学位論文要旨



No 217634
著者(漢字) 片山,哲哉
著者(英字)
著者(カナ) カタヤマ,テツヤ
標題(和) コンクリート中におけるアルカリ骨材反応の岩石学的研究
標題(洋) Petrographic Study of Alkali-Aggregate Reactions in Concrete
報告番号 217634
報告番号 乙17634
学位授与日 2012.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17634号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小暮,敏博
 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 教授 松本,良
 東京大学 教授 鍵,裕之
 東京大学 教授 岸,利治
内容要旨 要旨を表示する

1)研究背景、問題点および研究手法

アルカリ骨材反応は1940年代に米国で発見されたコンクリートの劣化現象で、セメント中のアルカリ金属と骨材中の反応性鉱物、水が反応して膨張性の物質を生じ、ひび割れを生ずる。通常、コンクリート中のアルカリ総量Na2Oeq>3kg/m3で発症する。現在は大別して、アルカリシリカ反応(ASR)とアルカリ炭酸塩反応(ACR)が知られている。わが国では20年ほど前は火山岩骨材による急速型のASRが多かったが、近年になり大陸地域と同様、堆積岩や変成岩による遅延型のASRが認められるようになった。

1970年代には、カナダで砂泥質堆積岩・変成岩骨材の遅延性の反応が知られ、粘土鉱物がアルカリと反応して剥離・膨張すると考えられて、アルカリシリケート反応(ASlR)と呼ばれた。最近は遅延膨張性ASRに含められているが、反応の素過程が詳細に確認されたわけではない。わが国にも類似のものが存在する。一方、1950年代にカナダで見つかったアルカリ炭酸塩反応はメカニズムに諸説あるが、コンクリート中でドロマイトが分解し、ブルーサイトを生ずる際の脱ドロマイト反応が膨張の原因であると信ずる者が多い。但しこれには疑問があり、骨材中の隠微晶質石英のASRが膨張の原因ではないか、従来の光学顕微鏡観察で見逃しているのではないかとの疑いがある。

アルカリ骨材反応の診断には、各国でコンクリートの岩石学的検討が行われているものの、どのような反応性鉱物が実際に反応し、どのような組成の生成物を生じたのか、反応の順序や素過程を確認した事例が少なく、反応メカニズムの解明を目的とした研究はほとんど行なわれていない。同一岩種であっても、反応性のものとそうでないものとがあり、その原因はよく解明されていない。その一因として、既往の研究手法は不適切で、厚い薄片(厚さ30μm)の顕微鏡観察が行われており、細部の見落としの多いことが挙げられる。化学反応と膨張メカニズムを混同した記述も多い。

そのため、本論では薄い鏡面研磨薄片(厚さ15μm)を作製し、高倍率(~x2000)で岩石学的検討(偏光顕微鏡観察・SEM観察・EDS分析)を行なって、反応場所・反応中の物質・膨張ひび割れを生じた場所・生成物を区別し、反応の素過程を比較検討することとした。コンクリートの観察は野外構造物からの採取試料を主体とし、一部に室内作製試料を用いた。炭酸塩岩や砂泥質岩については、わが国でも骨材としての利用が多いことから、カナダのACRとASIRの模式地の試料をもとに、どのような反応を生ずるのかを検討する。骨材の潜在反応性は、火山岩・珪質堆積岩をアルカリ溶液に浸漬した際の溶出シリカ量・減少アルカリ量(化学法試験)を基に定性的に比較し、続成作用の影響を検討した。また、石英の結晶性指数をX線回折により比較した。

2)アルカリシリカ反応(ASR)の組織と生成物の変化

火山岩骨材は続成作用の影響により、緑泥石を生ずるような変質作用を受けると、急速膨張を生ずるクリストバライトやトリディマイトが不活性な石英に変化する。そのため、同一岩種でも潜在反応性の違いを生ずることが説明できた。珪質堆積岩は変成作用の影響により石英の結晶性指数が増大し、隠微晶質石英から不活性な粒状石英に変化する過程で安定化傾向が増大する。但し、コンクリート中で遅延膨張反応を生じた変成岩をみると、反応したのは粒状石英ではなく粒界に存在する微晶質石英であり、岩石学的診断ではこの石英をSEM観察で確認することが重要である。

コンクリートの岩石学的試験の意義は、組織の観察から劣化の進展状況を把握することにある。本論では、ASRは急速性・遅延性ともに、(1)骨材の反応リムの形成・骨材周辺のASRゲルの取巻き、(2)骨材内のひび割れ形成・ゲル充填、(3)骨材と接するセメントペーストへのひび割れ形成・ゲル充填、 (4)ひび割れに沿ったペーストの気泡内へのゲルの沈殿、の順に進行することを明らかにし、薄片観察による進行度の判定を新しい診断手法として提案した。

従来、コンクリート中のASRゲルの組成変化を反応の進展度と関連づけた研究はなかったが、本論では新しい視点として、EDS定量分析により得られたASRゲルの組成を[Ca/Si]-[Ca]/[Na+K]図上にプロットし、進展状況を検討した。それによると、反応の進行に伴い、骨材からセメントペーストに向かって生じたひび割れに沿ってASRゲルが移動し、その間にアルカリを失いカルシウムを吸収して、非膨張性のセメント水和物(CSHゲル)の組成に変化してゆくこと、すなわち反応が収束する収斂点が存在することを初めて明らかにした。また、ゲルの組成線の形状から、コンクリートの風化変質・溶脱の影響も読み取れることを明らかにした。

ASRゲルは、シリカ鉱物や微晶質石英より生ずる。アルカリに富むゲルはロゼット状に結晶化しやすく、天然の鉱物との類似性が指摘されてきたが、この30年間、一致するものは知られていなかった。そこで、これまでにない試みとして、ロゼット状結晶と鉱物との類似性を検討する目的で、原子の配位状態を4面体-8面体図上(酸素数を固定)に整理しなおして比較した。2010年に記載された新種鉱物を含めた結果、Na-K-Caシリケート水和物群(クリプトフィライト・マウンテナイト・フェドライト・シュリコバイト・ロデサイト)の鉱物が同一組成線上に近接して並ぶこと、ロゼット状結晶の組成範囲も新鮮なコンクリート中では、骨材の岩種や反応の種類にかかわらず鉱物の分布と重なること、一部は固溶体を形成する可能性のあることを示した。

アルカリシリケート反応(ASlR)を生ずるノバスコシアの砂岩は、モルタルバ-試料中で粘土鉱物がセメントペーストと反応せずに、粒界の微晶質石英がASRゲルとひび割れを生ずること、ゲルの組成はアルカリシリカ反応と共通することを、初めて確認した。

3)アルカリ炭酸塩反応(ACR)の組織と生成物の変化

脱ドロマイト反応はブルーサイトと方解石を形成するが、観察事実から膨張の証拠のないことを初めて示した。さらに、オンタリオのドロマイト質石灰岩の詳細なSEM観察とEDS分析に基づき、膨張によりひび割れを生ずるのは、アルカリシリカ反応によりASRゲルを生じた場合に限られること、この隠微晶質石英がゲルに変化しつつある反応場所を初めて捉えた。また、骨材中に隠微晶質石英が含まれていることは、リン酸抽出により初めて明らかにした。ASRゲルの組成を[Ca/Si]-[Ca]/[Na+K]図上にプロットし、反応の進展状況を検討したところ、典型的なアルカリシリカ反応の組成線と共通すること、およびロゼット状結晶の組成も共通することを見出した。

脱ドロマイト反応に伴って、種々のMg含有化合物(ハイドロタルカイト、Mg-シリケートゲル、セピオライト、緑泥石)が検出されたが、これらには膨張の証拠が認められなかった。従来は脱ドロマイト反応のような顕著な化学反応が認められると、単純に膨張の証拠であると混同されていたが、この発見が契機となり、以後のアルカリ骨材反応の岩石学的検討では、化学反応の有無と膨張の証拠であるひび割れの形成とは、区別して論じられることになろう。

4)膨張メカニズムの考察

アルカリシリカ反応の膨張メカニズムは、湿空中におけるASRゲルの吸湿による膨張圧により説明できる。EDS分析によるASRゲル組成と、既往文献をもとに飽和相対湿度を仮定して、吸湿膨張圧を算定したところ最大100気圧程度の値が得られた。これはコンクリートの引張強度の3倍程度であり、ひび割れを生ずるのに十分な値である。一方、ロゼットは既存のゲル脈がほぼ組成(原子比)を保ったまま結晶化して生成するもので、その際にゲルの部分的な脱水や結晶化に伴う密度の上昇・収縮間隙を伴う。そのため膨張は生じないと解釈できる。ロゼットのこの産状は、塩類が空隙内の過飽和溶液から析出する様子とは異なるので、結晶圧の発生はないと判断できる。

アルカリ炭酸塩反応の膨張の原因は、石英のアルカリシリカ反応に帰着できる。観察によると、コンクリート中の脱ドロマイト反応は、1モルのドロマイトより1モルの方解石と1モルのブルーサイトを生ずる反応で、固相の体積は反応後に減少する。Mg含有物質の生成時にも、膨張を伴わないことが分子体積の計算と観察により裏づけられた。ドロマイト質石灰岩の骨材は、粗粒なほど膨張量が大きいことが知られているが、粗骨材では内部に膨張性のASRゲルを包むのに対し、細骨材ではASRゲルがブルーサイトと反応して非膨張性のMg-シリケートゲルに変化するためと説明できる。

コンクリートのアルカリ総量を未水和セメント鉱物のEDS分析を中心に求める方法を開発した。それによると、反応性の高い鉱物が存在する場合はNa2Oeq 3kg/m3以下でもASRが発生することが判明し、従来の常識を覆した。

5)まとめ及び意義

複雑なアルカリ骨材反応の本質を理解するために、ASRを急速膨張性・遅延膨張性に分類・整理し、反応性鉱物や生成物の性質をACRと比較した。薄片の顕微鏡観察により、アルカリ骨材反応の進展状況を診断できるようになった。劣化コンクリートの反応の素過程を岩石学的に検討した結果、3種類あったアルカリ骨材反応(ASR, ASlR, ACR)は、すべてアルカリシリカ反応に帰結できた。これらの膨張メカニズムは、シリカ鉱物の反応によるASRゲルの形成と吸湿膨張であり、このゲルは反応の種類(急速型ASR・遅延型ASR・アルカリシリケート反応・ACR)を問わず共通の組成を有することを初めて明らかにした。これはアルカリ骨材反応の70年に及ぶ研究史で前例のない、統一的な解釈である。アルカリの多いゲルは、天然の鉱物に類似したロゼット状結晶に変化しやすい。これら反応生成物は微細で定量分析が難しいため、これほど詳細で豊富に全体像を示した事例はない。今後この組成線上に新種の鉱物が見つかる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなり、各章はそれぞれ下記の内容に関して述べている。

第1章 過去の研究・明らかににすべき課題・試料および試験手法の説明

第2章 アルカリシリカ反応の進展に伴う組織と生成物の変化

第3章 アルカリ炭酸塩反応の進展に伴う組織と生成物の変化

第4章 アルカリ骨材反応の膨張メカニズム

また各章の詳細と学問的価値は以下のようなものである。

第1章

アルカリ骨材反応は、コンクリート中のセメントのアルカリ金属(Na, K)と、骨材中の岩石に含まれる鉱物との間に生ずる膨張現象で、アルカリシリカ反応とアルカリ炭酸塩反応とに大別される。構造物にひび割れを生じ、長期耐久性を損なうことから、コンクリート工学の分野で70年以上の研究史がある。しかしながら、岩石・鉱物の変質現象であるにもかかわらず、この分野での研究が少なく、反応形態や生成物の性質、反応機構に関して不明確な点が多く、論争がある。最近になり、わが国でも進行の遅いものが知られるようになったが、診断法が確立されていない。そのため岩石学的な観点から問題点を指摘し、必要な試料や分析手法を提案した。

第2章

本研究では薄片の偏光顕微鏡観察により、アルカリシリカ反応の進展状況を診断した。反応は急速性・遅延性の区別なく、(1)骨材の反応リムの形成、(2)骨材内におけるひび割れの形成、(3)セメントペースト中のひび割れの形成、(4)気泡内へのゲルの沈殿、の順に進展する。SEM観察により、急速性の反応はクリストバライト・トリディマイト・火山ガラスの、遅延性の反応は隠微晶質石英・微晶質石英の反応であること、及びこれらの鉱物がゲルに変化していく過程を、初めて直接的に確認した。EDS分析の結果、反応生成物はアルカリシリカゲル(ASRゲル)であり、その組成は反応の進行とともに、アルカリに富むゲルからカルシウムに富むゲルに変化し、最後は安定なセメント水和物(CSHゲル)の組成に収斂することを、新たに提案したCa/Si-Ca/(Na+K) 図上で明らかにした。アルカリに富むゲル[Ca/(Na+K)<1]はロゼット状の集合体に結晶化しやすく、その組成は提案した原子配位図(4面体イオン-8面体イオン・層間イオン)上で、骨材の岩種・反応の緩急・反応性鉱物の種類に関係なく、クリプトフィライト-ロデサイト系列の鉱物群を結ぶ線上に連続して並ぶこと、一部(マウンテナイト-シュリコバイト)は固溶体を形成する可能性のあることを示唆した。

第3章

既往の研究では、ドロマイト質岩石はアルカリ炭酸塩反応による有害膨張を生ずるとされてきた が、議論が絶えなかった。実際にどのような変化を生ずるか、模式地の野外コンクリート、室内コンクリートを、通常より薄い研磨薄片を作製して検証した。その結果、骨材中のドロマイト結晶は脱ドロマイト反応によりブルーサイトと方解石に分解し、反応リムを形成するとともに、セメントペースト中には方解石より成る炭酸塩ハロを形成するが、ひび割れを生じないことを明らかにした。一方、膨張ひび割れを生ずるのはアルカリシリカゲルを伴う場合で、このゲルはドロマイト質骨材中の隠微晶質石英より生じていることを、SEM観察・EDS分析により直接初めて確認した。この石英は熱リン酸処理により、もとの岩石中からも初めて抽出できたが、ゲルも含めて微細なため、通常の厚さの薄片を用いた既往の分析手法では、マトリックスの炭酸塩鉱物に隠されて、見逃されていたことが説明できた。ゲルの組成は通常のアルカリシリカ反応のものと同様で、アルカリに富むものは結晶化していた。このほかに種々のMg-シリケートゲルが生成するが、これは膨張ひび割れを形成しない。以上の観察は、アルカリ炭酸塩反応の有害膨張の原因がアルカリシリカ反応にあることを初めて示したものである。

第4章

2種類のアルカリ骨材反応は、石英のアルカリシリカ反応に帰着できる。長年、論争のあったアルカリ炭酸塩反応の膨張機構は、無害な脱ドロマイト反応と、有害な隠微晶質石英によるアルカリシリカ反応の複合したものであることを、初めて明らかにした。生成するブルーサイトやMg-シリケートゲルは、反応後の固相の分子体積の比較からも膨張を生じず、観察事実が裏付けられている。従来、アルカリ炭酸塩反応において、大きな粒径の骨材がより大きく膨張することが知られていたが、その理由は、従来不明とされてきた。これは大きな骨材内部には、膨張性のアルカリシリカゲルが残りやすいためと解釈される。

アルカリシリカ反応のゲル状生成物は、吸水膨潤を生ずる。ロゼット状の結晶は、天然の鉱物と類似する。組成が連続するのは、連続的な組成を有するゲルより結晶化したことを示唆する。また、コンクリート中のセメントの最小アルカリ量の推定手法として岩石学的手法を提案し、未水和セメント粒子の主要鉱物相の組成のEDS分析によって、コンクリート中のアルカリ量Na2OeqがJIS規格で抑制対策として推奨する3kg/m3以下であっても、反応性の高いクリストバライトを含む骨材が存在する場合には、反応を生ずることを明らかにした。

以上、片山氏のこれらの研究成果は、コンクリートの組織内での化学反応やセメント鉱物に関する安定性など、岩石学・鉱物学に多くの新しい知見を与えるものであり、片山 哲哉氏に博士(理学)を授与できると認める。

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