学位論文要旨



No 217608
著者(漢字) 伴野,直樹
著者(英字)
著者(カナ) バンノ,ナオキ
標題(和) 原子移動型スイッチデバイスの信頼性に関する研究
標題(洋)
報告番号 217608
報告番号 乙17608
学位授与日 2012.01.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17608号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 教授 渡邉,聡
 東京大学 教授 高井,まどか
 東京大学 教授 平本,俊郎
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、イオン伝導体内部で起こる金属架橋の析出・溶解を利用したスイッチ、「原子スイッチ」の、スイッチング現象における金属イオンの拡散の影響を明らかにするとともに、本スイッチを再構成可能LSI(Large Scale Integration)の配線切り替えスイッチに応用するために必要な信頼性の確保を金属イオン拡散の制御を通して行うことを目的とする。そのため、原子スイッチはLSIの多層配線中に埋め込む構造を提案し、金属架橋を形成する金属として、多層配線を構成するCuを用いることとした。

近年、製品サイクルの短期化やユーザー用途の多様化から、市場では低コストかつ短期間で機能変更や強化が可能なシステムLSIが求められている。しかし、従来のLSIの微細化ではコストが高く、開発期間も長いため、このような要求に答えるのは難しい。FPGA(Field Programmable Gate Array)に代表される再構成可能LSIは、ロジックセル間を繋ぐ配線をスイッチによって用途別のLSIを構成できるため、初期開発コストの低減や納期の短縮を実現できる。しかし、従来の再構成可能LSIは配線切り替えスイッチのサイズが大きいため、チップコストが高く、性能が低くなってしまう問題がある。イオン伝導体内において、電流経路となる金属架橋が析出・溶解することでスイッチング動作する原子スイッチは、低抵抗かつ小型化可能という特長から、再構成可能LSIの配線切り換えスイッチの応用が期待されている。本スイッチを用いた再構成可能LSIは、従来のFPGAが持つ課題を解決できる。しかし、原子スイッチを実用化するためには、信頼性に課題があった。

まず、1つ目の課題は原子スイッチのON電圧の向上である。イオン伝導層にCu2Sを用いた原子スイッチLSI動作電圧より低いため、ロジック信号でスイッチのONおよびOFF状態が変化してしまうという課題があった。そのため、ON電圧の高電圧化が必要であった。原子スイッチのONへの遷移は、金属イオンの生成過程、イオン伝導層内における金属イオンの移動過程、Cu架橋の析出過程の3つの過程を経て行われている。そのため、高ON電圧化は、これらの過程を抑制することで達成できると考えた。第2章では、イオン伝導層中でのCu+イオンの移動速度(拡散係数)とON電圧の関係を調べることで、高ON電圧化の方策を考察した。ON電圧とCu+イオンの移動速度の関係は、それぞれの温度依存性を低温環境下で測定し、両者を比較することで求めた。この結果、再構成可能LSIの応用に必要なCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)の動作電圧である0.9Vのスイッチング電圧を得るためには、Cu2Sよりも数十桁小さい銅イオンの拡散係数を有するイオン伝導層が必要であり、酸化物系イオン伝導体が有望であることがわかった。そこで、イオン伝導層には、多層配線を形成する後工程(Back End Of Line : BEOL)プロセスと親和性のある材料であるTa2O5を選んだところ、ON電圧は0.9V以上を達成した。観測された抵抗変化が金属架橋の形成に起因するものか、ON状態の電子顕微鏡観察と元素分析を行った結果、Cu架橋の形成が確認された。さらに、スイッチ速度および繰り返し耐性試験を行ったところ、再構成可能LSIの適用基準を満たすことがわかった。

次の課題は、BEOLプロセスの熱負荷に対する原子スイッチの信頼性である。本論文では原子スイッチを多層配線層中に形成することを目的としている。このため、原子スイッチにはBEOLプロセスの加熱工程に対する耐性が必要となる。しかし、Ta2O5をイオン伝導層に用いた原子スイッチでは、BEOLプロセスの加熱工程においてTa2O5が劣化し、Cu+イオンの拡散速度が速くなる。このため、BEOLプロセス中にCuがTa2O5内に拡散し、上下電極が短絡する故障が発生する可能性がある。そこで、Ta2O5にSiO2を添加することで、高温環境下におけるCu+イオンの拡散速度を抑制した。この結果、再構成可能LSIのBEOLプロセスにおける熱負荷に対して、信頼性を確保できた。さらに、Ta2O5の熱劣化機構とSiO2添加による効果について分析を行った。その結果、Ta2O5の熱劣化は加熱過程における酸素の脱離に起因しており、SiO2の添加によって酸素の脱離が抑制されていることがわかった。

さらに、ON状態およびOFF状態の保持にも課題を有する。原子スイッチを再構成可能LSIの配線切り換えスイッチに応用するためには、ON状態を担うCu架橋がロジック信号の電流によって切断してはならない。本論文では、まずDCストレス電流下でON状態の電流耐性を調べ、印加電流に対するON保持時間予測式を導出し、原子スイッチの信頼性の評価基準を確立した。続いて、再構成可能LSIの配線切り替えスイッチに流れるパルスAC電流に対して、ON信頼性を評価し、信頼性とOFFに遷移する際に必要な電流(OFF電流)のトレードオフ関係を明らかにした上で、信頼性が保証可能でOFF電流が再構成可能LSIに許容可能なON抵抗を示した。パルスAC電流によるON信頼性の実験は、原子スイッチを多層配線中に集積したクロスバースイッチを形成し測定を行った。また、OFF状態の信頼性についても調べた。原子スイッチのOFF状態は、再構成可能LSIの動作時におけるロジック信号の電圧が印加されてもスイッチの状態を保持しなければならない。しかし、一方で、ONへの遷移時は出来るだけ低い電圧で短時間スイッチする必要がある。ONへ短時間で遷移し、OFF状態を保持する場面では10年以上状態が遷移しないためには、印加電圧に対する遷移時間の依存性が急峻となっている必要がある。本論文では、OFFからONへの遷移時間の電圧依存性を調べた。多層配線中に原子スイッチを集積する場合、Cu電極とイオン伝導層の間にCu電極の酸化を抑制する酸化防止膜を形成するが、この酸化防止膜がONへの遷移時間の電圧依存性に影響を及ぼすことがわかった。高OFF信頼性を得るには、標準ギブズエネルギーの高い酸化防止層材料を用いるか、酸化防止層を厚膜化し、Cu+イオンの生成を促進するCu電極の酸化を防ぐことが望ましい。この結果、10年のOFF保持時間が得られる素子において、OFF状態の保持時とスイッチング時のOFFからONへの遷移時間の差が15桁以上得られる結果が得られた。

以上のように、本論文では、再構成可能LSIの配線切り換えスイッチへ適用に対して原子スイッチが有する課題を解決した。この結果より、原子スイッチの素子性能が向上し、原子スイッチを搭載した再構成可能LSIの実用化の可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

近年,製品サイクルの短期化やユーザー用途の多様化から,市場では低コストかつ短期間で機能変更や強化が可能なシステムLSI(Large Scale Integration)が求められている.FPGA(Field Programmable Gate Array)に代表される再構成可能LSIは,初期開発コストの低減や納期の短縮を実現できるが,配線切り替えスイッチのサイズが大きいという問題があり,さらなる高集積化の方法が求められている.イオン移動により作動する原子スイッチは低ON抵抗で小型化が可能という優れた特徴を有し,これを用いた再構成可能LSI開発に期待がかかっているが,その実用化には原子スイッチのデバイス信頼性という課題を解決する必要がある.本論文は,原子スイッチの基本的特性を支配する金属イオンの電気化学輸送現象の解析により,イオン伝導層中のイオン移動現象がON信頼性およびOFF信頼性を支配する主な要因であることを解明し,イオン移動特性の制御によるデバイス信頼性の確立を実現したものであり,以下の6章から構成される.

第1章では,再構成可能LSI開発の現状を概観し,この原子スイッチについてその作動原理を述べると共に,その再構成可能LSIへの応用における信頼性に関わる課題を抽出し,高ON電圧化,多層配線プロセスに対する熱耐性,ON信頼性ならびにOFF信頼性であることを指摘している.

第2章では,原子スイッチの高ON電圧化について検討を加えている.イオン伝導層にCu2Sを用いた原子スイッチのON電圧はLSI動作電圧より低いため,ロジック信号でスイッチが誤作動するという問題がある.原子スイッチのON状態への遷移は,金属イオン生成,電解質中のイオンの移動,Cu架橋析出という3つの電気化学的過程を経て行われるが,イオン伝導層中でのCu+イオンの移動(拡散)速度がON電圧を支配している主な因子であることを実験的に明らかにした.また45~25nm世代CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)動作電圧である0.9VのON電圧を得るためには,Cu2Sよりも十数桁小さい銅イオン拡散係数を有する酸化物系電解質が必要であり,なかでも多層配線を形成する後工程(BEOL: Back End Of Line)プロセスと親和性のあるa-Ta2O5が有望と判断してデバイス特性の検討を行い,0.9V以上のON電圧が達成できること,スイッチング速度および繰り返し耐性も必要とされる仕様を満足することを示した.

第3章では, BEOLプロセスの熱負荷に対する原子スイッチの信頼性(熱耐性)について検討を加えている.再構成可能LSIへの応用では,原子スイッチを多層配線層中に形成することを想定しているため,BEOLプロセスの加熱工程に対する熱耐性が必要となる.a-Ta2O5をイオン伝導層に用いた原子スイッチでは,BEOLプロセス中にCuがa-Ta2O5層中に拡散して上下電極が短絡する故障が発生する.加熱過程におけるa-Ta2O5の熱劣化現象は酸素の脱離による構造変化に大きな影響を受けること,ならびに,これがSiO2の添加によって抑制されることを見いだした.このSiO2添加によるCu+イオンの拡散抑制効果を利用して,原子スイッチの熱耐性向上を実現した.

第4章では,ON信頼性,すなわちON状態を担うCu架橋のロジック信号電流に対する耐性について,原子スイッチを多層配線中に集積したクロスバースイッチを形成して検討を加えた.まずDCストレス電流下でON状態の電流耐性を調べ,信号電流に対するON保持時間予測式を導出し,原子スイッチのON信頼性の評価基準を確立した.次に再構成可能LSIの配線切り替えスイッチに流れるパルスAC電流に対するON信頼性を評価し,ON信頼性とOFF遷移に必要な電流(OFF電流)のトレードオフ関係を明らかにした上で,許容可能なOFF遷移電流の範囲内でON遷移が可能なON抵抗の条件を示した.

第5章では, OFF信頼性,すなわちOFF状態がロジック信号の電圧によって変化する問題について検討している. ON状態へ短時間で遷移し,かつOFF状態を10年以上保持するためには,印加電圧に対するON遷移時間の依存性が急峻でなければならない.多層配線中に原子スイッチを集積する場合,Cu電極と電解質層の間にプロセス中のCu電極の酸化を抑制する酸化防止膜を形成するが,これに用いる酸化物の熱力学的安定性がON状態への遷移時間の電圧依存性に影響を及ぼすことを明らかにした.高OFF信頼性のためには,安定な酸化物材料を用いること,ならびに厚膜化によるプロセス中のCu電極の酸化抑制が有効であることを見いだし,OFF保持時間10年を確保しつつ100μs以下という短時間でのON遷移を実現した.

第6章では,以上の成果を総括するとともに,この新しい原子スイッチの原理に基づく再構成可能LSIの将来展望を述べている.

以上のように,本論文は原子スイッチの再構成可能LSIの配線切り換えスイッチへの応用において,原子スイッチの特性を固体電気化学的に解析し,その結果をもとにしてデバイス信頼性に関する諸問題を解決したものであり,ナノエレクトロニクスデバイスにおける材料化学の重要性を示したという点でマテリアル工学に対する貢献は大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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