学位論文要旨



No 217617
著者(漢字) 董,賀祥
著者(英字)
著者(カナ) トウ,ガショウ
標題(和) ポリオレフィン繊維の付着特性と補強コンクリートの曲げ特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 217617
報告番号 乙17617
学位授与日 2012.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17617号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 教授 高橋,淳
 東京大学 准教授 島田,荘平
 東京大学 准教授 福井,勝則
内容要旨 要旨を表示する

ポリオレフィン繊維,ビニロン繊維およびPET繊維等の合成繊維は軽量で取扱いやすく,錆の恐れのない特徴がある.補強性能については,種々の用途に応じて開発研究が積み重ねられた結果,補強性能は初期と比較して格段に改善されたため,トンネル覆工コンクリートをはじめとする土木・建築構造物に多く使用されるようになり,その応用範囲は今後も拡大し続けると思われる.しかしながら,鋼繊維と比較すると,歴史は短く,その補強性能や特長に関する研究も鋼繊維ほど多く行われていない.本研究では,4種類のポリオレフィン繊維を主たる対象としたが,比較のために合成繊維の中では剛性の高いビニロン繊維および古くから使われてきた鋼繊維を加えて検討した.検討項目は,これまでの研究成果が不十分と思われる付着強度とコンクリート強度の影響の2点である.

(付着強度)

付着強度についてはこれまでにも多くの研究がなされてきているが,繊維の埋込角度の影響に関しては,実験が困難なため不明な点が多い.そこでこの点の解明を目指して,試験方法に工夫をこらして埋込角度を変えた繊維引抜試験を実施して付着強度をもとめた.

(1)ポリオレフィン繊維,ビニロン繊維とコンクリートとの付着強度は,フック型鋼繊維の付着強度の数分の1でしかなかった.しかしながら,ポリオレフィン繊維とビニロン繊維では,付着強度を越えたのちの付着応力の低下は緩慢であり,急激な繊維の抜けを防ぐことができることがわかった.また,ポリオレフィン繊維では表面凹凸加工を施すことで付着強度を増大できることがわかった.一方,ポリオレフィン繊維を波状に曲がりくねらせる効果は,さほど大きいとはいえないことがわかった.

(2)これまで困難とされてきた埋込角度を変えた引抜き試験を実施した.試験結果を整理して得られた付着強度は埋込角度45°まで増大した.それより埋込角度が大きくなるとコンクリート上部がはがれる現象が生じるため,付着強度は減少した.また,簡単なモデルによって45°までの傾向を定性的に説明することに成功した.このモデルは今後,より定量的な議論を目指してさらに検討する価値があるといえよう.

(3)ポリオレフィン繊維のヤング率はコンクリートのそれと比較して小さいので,穴の中にある繊維はマトリックスに拘束されて伸びを妨げられる.その結果,引抜荷重は穴の奥まで伝わらず,繊維を長くしても最大引抜荷重の増加は比較的小さかった.よって,ポリオレフィン繊維では,繊維長が長くなると付着強度が小さくなった(寸法効果).これに対してビニロン繊維のヤング率はマトリックスと同等であったため,最大引抜荷重は繊維長さに比例して増大した.

(コンクリート強度の影響)

繊維補強効果がコンクリート強度に左右されることは容易に予測できるが,実験には相当な熟練を要するし時間と手間がかかる.そのため,統一的にこの点を検討した過去の研究が見当たらなかった.そこで,本研究ではコンクリートの強度を5段階に変えて引抜試験をおこなった.

(1) 付着強度はコンクリートのせん断強度にほぼ比例することがわかった.同一条件での付着強度は鋼繊維が格段に大きかった.一方,他の合成繊維では,付着強度は比較的小さいが,繊維引抜量が増加しても付着応力の低下はわずかであった.上記の傾向は,コンクリート強度を変えても同じであった.

(2) 付着強度は剛性の大きい鋼繊維で大きく,剛性の小さい合成繊維の付着強度は小さかった.これに関してS/EAを指標として,ある程度の説明を試みた.また,これまでにも多くの付着試験がおこなわれてきたが,コンクリート強度と繊維埋込長さが異なるので,試験結果の間の比較・検討が困難であった.本研究では,埋込長さ依存性に関する従来の研究結果を採用して,例えば式(5.10)のように,コンクリート強度と埋込長さの両者を考慮した換算式を求めた.

(3) コンクリート強度を変えて曲げ試験をおこなった.繊維の体積混入率が小さかったために曲げ強度に対しては,繊維補強効果は認められなかった.しかしながら,曲げ応力がピーク値(曲げ強度)をとった後には,明瞭な繊維補強効果が認められた.それを曲げタフネス係数およびその三分の一の平均曲げ応力で評価してみたが,コンクリートのせん断強度と密接な関係を有することがわかった.

ポリオレフィン繊維は剛性が低いのでコンクリートにひび割れが入ってから効果を発揮する.出来たひび割れ面に存在する繊維は徐々に引抜かれていくので,その補強効果を見積もるには繊維の引抜き試験結果が重要といえる.しかしながら,従来はひび割れ面と直交する繊維の引抜き試験結果しかなかった.本研究で実施した繊維引抜き試験より,ひび割れ面に対して任意角度で埋め込まれた繊維の引抜き特性が得られたので,様々な方向に繊維が配向している実際の繊維補強コンクリートの補強効果をこれまでより正確に予測できるようになった.

これまでにも繊維補強コンクリートに関する研究は多くおこなわれてきた.しかしながら,マトリックスとなるコンクリートの強度は研究ごとに異なっており,各研究を統合した一般的な関係を得ることができなかった.そこで本研究では,コンクリート強度が引抜き試験に及ぼす影響を解明した.得られた成果の応用例として,これまでに発表された研究結果を踏まえてポリオレフィン繊維の補強効果を,繊維長,繊維径,ヤング率で表す式を導いた.この式は広い意味での寸法効果を一般的に表現するものであり,適切な繊維寸法の選定,繊維補強効果の予測に使用できる.

繊維補強は,当初は平均強度を上げることを目的としていた.この観点からは,鋼繊維が有利であることは今でも変わらない.最近になって,より高い安全性が求められるようになり,構造物の表面剥離,火災時の爆裂防止,延性的な性質をもたせて突然の破壊を防ぐ,長期にわたる安定性等が要求されるようになった.このような目的には,ポリオレフィン繊維をはじめとする合成繊維の方が経済性も勘案すれば有利なことが多い.よって,これからは合成繊維が伸びる可能性が高いと思われる.本研究で主たるテーマとした,繊維埋込角度とコンクリート強度の影響は基礎的であるにもかかわらず,実験的に困難なために定説のなかった部分である.この部分に対して一定の成果を挙げたつもりである.

審査要旨 要旨を表示する

董賀祥氏により提出された論文では,ポリオレフィン繊維の付着特性と補強コンクリートの曲げ特性に関する長年にわたる研究成果が述べられている.

ポリオレフィン繊維,ビニロン繊維およびPET繊維等の合成繊維は軽量で取扱いやすく,錆の恐れのない特徴がある.補強性能については,種々の用途に応じて開発研究が積み重ねられた結果,補強性能は初期と比較して格段に改善されたため,トンネル覆工コンクリートをはじめとする土木・建築構造物に多く使用されるようになり,その応用範囲は今後も拡大し続けると思われる.しかしながら,鋼繊維と比較すると,歴史は短く,その補強性能や特長に関する研究も鋼繊維ほど多く行われていない.本研究では,4種類のポリオレフィン繊維を主たる対象としたが,比較のために合成繊維の中では剛性の高いビニロン繊維および古くから使われてきた鋼繊維を加えて検討した.検討項目は,これまでの研究成果が不十分と思われる付着強度とコンクリート強度の影響の2点である.

(付着強度)

付着強度についてはこれまでにも多くの研究がなされてきているが,繊維の埋込角度の影響に関しては,実験が困難なため不明な点が多い.そこでこの点の解明を目指して,試験方法に工夫をこらして埋込角度を変えた繊維引抜試験を実施して付着強度をもとめた.

(1) ポリオレフィン繊維,ビニロン繊維とコンクリートとの付着強度は,フック型鋼繊維の付着強度の数分の1でしかなかった.しかしながら,ポリオレフィン繊維とビニロン繊維では,付着強度を越えたのちの付着応力の低下は緩慢であり,急激な繊維の抜けを防ぐことができることがわかった.また,ポリオレフィン繊維では表面凹凸加工を施すことで付着強度を増大できることがわかった.一方,ポリオレフィン繊維を波状に曲がりくねらせる効果は,さほど大きいとはいえないことがわかった.

(2) これまで困難とされてきた埋込角度を変えた引抜試験を実施した.試験結果を整理して得られた付着強度は埋込角度45°まで増大した.それより埋込角度が大きくなるとコンクリート上部がはがれる現象が生じるため,付着強度は減少した.また,簡単なモデルによって45°までの傾向を定性的に説明することに成功した.このモデルは今後,より定量的な議論を目指してさらに検討する価値があるといえよう.

(3) ポリオレフィン繊維のヤング率はコンクリートのそれと比較して小さいので,穴の中にある繊維はマトリックスに拘束されて伸びを妨げられる.その結果,引抜荷重は穴の奥まで伝わらず,繊維を長くしても最大引抜荷重の増加は比較的小さかった.よって,ポリオレフィン繊維では,繊維長が長くなると付着強度が小さくなった(寸法効果).これに対してビニロン繊維のヤング率はマトリックスと同等であったため,最大引抜荷重は繊維長さに比例して増大した.

(コンクリート強度の影響)

繊維補強効果がコンクリート強度に左右されることは容易に予測できるが,実験には相当な熟練を要するし時間と手間がかかる.そのため,統一的にこの点を検討した過去の研究が見当たらなかった.そこで,本研究ではコンクリートの強度を5段階に変えて引抜試験をおこなった.

(1) 付着強度はコンクリートのせん断強度にほぼ比例することがわかった.同一条件での付着強度は鋼繊維が格段に大きかった.一方,他の合成繊維では,付着強度は比較的小さいが,繊維引抜量が増加しても付着応力の低下はわずかであった.上記の傾向は,コンクリート強度を変えても同じであった.

(2) 付着強度は剛性の大きい鋼繊維で大きく,剛性の小さい合成繊維の付着強度は小さかった.これに関してS/EAを指標として,ある程度の説明を試みた.また,これまでにも多くの付着試験がおこなわれてきたが,コンクリート強度と繊維埋込長さが異なるので,試験結果の間の比較・検討が困難であった.本研究では,埋込長さ依存性に関する従来の研究結果を採用して,コンクリート強度と埋込長さの両者を考慮した換算式を求めた.

(3) コンクリート強度を変えて曲げ試験をおこなった.繊維の体積混入率が小さかったために曲げ強度に対しては,繊維補強効果は認められなかった.しかしながら,曲げ応力がピーク値(曲げ強度)をとった後には,明瞭な繊維補強効果が認められた.それを曲げタフネス係数およびその三分の一の平均曲げ応力で評価してみたが,コンクリートのせん断強度と密接な関係を有することがわかった.

ポリオレフィン繊維は剛性が低いのでコンクリートにひび割れが入ってから効果を発揮する.出来たひび割れ面に存在する繊維は徐々に引抜かれていくので,その補強効果を見積もるには繊維の引抜試験結果が重要といえる.しかしながら,従来はひび割れ面と直交する繊維の引抜試験結果しかなかった.本研究で実施した繊維引抜き試験より,ひび割れ面に対して任意角度で埋込まれた繊維の引抜特性が得られたので,様々な方向に繊維が配向している実際の繊維補強コンクリートの補強効果をこれまでより正確に予測できるようになった.

これまでにも繊維補強コンクリートに関する研究は多くおこなわれてきた.しかしながら,マトリックスとなるコンクリートの強度は研究ごとに異なっており,各研究を統合した一般的な関係を得ることができなかった.そこで本研究では,コンクリート強度が引抜試験に及ぼす影響を解明した.得られた成果の応用例として,これまでに発表された研究結果を踏まえてポリオレフィン繊維の補強効果を,繊維長,繊維径,ヤング率で表す式を導いた.この式は広い意味での寸法効果を一般的に表現するものであり,適切な繊維寸法の選定,繊維補強効果の予測に使用できる.

繊維補強は,当初は平均強度を上げることを目的としていた.この観点からは,鋼繊維が有利であることは今でも変わらない.最近になって,より高い安全性が求められるようになり,構造物の表面剥離,火災時の爆裂防止,延性的な性質をもたせて突然の破壊を防ぐ,長期にわたる安定性等が要求されるようになった.このような目的には,ポリオレフィン繊維をはじめとする合成繊維の方が経済性も勘案すれば有利なことが多い.よって,これからは合成繊維が伸びる可能性が高いと思われる.本研究で主たるテーマとした,繊維の埋込角度とコンクリート強度の影響は基礎的であるにもかかわらず,実験的に困難なために定説のなかった部分である.この部分に対して一定の成果を挙げた.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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