No | 217615 | |
著者(漢字) | 千田,昇 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チダ,ノボル | |
標題(和) | 移植医療におけるiNOSの関与 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 217615 | |
報告番号 | 乙17615 | |
学位授与日 | 2012.02.08 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 第17615号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.研究背景 移植医療において、急性拒絶は強力な免疫抑制剤によりコントロール可能になり、1年程度の短期間の生存・生着率は高くなってきたが、長期間の生存・生着率は、まだ低く、unmet medical needsとなっている。 移植患者の長期生存・生着を妨げる大きな要因は、慢性拒絶である。慢性拒絶は、移植臓器の機能が徐々に低下し、最終的に移植臓器の廃絶につながる不可逆性の病態である。 慢性拒絶に影響を与える因子は、非免疫学的要因と免疫学的要因とに大きく2つに分けられる。免疫抑制剤ではコントロール出来ない非免疫学的要因のひとつとして、虚血再灌流傷害による、周術期の移植臓器の機能不全が挙げられ、長期予後不良因子となっている。また、慢性拒絶の病態において、移植臓器の機能不全に繋がる血管(心臓、腎臓)、気管(肺)、胆管(肝臓)の閉塞がみとめられる。上記の虚血再灌流傷害、および各臓器の管腔閉塞において、Nitric Oxide(NO)の関与が示唆されている。 Nitric Oxide(NO)は、多くの生理学的反応の制御に関わると共に、多くの病態形成にも関わる。NOは、L-arginineから3つのisoformからなる酵素であるnitric oxide synthase(NOS)により生成される。これらの3つのisoformのうち、2つは恒常的に発現し、主として血管内皮に発現するendothelial NOS(eNOS)、中枢神経系に発現するneuronal NOS(nNOS)とに分類される。正常な生理的条件下で、これらのNOSは少量かつ一過性のNOを、細胞内カルシウム濃度の上昇に反応して生成し、血圧、血小板凝集、神経伝達を制御するのにはたらく。一方、inducible NOS(iNOS)は、endotoxinやサイトカインにより発現が誘導され、多量かつ持続的にNOを生成する。これらiNOSにより生成するNOおよびNO由来の代謝物により、細胞毒性および組織傷害を引き起こし、ヒトの多くの疾患の病態形成に寄与すると考えられている。 非選択的なNO産生阻害は、恒常性維持に関与するNOも抑制することから、副作用を発現し得ると考えられる。その一方、iNOSを選択的に阻害することが出来れば、iNOS由来のNOが寄与すると考えられる病態に対して、副作用を発現することなく、安全に予防・治療し得るとと考えられる。 2.研究目的 (1)病態におけるiNOSの関与を検討するために、iNOSを選択的に阻害する薬剤を創出する。 (2)虚血再灌流傷害による臓器機能不全、および移植後の血管内腔狭窄に対するiNOS選択的阻害剤の作用を検討し、各病態へのiNOS由来のNOの寄与を明確化する。 3.研究成果 (1)iNOS選択的阻害剤の創出 マウスmacrophage系cell lineであるRAW264.7 cellにおけるLPS+IFNγの共刺激により産生されるiNOS由来のNO産生に対する抑制作用を指標としてiNOS阻害剤を探索し、さらに、経口吸収性、代謝安定性等の最適化によりFR260330を得た。FR260330は、ラット脾細胞におけるLPS刺激によるiNOS由来のNO産生およびヒト結腸癌細胞におけるサイトカイン刺激によるiNOS由来のNO産生を濃度依存的に抑制した。その一方、FR260330は、ラット脾細胞におけるconcanavalin A(ConA)刺激によるTNFαおよびIFNγの産生には影響を与えなかった。 FR260330は、L-nitro arginine(L-NA)やL-nitro iminoethyl lysine(L-NIL)とは異なり、直接的なiNOS酵素阻害作用は示さなかった。また、RAW264.7 cellをLPS+IFNγの共刺激することにより誘導されるiNOSタンパクの発現に対して影響を与えなかった。その際、FR260330存在下でLPS+IFNγの共刺激をして得られたiNOSタンパクのNOS活性を測定したところ、NOS活性がほぼ完全に消失したことから、FR260330は、iNOSの活性化に関わるdimer化を抑制することにより、iNOS活性を抑制すると考えられた。 ラットにLPSを静脈内投与することにより、末梢血でのNOx濃度が上昇するが、LPSを静脈内に投与する前にFR260330を経口投与することにより、末梢血でのNOx濃度の上昇がFR260330の投与用量依存的に抑制された(IC50 1.6mg/kg(p.o.))。その一方、ラットにFR260330 100mg/kg(p.o.)を投与することにより、平均血圧はほとんど変動せず、eNOSを阻害した際に生じる明らかな昇圧作用はみとめられなかった。 (小括)直接的なiNOS酵素阻害作用を有さず、また、iNOSタンパク発現に対する直接的な影響も示さず、iNOSタンパクの活性化に関わるdimer化を阻害することにより、iNOS活性を抑制すると考えられるFR260330を創出した。その一方、FR260330は、ラット脾臓細胞におけるサイトカイン産生には影響を与えなかった。また、FR260330は、in vivoにおいてiNOS由来のNO産生を抑制する投与用量と比較して、数10倍高用量の投与でもeNOS阻害作用に基づく昇圧作用を示さないことから、iNOSの活性を選択的に抑制すると考えられた。以上のことから、FR260330は、各病態におけるiNOS由来のNOの寄与を考察するための、有用なツールとなると考えられた。さらに、臨床においても、iNOSが関与すると考えられる病態への治療薬となる可能性が示唆された。 (2)-1;虚血再灌流傷害によるiNOSの寄与検討 ラットの腎臓に虚血再灌流傷害を与えることで血中クレアチニン値が上昇(腎機能低下)するが、iNOS選択的阻害剤であるFR260330を虚血前および再灌流後の連日投与することにより、虚血再灌流傷害による血中クレアチニン値上昇が投与用量依存的に抑制された。また、サルにおいても、ラットと同様に、FR260330を虚血前および再灌流後に連日投与することにより、虚血再灌流傷害による血中クレアチニン値上昇が抑制された。 さらに、40時間冷保存したラットの肝臓を同系統のラットの移植した際、移植後のラットの生存率が20%となるが、FR260330を移植前および移植後3日間投与することにより、移植後の生存率が80%となった。また、その際、FR260330の投与により、移植6時間後における血中NOx値、および移植6および24時間後のGOT/GPTの上昇、移植6時間後の移植片へのED-1/CD3陽性細胞の浸潤、移植片でのサイトカイン/ケモカインの発現が抑制され、さらに、移植片でのTUNEL陽性細胞数、Bax/Bcl-2も低下し、抗apoptosis作用の発現が示唆された。 (小括)FR260330は、 ラットおよびサルの腎臓の虚血再灌流傷害による腎機能低下に対して明確な保護効果を有し、さらに、冷保存したラットの肝臓を同系統のラットに移植した際の虚血再灌流傷害による肝機能低下に起因すると考えられる、移植後の生存率の低下を抑制することから、虚血再灌流傷害による移植周術期における腎臓および肝臓の機能低下におけるiNOS由来のNOの関与が示唆された。 (2)-2;移植後の血管内腔狭窄に対するiNOSの寄与検討 ラットにおいて異系統間の大動脈移植を実施し、移植90日後の血管内腔の狭窄への影響を検討したところ、FR260330を移植日より連日投与することにより、移植後の血管内腔の狭窄が投与用量依存的に抑制された。また、FR260330を免疫抑制剤であるFK506と併用投与することにより、FK506を単独投与した際と比較して、移植後の血管内腔の狭窄がより強く抑制された。 (小括)慢性拒絶における典型的な病態のひとつである、移植後の血管内腔の狭窄に対してFR260330が明確な抑制効果を示したことから、心臓、および腎臓移植患者における移植後の血管内腔の狭窄へのiNOS由来のNOの関与が示唆された。 4.総括 (1)直接的なiNOS酵素阻害作用は有さず、また、iNOSタンパク発現に対する直接的な影響も示さず、iiNOS活性の発現に必要なiNOSのdimer化を阻害するといった、ユニークなメカニズムにより、iNOSの活性を強力かつ選択的に抑制するFR260330を見出した。 (2)ラットおよびサルの腎臓の虚血再灌流傷害による機能不全、およびラットの肝臓の虚血再灌流傷害による機能低下に起因すると考えられる生存率低下をFR260330が抑制したことから、虚血再灌流傷害による移植周術期における腎臓および肝臓の機能低下におけるiNOSの関与が示唆された。 (3)異系統間のラット大動脈移植後の血管内腔狭窄を、FR260330が抑制したことから、心臓、および腎臓移植患者における移植後の血管内腔の狭窄へのiNOSの関与が示唆された。 (4)以上の検討により、移植医療において、虚血再灌流傷害による周術期の移植臓器の機能不全、および移植後の臓器の血管内腔の狭窄にiNOSが関与していると考えられることから、iNOS選択的な阻害剤であるFR260330が移植周術期の機能不全を抑制し、移植後の臓器の血管内腔の狭窄を共に抑制することにより、移植臓器の長期生着をもたらすことが期待されると考えられた。 | |
審査要旨 | 移植医療において、急性拒絶は強力な免疫抑制剤によりコントロール可能になり、1年程度の短期間の生存・生着率は高くなってきたが、長期間の生存・生着率は、まだ低く、unmet medical needsとなっている。移植患者の長期生存・生着を妨げる大きな要因は、慢性拒絶である。慢性拒絶は、移植臓器の機能が徐々に低下し、最終的に移植臓器の廃絶につながる不可逆性の病態である。慢性拒絶に影響を与える因子は、非免疫学的要因と免疫学的要因とに大きく2つに分けられる。免疫抑制剤ではコントロール出来ない非免疫学的要因のひとつとして、虚血再灌流傷害による、周術期の移植臓器の機能不全が挙げられ、長期予後不良因子となっている。また、慢性拒絶の病態において、移植臓器の機能不全に繋がる血管(心臓、腎臓)、気管(肺)、胆管(肝臓)の閉塞がみとめられる。上記の虚血再灌流傷害、および各臓器の管腔閉塞において、Nitric Oxide(NO)の関与が示唆されている。 Nitric Oxide(一酸化窒素、NO)は、多くの生理学的反応の制御に関わると共に、多くの病態形成にも関わる。NOは、L-arginineから3つのisoformからなる酵素であるnitric oxide synthase(NOS)により生成される。これらの3つのisoformのうち、2つは恒常的に発現し、主として血管内皮に発現するendothelial NOS(eNOS)、中枢神経系に発現するneuronal NOS(nNOS)とに分類される。生理的条件下で、これらのNOSは少量かつ一過性のNOを、細胞内カルシウム濃度の上昇に反応して生成し、血圧、血小板凝集、神経伝達の制御因子として働く。一方、inducible NOS(iNOS)は、endotoxinやサイトカインにより発現が誘導され、多量かつ持続的にNOを生成する。これらiNOSにより生成するNOおよびNO由来の代謝物により、細胞毒性および組織傷害を引き起こし、ヒトの多くの疾患の病態形成に寄与すると考えられている。 非選択的なNO産生阻害は、恒常性維持に関与するNOも抑制することから、副作用を発現し易いと考えられる。その一方、iNOSを選択的に阻害することが出来れば、iNOS由来のNOが寄与すると考えられる病態に対して、副作用を発現することなく、安全に予防・治療し得ると考えられる。そこで本研究は、1. 病態におけるiNOSの関与を検討するために、iNOSを選択的に阻害する薬剤を創出する、2 虚血再灌流傷害による臓器機能不全、および移植後の血管内腔狭窄に対するiNOS選択的阻害剤の作用を検討し、各病態へのiNOS由来のNOの寄与を明確化する、の2点を主な目的とした。 マウスmacrophage系cell lineであるRAW264.7 cellにおけるLPS+IFNγの共刺激により産生されるiNOS由来のNO産生に対する抑制作用を指標としてiNOS阻害剤を探索し、さらに、経口吸収性、代謝安定性等の最適化によりFR260330を得た。FR260330は、ラット脾細胞におけるLPS刺激によるiNOS由来のNO産生およびヒト結腸癌細胞におけるサイトカイン刺激によるiNOS由来のNO産生を濃度依存的に抑制した。その一方、FR260330は、ラット脾細胞におけるconcanavalin A(ConA)刺激によるTNFαおよびIFNγの産生には影響を与えなかった。 FR260330は、L-nitro arginine(L-NA)やL-nitro iminoethyl lysine(L-NIL)とは異なり、直接的なiNOS酵素阻害作用は示さなかった。また、RAW264.7 cellをLPS+IFNγの共刺激することにより誘導されるiNOSタンパク質の発現に対して影響を与えなかった。その際、FR260330存在下でLPS+IFNγの共刺激をして得られたiNOSタンパク質のNOS活性を測定したところ、NOS活性がほぼ完全に消失したことから、FR260330は、iNOSの活性化に関わるdimer化を抑制することにより、iNOS活性を抑制すると考えられた。 ラットにLPSを静脈内投与することにより、末梢血でのNOx濃度が上昇するが、LPSを静脈内に投与する前にFR260330を経口投与することにより、末梢血でのNOx濃度の上昇がFR260330の用量依存的に抑制された。その一方、ラットの平均血圧はほとんど変動せず、eNOSを阻害した際に生じる明らかな昇圧作用は認められなかった。以上のことから、FR260330は、各病態におけるiNOS由来のNOの寄与を解析するための、有用なツールとなると考えられた。さらに、臨床においても、iNOSが関与すると考えられる病態への治療薬となる可能性が示唆された。 ラットの腎臓に虚血再灌流傷害を与えることで血中クレアチニン値が上昇(腎機能低下)するが、iNOS選択的阻害剤であるFR260330を虚血前および再灌流後の連日投与することにより、虚血再灌流傷害による血中クレアチニン値上昇が投与用量依存的に抑制された。また、サルにおいても、ラットと同様に、FR260330を虚血前および再灌流後に連日投与することにより、虚血再灌流傷害による血中クレアチニン値上昇が抑制された。 さらに、40時間冷保存したラットの肝臓を同系統のラットの移植時に、FR260330を移植前および移植後3日間投与することにより、移植後の生存率が対照群の4倍の80%となった。FR260330の投与により、移植後の血中NOx値、GOT/GPTの上昇、移植片へのED-1/CD3陽性細胞の浸潤、移植片でのサイトカイン/ケモカインの発現が抑制され、さらに、移植片でのTUNEL陽性細胞数、Bax/Bcl-2も低下し、抗apoptosis作用が示唆された。虚血再灌流傷害による移植周術期における腎臓および肝臓の機能低下にはiNOS由来のNOが関与することが示唆された。 ラットにおいて異系統間の大動脈移植を実施し、移植90日後の血管内腔の狭窄への影響を検討したところ、FR260330を移植日より連日投与することにより、移植後の血管内腔の狭窄が用量依存的に抑制された。また、FR260330を免疫抑制剤であるFK506と併用投与することにより、FK506を単独投与した場合と比較して、移植後の血管内腔の狭窄がより強く抑制された。慢性拒絶における典型的な病態のひとつである、移植後の血管内腔の狭窄に対してFR260330が明確な抑制効果を示したことから、心臓、および腎臓移植患者における移植後の血管内腔の狭窄へのiNOS由来のNOの関与が示唆された。 本研究により、移植医療において、虚血再灌流傷害による周術期の移植臓器の機能不全、および移植後の臓器の血管内腔の狭窄にiNOSが関与していることが示唆され、iNOS選択的な阻害剤であるFR260330が移植周術期の機能不全を抑制し、移植後の臓器の血管内腔の狭窄を共に抑制することが明らかになった。移植臓器の長期生着に寄与する研究成果であり、博士(薬学)の授与に値すると判断した。 | |
UTokyo Repositoryリンク |