学位論文要旨



No 217643
著者(漢字) 安藤,裕二
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,ユウジ
標題(和) ヘテロ接合電界効果トランジスタの高性能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217643
報告番号 乙17643
学位授与日 2012.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 第17643号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 寺嶋,和夫
 東京大学 教授 佐々木,裕次
 東京大学 教授 有馬,孝尚
 東京大学 教授 平本,俊郎
内容要旨 要旨を表示する

本論文はGaAs、GaNなどの化合物半導体を用いたヘテロ接合FET(図1)の電流-電圧特性、ゲート容量、アクセス抵抗などの基本パラメータの定式化を含むデバイス設計手法を構築すると共に、それを適用してヘテロ接合FETの低雑音化、高出力化を図った研究結果をまとめたものである。

第1章では本研究を着手するに至った歴史的背景について述べ、本研究の目的と位置づけについて説明した。

第2章ではヘテロ接合FETの基本動作の理解を目的として、DCおよび小信号モデルの高精度化を図った研究結果について述べた。まず、シュレディンガー方程式とポアッソン方程式のセルフコンシステント計算をAlGaAs/InGaAs歪系HEMTに初めて適用し、その電荷制御を解析した。その結果、この系では従来のAlGaAs/GaAs系HEMTと比べて伝導帯オフセットを大きくでき、キャリア閉じ込めが改善されるため、相互コンダクタンスや遮断周波数が改善されることを指摘した。次に、セルフコンシステントポテンシャル計算によって得られた電荷制御特性に基づいてヘテロ接合FETの電流-電圧特性や小信号特性の定式化を行った。本モデルによりピンチオフ近傍での相互コンダクタンスの低下や雑音指数の増大を説明でき、これらの現象がキャリア閉じ込めの低下に起因することを明らかにした。

第3章では耐圧を維持しつつ寄生抵抗を低減するためのリセスゲート構造を有するヘテロ接合FETのアクセス抵抗のモデル化を行った研究結果について述べた。2次元電子サブバンド形成とAlGaAs電子供給層を介したトンネル電流の効果を考慮することにより2層伝送線路モデルの高精度化を図った。その結果、AlGaAs/(In)GaAs系HEMTでは高濃度GaAsキャップ層の導入によりAlGaAs層を介したトンネル電流が増加してソース抵抗が大幅に低減できることを明らかにした。一方、伝導帯オフセットが大きくInAlAs電子障壁層を介したトンネル電流の寄与が小さいInAlAs/InGaAs系HEMTでは同様な効果は小さいことが示された。この系で高濃度キャップ層によるアクセス抵抗低減の効果を得るためには、適切な閾値電圧を維持しつつInAlAs層の不純物濃度を増やすためのダブルリセス構造などを適用する必要がある。現在のAlGaAs/GaAs系マイクロ波HEMTでは高濃度キャップ層と浅いオーミック接合を用いるのが主流となっているが、本研究はこのようなオーミック電極の形成技術に理論的根拠を与えたものである。

第4章ではヘテロ接合FETの雑音モデリング技術に関する研究結果について述べた。本雑音モデリング技術は流体力学的電子輸送モデルとインピーダンスフィールド法を組み合せたものである。AlGaAs/InGaAs歪系HEMTの雑音特性の各種設計パラメータ依存性を調べ、FETの低雑音化のためには(1)ゲート長の短縮、(2)チャネル層内の電子速度の向上、(3)キャリア閉じ込めの改善、(4)寄生抵抗の低減が重要であることを指摘した。寄生抵抗を無視できるまで低減した真性デバイス(ゲート長0.1μm)において予測される雑音指数は12GHzにて0.07dB、100GHzにて1.0dBで、この系のデバイスには更なる低雑音化の余地があることを明らかにした。InAlAs/InGaAs歪系HEMT(ゲート長0.15μm)の小信号、雑音特性のチャネル移動度依存性を解析し、チャネルIn組成比を0.53~0.8の範囲で変えて作製したデバイスの測定結果と比較した。各In組成における測定結果は対応するチャネル移動度での計算結果と良好な一致を示し、チャネル高In化による小信号、雑音特性の改善はチャネル移動度の違いにより説明できた。また、チャネル移動度の向上は利得の向上だけでなく拡散雑音の増大も生じるため、低雑音、高利得化の観点からInGaAsチャネル層の組成比には最適値が存在することを見出した。本研究を行った1990年代当時、雑音性能におけるInGaAs系HEMTの優位性は既に知られていたが、低雑音が得られる原因の分析は未だ十分に行われておらず、本研究はそうした実験事実に理論的根拠を与えたものである。

第5章では化合物半導体のフルバンドモンテカルロ(FBMC)電子輸送シミュレーションに関する研究結果について述べた。GaAsの電子輸送特性を解析したところ、従来の解析バンドに基づいたシミュレーションでは再現が難しかった高電界での電子速度の飽和特性や電子イオン化係数の電界依存性の測定結果を良く説明できた。FBMCシミュレーションと2次元ポアッソンソルバを組み合わせることにより、GaAs MESFETの解析に初めて適用した。衝突イオン化に伴うゲート電流のドレイン電圧依存性の計算結果は測定結果と概ね一致したことから、MESFETの耐圧決定要因が衝突イオン化であることを確認した。ウルツ鉱構造GaNの電子輸送特性を解析した結果、電子速度の格子温度依存性がGaAsと比べて非常に小さく、GaNデバイスでは高温動作が容易になることを示唆する結果を得た。本シミュレーションをAlGaN/GaN系HFETの解析に適用した結果、ゲート長0.9μmにて50W/mmを超える出力電力密度が期待されることを見出した。さらに、ゲートを微細化して高耐圧が維持できるため、ゲート長0.05μmでは高出力電力密度16W/mmと同時に360GHzの高電流利得遮断周波数が両立でき、このデバイスがミリ波、準ミリ波帯の高出力デバイスとしても有望であることを指摘した。50W/mmという予測値は本研究を行った2000年初頭にAlGaN/GaN系HFETで確認されていた出力電力密度の10倍を超えていたが、デバイスの改良が急速に進んだ現在では本理論が実証される形となった。

第6章ではAlGaN/GaN系高出力HFETの高性能化を行った研究結果について述べた。矩形ゲート構造のデバイスを作製した結果、ゲート幅32mmのデバイスのパルスパワー測定(2GHz)にて飽和出力113 W(ドレイン電圧40V)と、GaN系デバイスで初めて100Wを超える出力を確認した。しかしながら、CWでは高出力電力密度が実現できず、ゲート耐圧と電流コラプスのトレードオフがGaN本来の高電圧、大電流動作を阻害していることが明らかになった。ゲート耐圧と電流コラプスの改善のため、フィールドプレート構造の適用を検討した。フィールドプレート構造ではオフ時にはフィールドプレート下部のチャネル全体が空乏化されるため、電界集中が緩和してオフ耐圧が向上する。一方、オン時にはフィールドプレート下部のチャネル中に2次元電子が誘起されるため、電流コラプスの抑制も期待される。フィールドプレート構造HFETを試作した結果、ゲート耐圧と電流コラプスが同時に改善されることを見出し、ゲート幅1mmの実用的なサイズのデバイスで初めて10W/mmを超える出力電力密度を実証した。次に、ゲートリセス構造を適用した結果、ゲートリーク電流の1桁低減を確認した。動作電圧の増加が図られ、66V動作にて開発当時世界最高となる12.0W/mmの出力電力密度を得た。さらに、フィールドプレートによるゲート-ドレイン容量増加の課題を克服するため、デュアルフィールドプレート構造を提案した。これはフィールドプレート構造にソース接続した第2フィールドプレート電極を追加したもので、ゲート-ドレイン間に発生する電界の一部を遮蔽することで利得向上を図る。その結果、最大安定化利得が約3dB向上し、世界最高レベルの出力、利得、効率の総合特性を実証した。AlGaN/GaN系HFETにフィールドプレートを適用し、マイクロ波パワー特性の向上を見出したのは本研究が初めてであった。フィールドプレートの採用によりAlGaN/GaN系HFETのマイクロ波パワー特性は飛躍的に進歩し、本研究以降に行われたAlGaN/GaN系HFETの研究ではフィールドプレート構造の適用が主流となった。その意味で、本研究はGaN電子デバイス研究において先駆的な役割を果たしたと考えている。

第7章では本研究で得られた知見をまとめると共に、ヘテロ接合FET研究の今後取り組むべき技術課題について述べた。

図1 各種のヘテロ接合FET構造:(a)AlGaAs/GaAs系HEMT、(b)AlGaAs/InGaAs歪系HEMT、(c)InAlAs/InGaAs系HEMT、(d)AlGaN/GaN系HFET

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、GaAs、GaNなどの化合物半導体を用いたヘテロ接合電界効果トランジスタ(FET)の基本動作特性の定式化を含むデバイス設計手法を構築すると共に、それを同デバイスの低雑音化、高出力化に適用した研究成果を述べたものであり、全7章からなる。

第1章では、本研究に着手するに至った歴史的背景について述べ、本研究の目的と位置付けについて述べている。

第2章では、ヘテロ接合FETの基本動作の理解を目的として、DCおよび小信号モデルの高精度化を図った研究結果について述べている。シュレディンガー方程式とポアソン方程式のセルフコンシステント計算をAlGaAs/InGaAs系高電子移動度トランジスタ(HEMT)に初めて適用し、この系では従来のAlGaAs/GaAs系HEMTと比べて伝導帯オフセットが大きく、キャリア閉じ込めが改善される結果、相互コンダクタンスおよび遮断周波数が改善されることを指摘した。さらに、ヘテロ接合FETの電流-電圧特性および小信号特性の定式化を行い、ピンチオフ近傍での相互コンダクタンスの低下および雑音指数の増大が、キャリア閉じ込めの低下に起因して生じることを明らかにした。

第3章では、ヘテロ接合FETのアクセス抵抗のモデル化を行った研究結果について述べている。2次元電子サブバンド形成とAlGaAs電子供給層を介したトンネル電流の効果を考慮した2層伝送線路モデルの精密化により、AlGaAs/(In)GaAs系HEMTでは高濃度GaAsキャップ層の導入によりソース抵抗を大幅に低減できることを明らかにした。一方、トンネル電流の寄与が小さいInAlAs/InGaAs系HEMTでは同様な効果は小さいこと、アクセス抵抗を低減するためには、ダブルリセス構造を適用することが有効であること、を明らかにした。以上は、現在のAlGaAs/GaAs系マイクロ波HEMTで主流となっているオーミック電極の形成技術に理論的根拠を与えたものとなった。

第4章では、ヘテロ接合FETの雑音モデルに関する研究結果について述べている。本研究では、流体力学的電子輸送モデルとインピーダンスフィールド法に基づいた物理モデルを用いているが、計算結果は、雑音測定の等価回路フィッティングによる結果と概ね一致し、雑音特性の予測に有効であることを確認した。AlGaAs/InGaAs系HEMTにおいて、寄生抵抗を無視できる場合の雑音特性を予測し、この系ではなお低雑音化の余地があることを示した。InAlAs/InGaAs系HEMTにおいても、本モデルに基づく計算と測定結果の一致から、高In化によるチャネル移動度の増加が、小信号利得、雑音指数を改善することを明らかにした。一方、チャネル移動度の増加は拡散雑音の増大を生じるため、InGaAs組成には最適値が存在することを明らかにした。この結果は、雑音性能におけるInGaAs系HEMTの優位性の理論的根拠を示したものとなっている。

第5章では、化合物半導体のフルバンドモンテカルロ電子輸送シミュレーションに関する研究結果について述べている。本モデルは、高電界での電子速度の飽和特性や電子イオン化係数の電界依存性の測定結果をよく説明し、GaAs MESFETにおいては、耐圧決定要因が衝突イオン化であることを確認した。AlGaN/GaN系ヘテロ接合FETにおいては、高温動作が容易であること、またゲート長0.9μmにて50W/mmを超える高出力電力密度が期待できることを示した。さらに、ゲートを微細化した場合、高電流利得遮断周波数も得られ、このデバイスがミリ波、準ミリ波帯の高出力デバイスとしても有望であることを指摘した。

第6章では、AlGaN/GaN系高出力ヘテロ接合FETの高性能化を行った研究結果について述べている。GaN系デバイスで本来の高電圧、大電流動作を阻害していたゲート耐圧と電流コラプスのトレードオフを、フィールドプレート構造の採用により解決できることを見い出し、実用的なサイズのヘテロ接合FETにおいて初めて10W/mmを超える高出力電力密度を実現した。さらにゲートリセス構造の採用により、相互コンダクタンスの向上とゲートリーク電流の低減を達成し、当時世界最高の出力電力密度12.0W/mmを得た。またさらに、デュアルフィールドプレート構造の採用で、約3dBの最大安定化利得向上を達成し、世界最高水準の出力、利得、効率の総合特性を実証した。これらの研究成果は、その後のAlGaN/GaN系ヘテロ接合FETの発展において、先駆的役割を果たしたものとなった。

第7章では、本研究で得られた知見をまとめると共に、ヘテロ接合FET研究の今後取り組むべき技術課題について述べた。

なお、本論文の第2章から第6章は、伊東朋弘、Alain Cappy、丸橋健一、恩田和彦、宮本広信、葛原正明、Walter Contrata、恩田(堀)恭子、佐本典彦、松永高治、國弘和明、笠原健資、中山達峰、高橋裕之、羽山信幸、大野泰夫、岡本康宏、井上隆、幡谷耕二、分島彰男、大田一樹、山之口勝己、村勢康裕との共同研究を含んでいるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、本人の寄与が十分であると判断される。

以上、本論文は、物質科学へ大きく寄与するものであり、よって、博士(科学)の学位を授与できると認められる。

UTokyo Repositoryリンク