学位論文要旨



No 217636
著者(漢字) 佐々木,英治
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ヒデハル
標題(和) ハワイ風下反流の季節・経年変動機構とそれらに対する局所的な大気海洋相互作用の影響
標題(洋) Generation mechanisms of seasonal and interannual variations in the Hawaiian Lee Countercurrent and a role of local air-sea interactions on the variations
報告番号 217636
報告番号 乙17636
学位授与日 2012.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17636号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 准教授 羽角,博康
 東京大学 准教授 渡部,雅浩
 東京大学 兼任准教授 升本,順夫
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

熱帯域では、エルニーニョ/南方振動(El Nino/Southern Oscillation; ENSO)に代表される大規模な大気海洋相互作用が気候変動に影響を及ぼすことが知られているが、中緯度域では、海洋は単に大気に応答するだけで、大気に大きく影響を及ぼすとは考えられてこなかった。しかし、近年の高解像度衛星観測データから、中緯度域のサブメソスケール現象に伴い、海面水温と海上風との高い相関が示され(Chelton and Xie, 2010)、またメキシコ湾流や黒潮続流域の海洋前線上で、海面水温の影響が対流圏全体に及ぶことも明らかにされ(Minobe et al., 2008; Tokinaga et al., 2011)、熱帯域以外での大気海洋相互作用の重要性が強く指摘されている。

ハワイ風下反流(Hawaiian Lee Countercurrent; HLCC)は、熱帯域以外で顕著な大気海洋相互作用を伴うもう一つの事例と考えられている。HLCCは、ハワイ諸島から日付変更線を越えて西に延びる東向きの反流で、貿易風がハワイ諸島で遮られた島影に励起されるダイポール構造の風応力カールで生成されると考えられており(Xie et al., 2001)、その流軸はやや南西方向に傾いている。また、HLCCは海面水温極大を伴い、その上空では海上風の収束と活発な雲の生成が報告されており(Xie et al., 2001)、これらの大気応答に伴う海洋への熱的フィードバックも示唆されている(Xie et al., 2001; Hafner and Xie, 2003)。また、熱帯収束帯の南北移動と関連して、夏から冬に強く春に弱くなる季節変動が示されているほか(Kobashi and Kawamura, 2002)、経年変動の存在も示唆されている(Sasaki et al., 2010)。HLCCは主要な大陸から離れた場所に存在しているため大気海洋相互作用の研究に適しているが、その季節・経年変動機構や局所的な大気海洋相互作用の詳細は、未だに明らかにされていない。

そこで本研究では、HLCCの季節変動、経年変動のメカニズムおよび海面水温極大が引き起こす大気海洋相互作用の詳細について、衛星観測、アルゴフロートデータおよび大気海洋結合モデルを用いて調べた。

2. ハワイ風下反流の季節変動機構

HLCCの季節変動機構を調べるため、AVISOによる水平解像度0.25度の海面高度データ(1993年から2008年)とその海面高度データから求めた地衡流、J-OFUROデータセットに含まれる水平解像度0.5度のQuikSCSAT風応力データ(2000年から2008年)(Kubota et al., 2002)、および水平解像度0.25度のTRMM衛星による海面水温データ(2001年から2008年)に見られる気候値の季節変動を解析した。

衛星観測データから得られた地衡流、海面水温、風応力の季節変動は、先行研究と同様に、HLCCが夏から冬にかけて海面水温極大と風応力の収束を伴って強化されることを示している。また、この季節変動は熱帯収束帯の南北移動に関連して島影の風応力カールが4月から10月にかけて強化されることと同期している(図1)。一方、海面高度の季節変動は、HLCCの南側で顕著で、その変動に伴いHLCCに対応する地衡流の季節変動が励起されていることが示唆された(図1)。また、この海面高度の変動は、風応力カールにより励起されたロスビー長波の伝播によりもたらされていることが明らかとなった。

3. 局所的な大気海洋相互作用の影響

HLCCに伴う局所的な大気海洋相互作用の詳細を明らかにするため、まず150年間の積分実験が実施されている大気海洋結合モデルCFES中解像度版(Taguchi et al., 2011など)で再現されたHLCCの構造を調べた。CFES中解像度版の大気モデルは水平解像度1度、鉛直48層、海洋モデルは水平解像度0.5度、鉛直54層である。積分開始後115年目の夏季(7-9月)に見られるHLCCはハワイから日付変更線付近まで延び、その東向き流に沿って海面水温極大と海上風の収束も現実的に再現されていた(図略)。そこで、115年目の夏季のケースを標準実験とし、海面水温極大による局所的な大気海洋相互作用の影響を調べる感度実験を行った。感度実験では、海洋モデルから大気モデルへ与える海面水温場に関して、HLCCに沿った海面水温極大を除くように、180°-165°W, 15°N-23°Nの範囲で海面水温を南北方向に平滑化した。

標準実験と感度実験の結果を比較することにより、海面水温極大に伴う局所的な大気海洋相互作用とその海洋へのフィードバック機構について、特にこれまでほとんど調べられていない力学的なフィードバック過程に注目して解析を行った。標準実験の結果は感度実験の場合と比較して、HLCCに沿う海域で海上風の収束と雲水量(> 30 g/m2)が大きく、海面水温極大による大気応答の違いが示された。また、雲量の増加による短波放射の遮蔽および風-蒸発-海面水温(WES)フィードバックによる海面冷却が感度実験の結果に比べて標準実験で顕著(> 5 W/m2)であり、海洋への熱的なフィードバックも存在していることが分かった。

一方、標準実験のHLCCに伴う東向き海面流速は感度実験より最大2 cm/s程度強く、その差はHLCCの南側で特に大きい(図2a)。また、その流速差の鉛直分布には、混合層内と密度躍層付近に明確な極大があることも分かった。これらの流速差分布の特徴は、以下のように説明できる。まず海面水温極大に向かって収束する海上の南北風は、海洋表層のエクマン流を励起し、HLCCの北側で西向き、南側で東向きの流れを作り、それぞれHLCCを減速、あるいは加速することになる。また、収束する海上の南北風はコリオリ力により偏向し、HLCCの北側で北東風、南側で南西風の傾向を示す。これによりHLCC直上では正の風応力カールが生成され、エクマンサクションにより海洋内で上昇流が励起される。これに伴いHLCC直下の水温躍層が浅化し、反時計回りの循環をもたらす。その結果、水温躍層付近ではHLCCの南側で東向きの流れが加速され、北側では減速する。このような力学的なフィードバック機構によって、HLCCが加速され、その流軸も南側へ数十km程度ずれることが分かった。さらに、南側で顕著なHLCCの加速により西側からの暖水移流が促進されることで、標準実験における海面水温極大の位置も、感度実験の結果に比べて数十km南側に移動する(図2b)。海洋の表層混合層内の熱収支解析から、この暖水移流の強化がHLCC付近の局所的な温度場の変動に影響を及ぼしていることも示された。大気海洋結合過程と海洋への力学的なフィードバック機構は、HLCCが季節的に顕著となる夏季に強く働くため、HLCCの季節変動を増幅していることが示唆される。

4. ハワイ風下反流の経年変動機構

衛星観測の海面高度と風応力データに加え、OISST.v2の海面水温データを用いて、HLCCの経年変動を調べた。海面高度分布から求めた海面における地衡流は、西経165度を境に、その東西で異なる経年変動を示す。西経165度からハワイ諸島の近傍までの海域では、HLCCに伴う東向き流にENSO現象に関連する経年変動が見られるが、その地衡流の流量の経年変動の標準偏差 (4.6e3 m2/s)は、西経165度以西のハワイから離れた領域(6.9e3 m2/s)と比較して小さい。一方、西経165度以西で顕著な経年変動はENSOにほぼ同調する風の変動では説明できず、異なる原因によって経年変動がもたらされている可能性が示唆される。この経年変動の原因を明らかにするため、亜熱帯反流の生成メカニズムとして考えられている亜表層の低渦位水の影響に注目し、HLCCの経年変動と海洋亜表層の変動との関連を検討した。海洋亜表層の解析には主にアルゴフロートデータを用い、最適内挿法で構築された2001年から2008年までの水平解像度1度の格子の水温、塩分および海面力学高度データ(MOAA GPVデータセット)を用いた(Hosoda et al., 2008)。

ハワイの遠方では2003年および2005年にHLCCが強く、その時にはHLCCの北側の海洋亜表層に低渦位偏差が広く分布していることが分かった(図3)。この低渦位偏差領域の上部では、亜表層の等密度面が上昇し、等密度面の南北勾配を強化する。これは、温度風の関係から、HLCCの強化と整合的である。特に2003年は25.0σθ密度面、また2005年には25.4σθ密度面に顕著な低渦位偏差がHLCC付近に分布していることが分かった(図3)。これらの低渦位偏差は、それぞれ東亜熱帯モード水および亜熱帯モード水と関連して北太平洋中東部域からHLCC付近へ進入していることが示唆された。また、季節変動と同様、局所的な大気海洋相互作用による海洋へのフィードバック過程は、HLCCの経年変動も増幅する傾向がある。

5. まとめ

本研究では、亜熱帯域に分布するHLCCの季節および経年変動に重要な過程を明らかにし、HLCCに伴う局所的な大気海洋相互作用のメカニズム、特に海洋へのフィードバック機構を明らかにした。本研究で得られた結果は、海洋の前線構造に伴い、熱帯域以外でも顕著な大気海洋相互作用が存在することを示し、気候変動システムの重要な要素として近年注目されている亜熱帯域や中緯度域での大気海洋相互作用の研究に貢献するものである。

図1. (a) QuikSCAT風応力のハワイ付近(167-157°W)の風応力カール(1e-8 N/m3)の季節変動. AVISO海面高度(cm)とその東向き地衡流(cm/s)の東西10度平均((b):170-160°W, (c):175-165°W, (d):180- 170°W)の季節変動。

図2. (a)東向き海面流速(cm/s)、(b)海面温度(℃).(色)[標準実験]-[感度実験]、(コンター)標準実験. 感度実験ではBOX内の海面温度を平滑化.

図3.(a)2003年の25.0σθ等密度面における2001-2008年の平均からの渦位偏差(1e-10 1/m/s)。 (b) 2005年の25.4σθ等密度面の渦位偏差。

審査要旨 要旨を表示する

中緯度域の大気海洋相互作用は、地域的あるいは全球的な気候変動の理解にとって重要であることが指摘されているが、その理解のためには、それに伴う海洋の前線帯や中規模擾乱など、極めて複雑な小規模現象の生成および変動機構を解明することが必要不可欠となる。本論文は、ハワイ諸島の西方海域で前線構造を伴って形成されるハワイ風下反流に着目し、その季節変動および経年変動を支配する物理機構とそれに伴う局所的な大気海洋相互作用の実態を初めて明らかにしたものである。

本論文は5つの章で構成されている。

第1章は導入部で、海洋前線帯の特徴をもつハワイ風下反流の構造とその季節変動や経年変動に関する従来の研究のレビューがなされており、そのほとんどが、一部の観測データによる断片的な記述に留まっているという問題点の指摘とともに、大気海洋結合大循環モデルによる感度実験の結果とその観測データとの比較を基本としてハワイ風下反流の生成機構と変動機構を明らかにしていこうとする本論文の目的と意義が述べられている。

第2章では、まず、衛星データを用いて、ハワイ風下反流の季節変動とそれに関わる重要な物理過程が調べられている。ハワイ風下反流は、夏から冬に強く、海面水温極大と風応力の収束を伴う。この季節変動は、貿易風を遮るハワイ諸島の島陰で形成された、双極構造の風応力回転成分の変動域から西方伝播していく海洋ロスビー波によってもたらされていることが明らかにされた。さらに、この双極構造の南側の風応力回転成分が強いために、ハワイ風下反流の季節変動は、その南側で顕著となることが示された。

第3章では、ハワイ風下反流に伴う海面水温極大がある場合と無い場合の大気海洋結合大循環モデルによる実験結果を比較することで、ハワイ風下反流に伴う大気海洋相互作用の力学的フィードバック機構とそれがハワイ風下反流の構造に及ぼす影響を調べている。ハワイ風下反流の海面水温極大によって生じる海上風の収束は、コリオリ力によって偏向し、水温極大に沿って正の風応力回転成分を生成する。この風に伴うエクマン流がハワイ風下反流の北側で西向き、南側で東向きの表層流を励起すること、また、エクマンサクションによる躍層の浅化が亜表層で同様の流れを励起するため、ハワイ風下反流はその南側で加速されることが明らかとなった。また、このような力学的フィードバックによるハワイ風下反流の加速は西からの暖水移流を伴うため、流れの強化が顕著な南側でさらに高温となる。この南側での流れの加速と暖水移流の強化の結果、ハワイ風下反流の流軸の南下がもたらされることが示された。この力学的フィードバックは、ハワイ風下反流が顕著となる夏に強く働くため、季節変動を強化することになる。

第4章では、衛星データやアルゴフロートなどによる海洋観測データの詳細な解析から、ハワイ諸島の近傍、および、より顕著には西側遠方海域でみられるハワイ風下反流の経年変動の物理機構が調べられている。ハワイ諸島の近傍海域における経年変動は、季節変動と同じ物理機構の下に、風応力の変動に応答して励起されるが、ハワイ諸島の西側遠方海域における経年変動の方は、低渦度水の進入に伴う密度躍層の南北傾度の経年変動という、風応力の変動とは直接関連しない物理機構によりもたらされていることが明らかにされた。

第5章では、本論文の内容がまとめられるとともに、ハワイ風下反流に対する熱帯域のエルニーニョ/南方振動の影響の可能性や、大気海洋システムに内在する揺らぎの影響を考慮したアンサンブル実験の必要性など、将来に残された重要な研究課題に関する考察がなされている。

以上のように、本論文は、観測データおよび大気海洋結合大循環モデルによる感度実験の結果の総合的な解析を通じ、ハワイ風下反流の季節変動と経年変動が異なる物理機構のもとに励起されていること、ハワイ風下反流に伴う海面水温分布が大気循環を通じたフィードバック機構によって反流の強化と流軸の南下を引き起こしていることを初めて明らかにした。この研究成果は、中緯度域の大気海洋相互作用の理解、また気候変動の理解に向けて多大な貢献をもたらしたものであり、本学の学位論文として十分な水準に達していると判断できる。

なお、本論文の第2章、第3章、第4章は、東京大学大学院理学系研究科の 升本 順夫 兼任准教授、ハワイ大学国際太平洋研究センターの Shang-Ping Xie 教授、(独)海洋研究開発機構の 野中 正見 博士、田口 文明 博士、細田 滋毅 博士との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行ったものであり、その寄与は十分であると判断できる。

従って、審査委員一同は、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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