学位論文要旨



No 217611
著者(漢字) 奥田,裕規
著者(英字)
著者(カナ) オクダ,ヒロノリ
標題(和) 山村の内発的発展のための条件 : コモンズ論と協治論からの考察
標題(洋)
報告番号 217611
報告番号 乙17611
学位授与日 2012.02.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17611号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,真
 東京大学 教授 佐藤,雅俊
 東京大学 教授 鈴木,宜弘
 東京大学 准教授 露木,聡
 東京農工大学 教授 土屋,俊幸
内容要旨 要旨を表示する

【本研究の背景と課題】

山村の抱える課題として、社会組織の脆弱化や産業基盤、生活基盤の不備があげられる。農林業など山村における産業基盤や生活基盤の不備については、効果の有無は別として様々な事業・施策が取られてきたが、「社会組織の脆弱化」については、これといった対策が取られてこなかった。脆弱化した社会組織を維持し、求心力を持ち得なくなった地域に新しいアイデンティティを形成するためには、「地域の住民・組織が、地域の『大切なもの』を守りたいという『共通の目標』を持ち、外来の知識・技術・制度などを照合しつつ、様々なネットワークを紡ぎながら、固有の自然環境に適合し、文化遺産にもとづき、歴史的条件に従って、自律的に創出される、多様性に富む社会変化の過程」である「内発的発展」の考え方は魅力的である。本研究では、山村社会を「内発的発展」に導く条件について、「コモンズ論」と「協治論」から考察する。

【調査地と研究方法】

山村社会を「内発的発展」に導こうとする、地域の住民・組織と彼らが守り、育て、利用しようとしているものとの間の地理的な距離、例えば集落の範囲か市町村の範囲かという軸と地域の住民・組織が守り、育て、利用しようとしているものの地域で生きていくうえでの必要度という軸を考え、それぞれの軸をX軸、Y軸とし、第1象限から第4象限のそれぞれに事例調査地が入るように4つの調査地を選定し、アンケート調査と聞き取り調査により研究を進めた。第1象限は、岩手県西和賀町沢内における、なければ、地域で生きていくことに支障が生じる「お年寄りや身体にハンディキャップを抱える人たちの暮らし」(以下、「地域の暮らし」という)を守ろうとする取組、第2象限は、岩手県遠野市附馬牛町の山間集落における、椎茸生産に必要なホダ木確保のための、なければ、地域で生きていくことに支障が生じる「コナラ林整備」の取組、第3象限は、附馬牛町における、直ちには地域で生きていくことに支障は生じない「共用林の環境を保全しよう」とする取組、第4象限は、山形県金山町における、なくても生きていくことができる「美しい街並み景観を守り、育てよう」とする取組である。調査結果は、それぞれの事例について、1.地域社会の「内発的発展」が導かれているか、2.地域の住民・組織がネットワークで結ばれているか、3.ネットワークは、どのような「思い」で結ばれているか、4.地域の住民・組織が、守り、育て、利用しようとしている「コモンズ」とは、何か、5.取組の地域内・外の住民・組織間の係わりは、どうなっているか、について分析した。

【調査結果と分析・考察】

岩手県西和賀町沢内では、高齢者世帯の除雪サービスを行う「スノーバスターズ」のようなボランティアグループや「ふるさと宅急便」に詰める産品を提供する「生活改善グループ」や「老人クラブ」などのネットワークが、「地域の暮らし」を守るためのボランティア活動や山村・都市交流活動を活性化させるという社会変化をもたらし、地域社会の「内発的発展」を導いている。これらのネットワークを繋いでいるものは、「地域の暮らし」を守りたいという、地域の住民・組織共通の「強い思い」であり、「お年寄りや身体にハンディキャップを抱える人たちの暮らし」は、地域住民が地域で生きていくための、「必要度の高いコモンズ」となっている。そして、沢内の「スノーバスターズ」の活発な活動に刺激されて、近隣市町村で同様の「スノーバスターズ」が生まれ、当地を訪れるようになってきている。また、「ふるさと宅急便」については、「ふるさと宅急便」の契約を行った「ふるさと会員」が、所員数からいって最適だとされる230人(2006年時点)となっている。これらの取組は、「お年寄りや身体にハンディキャップを抱える人たちの暮らし(コモンズ)」を守るため、地域外のボランティアグループや「ふるさと会員」が、あくまでも地域の自主な活動を支援する形で係わっており、企画・設計にあたって、外部者との協議があったわけではない。しかし、これらの取組は、地域外のボランティアグループや「ふるさと会員」の支援がなければ、成り立たなかった。

遠野市附馬牛町では、椎茸生産に必要なホダ木確保のために、地域住民が、国有林、県、国生協に働きかけ、それらの協力や指導を受けながら、国有林内に「コナラ林」を整備している。地域住民のネットワークが、地域住民による国有林内での「コナラ林」整備を進展させるという社会変化をもたらし、地域社会の「内発的発展」を導いている。このネットワークを繋ぐものは、「地域で暮らしていけるようにしたい」という、地域住民共通の「非常に強い思い」であり、「コナラ林」は、地域で生きていくために必要不可欠な、地域住民にとって「必要度の非常に高いコモンズ」といえる。「コナラ林(コモンズ)」整備の取組の企画・設計及び実施の主体は、あくまでも、地域住民であるが、部分林を設定するにあたっての指導を国有林に、資金的な助成を県や国生協に求めていることから、外部からの支援は、重要な役割を果たしている。

遠野市附馬牛町では、地域住民のネットワークが、「共用林」の環境保全の取組を実現させるという社会変化をもたらし、地域社会の「内発的発展」を導いている。このネットワークを繋ぐものは、「共用林」をゴミ捨てや山菜の乱獲から守り、「きれいな森林の環境のなかで暮らしたい」という、住民共通の「思い」である。「共用林」は、直ちには地域で生きていくことに支障を生じない、地域住民にとって「それほど必要度の高くないコモンズ」であり、最近は、住民の参加も振るわず、採取料収入も減少傾向にある。この「共用林(コモンズ)」の環境を保全する取組は、Iターン者からの提案がなければ、実現しなかった。Iターン者を「外部者」と呼んでいいのかという点であるが、Iターンしてくる以前に都市等で得た、知識や技術、情報を地域にもたらしている点で、「外部者」と呼んでいいものと思われる。また、入林者から採取料を徴収することの許可を国有林に求めている点でも外部との係わりは重要である。

金山町では、住民、金山大工、製材所、森林組合、森林所有者、町役場を結ぶネットワークが、住民に「金山型住宅」を選択させ、金山大工がそれを建てるという社会変化をもたらし、地域社会の「内発的発展」を導いている。このネットワークを繋ぐものは、「美しい街並み景観のなかで暮らしたい」という、地域の住民・組織共通の「それほど強くない思い」である。「金山型住宅」という外見が似た家に住むことに抵抗感を持つ人が、若い人たち中心に存在し、町の景観にそぐわない家が建ったりしているように、「美しい街並み景観」は、なくなっても地域で生きていくことに影響のない、地域住民にとって「必要度の高くないコモンズ」といえる。外部専門家が意見やアドバイスを述べる「住宅建築コンクール」は、「金山型住宅(切妻屋根・スギと白壁の住宅)」を提案し、金山大工の技術向上に効果をあげ、町全体の美しさを追求していこうという機運を醸成した。外部者は、「美しい街並み景観(コモンズ)」づくりの展開方向を定める、重要な役割を担っている。

【結論】

山村社会を守るためには、日々の営みを通じての「内発的発展」が求められる。それは、地域の住民・組織を繋ぐネットワーク上に存在し、そのネットワークは、地域の住民・組織共通の、「大切なもの」を守ろうとする「思い(紐帯)」で結ばれている必要がある。この「思い」が強ければ強いほど、地域の「大切なもの」を守ろうとする取組が活性化し、その取組のなかで、守り、育て、利用されるべき「コモンズ」の必要度は高まっていく。このように、「コモンズ」の必要度は、地域の住民・組織と「コモンズ」間の地理的な距離、例えば集落の範囲か市町村の範囲かで決定されるものではなく、地域の「大切なもの」を守りたいという「思い」の強弱により、直線上に切れ目なく繋がっている。そして、地域の「大切なもの」を守ろうとする「思い」が、強ければ強いほど、地域社会は「内発的発展」に導かれ易くなる。

今回、取り上げた取組は、企画・設計及び実施の段階で、外部からの支援を受けており、外部者との係わりがなければ、「内発的発展」は実現していない。山村社会を「内発的発展」に導こうとした場合、「外部者に『コモンズ』に対する係わりの深さに応じて、取組の企画・設計に係わって(協治論の『応関原則』)」もらう必要があるが、それは、地域の「大切なもの」を守ろうとする「思い」の弱い、地域社会を「内発的発展」に導くことが難しい取組ほど、地域の住民・組織は、外来の知識・技術・制度などとの照合を求め、外部者との係わりを深めようとする傾向にあった。

【残された課題】

本研究では、「コモンズ」の必要度は、地域の住民・組織の「大切なもの」を守ろうとする「思い」の強弱により、直線上に切れ目なく繋がっていることが明らかになった。しかし、地域の住民・組織の「大切なもの」を守ろうとする「思い」の強弱を客観的に測る手法の開発及び里山にみられるような「コモンズ」の必要度の時間的経過の分析は、今後の課題である。

また、地域の「大切なもの」を守ろうとする「思い」の弱い、地域社会を「内発的発展」に導くことが難しい取組ほど、地域の住民・組織は、外来の知識・技術・制度などとの照合を求め、外部者との係わりを深めようとする傾向にあることも、明らかになった。しかし、これは、限られた事例から見出された成果であり、今後、より多くの事例研究を積み重ね、検証していく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

山村の抱える課題として、社会組織の脆弱化や産業基盤、生活基盤の不備があげられる。山村における産業基盤や生活基盤の不備については、様々な事業・施策が取られてきたが、「社会組織の脆弱化」については、これといった対策が取られてこなかった。脆弱化した社会組織を維持し、求心力を持ち得なくなった地域に新しいアイデンティティを形成するためには、「地域の住民・組織が、地域の『大切なもの』を守りたいという『共通の目標』を持ち、外来の知識・技術・制度などを照合しつつ、ネットワークを紡ぎながら、固有の自然環境に適合し、文化遺産にもとづき、歴史的条件に従って、自律的に創出される、多様性に富む社会変化の過程」である「内発的発展」の考え方は魅力的である。本研究は、山村社会を「内発的発展」に導く条件について、「コモンズ論」と「協治論」から考察したものである。

調査地の選定に当たっては、山村社会を「内発的発展」に導こうとする、地域の人々と守り、育て、利用しようとしているものとの間の「地理的な距離」をX軸に、および地域の人々が守り・育て・利用しようとしているもの「必要度」をY軸にとり、第1象限から第4象限のそれぞれに事例調査地が入るように4つの調査地を選定した(第1章、第2章)。

第1象限は岩手県西和賀町沢内の「お年寄りや身体にハンディキャップを抱える人たちの暮らし」を守ろうとする取組(第3章)、第2象限は岩手県遠野市附馬牛町の山間集落の、椎茸生産に必要なホダ木確保のための「コナラ林」整備の取組(第4章)、第3象限は同じ山間集落の「共用林」の環境を保全しようとする取組(第5章)、第4象限は山形県金山町における「美しい街並み景観」を守り、育てようとする取組(第6章)である。

以上の各事例研究の結果に基づき第7章で次のような総合考察をおこなっている。山村社会を守るためには、日々の営みを通じての「内発的発展」が求められる。それは、地域の住民・組織を繋ぐネットワーク上に存在し、そのネットワークは、地域の住民・組織共通の、「大切なもの」を守ろうとする「思い(紐帯)」で結ばれている必要がある。この「思い」が強ければ強いほど、地域の「大切なもの」を守ろうとする取組が活性化し、その取組のなかで、守り、育て、利用されるべき「コモンズ」の必要度は高まっていく。このように、「コモンズ」の必要度は、地域の住民・組織と「コモンズ」間の地理的な距離(例えば集落の範囲か市町村の範囲か)で決定されるものではなく、地域の「大切なもの」を守りたいという「思い」の強弱によりグラデーションで繋がっていることが示唆された。そして、地域の「大切なもの」を守ろうとする、地域の住民・組織の「思い」が強ければ強いほど、地域社会は「内発的発展」に導かれ易くなる。また事例研究で分析した取組は、企画・設計及び実施の段階で外部からの支援を受けており、外部者との関わりがなければ「内発的発展」は実現していない。山村社会を「内発的発展」に導こうとした場合、「コモンズ」に対する関わりの深さに応じて外部者にも取組の企画・設計に関与してもらうこと(協治論の『応関原則』)が有効であるが、本研究によって地域の「大切なもの」を守ろうとする「思い」の弱い地域社会を「内発的発展」に導くことが難しい取組ほど、地域の住民・組織は外来の知識・技術・制度などとの照合を求め、外部者との係わりを深めようとする傾向にあることが示された。これは、農山村地域のコミュニティ機能が弱体化している現状に「協治」への取り組みと、それに対する政策支援が重要であることを示唆している。

以上のような内容を有する本研究は、学術上の貢献のみならず、政策上の貢献も期待できる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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