学位論文要旨



No 217609
著者(漢字) 林,康子
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ミチコ
標題(和) Caenorhabditis elegansにおける減数分裂二重鎖DNA切断修復の分子機構の解明
標題(洋)
報告番号 217609
報告番号 乙17609
学位授与日 2012.02.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17609号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 准教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

減数分裂において、確実に染色体を受け継いで行く為には、相同染色体間で組換えの交叉が正確に行われる事が必須である。相同染色体間の組換えは両極への分離にも必要であるが、重要な遺伝情報を持っているDNAを傷つけなければならないという危険をはらんでいる。よって、有性生殖をおこなう生物にとっては、重要かつ慎重におこなわなければならない過程である。このため、相同染色体間での交叉を必ず形成するというメカニズムを持っている一方で、必要以上に二重鎖切断を行わないよう限定する機構と、減数分裂の細胞分裂の前に二重鎖切断を修復するという機構も持ち合わせている。

本研究において、C.elegansのrad-50 変異体を観察することにより、減数分裂の二重鎖切断修復機構においては、特別な二重鎖切断修機構の獲得と喪失が関わっていることが明らかとなった。減数分裂前の生殖細胞では、自発性または放射性による二重螺旋切断の修復の際に修復タンパク質RAD-51が修復部位を修復する際にRAD-50は必要ではない。しかし、減数分裂が始まり減数分裂染色体軸構造の形成と同時に、特別な減数分裂二重鎖DNA切断修復機構が働くということが明らかとなった。この減数分裂特有の二重鎖DNA切断修復機構の特徴として、RAD-51の集積がRAD-50依存であることと、二重鎖切断を相同染色体間の交叉により修復するという二点が挙げられる。さらに、生殖細胞は減数分裂前期パキテン中期からパキテン後期で急速に減数分裂特有の二重鎖切断修復機構から解き放たれることも明らかとなった。この減数分裂後の二重鎖DNA切断修復機構の特徴として、RAD-50非依存的にRAD-51が働き、二重鎖切断を修復する際に相同染色体間の交叉により修復することができないという特徴がある。この二重鎖切断修復機構の切り替えは、MAP kinaseにより引き起こされる減数分裂前期の始まりによっており、染色体構造の形態変化とも時を同じくしておこることが明らかとなった。これらのオンとオフの少なくとも二回の二重鎖切断修復機構の切り替えは、ゲノムを傷つけることなく減数分裂の交叉形成を行うことができるように発生的にプログラムされていると考えられる。

また、RNA干渉(RNA interference)を用いてシナプトネマ複合体中央因子のタンパク質SYP-1の転写レベルを減少させ、SNPマーカーを用いて組換え分布の解析を行い、さらには免疫染色とinjectionによるX染色体のS-phaseラべリング方法を組み合わせることにより、実際のSYP-1タンパク質の分布の解析を行った。SYP-1が、存在する箇所での組換え形成を促進すること、協調的な重合が行われておりシナプス開始場所から離れた部分での組換え形成を可能にすること、組換え数を制限し阻害するということ、という三つの役割を持ち影響を与える事によって組換えが形成されていることが示唆された。これらの役割が相互に関わりを持ちつつ、シナプトネマ複合体の集結を制御して、組換え形成を行っているということは、染色体および生物の進化において重要な要素であると考えられる。

図1 spo-11 mutantとspo-11;rad-50 mutantのRAD-51免疫染色

減数分裂特有修復部位では、 RAD-51の集積はRAD-50依存である。

図2 syp-1(RNAi)線虫のX染色体上でのSYP-1の分布(免疫染色法とX染色体ラベリング法)

審査要旨 要旨を表示する

減数分裂前のS期には、DNAが複製されDNAの量が倍増される。減数分裂ではその後二回の細胞分裂が起きるため、配偶子は一倍体となる。M 期は、前期(prophase)、中期(metaphase)、後期(anaphase)、終期(telophase)に分けられる。前期Iでは染色体の凝縮と相同染色体の対合がおこってキアズマが形成され、その後中期I、後期Iへと進行して各相同染色体はそれぞれ両極へと分離される。有性生殖をおこなう生物が確実に染色体を受け継いでいくためには、相同染色体間で組換えの形成が正確に行われなければならない。相同染色体間の組換えは、遺伝子の多様性を生み出すだけでなく両極への分離にも必要であるが、重要な遺伝情報を持っているDNAを傷つけなければならないという危険をはらんでいる。よって、有性生殖をおこなう生物にとっては、重要かつ慎重におこなわなければならない過程である。本研究は、この相同染色体間の組換えの始まりとなる減数分裂二重鎖DNA切断修復に焦点を当て、Caenorhabditis elegansを用いてその分子機構の解明を試みた。

本論文は、大きく4章からなり、第1章では序論としてC. elegansにおけるDNA複製、切断修復に関わる研究の現状を述べている。

第2章では、減数分裂では、特有の二重鎖切断修復機構を備えていることを示した。減数分裂前の生殖細胞では、自発性または放射線による二重鎖DNA切断修復時に修復タンパク質RAD-51が修復部位を修復する際にRAD-50は必要ではない。しかし、C.elegansのrad-50 変異体を観察することにより、減数分裂が始まると同時に、特別な減数分裂二重鎖DNA切断修復機構が働くということを明らかとした。この減数分裂特有の二重鎖DNA切断修復機構の特徴として、RAD-51フィラメントの形成がRAD-50依存であることと、二重鎖切断を相同染色体間の組換えにより修復するという二点が示された。さらに、生殖細胞は減数分裂前期パキテン中期からパキテン後期で急速に減数分裂特有の二重鎖切断修復機構から解き放たれることも明らかとした。この二重鎖切断修復機構の切り替えは、MAP kinaseにより引き起こされる減数分裂前期の発生進行によるもので、染色体構造の形態変化とも時を同じくしておこることが明らかとなった。さらには、染色体軸タンパク質を欠く変異体においてはRAD-51フィラメントの形成のRAD-50依存性が一部だけ抑制されているということも示した。

第3章では、RAD-50は通常のレベルの減数分裂二重鎖切断を推進するために必要だということを示した。rad-51変異体で見られる染色体異常の表現型がrad-50により抑制されていた。しかしながら減数分裂で豊富なコヒーシンREC-8とRAD-50を両方欠く変異体でもSPO-11依存の二重鎖切断が観察されたことから、REC-8が無い状態では二重鎖切断の際にRAD-50は必須因子ではないことが示された。

第4章では、シナプトネマ複合体中央因子のタンパク質SYP-1が、存在する箇所での組換え形成を促進すること、協調的な重合が行われておりシナプス開始場所から離れた部分での組換え形成を可能にすること、組換え数を制限し阻害するということ、という三つの役割を持ち影響を与えることによって、組換えが形成されていることを示した。RNA干渉を用いてSYP-1の転写レベルを減少させた状態で、SNPマーカーを用いた組換え分布の解析と、免疫染色とX染色体ラべリング法による実際のSYP-1タンパク質の分布を解析した。シナプトネマ複合体は、組換えの形成を促進するだけでなく、過度な形成を阻害する組換え干渉を行う働きも持ち合わせているということが示された。

以上本研究は、相同染色体間の組換えという生物学的に極めて重要な事象を確実に遂行するために必要不可欠な二重鎖切断修復機構について、多くの新規かつ重要な知見を得ている。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位としてふさわしいものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク