学位論文要旨



No 217640
著者(漢字) 橘,達彦
著者(英字)
著者(カナ) タチバナ,タツヒコ
標題(和) 薬物間相互作用予測 : 肝臓および小腸中阻害剤濃度の考慮
標題(洋)
報告番号 217640
報告番号 乙17640
学位授与日 2012.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17640号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 准教授 楠原,洋之
 東京大学 准教授 池谷,裕二
 東京大学 特任准教授 樋坂,章博
内容要旨 要旨を表示する

薬物代謝酵素の阻害剤と基質薬物の併用により薬物間相互作用が起きると基質薬物の暴露が増大し重大な副作用につながることがある。またこのような薬物間相互作用による健康被害が起きると、基質薬物、阻害剤の両方とも市場撤退を余儀なくされる場合がある。患者の健康被害を避け、有益な薬物の市場撤退を避けるためには、薬物間相互作用を適切に予測し併用を回避することが非常に重要である。肝臓にはCytochrome P450(CYP)等、多くの薬物の代謝に関わる酵素が発現しており、肝臓代謝阻害に起因する薬物間相互作用は古くから注目されてきた。代謝酵素であるCYP3A4や排泄トランスポーターであるP-gpは小腸にも発現しており、小腸におけるCYP3A4、P-gpの阻害に起因する薬物間相互作用も近年注目されるようになってきた。

薬物間相互作用を予測する方法は大きく分けて2つの手法に分類することが出来る。1つはStatic modelを用いる予測方法であり、もう1つはDynamic modelを用いる手法である。Static modelを用いる予測方法は阻害剤の体内における濃度変化を考慮せずに常に一定の阻害剤濃度を仮定して阻害率を計算する手法であり、阻害定数(Ki)を用いて簡便に予測を行うことが出来る。また阻害剤濃度を想定される最大濃度で一定と仮定することで過小評価(false negative)を避けた安全な評価を行うことが出来る。ただし最大濃度で一定と仮定する場合は予測が過大評価(false positive)となる場合がある。Dynamic modelを用いた手法は阻害剤の濃度推移を考慮してシミュレーションを行う手法であり、多くの薬物動態パラメータが必要になるという欠点を持つ。

前述したとおり薬物間相互作用を回避することは非常に重要であるため、リスクを多少過大評価してしまうとしてもStatic Modelを用いて薬物間相互作用を予測する意義は大きい。またこのようなStatic Modelでリスクが小さいと判断されれば、コストと時間のかかるDynamic Modelで詳細な予測をしなくても新薬開発を進められるメリットがある。

Syatic Modelで設定するリスク判断のクライテリアに関しては、このクライテリアがあまりも保守的であると、実際にはリスクの低い薬物でも臨床で相互作用確認試験を実施することが必要になり新薬開発期間の延長およびコスト増加を招き、結局患者の不利益につながると考えられる。その意味でも妥当なクライテリアを設定する意義は大きい。

本研究の大きな目的はStatic modelを用いて、薬物間相互作用が起きる可能性を見逃さない予測方法を確立すること、安全な投与量領域について予測すること、妥当なクライテリアを設定し不要な臨床試験を避けることである。

本研究は4つの章に分かれており、以下に各章の概要について述べる。

第1章

肝臓の薬物間相互作用をStatic modelで予測する場合に用いる阻害剤濃度については、日米欧のガイダンスで血漿中最大阻害剤濃度(Ip,max,米国)、血漿中最大非結合型阻害剤濃度(Ip,max,u,欧州)、肝臓入り口中最大非結合型阻害剤濃度(Iin,max,u,日本)を参照するよう記載がある。しかし、それぞれの濃度を用いてAUCの上昇率を予測する妥当性については明らかではなかった。そこで肝臓での相互作用をStatic modelで予測する場合に利用すべき阻害剤濃度を明らかにする検討を行った。False negative predictionを避けるためには肝臓入り口中最大非結合型阻害剤濃度(Iin,max,u)を用いて予測する方法が適しており、予測精度を重視する場合は血漿中最大非結合型阻害剤濃度(Ip,max,u)を用いて予測する方法が適していると考えられた。つまり血漿中最大非結合型阻害剤濃度は相互作用に重要な肝臓の非結合型濃度の指標として適している場合が多いが、実際には小腸から吸収され直接肝臓に運ばれる薬物があるため、小腸吸収由来の薬物濃度を考慮した肝臓入り口中最大非結合型阻害剤濃度を用いた相互作用予測が、より安全な新薬開発推進に適していると考えられた。

第2章

第1章の研究において肝臓における相互作用を見逃さずに予測する方法論を見出したが、肝臓だけを考慮した予測では小腸での相互作用が起き得るCYP3A4/P-gp基質薬物に関する相互作用を見逃してしまう、もしくは過小評価してしまうという問題点が残っていた。そこで第2章では小腸相互作用の予測方法について検討した。小腸相互作用予測を難しくしている原因の1つである小腸中阻害剤濃度を直接測定できないという問題を克服するために、我々は小腸中阻害剤濃度を投与量/小腸Volumeで一定であると仮定し、DINという指標を用いて臨床相互作用情報から経験則によりクライテリアを設定するという手法をとった。小腸相互作用のリスクについて判定するための明確な基準が存在していない現状において、我々が設定した小腸相互作用に関するDINのクライテリアは、非常に重要な役割を持っていると考えられる。最近米国および欧州のドラフトガイダンスにおいて提案された小腸相互作用に関するクライテリアと我々のDINのクライテリアを比較し、その妥当性を考察した。その結果、欧州のドラフトガイダンスで示されているクライテリアは過度に保守的であり、不必要な臨床相互作用確認試験を実施することにつながるおそれがあると思われた。

第3章

小腸における相互作用を考える上では基質薬物が小腸代謝を受けるかどうかの評価も重要である。例えばQuinidineはマイクロドーズ臨床試験において低FaFgを示し、臨床投与量においては高FaFgを示す、非線形体内動態を示す薬物である。臨床投与量における高FaFgは小腸のCYP3A4/P-gpを飽和した結果と考えられる。このため臨床投与量で投与した場合、Quinidineは小腸相互作用の影響を受けにくい被相互作用薬と考えられる。このような基質薬物自身によるCYP3A4/P-gpの飽和は小腸相互作用において被相互作用薬となりうるかという意味と競合阻害を引き起こす阻害剤として働くかという2重の意味で重要である。そこで第3章では小腸吸収の非線形性予測方法について検討を行った。本検討により、DINと同様なコンセプトで規定したLINという指標が有用でありFaFgと組み合わせることで、非線形体内動態の予測が可能になることが示された。また、マイクロドーズ臨床試験では非常に低い投与量で体内動態を評価するため、非線形体内動態の問題が大きくクローズアップされる。本予測方法は、小腸CYP3A4/P-gpの飽和が原因でマイクロドーズ臨床試験における体内動態と臨床投与量で観測される体内動態が異なる可能性があるかを予測する上でも重要であると考えられた。

第4章

第3章で実施したLINを用いたP-gp基質の非線形性予測の精度上昇のためにはKm算出における施設間差を小さくする必要がある。P-gpの発現量が異なる細胞で見かけのKmを求めると、得られるKmが発現量に依存して異なるということが報告されていた。このため第4章ではモデル解析の手法を用いてこの問題点を解決した。本解析方法を取り入れることで、異なるP-gp発現量の細胞を用いた実験であってもKm値の相互比較が可能になり、将来さらに精度高いLINのクライテリア設定に寄与すると考えられた。

本研究は代謝阻害に関しては可逆阻害を起こす阻害剤のみに注目して実施した。非可逆阻害を引き起こすMechanism based inhibitor(MBI)等に関しては、Kiのみを考慮した予測はリスクを過小評価してしまい不適当である。小腸相互作用におけるMBIのリスクに関しては現状明確なクライテリアが存在せず、今後の検討課題であると考えられる。またグレープフルーツジュースが小腸に発現する取り込みトランスポーター(OATP)を阻害して起きると考えられる相互作用も報告されており、このような相互作用予測に関してもDINのアプローチが有用と考えられ、今後の研究が期待される。

本研究成果は製薬企業の薬物間相互作用予測において以下のように応用できると考えられる。まず非臨床研究の初期段階では目標doseとKiからDINを計算してリスクの判定、候補化合物選択を行う。非臨床研究後期では予測したヒトPKパラメータ等を用いてDIN(HN)やIin,max,uを算出しリスクがpositiveと予測された場合には臨床相互作用試験を計画する。またこの場合PBPKモデル等のDynamic modelを用いた予測を行う。逆にDIN(LIN)やIin,max,uで低リスクと判断された場合は安心して開発を進めることが出来る。マイクロドーズ臨床試験やPhase I試験に進み実測のパラメータが得られる毎にこれらの薬物間相互作用予測、対応を繰り返すことで臨床試験を安全かつ効率的に進めることが出来ると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

薬物代謝酵素の阻害剤と基質薬物の併用により薬物間相互作用が起きると基質薬物の暴露が増大し重大な副作用につながることがある。またこのような薬物間相互作用による健康被害が起きると、基質薬物、阻害剤の両方とも市場撤退を余儀なくされる場合がある。患者の健康被害を避け、有益な薬物の市場撤退を避けるためには、薬物間相互作用を適切に予測し併用を回避することが非常に重要である。肝臓にはCytochrome P450(CYP)等の多くの薬物の代謝に関わる酵素が発現しており、肝臓代謝阻害に起因する薬物間相互作用は古くから注目されてきた。代謝酵素であるCYP3A4や排泄トランスポーターであるP-gpは小腸にも発現しており、小腸におけるCYP3A4、P-gpの阻害に起因する薬物間相互作用も近年注目されるようになってきた。

一般に薬物間相互作用を予測する方法は大きく分けて2つの手法に分類することが出来る。1つはStatic modelを用いた予測方法であり、もう1つはDynamic modelを用いた手法である。Static modelを用いた予測方法は阻害剤の体内における濃度変化を考慮せず、常に一定の阻害剤濃度を仮定して阻害率を計算する手法であり、阻害定数(Ki)を用いて簡便に予測を行うことが出来る。また阻害剤濃度を想定される最大濃度で一定と仮定することで過小評価(false negative)を避けた安全な評価を行うことが出来る。ただし最大濃度で一定と仮定する場合は予測が過大評価(false positive)となる場合がある。Dynamic modelを用いた手法は阻害剤の濃度推移を考慮してシミュレーションを行う手法であり、多くの薬物動態パラメータが必要になるという欠点を持つ。

薬物間相互作用を回避することは非常に重要であるため、リスクを多少過大評価してしまうとしてもStatic Modelを用いて薬物間相互作用を予測する意義は大きい。またこのようなStatic Modelでリスクが小さいと判断されれば、コストと時間のかかるDynamic Modelでの詳細な予測の必要なく新薬開発を進められるメリットがある。Static Modelで設定するリスク判断のクライテリアに関しては、このクライテリアがあまりも保守的であると、実際にはリスクの低い薬物でも臨床で相互作用確認試験を実施することが必要になって新薬開発期間の延長およびコスト増加を招き、結局患者の不利益につながると考えられる。その意味でも妥当なクライテリアを設定する意義は大きい。

申請者は本研究においてStatic modelを用いて、薬物間相互作用が起きる可能性を見逃さない予測方法を確立すること、安全な投与量領域について予測すること、妥当なクライテリアを設定し不要な臨床試験を避けることを目標に検討を行った。以下に申請者が行った研究内容を記載する。

第1章で申請者は肝代謝阻害に起因する薬物間相互作用をStatic modelで予測する場合に利用すべき阻害剤濃度を明らかにする検討を行った。肝臓の薬物間相互作用をStatic modelで予測する場合に用いる阻害剤濃度については、日米欧のガイダンスで血漿中最大阻害剤濃度(Ip,max,米国)、血漿中最大非結合型阻害剤濃度(Ip,max,u,欧州)、肝臓入り口中最大非結合型阻害剤濃度(Iin,max,u,日本)を参照するよう記載がある。しかし、それぞれの濃度を用いてAUCの上昇率を予測する妥当性については明らかではなかった。申請者は多くの市販薬のPKパラメータを収集し、その平均値と標準偏差からモンテカルロシミュレーションの手法により、さまざまなPK特性を持つ阻害剤と基質薬物の組み合わせで、PBPKモデルを用いたシミュレーションを行うことにより人工的な薬物問相互作用データを発生させた。このデータについてIin,max,u,Ip,max,u,Ip,maxを用いたStatic modelで相互作用予測をすることにより、False negative predictionを避けるためには肝臓入り口中最大非結合型阻害剤濃度(Iin,max,u)を用いて予測する方法が適しており、予測精度を重視する場合は血漿中最大非結合型阻害剤準度(Ip,max,u)を用いて予測する方法が適していることを明らかにした。本成果は新薬開発の各段階において薬物間相互作用を適切に予測し、安全かつ効率的に開発を進める上で非常に重要であると考えられた。

第2章で申請者は小腸における薬物間相互作用の予測方法を確立した。申請者は第1章の研究において肝臓における薬物間相互作用を、過小評価を避けて予測する方法論を見出したが、肝臓だけを考慮した予測では小腸での相互作用が起き得るCYP3A4/P-gp基質薬物に関する相互作用を見逃してしまう、もしくは過小評価してしまうという問題点が残っていた。そこで申請者は小腸相互作用予測を難しくしている原因の1つである小腸中阻害剤濃度を直接測定できないという問題を克服するため、小腸の阻害剤濃度は投与量を一定の小腸Volumeで除したものであると仮定し、DINという指標を用いて臨床相互作用情報から経験則によりクライテリアを設定するという手法をとった。小腸相互作用のリスクについて判定するための明確な基準が存在していない現状において、申請者の研究により設定された小腸相互作用に関するDINのクライテリアは、非常に重要な役割を持っていると考えられる。さらに申請者は最近米国および欧州のドラフトガイダンスにおいて提案された小腸相互作用に関するクライテリアとDINのクライテリアを比較し、その妥当性を考察した。その結果、欧州のドラフトガイダンスで示されているクライテリアは過度に保守的であり、不必要な臨床相互作用確認試験を実施することにつながるおそれがあると結論した。

第3章で申請者は小腸吸収の非線形性予測方法について検討を行った。小腸における相互作用を考える上では基質薬物が小腸代謝を受けるかどうかの評価も重要である。例えばQuinidineはマイクロドーズ臨床試験において低FaFgを示し、臨床投与量においては高FaFgを示す、非線形体内動態を示す薬物である。臨床投与量における高FaFgは小腸のCYP3A4/P-gpをQuinidineが飽和した結果と考えられる。このため臨床投与量でのQuinidineは被相互作用薬としては小腸相互作用の影響を受けにくいと考えられる。このような基質薬物自身によるCYP3A4/P-gpの飽和は小腸相互作用において被相互作用薬となりうるか、という意味と競合阻害を引き起こす阻害剤として働くか、という2重の意味で重要である。申請者はDINと同様なコンセプトで規定したLINという指標が小腸吸収の非線形性予測に有用でありFaFgと組み合わせることで、非線形体内動態の予測が可能になることを示した。マイクロドーズ臨床試験では非常に低い投与量で体内動態を評価するため、非線形体内動態の問題が大きくクローズアップされる。申請者が確立した予測方法は、小腸CYP3A4/P-gpの飽和が原因でマイクロドーズ臨床試験における体内動態と臨床投与量で観測される体内動態が異なる可能性があるかを予測する上でも重要であると考えられた。

第4章で申請者はP-gp基質薬物のKm値を算出するための解析方法を確立した。第3章で実施したLINを用いたP-gp基質の非線形性予測の精度上昇のためにはKm算出における施設間差を小さくする必要がある。しかしP-gpの発現量が異なる細胞で見かけのKmを求めると、得られるKmが発現量に依存して異なるということが報告されていた。そこで申請者はin vitro細胞透過試験で得られた膜透過速度と薬物濃度の関係を、apical膜とbasolateral膜に両方向の受動拡散クリアランスを組み込み、P-gpによる細胞内からapical方向への輸送過程を組み込み、そのKmを細胞内濃度基準で規定するモデルを構築して解析した。申請者は本解析方法を用いることで、P-gpの発現量が異なる細胞でin vitro試験を行ってもほぼ同等のKm値が算出できることを実証した。申請者が確立した本解析方法により、異なるP-gp発現量の細胞を用いた実験であってもKm値の相互比較が可能になり、将来さらに精度高いLINのクライテリア設定に寄与すると考えられた。

本研究成果は製薬企業の薬物間相互作用予測において以下のように応用できると考えられる。まず非臨床研究の初期段階では目標doseとKiからDINを計算してリスクの判定、候補化合物選択を行う。非臨床研究後期では予測したヒトPKパラメータ等を用いてDIN(LIN)やIin,max,uを算出しリスクがpositiveと予測された場合には臨床相互作用試験を計画する。またこの場合PBPKモデル等のDynamic modelを用いた予測を行う。逆にDIN(LIN)やIin,max,uで低リスクと判断された場合は安心して開発を進めることが出来る。さらにマイクロドーズ臨床試験やPhase I試験に進み実測のパラメータが得られる毎にこれらの薬物間相互作用予測、対応を繰り返すことで臨床試験を安全かつ効率的に進めることが出来ると考えられる。以上のことより申請者の行った一連の研究は申請者に博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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