No | 217639 | |
著者(漢字) | 中村,壮史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカムラ,タケフミ | |
標題(和) | 核磁気共鳴法を用いたペプチドと細胞膜との相互作用解析 | |
標題(洋) | Studies of the Interactions between Peptides and the Cell Membrane using Nuclear Magnetic Resonance Methods | |
報告番号 | 217639 | |
報告番号 | 乙17639 | |
学位授与日 | 2012.03.07 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 第17639号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <序論> ペプチドは生物がその生命活動を維持するために必要な機能の多くを担っており、ペプチドの生体内における分子認識機構を解明することは、新たな機能や活性を持つ化合物を創製し、医薬品を開発する上でも重要な知見となりえる。ペプチドは細胞膜と相互作用することによってその機能を発現するが、生体膜そのものに直接的に作用する場合と、膜タンパク質に結合して作用する場合とに分けられる。本研究においては、生体膜と膜タンパク質とを合わせて細胞膜と定義し、ペプチドと細胞膜との相互作用解析をテーマとした。すなわち、ペプチドの生体内における分子認識機構を解明することを念頭に、細胞膜との相互作用解析における方法論、すなわち解析法を確立することを目的とした。 ペプチドと細胞膜との相互作用解析は、ペプチドと生体膜との相互作用解析、およびペプチドと膜タンパク質との相互作用解析の2つに大別される。これまで、ペプチドと生体膜との相互作用解析については、主に蛍光プローブ法などが用いられてきたが、特定の残基のみを観測した評価方法であることや複数の残基にプローブを導入することが容易ではないため、相互作用残基の特定には至ってこなかった。そこで本研究では、核磁気共鳴法(NMR)を用いてペプチドと生体膜との相互作用を直接的に解析する方法を確立することを目的とした。一方、ペプチドと膜タンパク質との相互作用解析については、主にX線結晶構造解析法などが用いられてきたが、多量の試料調製が必要であることや、溶液中の相互作用を必ずしも反映していない点が常に指摘されていた。そこで本研究では、NMRを用いてペプチドと膜タンパク質との相互作用を高感度に解析する方法を確立することを目的とした。 <本論> 1 ペプチドと生体膜との相互作用解析 ペプチドと生体膜との相互作用解析においては、方法論としてNMR交差飽和法(CS法)を応用することから研究を開始した。CS法はこれまでタンパク質間の相互作用解析に用いられてきたが、本研究では、ペプチドと生体膜との相互作用解析へ応用することにした。ペプチドと生体膜との相互作用を解析するにあたり、本研究ではマストパランと等方性バイセルの相互作用系を研究のモデルとした。マストパランはスズメバチ由来の14残基からなるペプチドで、生体膜存在下で両親媒性のヘリックス構造を有することが知られている。また、等方性バイセルは長鎖のリン脂質であるDMPCと短鎖のリン脂質であるDHPCからなり、モル比を0.5に調節することで小型化を実現した脂質二重膜である。 本研究においては、生体膜の深い位置で相互作用しているペプチドの残基を検出したいことから、リン脂質のコリン基ではなくDMPCのアルキル鎖のみを特異的に飽和した。タンパク質間相互作用の測定条件においてCS実験を行ったところ、ペプチドの残基にはシグナル強度の低下が観測されず、生体膜からペプチドへ飽和が移動していないことが明らかとなった。その理由としては、ペプチドの構造のゆらぎと、生体膜の流動性が考えられた。そこで、ペプチドの構造のゆらぎを評価するために各残基の運動性を評価し、生体膜の流動性については、飽和が移動しにくいことを考慮して飽和時間を1.2秒から3.0秒に延長した。マストパラン各残基の運動性はプロトン交換速度の解析により評価した結果、N2~A5の領域においてシグナルの低下が見られ、これらの残基は運動性が高く、強固なヘリックス構造を有していないことが明らかとなった。また、飽和時間を3.0秒に延長して改めてCS実験を行ったところ、特定の残基においてシグナル強度が大きく低下しており、生体膜からペプチドに飽和が移動していることが明らかとなった。各残基についてシグナルの強度変化を評価したところ、N2~A5においてはシグナルの強度変化はあまり見られず、プロトン交換速度解析における運動性の高い領域とよく一致した。つまり、この領域は生体膜とあまり相互作用していないことが明らかとなった。一方、L6~L14においてはA8とK11においてシグナル強度変化に差異が生じており、これらの残基はヘリックスの車輪モデルにおいて同一方向に位置している。すなわち、両残基を除く領域については、DMPCのアルキル鎖から飽和の移動の影響を受けており、マストパランが等方性バイセルに埋没するような位置で相互作用していることが明らかとなった。 本研究では、CS法により、ペプチドの生体膜との相互作用残基を直接的に解析することに成功した。また、生体膜の流動性については、飽和時間を延ばすことによって、その影響を低減することができた。さらに、飽和の移動が起こりにくい領域については、運動性の高い領域と相関があることが明らかとなった。つまり、ペプチドと生体膜との相互作用解析においては、NMRを用いたCS法と運動性評価を行うことにより、直接的な相互作用解析が可能であることを実証した。 2 ペプチドと膜タンパク質との相互作用解析 ペプチドと膜タンパク質との相互作用解析においては、方法論としてNMR転移交差飽和法(TCS法)を応用することから研究を開始した。一般的に、膜タンパク質は分子量が非常に大きいため、生体膜との相互作用に適用したCS法ではNMRシグナルを十分に検出できない。TCS法は、交差飽和現象によって移動した飽和の影響を解離状態にある分子から観測することから、解離がある程度速い条件であれば分子の大きさに関わらず相互作用残基を同定することができる方法である。しかし、従来法では90%重水の溶媒条件下において主鎖アミドプロトンを観測することから、感度が大幅に低下する難点があった。膜タンパク質は試料調製が困難であり、また溶解度も必ずしも高くないことから、測定方法の高感度化が求められてきた。そこで本研究では、主鎖のアミド基プロトンではなく側鎖の非交換性プロトン、具体的にはバリン、ロイシン、およびイソロイシンのメチル基プロトンと、フェニルアラニン、およびチロシンの芳香環プロトンを観測することによって、高感度な解析方法を実現することにした。 ペプチドと膜タンパク質との相互作用を解析するにあたり、本研究ではインスリンとインスリン受容体の相互作用系を研究のモデルとした。インスリンはA鎖21残基、B鎖30残基からなるペプチドホルモンであり、Site 1、Site 2の2つの部位でインスリン受容体と相互作用することが知られている。本研究ではインスリンが難溶性であることから、生物活性を保持することが知られている可溶性インスリンを用いた。可溶性インスリンは50残基中の17残基がメチル基または芳香環プロトンを有しており観測基となりえる。一方のインスリン受容体は細胞外に存在する135 kDaのα鎖2本と膜貫通部位を含む95 kDaのβ鎖2本からなる膜タンパク質であるが、本研究では溶解性を高めるため、膜貫通領域以降をFc領域に置換した可溶性の受容体を用いた。Fc融合インスリン受容体は、インスリンに対して野生型と同等の結合活性を有することが知られている。 メチル基プロトン、および芳香環プロトンを観測したTCS実験を行い、シグナル強度が大きく変化した残基を可溶性インスリンの立体構造上にマッピングを行ったところ、Site 2に集中しており、可溶性インスリンはSite 2でFc融合インスリン受容体と解離の速い相互作用をしていることが明らかとなった。なお、LeuB6、TyrA14、ValB18については、本研究において新たに受容体と相互作用することが示された。次に、TCS実験から得られた相互作用残基をもとに低分子化合物の創製を試みた。可溶性インスリンの立体構造において、TyrA14の芳香環、LeuA13のメチル基、LeuB17のメチル基をファーマコフォアとして設定し、市販化合物のデータベースである200万化合物に対して仮想スクリーニングを行った結果、562種類の化合物を得た。この中から、今後の合成展開につなげることが容易な化合物を200種類程度選抜し、さらにそのうちの59化合物を実際に入手して評価を行った。これらの化合物についてシンチレーション近接法により評価を行った結果、低分子化合物NT23において、インスリンの受容体への濃度依存的な結合阻害活性を検出することができた。 本研究では、芳香環プロトンを観測するTCS実験法を確立することに成功した。また、側鎖の非交換性プロトンを観測したTCS実験により特定の結合部位を検出することに成功した。さらに、得られた相互作用残基をもとに活性をもつ化合物を創製することに成功した。つまり、生体膜と膜タンパク質との相互作用解析においては、NMRを用いて側鎖の非交換性プロトンも観測するTCS法を行うことにより、低分子化合物の創製につながる高感度な相互作用解析が可能であることを実証した。 3 総括 ペプチドと生体膜との相互作用解析においては、NMRを用いたCS法と運動性評価を行うことにより、直接的な相互作用解析が可能であることを実証した。また、ペプチドと膜タンパク質との相互作用解析においては、NMRを用いて側鎖の非交換性プロトンも観測するTCS法を行うことにより、低分子化合物の創製につながる高感度な相互作用解析が可能であることを実証した。 つまり、本研究によって、ペプチドと細胞膜との相互作用解析の基礎となる方法論を確立できたこととなり、今後、ペプチドの生体内における分子認識機構を解明し、新たな機能や活性を持つ化合物を創製する研究につながることが期待される。 | |
審査要旨 | Studies of the Interaction between Peptides and the Cell Membrane using Nuclear Magnetic Resonance Methods(核磁気共鳴法を用いたペプチドと細胞膜との相互作用解析)」と題する本論文は、ペプチドの生体内における分子認識機構を解明することを念頭に、ペプチドと細胞膜との相互作用解析における方法論、すなわち解析法を確立した成果を述べたものである。本論文においては、生体膜と膜タンパク質とを合わせて細胞膜と定義しており、主に4つの章から構成されている。すなわち、第1章には序論が述べられ、第2章にはペプチドと生体膜との相互作用解析について、第3章にはペプチドと膜タンパク質との相互作用解析についてまとめられ、第4章には結論が述べられている。 まず、第2章においては、核磁気共鳴法(NMR)を用いてペプチドと生体膜との相互作用を直接的に解析する方法を確立することを目的としている。研究のモデルとしてマストパランと等方性バイセルの相互作用系を用いており、方法論としてNMR交差飽和法(CS法)を応用することから研究を開始している。タンパク質問相互作用の測定条件においてCS実験を行ったところ、ペプチドの残基にはシグナル強度の低下が観測されず、生体膜からペプチドへ飽和が移動していないことが明らかとなっている。その理由としてペプチドの構造のゆらぎと生体膜の流動性が考えられたため、ペプチドの構造のゆらぎを評価するために各残基の運動性を評価し、生体膜の流動性については飽和が移動しにくいことを考慮して、飽和時間を1.2秒から3.0秒に延長している。マストパラン各残基の運動性はプロトン交換速度の解析により評価した結果、N2~A5の領域においてシグナルの低下が見られ、これらの残基は運動性が高く、強固なヘリックス構造を有していないことを明らかにしている。また、飽和時間を3.0秒に延長して改めてCS実験を行ったところ、特定の残基においてシグナル強度が大きく低下しており、生体膜からペプチドに飽和が移動していることを確認している。そこで名残基についてシグナルの強度変化を評価したところ、N2~A5においてはシグナルの強度変化はあまり見られず、プ戸トン交換速度解析における運動性の高い領域とよく一致している。つまり、この領域は生体膜とあまり相互作用していないことを明らかにしている。一方、L6~L14においてはA8とK11においてシグナル強度変化に差異が生じており、これらの残基はヘリックスの車輪モデルにおいて同一方向に位置している。すなわち、両残基を除く領域にっいては、DMPCのアルキル鎖から飽和の移動の影響を受けており、マストパランが等方性バイセルに埋没するような位置で相互作用していることを示している。本章においては、CS法により、ペプチドの生体膜との相互作用残基を直接的に解析することに成功している。また、生体膜の流動性については、飽和時間を延ばすことによって、その影響を低減することができている。さらに、飽和の移動が起こりにくい領域については、運動性の高い領域と相関があることを明らかにしている。つまり、ペプチドと生体膜との相互作用解析においては、NMRを用いたCS法と運動性評価を行うことにより、直接的な相互作用解析が可能であることを実証している。 次に、第3章においては、NMRを用いてペプチドと膜タンパク質との相互作用を高感度に解析する方法を確立することを目的としている。研究のモデルとして可溶性インスリンとFc融合インスリン受容体の相互作用系を用いており、方法論としてNMR転移交差飽和法(TCS法)を応用することから研究を開始している。高感度化を実現するために、主鎖のアミド基プロトンではなく側鎖の非交換性プロトン、具体的にはバリン、ロイシン、およびイソロィシンのメチル基プロトンと、フェニルアラニン、およびチロシンの芳香環プロトンを観測したTCS実験を行っている。シグナル強度が大きく変化した残基を可溶性インスリンの立体構造上にマッピングしたところSite2に集中しており、可溶性インスリンはSite2においてFc融合インスリン受容体と解離の速い相互作用をしていることを明らかにしている。なお、LeuB6、TYrA14、valB18については、本研究において新たに受容体と相互作用する残基であることを明らかにしている。さらに、TCS実験から得られた相互作用残基をもとに低分子化合物の創製を試みている。可溶性インスリンの立体構造において、TyrA14の芳香環、LeuA13のメチル基、LeuB17のメチル基をファーマコフォアとして設定し、市販化合物のデータベースである200万化合物に対して仮想スクリーニングを行った結果、562種類の化合物を得ている。この中から、今後の合成展開につなげることが容易な化合物を200種類程度選抜し、さらにそのうちの59化合物を実際に入手して評価を行っている。これらの化合物についてシンチレーション近接法により評価を行った結果、低分子化合物NT23において、インスリンの受容体への濃度依存的な結合阻害活性を検出することができている。本章においては、芳香環プロトンを観測するTCS実験法を確立することに成功している。また、側鎖の非交換性プロトンを観測したTCS実験により特定の結合部位を検出することに成功している。さらに、得られた相互作用残基をもとに活性をもつ化合物を創製することに成功している。つまり、生体膜と膜タンパク質との相互作用解析においては、NMRを用いて側鎖の非交換性プロトンも観測するTCS法を行うことにより、低分子化合物の創製につながる高感度な相互作用解析が可能であることを実証している。 つまり、本論文では、ペプチドと生体膜との相互作用解析においては、NMRを用いたCS法と運動性評価を行うことにより、直接的な相互作用解析が可能であることを実証しており、また、ペプチドと膜タンパク質との相互作用解析においては、NMRを用いて側鎖の非交換性プロトンも観測するTCS法を行うことにより、低分子化合物の創製につながる高感度な相互作用解析が可能であることを実証している。 以上、本研究の成果は、ペプチドと細胞膜との相互作用解析の基礎となる方法論を確立したものであり、これを行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。 | |
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