIも完全に回避出来ないことが示された。4はPK/PD試験やOral Glucose Tolerance Testでも良好な結果を与え、安全性試験でもNOAEL 60mg/kg/dayと優れた結果を示した。また、4の大量合成において、上記の反応がkgスケールへも適用可能である事を示している。

以上のように、本論文中では新たなDPP-IV阻害薬として優れたプロフィールを有するDSR-12727を見出すに至る過程を紹介している。

Figure 1. (R)-3-amino-3-methyl piperidineを有する構造1 及び2

Scheme 1. カラムレスなピロール環構築反応

Scheme 2. 5-amino 4-cyano pyrrole誘導体のOne-pot合成

Figure 2. 1及び2の構造活性相関

Figure 3. 評価を行った化合物3、4及び(+)-5

審査要旨 要旨を表示する

西尾は、「α位にアミノ基を有するピロール誘導体の合成反応の開発と新規なDPP・IV阻害剤の創出」のタイトルで、以下の博士研究を行った。

現在までに糖尿病治療薬は複数上市されているが、いずれも低血糖、体重増加、消化器疾患、乳酸アシドーシスなどの懸念が有り、より有効かつ安全な治療薬が求められている。この点を解決しうるターゲットとして、内因性リガンドの一つであるGlucagon like peptide-1(GLP-1)の抗糖尿病作用が注目を集めている。GLP-1を分解する酵素の一つがDipeptidylpeptidaseIV(DPP-IV)であり、DPP-IV阻害薬によって、GLP-1の不活性化を抑制しGLP-1の血中濃度を維持することで高い抗糖尿病効果が得られるとの考えの元、精力的な研究が世界的に進行中である。本博士研究で西尾は、CYP阻害を回避した優れたプロフィールを有する独自のDPP-IV阻害薬リード2の創出と、そのキログラムスケールでの実用的合成法の確立を達成した。

まず、大日本住友製薬の社内化合物ライブラリーからのHTSによって、リード化合物1を選択した。1は、IC(50)=O.34nMと極めて高いDPP-IV阻害活性を示す一方で、bioavailabilityは37%と低く、更に代謝物によるCYP酵素阻害という問題を抱えていた。原因となる代謝物として、1級アミノ基の酸化により生じるヒドロキシアミン体が想定された。そこで4置換炭素を有する2とすることで、脂溶性の向上と立体障害の増大により、これら2つの問題点を解決できるものと期待した。キラルピペラジシ部位は、文献既知のキラルカルボン酸からのCurtius転位を鍵として、容易に合成できた。一方で、2の合成に適用可能なα位にアミノ基を有するピロール部位の実用的な合成法は存在しなかったために、まずその一般的な合成法の確立を行った。

西尾の確立したα一アミノピロール4の合成法の概略を、Scheme1に示す。4は5から酸処理によるt-Buエステルの切断と脱炭酸により合成できる。ピロール5は、6の塩基処理による分子内付加反応により構築できる。6は、7に対して2種類のアミンを段階的に付加一脱離反応することで合成できる。6はNMRにおいて1種類の組み合わせのシグナルのみを与えるが、これはNMRのタイムスケールに比較して速いシスートランス平衡が存在するためであると考えられる。この概念を基に確立した実際の合成ルートをScheme2に示す。4工程から成るこの合成法により、多様な構造を有するピロール誘導体が簡便に合成できた。この4工程はカラムクロマトグラフィーを行うこと無く実施可能であり、最終的に最適化合物合成のために2kgスケールで実施した。

この合成ルートを基にDPP-IV阻害剤の構造活性相関を行い、最適化合物2を見出した。5に対応するピロール10からの、2の合成ルートをScheme3に示した。2もキログラムスケールでの合成が可能であった。本ルートを若干変更することで、異なる複素環を母核とするリード化合物群3の多様合成も可能であった。

最後に2の活性評価を行ったところ、2は期待通りに良好なDPP-IV阻害活性を維持したまま(IC5。=1.1nM)、CYP酵素阻害を回避できる化合物であることが分かった。更に2は、PI/PD試験やoral glucose tolerance試験でも良好な結果を与え、安全性試験でも優れた結果を示した。DPP-IVと2の共結晶X線構造解析から、構造活性相関の結果を複合体の構造から考察をおこなった。

以上の業績は、創薬科学の進展に有意に貢献するものと評価され、博士(薬学)の授与に値するものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク