学位論文要旨



No 217613
著者(漢字) 渡邊,千夏子
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,チカコ
標題(和) マサバ太平洋系群の生物学的特性および漁獲特性を考慮した資源管理に関する研究
標題(洋)
報告番号 217613
報告番号 乙17613
学位授与日 2012.02.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17613号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 白木原,國雄
 東京大学 准教授 山川,卓
 東京大学 准教授 平松,一彦
 北海道大学 教授 桜井,泰憲
内容要旨 要旨を表示する

マサバScomber japonicus太平洋系群は日本の重要な多獲性浮魚資源であり,漁獲可能量(TAC)制度に基づく管理が行われている。資源量は1970年代には高水準にあったが1978~1980年および1986~1990年の2度にわたり大きく減少し,1990年の資源量はピーク時の1/30まで減少した。加入量はレジーム・シフトなど海洋環境の影響を受けて大きく変動することが知られている。漁業が資源動向に与える影響も大きく,1990年代には2度の卓越年級の発生がみられたが,未成魚段階からの集中的な漁獲により資源量は回復しなかった。この経験から未成魚保護の重要性が指摘されたものの,その具体的な方法は十分議論されてこなかった。2003年からは漁獲努力量の削減による資源回復を目的とした「資源回復計画」が実行されているが,計画を実効性あるものにするには資源に与える漁業の影響を把握し,いつ,どこで漁獲努力量を削減すれば未成魚の保護が可能となるか十分検討する必要がある。一方、大きな資源変動は成熟年齢などの生物特性値の変化を伴うことが知られている。これら生物特性値は,産卵親魚量(SSB)の推定など資源評価の基礎情報であり,管理方策を検討する際にはその変動特性を考慮する必要がある。

本研究はマサバ太平洋系群について,成長および年齢別成熟割合の経年変化とその要因を明らかにした。漁期・漁場を細分化して資源量を推定することにより,各漁期・漁場における漁獲の影響を明らかにした。これらの結果に基づき複数の漁期・漁場をもつ資源動態モデルを構築し,生物学的許容漁獲量(ABC)の漁期・漁場への配分を考慮した管理方策の検討を行った。

1. 資源変動にともなう年齢別体長の変化

本研究は1970~2006年の年齢別平均体長の経年変化を明らかにし,その変化の要因を検討した。1970~2006年9~12月に採取されたまき網漁獲物の体長組成,個体別の体長・体重・生殖腺重量などを測定した精密測定データ,および漁獲量を用いて体長階級別漁獲尾数を算出した。体長階級別漁獲尾数から年齢体長キーを用いて年齢別体長階級別漁獲尾数を計算し,年齢別平均体長を推定した。1970~2006年の0~5歳の年齢別平均体長はそれぞれ22.2±1.5 cm,28.3±1.9 cm,29.1±1.8 cm,34.3±1.6 cm,36.6±1.6 cm,および38.8±1.4 cmであった。各年齢の平均体長には経年的に増加傾向がみられ,特に0歳魚の1987~1988年にかけての増加は顕著であった。各年級群の0歳時点平均体長と1~4歳時の平均体長には正の相関が認められ,0歳時に生じた体長差は高齢になっても維持されることがわかった。年齢別平均体長は加入量,年齢別資源尾数,総資源量とそれぞれ負の相関が認められた。0歳の平均体長は4~6月における三陸沖表面水温と負の相関が認められた。拡張von Bertalanffy成長モデルを用いた解析により,年齢別平均体長は,各年齢の資源尾数と水温の影響を受けて変化することが示され,モデルによって経年変化が再現できた。

2. 資源変動にともなう年齢別成熟割合の変化

マサバ太平洋系群にみられた成長の変化は成熟年齢などの繁殖特性に影響すると考えられるが,繁殖特性の長期的な変化は把握されていない。本研究では1970~2006年1~6月の伊豆諸島海域における火光利用サバ漁業,および常磐~房総海域におけるまき網漁業の漁獲物から得られた体長組成,精密測定データ,および年齢体長キーを用い,1~4歳魚の年齢別成熟割合,50%成熟体長および成熟年齢の経年変化を明らかにし,その変化の要因を検討した。

卵巣の組織学的観察に基づき,生殖腺指数(KG)が3以上の個体を成熟個体とみなし,体長階級別成熟割合を推定した。体長階級別成熟割合から年齢体長キーを用いて年齢別成熟割合を推定した。体長階級別成熟割合および年齢別成熟割合から50%成熟体長および50%成熟年齢を推定した。

1~4歳魚の年齢別成熟割合は経年的に増加する傾向がみられ,特に2,3歳魚の増加は顕著であった。50%成熟体長は1970~1978年にかけて減少し,1979年以降は30 cm前後で推移した。50%成熟年齢は1978年以前の3歳前後から低下し,1988年以降は2歳前後で推移した。各年齢の成熟割合は各年齢の平均体長と正の相関がみられた。1歳魚の成熟割合は産卵場水温との間に有意な正の相関がみとめられた。各年齢の成熟割合は資源量(1歳以上)とは有意な相関が認められなかったが,50%成熟体長および50%成熟年齢と資源量には有意な正の相関が認められた。ロジスティックモデルを用いた解析により,年齢別成熟割合は産卵期の体長,資源量,および産卵場の水温の影響を受けて変化することが示された。

3. 漁期・漁場別にみた漁獲特性の解析

マサバ太平洋系群が過去に受けた漁業の影響を把握するため,Virtual population analysis(VPA)により四半期ごとの資源尾数を計算し,漁期(4期)・漁場(3海域)別の漁獲率を計算した。1978~1980年は三陸以北海域の10~12月に1歳魚以上の漁獲率が上昇した。その結果1975~1978年級群の生残率は1973年級群に比べ低下した。1986~1990年は三陸以北海域および常磐海域で1歳魚以上の漁獲率の上昇がみられ,1983~1986年級群の生残率はさらに低下した。いずれも資源量が減少し始めた時期に漁獲率が上昇しており,資源量の減少にみあう漁獲努力量の削減ができなかったことが,資源の減少をより深刻なものにしたと考えられた。1992年以降は三陸以北海域では1歳魚,常磐海域では0~1歳魚の漁獲率が高まり,1992,1996年級群の生残率はさらに低下した。1995年以降は新規加入群の漁獲開始時期が0歳の10~12月と,それ以前に比べ9ヶ月程度早くなった。前章で述べた成熟年齢の低下と成長速度の増加は一般には産卵親魚量(SSB)の減少を補償する効果を持つが,漁獲開始時期が早まって0~1歳の未成魚でも漁獲率上昇と生残率の低下が生じ,SSBは回復しなかったと考えられた。

4. 漁獲量の時空間的配分を考慮した管理方策の検討

TAC制度は総漁獲量のみの規制でありそれだけでは未成魚保護は難しい。マサバ太平洋系群は産卵期に未成魚と成魚が異なる漁場に分布し異なる漁業によって漁獲されるので,未成魚が多く分布する海域の漁獲を抑えることは未成魚保護に有効と考えられる。本研究では各漁期・漁場へのABCの配分を変化させることによる管理効果を検討した。

漁獲特性を考慮し4漁期3漁場からなる6つの区画を設定した。漁期は1期:7~9月,2期:10~12月,3期:1~3月,4期:4~6月,漁場は,漁場1:三陸以北海域,漁場2:常磐海域,漁場3:伊豆以西海域とした。1~2期は資源全体が漁場1に,3~4期は未成魚が漁場2に,成魚は漁場3に分布するとした。再生産はBeverton-Holt型モデルに従うとし,1970~2006年の再生産および漁獲動向を再現するモデルを構築した。ABC配分のシナリオとして,S0:実測の漁獲量配分に従う,S1:漁場1(1~2期)を禁漁とし他の区画にABCを均等配分する,以下同様にS2:漁場2(3~4期)を禁漁,S3:漁場3(3~4期)を禁漁とする場合の4通りを設定した。

漁場2を禁漁としたS2では未成魚の選択率が低く抑えられ,SSB,資源量および漁獲量の平均値は最も高く,かつ変動が小さくなった。SSBの下側5%点は10万トン以上を維持した。漁場3を禁漁としたS3は,未成魚が分布する漁場2における漁獲量が増加したことにより全体として未成魚の選択率が高まり,SSBなどの値は低く変動は大きくなった。SSBの下側5%点は10万トン以下と著しい低水準まで減少する場合がみられた。SSBが資源減少の閾値であるBlimitを下回った場合に漁獲係数(F)を引き下げる回復措置は,SSBの増加を速めることはできたものの,S0およびS3では回復後のSSBの減少がより大きくなった。Fの基準値を一定の割合で引き下げる予防的措置の効果はいずれのシナリオでも大きく,S3でも1984~1985年を除きSSBの下側5%点が10万トン以上を維持し,著しい資源の減少を避けることができた。Fを引き上げた場合はS0,S1およびS3では資源減少のリスクが高まったが,S2ではSSBの下側5%点が10万トン以上を維持し安全に管理できた。以上の結果から,漁期・漁場ごとの選択率の制御やABCの引き下げをしなくても,ABC配分を調整することで全体の選択率を制御でき, 未成魚を保護し資源を増大・維持できることが示された。

まとめ

本研究の結果,マサバ太平洋系群の成長は資源尾数と水温の影響を受けて変化し,成長の変化にともなって成熟年齢が変化したことがわかった。漁期・漁場ごとの漁獲率の推定結果から,資源量が減少した1978~1980年および1986~1990年に漁獲率が高まり,各年級の生残率は低下したことが示された。漁獲対象年齢の若齢化が進行したため,体重の増加および成熟年齢の低下があってもSSBの増加は妨げられたと考えられた。複数の漁期・漁場をもつ資源動態モデルによる検討の結果,ABCの漁期・漁場への配分を調整することは,全体の選択率を制御可能にし,未成魚保護および資源量の増大と維持に有効であることがわかった。本研究で示したように漁獲量配分を管理手法の一つとして検討することは,マサバ太平洋系群の管理効果の向上に資すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

マサバScomber japonicus太平洋系群は日本の重要な多獲性浮魚資源であり,漁獲可能量(TAC)制度に基づく管理が行われている。資源量は1970年代には高水準にあったが1990年にはピーク時の1/30まで減少した。本論文ではマサバ太平洋系群について,資源変動に伴う成長・成熟の経年変化とその要因,ならびに資源動向に与える漁獲の影響を明らかにし,さらに生物学的許容漁獲量(ABC)の漁期・漁場への配分を考慮した管理方策の検討を行った。

第1章の緒論に続き,第2章では資源量が大きく減少した1970~2006年の年齢別平均体長の経年変化を明らかにし,その変化の要因を検討した。各年齢の平均体長には経年的に増加傾向がみられ,特に0歳魚の1987~1988年にかけての増加は顕著であった。年齢別平均体長は加入量,年齢別資源尾数,総資源量とそれぞれ負の相関が認められた。0歳の平均体長は4~6月における三陸沖表面水温と負の相関が認められた。拡張von Bertalanffy成長モデルを用いた解析により,年齢別平均体長は,各年齢の資源尾数と水温の影響を受けて変化することが示され,モデルによって経年変化が再現できた。

第3章では,1970~2006年における1~4歳魚の年齢別成熟割合,50%成熟体長および成熟年齢の経年変化を明らかにし,その変化の要因を検討した。1~4歳魚の年齢別成熟割合は経年的に増加する傾向がみられ,特に2,3歳魚の増加は顕著であった。50%成熟体長は1970~1978年にかけて減少し,1979年以降は30 cm前後で推移した。50%成熟年齢は1978年以前の3歳前後から低下し,1988年以降は2歳前後で推移した。各年齢の成熟割合は各年齢の平均体長と正の相関がみられた。1歳魚の成熟割合は産卵場水温との間に有意な正の相関がみとめられた。50%成熟体長および50%成熟年齢と資源量には有意な正の相関が認められた。ロジスティックモデルを用いた解析により,年齢別成熟割合は産卵期の体長,資源量,および産卵場の水温の影響を受けて変化することが示された。

第4章では,四半期ごとの資源尾数を推定し,漁期(4期)・漁場(3海域)別の漁獲率を計算し,マサバ太平洋系群が過去に受けた漁業の影響を評価した。1978~1980年および1986~1990年の資源量が減少し始めた時期に三陸以北海域や常磐海域で1歳魚以上の漁獲率の上昇と生残率の低下がみられた。資源量の減少にみあう漁獲努力量の削減ができなかったことが,資源の減少をより深刻なものにしたと考えられた。1992年以降は三陸以北海域では1歳魚,常磐海域では0~1歳魚の漁獲率が高まり,生残率はさらに低下した。1995年以降は新規加入群の漁獲開始時期が0歳の10~12月と,それ以前に比べ9ヶ月程度早くなった。

第5章では,前章で明らかになった漁獲特性を考慮し,4漁期3漁場からなる6区画を設定して1970~2006年の再生産および漁獲動向を再現するモデルを構築し,ABCの配分による管理効果を検討した。ABC配分として,ある漁場と漁期を禁漁とし他の区画にABCを均等配分するような4通りのシナリオを設定した。未成魚が多く集群する漁場を禁漁とした場合に未成魚の選択率が低く抑えられ,資源量・産卵親魚量(SSB)は最も高く,変動が小さくなった。SSBが限界資源量(Blimit)を下回った場合に漁獲係数(F)を引き下げる回復措置はSSBの増加を速めることができたが,回復後のSSBの減少がより大きくなる場合がみられた。Fの基準値を一定の割合で引き下げる予防的措置の効果はいずれのシナリオでも大きく,著しい資源の減少を避けることができた。以上の結果から,漁期・漁場ごとの選択率の制御やABCの引き下げをしなくても,ABC配分を調整することで全体の選択率を制御でき, 未成魚を保護し資源を増大・維持できることが示された。

第6章は総合考察である。成長・成熟の変化をモデル化することにより管理効果の検証をより確かにできること,そして未成魚漁獲は資源維持に好ましくないだけでなく資源評価やABC算定においても大きな問題となることを指摘している。最後に資源評価の精度向上と漁獲量配分を考慮した管理方策の可能性を論じている。

以上,本論文はマサバ太平洋系群の資源変動における生物学的特性の変化と漁獲の影響を明らかにし,そして漁期・漁場を考慮した漁獲量配分が管理手法として有効であることを示し,学術上,応用上の貢献は大きく審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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